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第一話 立派な魔王様になりましょう!

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 どこかの世界の、いつかの時代。
 人々の生活の傍に、魔術と呼ばれる不思議な力がある、私達の中世と呼ばれた時代にも似た時代。
 とある大陸の、ルクスカリバー王国と呼ばれるとてもとても大きな国に、エキナケア・ルクスカリバーというお姫様がおりました。
 その見目麗しい美しさは国一、大陸一と言われ、海を越えた大国の王子様が求婚を申し込む程で。
 その堂々とした立ち振る舞いは、どんなに恐ろしい犯罪者も借りてきた猫の様になってしまう程で。
 その人を慈しみ、国を愛し、けして偉ぶらず、強い光を輝かせる心は、どんな闇をも払う程で。
 …しかしそんなお姫様は、突如、魔王の手によって、魔界へと攫われてしまったのです。
 魔界とは、この世界の汚濁を大釜で煮込み、それを更に漉したモノを煮詰めた様な…人間の住む世界と同じ世界にありながら、この世界とは全く違う世界。
 そして魔界には、魔物と呼ばれる、おぞましい姿をした者達が住んでいました。
 お姫様を攫った魔王も、極悪非道、鬼畜畜生外道の極みと噂されていて。
 お姫様はそんな場所に、そんな者達の手によって、攫われてしまったのです。
 国王様は攫われたお姫様を救う為、大陸中、世界中から、腕の立つ剣士、騎士を集めました。
 …しかし、どの騎士、どの剣士も、魔王の名を聞いた瞬間震え上がり、逃げ帰ってしまって。
 …それ程までに、魔界とは恐ろしい場所で。
 それ程までに、魔王とは恐ろしい存在なのでした。
 …そして、お姫様が攫われてから二週間近くが過ぎた、魔界中心にある魔王のお城では…。
「そこのワーウルフさんっ!疲れたらお休みして良いんですっ!
 無理はしないで下さいねっ!」
「そっ…それじゃあ休息行ってきますっ!ありがとうございますっ!」
「触手さんっ!沢山の荷物を運んで貰えるのはとても嬉しいのですが慌てないで下さいっ!転んじゃいますよっ!」
「了解だぁよぉー」
「ゴーレムさん!仕事が早いのは素敵な事ですが沢山運び過ぎですっ!落としたら危ないですよっ!」
「うむ、心得た」
「みんな!ここの部屋ももう少しで片付きますっ!
 一緒に頑張りましょーっ!」
『おーーーーーーーーっ!』
「あ、あのー…お姫様?
 僕はいったい何をすれば…」
「もうっ!魔王様ったら!
 魔王様は魔王様なんですから、もっとどっしりと構えて良いんですっ!
 あっ!それでは私の代わりに皆さんに指示を出して下さいっ!」
「いやいやいやいや無理無理無理無理っ!
 僕には絶対に無理だってっ!」
「そんな事ありませんっ!魔王様なら絶対大丈夫ですっ!」
「無理無理無理無理本当にほんっとーに無理っ!
 僕にお姫様みたいなみんなを纏める力は無いんだってばっ!」
「お姫様、うちの魔王様はそーいうのとは無縁な人ですから、期待しない方が良いかと」
「うちの魔王様って本当に威厳とか無いよなー」
「もうちょっとしっかりして下さいよ俺達の大将ー」
「お姫様ー、ゴミはこれだけですかー?」
「もう少し出るかもしれませんっ!
 あっ!でもそれは先に持って行っても大丈夫ですよーっ!」
「はーい」
 …何故かお姫様を船頭に、魔王のお城の大掃除が始まっていたのでした。


 …どこかの世界の、いつかの時代。
 人々の生活の傍に、魔術と呼ばれる不思議な力がある、私達の中世と呼ばれた時代にも似た時代。
 これはそんな世界の、きっとどこにでもある、御伽噺。



 初めてこの魔界に来た時は、恐怖しか感じなかった。
 どこを歩いても、人とは違う姿の化け物しかいなくて。
 陽の光の無いそこは、心が弱ってしまう程暗くて。
 その世界を照らしているのは、血よりも紅く輝く満月で。
 沢山の不気味なオブジェが置かれ、真っ赤な川が流れていて。
 …魔王様のお城なんて、私が思い描いていた恐怖のお城そのものだった。
 …きっと私は、食べられちゃうんだ。
 沢山怖い思いをして、沢山酷い事をされて、
 体をバラバラに引き千切られて、バクバクと食べられちゃうんだ。
 私の心は、途方も無い絶望に支配されて。
 私の体は、一歩一歩と踏み出す度に、震えてしまって。
 …私は、私の命を、諦めてしまって。
「わっ…わーっはっはっはっはっはっ!
 遠い所をよくぞ来て下さった!人間界のお姫様!」
 …でもその思いは、魔王様のお城の大広間に通され、
 目の前の玉座に座る、多分魔王様だと思う男の人の、お遊戯会を精一杯頑張っている小さな子供の様な姿を見て一掃された。
 魔界に来てから初めて見る、人の姿だった。
 黒を基調とし、宝石や金属で装飾された服を纏った、細くひょろりとした体。
 背丈は…離れているからなんとも言えないけれど、多分私より頭一つぐらい高いと思う。
 肩で切りそろえられたもしゃっとした髪は、夜の空の色にも似ていて…あ、髪が跳ねてる。寝癖かなぁ。
 顔は…カッコいい…と思う。でもなんだか全体的にへにゃりとしていて、ちょっと頼りなさそう。
 赤と金の瞳をした垂れがちな目が、その感覚をより強くさせた。
 …この人が、あの極悪非道、鬼畜畜生外道の極みと噂される、魔王様なの?
