箱の中の少女たち

水綺はく

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 「私達、必ず五人でデビューしようね。」
 円陣の中でリーダーの桜子ちゃんが肩を組みながら私達の顔を順番に見る。
 私達が呼応するように頷くと順番に名前を叫んで中央に手を重ねていった。
 「桜子!」
 「紫穂!」
 「栞菜!」
 「愛梨!」
 「志織!」
 「五人全員で~」
 桜子ちゃんがそう叫ぶと私達は全員で合わせて、「空へ羽ばたけFly High!」と叫ぶ。
 これはライブ前に五人全員で必ずやる儀式のようなものでそれが終わると円陣は解けてみんなでステージへと上がる。
 名前を叫ぶ順番は年齢順で、最年長の二十三歳の桜子ちゃんが一番最初、二番目は二十二歳の私、三番目は人気メンバーの二十歳の栞菜、四番目は一番人気の美人で華のある十九歳の愛梨、五番目は最年少で私に懐いている十八歳の志織の順だ。
 デビュー前でお金のない私達はスタッフや家族の手を借りてつくった手作り衣装を着てデビュー済みの人気アイドルの曲をカバーして踊る。
 白地のヒラヒラとしたお揃いの衣装にはそれぞれのメンバカラーのレースがつかわれていて、頭には各々が用意した自身のメンバーカラーのヘアアクセサリーが光る。
 愛梨はピンク色のヘアピン、栞菜は赤色のデカリボン、志織は黄色のシュシュ、桜子ちゃんは黒のカチューシャ、私は紫色のヘアクリップをつけて、踊っている時に髪が乱れないようにスプレーで髪をガチガチに固めて準備する。
 アイドルにとって髪の毛は命。どんなにダンスが激しくても可愛くなければ意味がない。だから髪がぐちゃぐちゃにならないように本番前に髪を固めて、汗でメイクが落ちないようにウォータープルーフのマスカラでまつ毛を持ち上げる。
 どんなにカッコいい曲を踊っている時もバラードを歌っている時も私達はアイドルなのだから可愛くて綺麗で応援したいと思わせる姿を見せないと。
 自分たちはダンサーでもシンガーソングライターでもなくアイドルであることを決して忘れてはいけない。アイドルなんだから異性にもてはやされて同性に憧れられないと。その為にダイエットもするしメイクも研究する。歌っている時の表情も踊っている時の身体の動きも鏡や動画越しで客観的に見てどうすれば目立つかだって考えるし、SNSや握手会、チェキ会でのファンとの交流も怠らない。
 全ては大きな夢の為に…そう今よりも大きなステージで沢山のファンにコールされながら五人揃って歌って踊る姿を想像して自らを奮い立たせる。
 今日のステージは渋谷の小さな劇場。そこにペンライトを持ったファンが密集して目と鼻の先にいる私達を食い入るように凝視して掛け声を掛ける。
 初めて自分たちのファンを目の当たりにした時はあまりの熱量に圧倒されて喜びよりも逃げ出したくなる時もあった。でも今は彼らのおかげでショッピングモールで冷たい目をして通り過ぎる群衆から救われる瞬間があって感謝している。
 この人達を手放してはいけない。たとえ下心に塗れていたとしても彼らは私達を羽ばたかせる為の大切な踏み台だ。絶対に離さない。
 今日は初めて会場を貸し切っての単独ライブだ。ここまで来るのに三年掛かった。その間に二人が脱退して三人が新メンバーとして加入した。古参メンバーは私と桜子ちゃん。桜子ちゃんとは決して仲良しではないけれど不思議な絆を感じている。
 五曲を歌って踊った後、私達は軽く汗を掻きながら数十人程度のファンに手を振って退場した。
 小さな控え室に戻ると愛梨は狭いからという理由で一人だけスタッフ専用のトイレでメイクを落としにいった。
 「ふっ、狭いってさ…みんな我慢してるんだから一緒に我慢しろよ。トイレはみんなの為のもので愛梨専用のものじゃないんですけど。」
 愛梨がいなくなった瞬間、栞菜が鼻で笑って嫌味を放つ。
 私を含めた残りのメンバーはまた始まった…という感じで栞菜の嫌味に聞こえないふりをして汗を拭いたりメイクを落とした。
 二番人気の栞菜は一番人気の愛梨に激しい嫉妬と強い対抗心を燃やしている。そのため愛梨にだけはダンスや歌に対しての評価が厳しく、愛梨がいなくなると時折こうやって嫌味を吐くのだった。
 仲間なんだから仲良くすれば?という人もいるけれど私達は栞菜の気持ちが正直わかるから責めることは出来ない。
 私達は同じグループに所属するアイドルなだけで決して友達ではない。みんなステージに立って誰よりも目立ちたい、騒がれたいという気持ちを持ってオーディションを受けた結果、運営の大人たちに集められて結成されただけに過ぎないから、みんな自分が注目されてほしいと密かに願っている。
 栞菜はそれを顕著に出しているだけで他のメンバーだって気持ちは一緒だ。全員が同じくらい人気なら確執は起きないけれど残念ながら現実は非常にシビアで残酷だ。
