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しおりを挟む目が覚めたとき、僕は自分の部屋に居た。隣に人の気配がして、否、僕を苦しめた張本人である人外の気配がして身体が強張る。不思議と身体の辛さは引いていた。
「起きたか」
「っ、何でお前がここに……!」
「鍵を借りたんだ。分かりやすいとこに隠してた姫さんが悪い」
「完全な不法侵入じゃないか!」
「苦しくて死にそうな姫さんを介抱して、家まで運んだのは俺なのに?」
得意そうにそう言われ言葉に詰まる。見たところ全く危害は加えられていないし、カイトは本当に僕を助けてくれたようだった。決めつけで怒鳴ったことに少しだけ罪悪感を感じて、話を逸らす。
「……いい加減『姫さん』って呼ぶのはやめてくれないか」
「じゃあ何て呼ばれたいんだ?」
「雨月でも愁介でも、好きな方で呼べばいい」
「りょーかい。なぁ、この家に愁介以外の人の気配が全くないんだが、お前もしかして一人暮らししてるのか? 天の一族の直系、最後の1人なのに?」
「僕を引き取ってくれた人が転勤で海外に行ったからな。時々帰ってはくるが」
「まさか、その人に話してないのか……?」
「話せるわけないだろ、こんな面倒な事情なんて」
「その人、危険だぞ?」
そんなことは分かっている。だから海外に転勤になった時はホッとした。僕との繋がりが見えづらくなれば、彼だけは平穏に暮らせると思ったから。本当にそれを願うのであれば、本当の事情を話して「イタイ子」とでも思われて追い出されるのが正解だったはずなのに。でも僕は……1人になるのが寂しくて怖かった。
「言ったら僕は捨てられるしかないだろ」
「そしたら俺が拾ってやるよ」
「それくらいなら1人でいてやるさ」
「強情だな」
こんなことをカイトと話している自分に驚いた。僕にとって彼は憎むべき対象で、普段なら家に居ることすら許さない存在だというのに。
「まぁいい。渡した瓶は俺の血を薄めたものだ。だんだん薄めることで初飲の依存性をなくしていく。ちゃんと飲めよ?」
「……何をたくらんでるんだ。依存性をなくさせるなんて、お前にとって得がないだろ」
「そうだな。でも俺はなぜか、愁介には苦しんでほしくないと思うようになった」
なぜ。カイトは、お前たち吸血鬼は、人間を脅して無理やり言うことを聞かす種族じゃないのか。なのになぜ、僕を気遣うような言動をする。
「ミイラ取りがミイラになるってやつだな。もしかしたら俺は愁介に本気で惚れちゃったのかも」
「冗談だろ」
僕は軽く笑った。カイトは少しだけ寂しそうな顔をした。だがそれは一瞬で、すぐに悪戯っぽい笑みに変わる。
「愛の告白がこんな簡単に流されるとは。まだまだ愁介をオトすのには時間がかかりそうだ」
「当たり前だ。僕は吸血鬼って生き物が大嫌いだからな」
とはいえ、彼に少しずつ心を開いてしまっているのを否定できなかった。カイトの力なら、僕を半殺しにしてブレスレット外させるよう誘導することも、初飲の効果を使って僕を苦しめることも簡単だったはずだ。なのにこいつは、それをしなかった。
「お前こそ、これからどうするんだ」
「あー、どうしよっかな。全く考えてなかった。まぁ適当な屋上でも見つけて寝るさ」
「そうか」
「なに、泊めてくれようとしてた?……なんて、そんなわけないか」
そのカイトの言葉に僕は我にかえる。僕は今、彼に何を言おうとしていた? 僕の部屋以外なら別に泊まってもいいけど。そんなことを一瞬でも思ったなんて有り得ない。このブレスレットに誓って、有り得てはいけない。彼らは、僕ら天の一族の永遠の敵、絆されるなんてあってはならない。
「用が済んだなら早く出ていってくれと言おうとしただけだ」
「冷たいな、命の恩人なのに」
「もとはお前のせいだろう」
「まぁな」
カイトの目が僕を射抜く。綺麗だ、と改めて思った。目をそらすことが出来なくなる。カイトが僕の頭を軽く叩いている間、僕は文句一つ言わずそれを受け入れていた。
「じゃあな、愁介。また明日学校で」
そう言って彼はベランダへと向かう。大きな窓が開かれて、冷たい風が入ってきた。
「おい、玄関から」
僕の制止の声も聞かず彼はそこから飛び降りた。ちなみに、僕の部屋は2階である。慌ててベランダに出て下を覗くが、そこにはただポツポツとした明かりと暗闇が広がっているだけだった。
冷気がじわりと身体を包む。
「はぁ……」
少しだけ焦ってしまった自分と、今日の出来事への疲れに溜息が出た。夕ご飯前にもう一眠りしようと布団に入る。……だが、まだ愁介の災難は終わっていなかった。
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