「…………えと…」
「怖がって下さい!怯えて下さい!
 僕は…あ、違った。
 …ねぇ、本当に俺って言わなきゃ駄目?」
「駄目ですよ魔王様!
 魔王様が僕だなんて一人称を使ったら怖くなくなっちゃうじゃないですか!」
「言い慣れてないから違和感が凄いんだけれど…」
「それを乗り越えてこそ、魔王様は魔王様としてランクアップするのです!」
 鎧を纏うライオンの様な魔物さんが、ぐっと拳を握って魔王様(?)を説得したかと思うと、
「あと魔王様、所々敬語が混ざってるぜ。
 つかもう殆ど敬語だ」
「だって相手は人間界のお姫様だよ!?礼節はちゃんとしなきゃっ!」
「…あー…魔王様がそう思うんなら別に良いんだが…」
 カラスと人を、カラスの要素を強めに混ぜ合わせた魔物さんが、何かを諦めた様に呟いた。
「おっ…俺は魔王です!…じゃなくて魔王だ!」
「……」
「そうですっ!この方はこの魔界を統べる王なのですっ!」
「代理でも影武者でも無い本物の魔王だから安心してくれ」
「怖がれー!怯えろー!」
「…………」
「うわーっはっはっはっはっはーっ!」
「……………………」
「…あ、あれ?怖がってない?」
「…………あっ!そういえば言語理解の為の魔術の更新を行っておりませんでしたっ!」
「ほっ、本当にっ!?」
「申し訳御座いません…っ!」
「おいおい…。
 て事は今、お姫様は訳の分からん会話をしている魔物三体を目の前にしてるって事か?」
「そっ、そんなっ!
 それってすっごく怖いよっ!?僕だったら泣くよっ!?」
「いや泣くなって。魔界の王様だろ」
「なればお姫様に魔術を掛け直すしか…」
「人間にとっちゃ魔物から魔術を掛けられるなんて恐怖そのものだろ」
「どうしよどうしよどうしよどうしよ…っ!」
「…………あの、皆さんの言っている事は、ちゃんと…きちんと理解出来ています」
 私の声に反応して、円陣を組んで話し合いをしていた三人の魔物さんが私の方を振り向き、驚きに目を見開いた。
「い、言ってる事が分かるって…」
「タイム、本当は更新したんじゃねぇか?
 それをお前が忘れてるだけとか」
「い、いや、そんな筈は…イキシアが掛け直したのではないか?」
「んなめんどくせー事誰がするかって」
「えっと、その、あの、色々あって、ちょっと説明が難しくて…。
 …とりあえず一つ聞きたいんですが、魔王様が手に持ってるその白い紙はいったい…」
「あ、これの事ですか?
 これはイキシアが用意してくれたカンペですよ?」
「は、はぁ…カンペですか…」
「魔王様っ!それ言っちゃ駄目じゃないですかっ!」
「…………あっ!」
「全く…魔王様ちょろ過ぎるだろおい…」
「い、言っちゃった!言っちゃった!
 どどどどどどどうしようっ!?」
「どうしようと言われましても…どうする?イキシア」
「しゃーねー、パターンCに変更だ、タイム。
 お姫様、悪いがもうちょっとだけ付き合って下せぇ」
「あ、は、はい。分かりました」
「ほら魔王様!せっかくお姫様が付き合ってくれると言って下さっているのですから、ビシッと決めて下さいビシッと!」
「パターンCは八ページ目だ、魔王様」
「僕頑張る…!」
 涙目になっていた魔王様(?)はごしごしと目を拭うと、バサァッとマントを払って、
「ふははははは!
 攫われた以上お姫様にはこの魔界に留まってもらいます!…もらうっ!」
「は、はぁ…」
「あっ!ちゃんとベッドはふかふかの天蓋付きっ!
 ご飯は三食に毎食後デザートも付けるよっ!」
 思ったより好待遇なんだなぁ…てっきりもっと酷い扱いを受けるものかと…独房で一日の食事がパン二個とか。
「あと二十四時間ゴーレムがお姫様を守りますっ!
 最高位の魔術師が造った、すっごくすっごく頑丈なゴーレムだよっ!」
 それはいらないかなぁ…というか流石魔界。私達の世界でも高位の魔術師しか使役出来ないゴーレムが普通にいるんだね…。
「ちなみに僕は魔界の王様だから色々凄いですっ!資産とか土地とか!
 ほらっ!僕は魔王ですからっ!」
 うん……………………うん?
「それになんでもお姫様の願いをなんでも叶えられますっ!
 ほらっ!僕は魔王ですからっ!」
「…………おい、イキシア」
「あ?なんだよ、タイム」
「だから僕のお嫁さんになって下さいやああああああああああああああああああああ!」
「お前カンペに何書いてんだあああああああああああああああああああああっ!」
「いやぁ次の締め切りが近いのに良いアイデアが浮かばなくてなー。
 そんな時にこの話が転がり込んで来てさ、いっそこれを本にしてみようかなーっと」
「イキシア貴様あああああああああああああっ!
