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前編
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「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」
いつも私の持っていたものをあれこれと欲しがっていた異母妹――マヌエラが、とうとうそんなことを言い出した。
侍女や執事たちも残っている食卓で。
目を向けなくたって分かる。
侍女たちが、この家の長女であり次期当主である私の反応を窺っていることに。
「どうしたんだ。マヌエラ。突然。クローディアは仮にも長女だ。次女のお前は自由に生きていいんだよ」
父は鼻の下を伸ばしっぱなしだ。
それもそのはず、私の母とは政略結婚で好きこのんで結婚したわけじゃないというのが父の日頃からの口癖だった。
母が私を産んですぐ病死したのを良いことに、後妻である継母アントワーヌと再婚した。
昔はこのアントワーヌが実母だと思っていたけれど、すぐ私へのそっけない態度やきつい物言いで違うと分かった。
それに家族四人揃うとよく分かる。
父の髪はペールブラウン。
義母と妹の髪は赤毛。
そして私は母譲りの金髪だ。
誰がどう見たって部外者に見えるのは私の方。
いつだってこの家に温かさを感じたことは一度もない。
「いいえ。お父さま。私、聞きましたの。お姉さまが家のためにバルテル公爵家の次期当主と婚約させられるって。それってあんまりじゃありませんこと? 私だったら、そんなことになったら、毎晩枕を濡らしてしまいますわ」
「おいおい。めったなことを言うものではないよ。公爵家のご嫡男はそれはもう顔も心も美しいと言われている方だ。それに毎夜、舞踏会を開けるほどの財をお持ちの方なんだぞ」
「ですから私がお姉さまの代わりを務めたいと思いますの」
しおらしい態度を浮かべているが、内心は王家の親戚筋にあたる公爵家の嫡男と自分が結婚したいという意思が見え見えだ。
そこへ義母まで援護射撃を送り始めた。
「そうですよ。あなた。これだけマヌエラが姉を思って頼み込んでいるのです。公爵さまもきっとご理解してくださるはずだわ」
私の意思は無視ですか。
そうですか。
赤身のステーキをこれでもかと斬りつける。
「そうか。それもそうだな! よし、公爵家に一度、取り次いでみよう。お前もそれでいいな。クローディア」
父が私を見た。
それは確認ではなく『命令』だった。
娘一人の意思くらい、どうにでもなると思っている。
この父は……!
ふつうの家庭ならここで、お前の意思はどうなんだ? と優しく確認してもらえるだろう。
けれど、ここバロー家で私は常に厄介者だった。
父も継母も私を嫌い、妹は自分こそが伯爵家の長女と言ってはばからない態度。
両親の溺愛がそれを加速させた。
私にも、その愛情のひとかけらでも注いでくれていたら、もう少し我慢してあげられたのに。
フォークとナイフを置き、ワイングラスに注がれた食前酒をひとくち、ゆっくりと味わいながら、父を見た。
若い頃の母そっくりなのだろう。
小心者の父の顔がひるむ。
「父上が決めたことでしたら、どうぞお好きになさってください。私も自由にさせてもらいますので」
誰がしおらしい顔をしてやるものか。
この家でそんな表情を浮かべれば最後、ちょうどいい操り人形の烙印を押されるに決まっている。
そして、ねちねちと生産性のまるでない言葉を聞かされ続けるに決まっている。
私はそんな生き方はもう嫌だ。
私が了承したことで、妹のマヌエラは今にも椅子から飛び上がらんほどのはしゃぎぶりだった。
義母も同様だ。
私はさっそくこの居心地の悪い家族の食卓から抜け出して、自室に戻った。
ついてくる侍従は誰もいない。
それがこの屋敷での日常だ。
今までは母を思って生きてきた。
政略結婚とは言え、母が生前残していた日記では父のことを憎からず想っていたことが綴られていた。
娘の私には、あの父親のどこに惚れる要素があるのか分からなかったが、私を産んでくれた母を想えば父を捨てるという選択はできなかった。
けれどそれも今日でおしまい。
私の意思などどうでも良いと思っている父の顔を見て、せいせいした。