 ライブ会場で光るメンバーカラーのペンライトやプレゼントの量、チェキ会や握手会の列で人気順はあっさりと焙り出される。中でも美人の愛梨は断トツ人気で運営も喜んで彼女を押し出している。
 彼女の美しさと華やかなオーラ、そして人を惹きつける所作は目を見張るものがあって私達は今更、どう努力しようと、どう足掻いても彼女には勝てないことが初めて出会った時から確定していた。
 他のメンバーは愛梨を内心、羨みながらも勝てないとわかっていて諦めている。だけど唯一、諦めずに足掻いているのが栞菜だった。
 私はそうやって諦めずに汚いところを見せながらも足掻く人間味溢れた栞菜に対して愛梨とは違う憧れを持っていた。だって私は、どうせ無理…と諦めていて歌もダンスも全部が中途半端。でも栞菜は違う…勝ちたいからって陰口を叩きながらも夜通し歌とダンスの練習をしている。愛梨がキラキラと輝く一等星なら栞菜はメラメラと燃える炎のようだ。
 じゃあ、私は?私は一体、なんなのだろう……
 ライブが終わって時間を置くと私達はそれぞれ一駅分、歩いて帰る。これはファンにあとをつけられないための対策だ。ライブ会場の最寄り駅で電車に乗ってしまうと一部のファンに待ち伏せされている危険性がある為、各々が散り散りになって遠回りなどをしながら別の駅で電車に乗るのだ。
 「ねぇ、紫穂ちゃん、今日も志織と一緒に帰ろう?」
 帰ろうとすると志織が私に小首を傾げて尋ねた。その際、彼女の綺麗に切り揃えられた前髪が一緒に斜めに揺れた。
 志織は私に懐いていていつも私と帰りたがる。きっと一目置かれている愛梨やギスギスした栞菜だと上手く甘えられないからだろう。桜子ちゃんもしっかり者すぎて甘えるには肩身の狭い存在だ。
 私はこれといって特徴のない一番、ふわっとした存在。だから接しやすいのかもしれない。
 衣装やメイク道具の入ったキャリーケースを引いて22時を過ぎた都会の街を二人で歩く。志織は可愛い見た目とは裏腹にレザージャケットや革製のスカートを好んで履いていて普段の可愛らしいキャラと違ってギャップがある。
 私は白地に黒のドット柄の入ったシフォンワンピースを着て、使いすぎて色のくすんだ水色のキャリーケースを引いていた。
 「ねぇ、またアイス食べようよ。」
 コンビニを横切ると志織が立ち止まって私の目を見て強請る。前に一度、帰りに二人でアイスを食べたことがあって、志織はその出来事が嬉しかったのか深夜にインスタのストーリーにその時の写真をあげていた。
 私が頷くと志織はルンルンでコンビニの自動ドアの中に引き込まれていく。私もそのあとを追って中に入ると私は低脂肪のチョコレートバー、志織はオレンジ果汁の入った棒アイスを買った。
 コンビニ内にある飲食スペースで椅子に座ると二人でアイスを食べる。
 「今日のライブはいつも見るファンばっかだったね。」
 アイスを食べながら志織が今日のライブを振り返る。私達はいつもそういった他愛のない話をみんなでしたり、二人きりでしたりする。
 「うん…あ!志織、SNS更新した?」
 「もちろんしたよー!Xもインスタもしたし帰ったらブログも更新するよー!」
 「…さすがだね。私はまだなんにもやってないから家帰ったらまとめてやらないと。」
 気が重くなる私を見て志織はクスッと笑う。
 「紫穂ちゃんってアイドルだけどギラギラしたものがないよね。良い意味でファンに依存してないし、私は歌って踊ってるだけですって感じで私はそういうところが好きだよ。」
 志織にそう言われて私は思わずポカンする。
 「なにギラギラしたものって…志織はあるの?」
 「私はもちろんあるよー!愛梨ちゃんや栞菜ちゃんみたいにはなれないけど実は野心に溢れているの。私が野心溢れる起業家なら、紫穂ちゃんはみんなを静観しながら自分の仕事をする職人みたい。」
 「私は栞菜みたいにメラメラ燃える炎みたいになりたかったなぁ…」
 「え~、それって一番、紫穂ちゃんから遠い存在じゃーん。それに紫穂ちゃんがそうなっちゃったら私とアイスが食べられなくなっちゃうからダメ~‼︎」
 志織がそう言って甘えるように私の肩に寄りかかった。私は志織の可愛さに癒されながら頭の中では明日のことを考えていた。
 明日はまた朝早くから歌とダンスのレッスンが待っている。その前にお風呂に入ってsnsを更新しないと…
 今日も明日も明後日も私達は五人で歌って踊って食事を共にする。私達はずっとそうやって繋がってきた。どんなに憎くても、嫉妬しても、劣等感に苛まれても、私達はまるで紐で繋がれたように離れず、五人で活動を共にしてきた。
 私達は友達ではない。だけど友達よりも複雑な感情で繋がって密集し合う大切な仲間だ。
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