 私情を仕事に持ってくるなとあれほど口を酸っぱくして言っただろうがあああああああ!」
「僕勢いで告白しちゃってるんだけれどっ!?
 僕勢いで告白しちゃってるんだけれどーーーーっ!?」
「んだよ魔王様。このお姫様じゃ不満だってのか?贅沢だなー」
「ちちちちちちちち違うよ!?むしろ僕なんかじゃ勿体無いぐらい素敵な人だよ!?」
 す、素敵って…そりゃ立場上いろんな人にそう言われるけれど、まさか魔王様に言われるなんて…ちょっと嬉しい、かも…。
「あああああああ…嫌われた…僕絶対に嫌われた…!」
 がっくりとうなだれ、はぁぁぁぁととっても深い溜息を吐く魔王様と、喧々囂々と言い争うライオンさんとカラスさん。
 …逃げるなら、今しかない。
 幸い手枷も足枷も無い。
 私に注意が向いていない今なら…今なら……!
「魔王様っ!
 私、貴方の事を嫌いだなんて思っていませんっ!」
 …逃げる事もせず、そう声を張り上げた私を、魔王様、イキシアさん、タイムさんの、さっきよりも強めの視線が射抜く。
「……ほ、本当に?
 本当に僕の事、嫌いになってない?」
 魔王様(?)が涙目で尋ねてきたから、私はコクコクコクコクと、何度も何度も頷いた。
「だって私達、まだ出会って少しも時間が経っていないんですよ?
 …勿論、最初は怖かったですし、何をされるか、ずっと…ずっと、ビクビクしていました。
 でも、魔王様もタイムさんもイキシアさんも、悪い人…というか悪い魔物さんには見えませんでしたし…。
 それに、見ず知らずの皆さんを理由も無く嫌うなんて、そんなの…そんなの、嫌ですから」
「おお…なんという勿体無いお言葉!
 このタイム、お姫様の懐の広さに涙で前が見えません!」
「おい魔王様、このお姫様めちゃくちゃ肝っ玉でけーぞ。
 結婚したら絶対尻に敷かれるな」
「けけけけけけけ結婚て!結婚て!
 だってお姫様はまだ十五歳だよ!?
 人間界の法律だと結婚出来るのは十六歳だからまだ無理があるよっ!」
「いやまぁそれはそうなんですが…」
「魔王様なんだからそんなちっちぇえ気にすんなよ…」
 …なんだろう、ここにいると私の中の魔界像がガラガラと音を立てて崩れていく様な…。
 ここは本当に魔界なの?もしかして私、夢でも見てる?
 そんな事をぼんやりと考えている間にも、三人は円陣を組んであーでもない、こーでもない、そーでもない、ちょっと待て今何話してたっけ?と話し合っている。
「……で、では詳しくは後日という事で異論はありませんねっ!?」
「う、うん!それで良いよっ!」
「俺も異論無しだぜ」
 話し合いの決着が着いたみたい、円陣を解いたタイムさんは、くるりと私の方を向くと、
「お姫様、お疲れでしょうから今日はお休み下さいませ。
 詳しくは後日、きちんとご説明致します」
「あ、は、はい。分かりました」
「おいバーさーん!お姫様を用意した部屋まで案内してやってくれー!」
「……バーさん言うな阿呆。
 メイド長と呼べと何度言えば理解するのじゃこのすっとこどっこいが」
 突然聞こえた、今まで聞こえなかった声に、思わずビクッと体が震えた。
 声のした方を向くと、大広間の隅、どこかへと続く道に、バーさんと呼ばれたメイド長さんが立っていて。
 バーさんと言うのだから、てっきりおばあさんみたいな人かなぁって思ったんだけれど…。
「……女の子?」
 そこに立っていたのは、十歳ぐらいの可愛らしい女の子だった。
 金色の長くゆるふわっとした髪、メイド服の長い袖とスカートの上からでも分かる程に細い手足、子供特有のふにふにとしていそうなほっぺたと、ぷっくりとした唇、
 蒼い瞳を持つ吊り目がちな目はなんだか眠たそうだったけれど、それもまた可愛い。
 メイド服じゃなくてフリフリのドレスを着せたら絶対に可愛い。ぎゅうって抱きしめてもふもふしたい。
 メイド長さんはピコピコと私に歩み寄る。うわぁ、私よりずっとちっちゃい。
「メイド長。
 お姫様の事、どうかよろしくお願いします」
「任せよ魔王、客人をもてなすのもまた儂等の仕事じゃ。
 …さて、行こうか。人間界の姫よ」
「は、はいっ!」
 見た目にそぐわないおばあちゃんみたいな話し方をするメイド長さんの後を追って、私はその場を後にする。
「…………イキシアちょっと来い!話がある!」
「あっ!俺原稿やんなきゃいけねぇんだっ!
 さぁてお仕事お仕事―」
「おいコラ待てコラ!
 お前の本業は魔王様の従者であって小説家じゃないからなっ!」
「嫌いじゃないって言われた…僕魔王なのにお姫様に嫌いじゃないって言われちゃった…!