母さんには申し訳ないけれど、もうあの父親や継母の表情を窺って生きるのはやめだ。
私は自室に戻るなり、便せんを取りだして、伯父上に手紙を書き始めた。
いつも私の持っていたものをあれこれと欲しがっていた異母妹――マヌエラが、とうとうそんなことを言い出した。
侍女や執事たちも残っている食卓で。
目を向けなくたって分かる。
侍女たちが、この家の長女であり次期当主である私の反応を窺っていることに。
「どうしたんだ。マヌエラ。突然。クローディアは仮にも長女だ。次女のお前は自由に生きていいんだよ」
父は鼻の下を伸ばしっぱなしだ。
それもそのはず、私の母とは政略結婚で好きこのんで結婚したわけじゃないというのが父の日頃からの口癖だった。
母が私を産んですぐ病死したのを良いことに、後妻である継母アントワーヌと再婚した。
昔はこのアントワーヌが実母だと思っていたけれど、すぐ私へのそっけない態度やきつい物言いで違うと分かった。
それに家族四人揃うとよく分かる。
父の髪はペールブラウン。
義母と妹の髪は赤毛。
そして私は母譲りの金髪だ。
誰がどう見たって部外者に見えるのは私の方。
いつだってこの家に温かさを感じたことは一度もない。
「いいえ。お父さま。私、聞きましたの。お姉さまが家のためにバルテル公爵家の次期当主と婚約させられるって。それってあんまりじゃありませんこと? 私だったら、そんなことになったら、毎晩枕を濡らしてしまいますわ」
「おいおい。めったなことを言うものではないよ。公爵家のご嫡男はそれはもう顔も心も美しいと言われている方だ。それに毎夜、舞踏会を開けるほどの財をお持ちの方なんだぞ」
「ですから私がお姉さまの代わりを務めたいと思いますの」
しおらしい態度を浮かべているが、内心は王家の親戚筋にあたる公爵家の嫡男と自分が結婚したいという意思が見え見えだ。
そこへ義母まで援護射撃を送り始めた。
「そうですよ。あなた。これだけマヌエラが姉を思って頼み込んでいるのです。公爵さまもきっとご理解してくださるはずだわ」
私の意思は無視ですか。
そうですか。
赤身のステーキをこれでもかと斬りつける。
「そうか。それもそうだな! よし、公爵家に一度、取り次いでみよう。お前もそれでいいな。クローディア」
父が私を見た。
それは確認ではなく『命令』だった。
娘一人の意思くらい、どうにでもなると思っている。
この父は……!
ふつうの家庭ならここで、お前の意思はどうなんだ? と優しく確認してもらえるだろう。
けれど、ここバロー家で私は常に厄介者だった。
父も継母も私を嫌い、妹は自分こそが伯爵家の長女と言ってはばからない態度。
両親の溺愛がそれを加速させた。
私にも、その愛情のひとかけらでも注いでくれていたら、もう少し我慢してあげられたのに。
フォークとナイフを置き、ワイングラスに注がれた食前酒をひとくち、ゆっくりと味わいながら、父を見た。
若い頃の母そっくりなのだろう。
小心者の父の顔がひるむ。
「父上が決めたことでしたら、どうぞお好きになさってください。私も自由にさせてもらいますので」
誰がしおらしい顔をしてやるものか。
この家でそんな表情を浮かべれば最後、ちょうどいい操り人形の烙印を押されるに決まっている。
そして、ねちねちと生産性のまるでない言葉を聞かされ続けるに決まっている。
私はそんな生き方はもう嫌だ。
私が了承したことで、妹のマヌエラは今にも椅子から飛び上がらんほどのはしゃぎぶりだった。
義母も同様だ。
私はさっそくこの居心地の悪い家族の食卓から抜け出して、自室に戻った。
ついてくる侍従は誰もいない。
それがこの屋敷での日常だ。
今までは母を思って生きてきた。
政略結婚とは言え、母が生前残していた日記では父のことを憎からず想っていたことが綴られていた。
娘の私には、あの父親のどこに惚れる要素があるのか分からなかったが、私を産んでくれた母を想えば父を捨てるという選択はできなかった。
けれどそれも今日でおしまい。
私の意思などどうでも良いと思っている父の顔を見て、せいせいした。
母さんには申し訳ないけれど、もうあの父親や継母の表情を窺って生きるのはやめだ。
私は自室に戻るなり、便せんを取りだして、伯父上に手紙を書き始めた。
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