だって僕は君だけのモノ

沙羅

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プロローグ

第4話

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次の日。最近にしては珍しく、拓海は僕の近くに居たがった。
拓海は人を選ぶところがあるから彼女が近くに居ても平気だろうかと心配になったが、それは杞憂に終わった。彼女が居る時の拓海は対他人用の上品な笑い方ではなくて、僕といる時のような心からの笑顔を浮かべていたから。

それもあって、彼女とならこれからもうまくいくかもしれないと思った。
あの拓海だって、彼女のことを認めているんだから。

――僕は気付いていなかったんだ。
拓海から「特別扱い」をされる女の子が、拓海を好きな女の子たちにどう映るのか。


放課後になって教室が慌ただしくなる。
チャイムと同時にいなくなる人、文句を言いながらも部活に向かう人、帰りたくないと嘆き意味もなく教室で時間を潰す人。

「邪魔するのも悪いし、僕は先に帰るから」
そう言う拓海の隣には、また僕の知らない女の子がいた。
「うん、またね」
2人が帰っていくのを、なんとなくモヤモヤした気持ちで見送る。無意識のうちに、拓海のいた場所をずっと見つめ続けていた。
「千秋くん?」
彼女に呼びかけられ、ようやくそこから目線を外す。
「ぼーっとしてた。僕らも帰ろっか」


好きな音楽の話だとか、行ってみたい場所とかを話して。
彼女と昨日の場所で別れれば、5分もしないうちに家に着く。その頃には、もうすっかりモヤモヤした気持ちは消えていた。

宿題をして、夕飯を食べて、お風呂に入って。やっと一服をした、午後9時頃。

部屋の中に、着信音が鳴り響く。
僕の携帯に電話をかけてくるなんて、母親か彼かの2択くらいだ。今は家にいるのだから、おそらく電話の相手は彼だろう。

「千秋ちゃん、助けて」

予想通りそれは、拓海からの電話だった。

「お願い、千秋ちゃんに会いたいよ……」
切羽詰まった拓海の声。愛に飢えて、不安定になった時の彼の声だ。今日の彼女も、彼のことを分かってはあげられなかった。
「千秋ちゃん……?」
行ってあげないと。そう思うのに、この役目は本当に僕で正しいのだろうかと不安になる。いや、きっと、正しくはない。

「ごめん、行けない」
この関係は、彼女と付き合いだした時にやめると決めたはずだった。これも未来の拓海のためなのだと、気を抜けば会いにいってしまいそうになる自分を納得させる。

「どうして? 用事でもあるの?」
拓海の甘えるような声が、少しだけ低くなった。
「いや、用事はないけど……」
何か言い訳を考えておけばよかったものを、僕は馬鹿正直に答えてしまう。
「けど、なに?」
彼の声に不満が内包されていく。ドクドクと鳴る胸を抑えて、ずっと抱いていた、正さなければと感じていた、僕らの間違った「愛の伝え方」を指摘した。

「だって拓海、今僕と会ったらキスするだろ?」
そう言えば、数十秒ほどの沈黙が続いた。これまで何も言わず受け入れてきたくせに、急にやめようと提案する自分をどう思うのだろう。彼の表情が見えないのが怖い。

「嫌、だったの?」
やっと聞こえた声はか細くて。もしかしたら傷つけてしまったのかもしれないと、罪悪感が刺激される。
「嫌っていうか……ダメ、だと思う」
僕だって、どんな形であっても拓海に頼られるのは嬉しいのだ。常識なんてものがなければ、断ろうだなんて思うはずがなかった。それでもきっと、この方が彼のためになる。そう、根拠なく信じている。

再び電話の向こうの音が消えた。
カチ、カチ、と時計の音が鳴って、きっと長い時間が経ったあと。

「……わかった。キスはしないって約束するから、僕の部屋に来て。千秋ちゃんと会って話したい。それだけでいい」
それは、感情を押し殺したような落ち着いた声色だった。
「うん、すぐ行く」
いやな落ち着きが気になって、僕も表情を見ながらじゃないと安心して話せないと思ったから、深くは考えずに彼の提案にうなずいた。

「母さん、拓海に呼ばれたから行ってくる」
「行ってらっしゃい。泊まりになるなら早く連絡しなさいね」
僕の母は拓海の家庭環境を理解しているため、こういう時は笑顔で送り出してくれる。拓海を引き取って育てたいと、日頃から口にもしているくらいなのだ。
「あっ、少し待って」
そう言って台所に消えた母が、バタバタと音をたてる。戻ってきた母の手には、小さな小包が握られていた。
「1人だと食生活が乱れがちになるでしょう? 拓海くんに持っていってあげて」

装備には頼りないその小包だけを片手に、僕は拓海の家の前に立った。
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