 あああああ…顔が熱い…僕冷水シャワー浴びてくるっ!」
 …三人共、色々苦労してそうだなぁ…。



 長ーい廊下をぴこぴこ歩くメイド長さんと、その後ろを歩く私。
 …どうしよう。
 さっきはその場の雰囲気に流されてすっかり忘れてたけれど…私、魔界に攫われちゃったんだよね…。
 さっきまで頭からすっかり抜け落ちていた恐怖が、鎌首をもたげて私を苛み始める。
 私、あの魔物さん達に悪い人には見えないって言われたけれど…もしかしたらそれは、私を騙す為の演技かもしれない。
 私を安心させて、安心しきった所を食べる為の演技かもしれない。
 私が悪い人には見えないって言った瞬間、三人共、心の中で笑ったのかもしれない。
 これから行く部屋というのも、拷問部屋のような場所なのかもしれない。入った瞬間死んでしまう様な罠だらけなのかもしれない。
 自分の顔から、どんどん血の気が引いて行くのが分かる。
 怖い。怖い。怖い。
 体が、心が、
 どんどん…どんどん、かじかんでいく。
「……大丈夫か?人間界の姫」
 メイド長さんが私の方を向いて、くいっと小首を傾げる。
 いけない。
 不安な気持ちが抑え切れなくなって、顔に出てしまったんだ。
「は、はい。
 大丈夫です」
 ごまかす。
 もしここで疑っている事がばれてしまったら、きっと、抗う事も許されずに殺されちゃう。
 …それに、大丈夫って言えば、
 大丈夫だって、思い込めば、
 本当に…本当の本当に、大丈夫な気がしたんだ。
「…とても大丈夫には見えんよ。
 部屋への道からは外れるが…まぁ良いじゃろ。
 すまぬが、もう少しだけ付き合っておくれ、人間界の姫」
 そんな私に、メイド長さんはふっと微笑んで言って、またぴこぴこと歩き出した。
 …ばれてしまった。
 私、どうなっちゃうんだろう。
 すぐに食べられちゃうのかな。
 それとも、沢山酷い事をされて、身も心もぼろぼろになってから、食べられちゃったのかな。
 …そうして、少し歩いて辿り着いたのは、とてもとても大きなキッチンだった。
「小汚くてすまんが、その椅子に座って少し待っていておくれ」
「…………はい…………」
 もう駄目だ。
 私、調理されるんだ。
 壁に掛かっているとっても大きな包丁で切り刻まれて、馬がまるまる一頭入る大きさの鍋でぐつぐつ煮込まれちゃうんだ。
 怖くて、体がちゃんと動いてくれない。
 体も、歯も、指先も、小刻みに震えてる。
 自分を守る様に、私は自分の体を抱き締めた。
 怖い、怖い、怖い…………怖いっ!
 …嫌だ。
 私…まだ…死にたくない…っ!
「ほれ、人間界の姫。飲むと良い」
 そんな私の目の前に、マグガップが差し出される。
 恐る恐る、それを受け取ると、その中に満たされているのは、白くて、ほかほかと湯気を立てる液体。
 ホットミルクに見えるけれど…それより少しとろっとしているし、ほんわりと甘い香りもする。…なんだろう、これ。
「ゴズから取った乳と、クオンソウの根から採れたデンプンで作ったミルクスープじゃ。
 巷でもごくごく普通に飲まれているありふれた物じゃが…心も体も疲れ切っている時はそれが一番効く」
 メイド長さんはふっと微笑んで、戸棚の方へ歩いて行く。
「ああ、味も効能も保障しよう。
 この城の魔物も、魔王も…勿論儂も、しんどい時はいつもそれの世話になっておるからの」
 私は少しの間、マグカップとメイド長さんを交互に見て警戒していたけれど、
 マグガップから漂う甘い香りに誘われ、恐る恐る、口を付ける。
「………………美味しい」
 優しい甘さが、とろりとした温かさが、
 …凍えていた体と心を、ゆっくり、じんわりと溶かしていく感覚。
「…………あの、メイド長さん」
「ヒルガオじゃ」
「…ヒル、ガオ…?」
「姫とは長い付き合いになりそうじゃし、名前ぐらい名乗っておいた方が良いと思うてな。
 …そういえば、姫の名はなんと言うのじゃ?」
「わ、私は…エキナケア。
 エキナケア・ルクスカリバーと…言います」
「エキナケア…人間界の花の名か。
 …うむ、良き意味を持つ名じゃ」
 メイド長さん改めヒルガオさんは、戸棚から琥珀色の液体で満たされたビンを取り出し、中身をグラスに注ぎながら言う。
「それでエキナケア姫…ううむ…距離を感じるのぅ…エキナ姫、と呼んでも良いか?」
「は、はい。
 私の国でも、親しい方達には、そう呼ばれていました」
「ならエキナ姫よ、今儂に何かを尋ねようとしていたな?」
「あ、はい。
 あの、その…」
「何を聞かれても答えるぞ?
 隠す事でエキナ姫を不安にさせるのも嫌じゃからの」
「ええと、それじゃあ……魔王様って、いつもあんな感じなんですか?」
 それを聞いた途端、ヒルガオさんはグラスに口を付けたままきょとんとしたかと思うと、
「…わーっはっはっはっ!」
 何故か突然、大きな声を上げて笑い出した。
 どうして笑われたんだろう。
 …私、変な事言っちゃったのかな…?
