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第一話 発端
しおりを挟む「あの性悪クソ賢者め!」
ヘンリックはテーブルにジョッキを叩きつけたが、怒りは収まらない。
もうこれで何度目になるか。
国王に一目置かれる宿敵――大賢者ことレスターは本日も王宮の会議室でヘンリックの研究成果をけなしてきた。
曰く――錬金術の基礎教養を忘れてしまったかのような論文だとかなんとか。それが一回で終わればまだ許せた。
だが理路整然とした反論が合計十二回。
十二回だ。
しかも今日は議場に国王陛下がお越しになる日で、宮廷錬金術師としては一世一代の晴れの日だった。
それをあの憎たらしい、金髪碧眼のキンキンと甲高い笑いが耳につく大賢者さまレスターに容赦なく批判された。
これが飲まずにやってられるか!
「酒」
据わった目でバーテンに空いたジョッキを押しつける。
「荒れてるなぁ。宮仕えってのはそんなに大変なのかい? 兄ちゃん」
ガタイのいい冒険者崩れの男だった。ドワーフの血でも混じっているのか長いヒゲにエール酒の白い泡がくっついていた。
普段のヘンリックなら相手にもしないタイプだ。
しかし今夜は宿敵にこっぴどくやりこめられている。一晩一緒に飲み明かしてくれる仲間が欲しかった。
「おれも今夜は狙ってた獲物に逃げられちまってよ。やけ酒なら付き合うぜ」
「よし。じゃあ俺もあんたに奢る!」
さっそくバーテンに頼む。苦笑しながら満杯のエール酒につまみまでサービスしてくれた。
今日はなんていい日だ。
冒険者と話すのも悪くない。
ヘンリックはうれし涙をにじませながら、新たな乾杯を決めた。
「でなぁ。本当に最悪なんだ。あのクソ賢者!」
「まったくだ。おれが知ってる奴も元は尻軽な遊び人だったクセによぉ。今じゃ大賢者さまだ」
がはは、と威勢のいい笑い声を聞きながら互いに肩を組んで管を巻く。
もう気分は親友だ。
カウンターで席を並べたまま飲み始めること数時間。
ドワーフ男の名はドリンと言って、予想通りドワーフの血が四分の一入っていた。
でかい体格のわりに手先が器用で、三つ編みにされたヒゲの毛先も自分で編み込んでいるらしい。なにより根が明るい。
レスターのように陰湿じゃない。
奴は顔だけは綺麗だが、しゃべり方ひとつ取っても嫌味ったらしい。
なにせ口癖は――
「失敬。私の聞き間違いでなければって毎回言うんだ! あれにはおれも辟易したぜ」
ドリンが今いったセリフは一言一句違わず、レスターが議場で良く言うセリフだ。
同じ賢者でこうも似るものだろうか?
ドリンの言葉はさらに続く。
「しかも。しかもだぜ。昼間はあんなに嫌味ったらしい口きくクセによぉ。いざ夜になったら、毎晩おれの下でカワイイ声であんあん啼いてたんだぜ。まあ、奴が神殿で啓示を受けたジョブが「遊び人」だってのもあるがよ」
――遊び人。
冒険者たちに多大な幸運をもたらすといわれているが、戦闘能力は低くパーティーに入れたがる冒険者は少ない。噂ではパーティーに加えてもらうために身体で対価を支払う者すらいると聞く。
ヘンリックは頭を振って酔いをさました。
今、酔っぱらうとなんだかとても重要な情報を聞き逃してしまう。そんな気がした。
バーテンがずいぶん前に置いてくれた酔い覚ましのぬるい水を飲み干して、ドリンに向き直った。
「なぁ、遊び人を入れてるなんてずいぶん余裕のあるパーティーだったんだな?」
「そりゃあそうよ。といってもウチも無能力者を雇えるほど暇じゃねえ。だから代わりに夜のあれこれを面倒見てもらったわけよ。なにせ男だけのむさ苦しいパーティーだ。顔だけなら女でも通じるきれいな奴だったから、色々教えたらこれが飲み込みの早い奴でな。夜になったらおれらが逆に搾り取られる始末で、ありゃ~ひどかった」
もっと酔わせて喋らせろ。
ヘンリックの勘がそう言っていた。
「……そんなのでも賢者になれたのか?」
「それよ。おれも驚いたんだが『経験』の数が大切らしくってな。結局雇い主のおれらが逆に利用されてたって訳さ。しかも奴め。賢者さまになったら今までは抱かせてやってたんだとか言い出して、パーティーを抜けるって言い出してよ。もうあんなにひどい修羅場はおれも人生初だ。リーダーがあいつに相当入れ込んでてな。心中一歩手前まで行ってパーティー解散よ」
ドリンが在りし日の光景を思い出しているのか、遠い目を浮かべる。
その話にヘンリックはかつて錬金術研究所で起きた事件を思い出した。
昔、それはもう愛らしい女錬金術師が研究所入ってきて、数ヶ月は何事もなく平穏無事に時間が過ぎた。
しかしその後、彼女が研究員たちと合計十股して研究所を上から下まで崩壊せしめたという事件が起きた。なんでも相手は妻子持ちの研究所所長から学校出たての新人までありとあらゆる男が対象だった。
ドリンの話は、その恐ろしい伝説を思いおこさせる内容だった。
「まあ、おれはそのあと幸運にも手先の器用さを買われて今の仲間の世話になってるが、遊び人だけは雇うなと口を酸っぱくして言ってる。ありゃあ淫魔の再来だ」
うん、うんと何度も力強く頷く姿は経験者だけが語れる実感がこもっていた。
「そうなると今、賢者として君臨してる奴はみんなそうなのか?」
「まさか。大半の賢者さまは神殿で徳の高い修行を積まれて、ようやくなれる。そういう代物だ。そもそも遊び人の啓示自体めったに出ない。だから遊び人から賢者になりあがった奴は激レアさ」
だがしかし、ドリンの語った賢者さまは奴と、あのレスターとそっくりなのだ。特に口癖が。
一言一句違わず一緒なんてことがあるか?
口元に手をあてて考え込んでいると、ドリンがどうした? と心配そうに声をかけてくれる。
――違っていてほしい。
でももし奴が遊び人出身ならこれはチャンスじゃないか?
賢者になれたあと奴はドリンたちのパーティーを抜けると言ったのなら、これは遊び人だった過去と決別したくて言った可能性もあるんじゃないか?
ならそれをネタに奴の高慢ちきな鼻っ柱をへし折ることだって――
ごくり、と大きく唾を飲み込む。
ドリンのひげ面をまじまじと見つめて、口をひらいた。
「なあ、その遊び人の名前教えてくれないか?」
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