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SSランクのダンジョンに入る1

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「つきましたよ」

 御者さんの声に僕は目を覚ました。

 滞納中の家賃、払わなければならない学費、生活費、アランたちによるいじめからくる辛さなどが僕の精神にプレッシャーをかけてきた。

「っ!!」

 僕が発作するように目を醒めると、御者さんが心配するように声をかけてくれた。

「どうかしたんですか?」
「い、いいえ。大丈夫です」

 と、冷や汗をかきつつ返事をすると、御者さんは不思議そうに僕の制服を見ては関心する。

「この制服って、もしかして王立マホニア魔法学院の制服ですかね?」
「は、はい……そうですね」
「おお……素晴らしい。ひょっとしてここライデンを治める辺境伯の御子息だったりして」
「い、いいえ」

 辺境伯はおろか、僕の両親は農民だった。

 遠い親戚の中に男爵の爵位を持つ方がいると聞いたが、交流は全くない。

「ありがとうございました」

 と言い捨てるように言っては僕はいそいそと馬車から降りて足速に歩いた。

「一年ぶりだな……」

 そう。

 僕がマホニア魔法学院の入学試験に合格してから一度もここに来たことはない。

 両親が死んだのだ。

 ここにきたって僕には居場所がない。

 ではなぜこんな辺鄙なところに来たかと言うと、ここにSSランクのダンジョンがあるからだ。

 でもその前に

「行ってみるか」

 僕はある場所へ向かって歩いた。

 僕と両親が住んでいた思い出の家。

 ごく普通の平民が住みそうな一戸建ての家だ。

 だが、この家は

 もう僕のものじゃない。

 この家から出てきた人がそれを如実に物語っている。

「あ?レオ……」
「ジックおじさん……」

 死んだお父さんの弟にあたるジックおじさんが僕を発見しては眉間に皺を寄せる。

「なんで帰ってきた?言っておくけど、お前に送るお金はない」
「……わかってますよ。別に金を強請るためにきたわけじゃありませんので。さようなら」

 そう。

 仕方のないことだ。

 彼はマホニア魔法学院へ進学した僕の代わりに父の家業を継いでくれている。

 父の財産を彼が全部もらう代わりに、僕の面倒を見てくれと父が遺言を残したのだが、やつはお金をくれない。

 何度も手紙を送ったが、無駄だった。

 ここで騒ぎを立てても僕が得るものは何ひつとない。

 属性を持たない僕は、攻撃魔法なんか使えるはずもなく、こんな平民男相手でも簡単に負けてしまうんだ。
 
 僕は踵を返してジックおじさんの家を後にした。
 
 だが、これだけは言わせてもらおう。

「ジックおじさん。一年前より太ってますね」

 すると、彼は怒ったように地面を踏み締めて大声で言う。

「全部お前の父が悪いんだ!俺のことをいつも小馬鹿しにしやがって!いっつも俺の父はお兄さんのことをえこひいきしてたんだ!だからこの家と資産は全部俺のもんだよ!!!差別されたぶん、俺には権利ってもんがあるんだ!だから出ていけ!!一銭も渡すつもりはない!!」
「……」

 彼は僕が大変な時に助けてくれない人だ。

 僕は握り拳をして歩き出した。
 
 小麦畑がいっぱい見える。

 一ヶ月くらい過ぎたら収穫するんだろう。

 止まってしばし眺める。

 黄金色のはずの小麦はなぜか僕の目には灰色に映る。

 ぼーっとしていると、聞き慣れた女の子の声が聞こえてきた。

「あら、レオくん!」
「……」

 振り向いたら、そこにはブラウン色の髪をした少女と仕事着の男の子がいた。

「エミリ……ケル」

 二人とも僕の幼馴染だ。

 女の子のエミリは笑顔を浮かべて僕の方へ走って手をぎゅっと握ってきた。

「久しぶりね!レオくん!」
「あ、ああ。エミリも元気にしていた?」
「うん!私は元気よ!ねえ?ケル?」
 
 エミリはにっこり笑った。

 そばかすとエクボが魅力的な女の子。

 見ない間に大人の女性って感じになったと思う。

 僕が密かに心を寄せている少女だ。

 やっぱりエミリは明るい。

 彼女の明るさにどれほど救われたことか。

 そんなことを考えていると、ケルが僕の近くにやってきて問うてきた。

「おい、レオ!なにしけた顔してんだ!学院生活楽しんでねーのかよ」

 小麦色のケルは僕の背中を叩いてカツを入れた。

「いたっ!痛いよケル!」
「あはは!お前はここにいる時もずっとしけた顔で勉強ばかりしてたもんな!」
「あはは……そうだな」

 と、僕が消え入りそうな声音で言うと、エミリがケルを諭す。

「ケル!ダメよ!レオくんの気持ちを察してあげないと。両親を亡くしたのよ」
「あ、ああ……そうだな。悪かった」

 ケルはバツが悪いと言わんばかりに後ろ髪をガシガシしながら頭を下げる。

 そんな彼に僕は笑いながら言う。

「いいよ。もう一年も過ぎているから」

 そんな僕の顔を見て2人は安堵したように優しく微笑む。

 いつもの僕たちだ。

 いつもの仲のいい僕たち3人。
 
 こいつらと遊んだ時を思い出して僕は小さな安らぎを得ている。

 との出会い以降、塞ぎ込んで勉強ばかりしていた僕に二人は寄り添ってくれた。

 あの子に出会う前からもずっと。

 ケルの男らしい姿を見るたびに勇気を得て、エミリの明るい性格と美しい外見に魅せられて、僕は彼女に恋心を抱いていた。

 そんな甘酸っぱい思い出に浸っていたら、ケルが照れ臭そうに僕から視線を外して口を開く。

「あのさ、レオ」
「ん?」
「お前に言いたいことがあるんだ」
「言いたいこと?」

 ケルは幸せそうに微笑んで、エミリに合図する。

 そしたら、エミリが僕から離れてケルに自分の体を預けた。

 ケルはそんなエミリの背中に腕を回した。

 そして僕を見つめて言う。

「俺たち、結婚することになった」
「私たち、結婚することになったよ」
「……」

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