「ああいや、すまんすまん。
 てっきり何故自分が攫われたのかと聞かれると思うてな」
「それも考えましたけれど…なんとなく理由の検討がつくので」
 ルクスカリバー王国は世界から見ても、国力、財力、保有する魔術師の数…あらゆる面から見て、とても大きな国だ。
 その国の第一王女である私を攫う理由なんて、だいたい検討がつく。
 …前も、そうだったし。
「それよりも、さっきの光景がどうしても気になってしまって…」
「なるほどのぅ。
 ちなみに答えておくと、エキナ姫を攫った理由はそれを指示した魔王以外誰も知らん。…恐らく側近であるイキシアとタイムもな」
「そうなんですか?」
「うむ。なにせエキナ姫を攫うと決まったのもつい先日の話じゃし。
 全く…魔王の奴、エキナ姫を突然を攫うと決めおって…こっちは歓迎の準備にてんやわんやじゃったぞ…」
「…なんだかすいません…」
「ああいやいや、エキナ姫が謝る事等何一つとして無い。全く以て気にするで無いよ。
 それで、エキナ姫の質問じゃが…エキナ姫の察しの通り、いつもはあんな感じではない」
「……そう、ですよね…」
 あんな頼りなさそうな人が、魔王様な訳が無い。
 あれは私を騙し、欺き、油断させる為の、仮初めの姿。
 心がメシメシと音を立てて軋み、ぎゅうっと握り締められた様に痛む。
 …少しだけ、期待していたんだ。
 もしも…もしも魔王様が、そして魔物さん達が、いつもあんな感じだったら。
 きっと国中…ううん、世界中の人達が、魔界の住人さん達と仲良くなれるのに…、って。
「…ヒルガオさん、教えて下さい。
 普段の魔王様の事を。普段の魔物さん達の事を。
 …大丈夫です。ヒルガオさん。
 どうせこの魔界から逃げられるなんて、微塵も思ってませんから」
 覚悟を決めよう。
 私はこの魔界で一生を終える事を。
 嬲られ、辱められ、慈悲も温情も無い無残な死の中で、死んで逝く事を。
「…なるほど。
 しかし…これは言って良いものか…。
 …うむ。隠し事はしないと約束したからのぅ」
 ヒルガオさんはグラスに残っていた液体を飲み干し、まっすぐ、真剣な目で私を見た。
 …………覚悟を決めたとは言え、やっぱり緊張す
「いつもの魔王は…………さっきの五倍程ヘタレじゃ」
「…………え?」
 ヘタレ?ヘタレって…頼りないとかの意味で使われる、あのヘタレ?
「…も、もしかして、魔界の専門用語とかですか?」
「人間界のヘタレと同じ意味じゃよ。
 いやーあんなにしっかりとした魔王は久方振りに見るのぉー」
「…えー…」
「タイムはクソ真面目過ぎるし、イキシアは何故側近を務めているのか分からんぐらい使い物にならんし」
「……えーー……」
 何それ。
 …え、何それ。
「…む?その顔から察するに拍子抜けと思うておるな?」
「は、はい…」
「ま、それも仕方ないのぅ。
 魔界が…そして魔王が、人間界にどの様に伝えられているか、知らん儂では無い」
 クククと笑いながら、ヒルガオさんはまたグラスに液体を注いで口を付ける。
 …この言葉も、疑わなきゃいけないんだろうか。
 私を油断させる為に、ヒルガオさんが嘘をついているって。
「信じる信じないもエキナ姫の自由じゃ。好きにすると良い」
「…………信じます。ヒルガオさんの言葉を」
「…その心は?」
「…ちゃんと…ちゃんと、本当の事を言うって言ってくれたヒルガオさんの言葉を、疑いたくないんです」
 …嫌だな、それ。
 ヒルガオさんの言葉を、私は信じたい。
 これ以上、何かを疑いながら…魔物さん達の全てを疑いながら、ここにいてしまったら、
 …どんなに魔物さん達が私を大切に思ってくれていても、どんなに魔物さん達が私に優しさをくれても、
 それを私の手で、全部全部、無かった事にしてしまう。
 そんなの…そんなの、絶対に嫌だから。
「…ルクスカリバー王国は、ほんに…ほんに素晴らしい姫を有しておるのぅ」
 ヒルガオさんは微笑む。
 その微笑みは、ふわっと、ほわっとした、とても優しい物。
 …人を騙している様には、とても見えない微笑みだったんだ。
「今この瞬間より儂はエキナ姫の味方じゃ。
 たとえ魔界全てが…魔王がエキナ姫を敵と見ようとも、
 儂は…儂だけは、絶対に絶対に、ぜーったいにエキナ姫の味方じゃ」
「…………本当、ですか?
 わた…私、人間、なのに…。
 貴方は、私の…私の味方に、なって、くれるんですか…?」
 ヒルガオさんは、何も言わない。
 …何も言わずに、ただただ微笑んで、
 力強く、頷くだけで。
 …それだけで。
 それだけで、全部全部、伝わってきて。
「…ありがとう、ございます。
 ……ありがとう…ございます…!」
 今までピンと張り詰めていた糸が、ぷつんと切れた感覚。
 知っている人も、心を許せる人もいない、人ならざる命が跋扈するこの魔界で、
 たった一人でも、自分の絶対の味方だと言ってくれる、誰かがいる事に。
 …その事に、私は、
 心の底から、安堵したんだ。
 ヒルガオさんは満足そうにグラスを流し台に置いて、んーっと大きく背伸びをした。
「さて、と。
 一息ついたらエキナ姫の部屋へと向かうとするかのぅ」
「あの、ヒルガオさん」
「?なんじゃ?」
「私の事、もしご迷惑で無かったら、どうかエキナと呼んで下さい。
 人間の世界にいた時も、なんだか姫とつけられるの、ちょっとこそばゆくて…」
「そうか?
 それなら…エキナよ、儂に対しても敬語など必要無いぞ?」
「え?でも…」
「メイドに敬語を使う姫もおるまいし…それに何より、敬語で無い方が心の距離もぐっと縮まるじゃろ?」
「そ、そうですか?
 ええと…それじゃあ……ヒルガオちゃん、で良いかな?」
「おおうそこを変えてくるか…この年で名前にちゃんと付けられると…なんというか、こそばゆいのぅ…」
「い、嫌だった?」
「…いや、なんでか全く悪い気はせんよ。
 では行くとするかの、エキナ」
「うんっ!ヒルガオちゃんっ!」



「そういえばヒルガオちゃんって、やっぱり魔物さんなの?」
「うむ…魔物と言うかなんと言うか…。
 そうじゃな…詳しい事は省くが、儂は元は人間での。
 その魂を人形の体に移した魔物なんじゃ」
 私の部屋に向かう道すがら、ふと気になったのでそう尋ねてみると、ヒルガオちゃんはなんだか奥歯に物が詰まった言い方をして手袋を取る。
 その手の関節は、本当にお人形さんの様に球体で。
 良く良く見れば肌の質感も、そういえば瞳の感じも、人のそれとはちょっと違っている。
「隠し事をしたくは無いが…儂は少し複雑な境遇持ちでの。
 色々あって疲れているエキナに話せる内容では無いし…聞いていて心地良い話でも無い」
「そうだったんだ…ごめんね?変な事聞いちゃって」
「気にせんで良いよ。
 …ただ、いつかエキナに話せたらとも思うておる」
「…うん。
 いつか聞かせてね、ヒルガオちゃんの事。
 私、どんな話でも、ちゃんと聞くから」  
「うむ。
 もしも…もしも、そんな日が来たのなら。
 その時は、聞いて貰えたら嬉しいと思う」
「…うんっ!」
「…ほんにエキナは、有り難い人じゃのぅ」
 くくくと笑うヒルガオちゃんは重厚な扉の前で立ち止まると、ポケットから真鍮製の大振りな鍵を取り出し、がちゃりと扉を開け、手を中へ差し出した。
「お、お邪魔します…」
「遠慮せんでも良い良い。ここはもうエキナの部屋なんじゃから」
 暗い室内の中に、恐る恐る入った私だけれど、
「うわあー…!」
 思わず、そんな声が出てしまった。
 そこは、とてもとても、とぉーっても広い部屋だった。
 テーブルや本棚、ベッド、化粧台といった生活に必要な物は一通り揃っていたし、その全てが豪華で、手の込んだ造りになっている。
 けれど、私が感嘆の声を上げたのは、そういう所じゃなくて。
「…綺麗…」
 ベッドのすぐ傍に埋め込まれた、私の身長の二倍はありそうな、大きなステンドグラス。
 描かれているのは、安らかに眠る赤ん坊を抱いた、黒いローブを纏う聖母。
 そこからは、さっき外で見た、紅い月の光が差し込んでいた。
 …どうしてだろう。
 人間界の月明かりとは、全然違うのに。
 さっきまで、あんなに恐ろしく見えたのに。
 …今は、全然怖くない。
 とても。
 …とっても、綺麗な月だ。
「ドレスやその他の服類は向こうの部屋にあるからの。
 部屋は好きに模様替えして貰って構わん。言ってくれればいくらでも手を貸すし、この部屋自体気に入らなければ部屋の間取りも造り変えようぞ。
 それと、もし何か足りない物があれば遠慮無く言うとくれ。すぐに用意させよう」
「ううん、充分過ぎるぐらいだよ。
 ありがとう、ヒルガオちゃん」
 一通り説明を受けた私は、ぼふんとベッドに飛び込む。
 ふっかふかのベッドは、ほよんと私を受け止めて。
 深呼吸をすると、嗅いだ事の無い独特の香草の香りがした。
 体から力が抜けていく、静かで穏やかな森の香り。
 私、この香り好きかもー…。
「ふかふかー…幸せー…」
「そこまで喜んで貰えるとこっちも嬉しくなるのぅ。
 ほれエキナ、そのまま眠るとドレスが型崩れしてしまうぞ?
 早うナイトドレスに着替えるのじゃ」
「あ、うん、そうだよね」
 それからヒルガオちゃんにドレスを脱ぐのを手伝ってもらって、ナイトドレスを着、そして私はベッドに潜り込む。
 と、ヒルガオちゃんはずりずりとベッドの側まで椅子を引っ張ると、ぽすんとそこに座って、ポケットから本を取り出した。
「どうしたの?ヒルガオちゃん」
「うむ。
 一人で眠るのは心細いかと思うての。
 せめて眠るまでは一緒にいようかとも思うたんじゃが…迷惑だったか?」
「…ううん。すっごく嬉しい」
 ヒルガオちゃんは「そうか」と言って微笑むと、私の頭を優しく撫でてくれた。
 思い出す。
 いつかの幼い頃、お母様にそうして貰った記憶。
 心が、じんわり、ほんわりと温かくなる。
「明日からとんでもなく忙しく、騒がしくなるじゃろうて。
 じゃから、今日はゆっくりと休んでおくれ」
「うん…ありがと…」
 視界がどんどんぼやけていって、目蓋が重くなる。
 ああ、眠い。
 すっごく…すっごく、眠い。
「…おやすみ……ヒルガオちゃん…………」
「…おやすみ。エキナ。
 良い眠りと、幸せに満ち溢れた夢を」
 …うん。
 きっと、良い夢が見られるよ。
 そう答える事も出来ず、私は心地の良い眠りの中へと落ちていった。



 意識が、花が咲く様に、ゆっくりと覚醒していく。
 朝日が眩しい。
 もう朝だ。
 起きなくちゃ。
「…………んぅ…………」
 …でも、もうちょっと、眠っていたいなぁ…。
 寝返りを打って、深呼吸。
 ……あれ?いつも私が使っているベッドの匂いとなんか違う…。
「……ん……?」
 むくりと起き上がって、辺りを見渡す。
「…………んーーーー…………?」
 知らない部屋だ。
 ここ、私の部屋じゃない…どうしてだろ…?
「…………ん」
 …………あ、そっか。
 私、魔界に連れ去られちゃったんだっけ…。
 そう分かっても、昨日みたいな恐怖は感じない。不思議と心が落ち着いている。
「おお、エキナよ、目が覚めたか」
 声のした方を見ると、そこには昨日の私が着ていたドレスとは違うドレスを持ったヒルガオちゃんが立っていた。
 という事はあれこの魔王様のお城の物なんだー…可愛いなぁー…。
「おはよー…ヒルガオちゃん…」
「…エキナ、目の焦点が合っておらん様じゃが…」
「んー…朝はいつもこんな感じだから大丈夫ー…」
「そ、そうか…なら良いのじゃが…。
 …む、どうやら朝食の準備が出来たみたいじゃの」
「そっかぁー…」
「…エキナ、本当に大丈夫か?」
「大丈夫ー…」
「…本当か?」
「多分ー…」
「一気に不安になったぞ…」
 結局私は、その後二十分掛けて本調子を取り戻したのだった…。



「本当に大丈夫か?エキナ」
「うん。もう大丈夫。
 迷惑掛けてごめんね?
 私、朝が苦手で…いつもあんな感じなの…」
「な、なるほど…それはまた難儀な…」
「そういえば魔界って、ちゃんと朝日も登るんだね…」
「まぁの。
 陽と月の動きは殆ど人間界のそれと変わらんし、時間の流れも同様じゃ」
「そういえばこの魔界も、私達とおんなじ世界にあるもんねー」
「うむうむ。
 …しかしエキナよ、本当に良いのか?
 エキナの様な高貴な姫を、雑多な魔物共と同じテーブルに着かせるのは、メイド長たる儂としては少々抵抗があるのじゃが…」
 魔王城ではみんなが同じテーブルで食べるらしい。
 本当なら私は部屋まで持って行くって言われたんだけれど、私が無理を言ってみんなと食事を取りたいって言ったんだ。
「一人ぼっちで食べるよりみんなでわいわい食べた方がきっと美味しいもん。
 …あ、もしかして迷惑だった?」
「何を言うか。
 高貴な身分にも関わらずそうして他者と触れ合おうとするその心、尊敬するこそすれ、迷惑などと思う筈があるまいて」
「ありがとうね、ヒルガオちゃん」
「…」
「…ヒルガオちゃん?」
「う、うむ。
 他の魔物共に言われるのなら即座に腹部か腰を蹴り飛ばすのじゃが…エキナにヒルガオちゃんと邪気の無い目で言われると…なんというか…。
 …なるほど、これが萌えか」
「萌え…?」
 他にも他愛も無い話をしながら歩く事しばし、私達は朝食を取る場所…昨日の大広間へと辿り着いた。
「何はともあれ朝食じゃ。
 人間界とは少々味も見た目も異なるかもしれんが…」
「それはこれから慣れていく事にするから、大丈夫だよっ!」
 ここはいわば異国、食事や味付けが違うのも仕方ないよねっ。
「…ほんにエキナは有り難い人間じゃのぅ」
 微笑みながら言うヒルガオちゃんは、ゆっくり大広間に続く扉を開ける。
 大広間には、端が見えない程長いテーブルがいくつも出現していて、
 その上には見た事も無い様な、色彩も個性も豊かな食べ物が置かれていて、
 そして、万の言葉を尽くしてもなお足りない程、沢山の種類の魔物さん達が座っていた。
「おはようございます。お姫様」
「あっ、人間界のお姫様だー」
「すげー」
「初めて見たー」
「綺麗だなー」
 私に注がれる沢山の視線と、沢山の言葉。
 …一瞬だけ。
 何も知らなければ卒倒してしまう程に悍ましいその光景に、戦慄する。
 …怖い。
 やっぱり、怖い。
 …でも、私の言葉は、決して魔物さん達に届かない訳じゃない。
 魔王様や、タイムさんや、イキシアさんや、ヒルガオちゃんの様に。
 ならば、
 すべき事は、ただ一つ。
「はっ、はじめましてっ。
 私、ルクスカリバー王国第一王女、エキナケア・ルクスカリバーと申しますっ。
 これからこちらのお城でお世話になりますっ。
 何かとご迷惑をお掛けするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いしますっ!」
 魔物さん達の視線が私に集まるその中で、私はスカートの裾を摘み上げ、膝を曲げてお辞儀をする。
『エキナ。
 相手がどんな人種であれ、挨拶はしっかりとしなさい。
 いかなる身分の者であっても、けして相手を下に見る事無く、礼儀を欠く事無く。
 …それが、友和を築く第一歩となるのだから』
 慈悲と賢智の王という二つ名を持つ、現国王にして私の父であるルクスカリバー国王が、常に私に言い聞かせていた事。
 魔物さん達は人じゃないけれど…やっぱりこういうのってちゃんとしなきゃだよね。
「挨拶してくれたー!」
「すげー!」
「良い人間だー!」
「よろしくー!」
 魔物さん達は好意的に受け取ってくれたみたいで、みんな、笑いながら返事を返してくれた。
 良かった。
 私の言葉は、想いは、
 ちゃんと、魔物さん達に届いたんだ。
 …本当に…本当に、良かった。
「ささっ、エキナの席はこっちじゃ」
 歩き出すヒルガオちゃんの後を着いて行った先は、テーブルの一番前、とても豪華な造りの椅子が二脚並んだ所だった。
 …あれ?二つのうちの一つって…これってまさか…。
「…えと、私の横ってもしかして…」
「うむ、魔王じゃ」
 や、やっぱりっ!これって昨日魔王様が座ってた玉座だっ!
「エキナはお姫様じゃからの、雑多な魔物共の間に座らせる事など出来る筈なかろうて」
「誰がその他大勢のモブ魔物だー!」
「断固否定するー!」
「俺達もお姫様とお話したいー!」
「メイド長お腹減ったー!」
「ええい煩いぞモブ魔物共!エキナが困っておるじゃろ!」
「あの、ヒルガオちゃん、私みんなと一緒でも大丈夫だよ?
 攫われた私が魔王様と同じ場所に座るっていうのも変な話だし、それに魔物さん達ともお話したいしっ」
「お姫様もそう言ってるぞー!」
「お姫様優しい人間だー!」
「メイド長お腹減ったー!」
「メイド長、そのモブ魔物の中に自分は含まれているのですか?」
 最後に言ったのはタイムさんだ。鎧を着て帯剣したままだけれど、食べ辛くないのかなぁ…。
 …あれ?そういえば…。
「ヒルガオちゃん、魔王様とイキシアさんは?」
 私の横の魔王様の席と、タイムさんの向かいの席が空いたままだ。
 イキシアさんの姿が見えないから、てっきりタイムさんの前にはイキシアさんが座ると思ったんだけれど…。
「…あんの三馬鹿トリオの内二人…また遅刻か…!」
「メイド長、三馬鹿トリオの中に自分も含まれているんですか?」
 タイムさんのどこか悲しげな声を掻き消す様に、大広間に続く扉が勢い良く開いたと思うと、
「ごめんっ!遅れちゃった!」
 慌てた様子の魔王様が大広間に入ってきた。
 昨日の魔王様の豪華な服とは違って、町の人が好んで着る、簡単で動きやすそうな、オリーブグリーン色の服だ。
 …あと、昨日より寝癖がひどくなってる様な気がする…。
「どうせまた本を読んでいる内に寝落ちたんじゃろ?
 勉強熱心なのも良いが、決められた朝食の時間に遅れるのは感心せんな」
「本当にごめん…。
 あっ!おはよう、お姫様っ。昨日は良く眠れた?」
「はい、魔王様。
 あのような素敵な素敵なお部屋を与えて下さった事、心より御礼申し上げます」
「いっ、良いよ気にしなくて!
 お姫様なんだからちゃんとしたお部屋に通すのは当然だしっ!
 それに、そんなにかしこまらなくても良いよ?
 ほら、僕魔王っていってもこんなだし、みんなもそんな感じだしっ!」
「魔王様遅ーい!」
「つかもしかして魔王様待ちだったのか?」
「魔王様っ!あんたのせいで俺の腹はペコペコだ!どうしてくれるっ!」
「アンタちょくちょく摘み食いしてたでしょーに」
「ごめんねーみんなー」
 ほ、本当だ…みんな自分が仕える主と言うより、親しげな友人みたいに接してる…。
「では朝食にするかの。
 みな手を合わせよー!
 ……頂きます!じゃっ!」
『頂きまーーーーすっ!』
 大合唱でそう言うと、みんなわいわいがやがやと、大皿にこんもりと盛られた食事に手を伸ばしていく。
「そこの塩取ってー」
「少し塩分控えろって…」
「うまっ!うまっ!」
「メイド長お酒ちょうだーい」
「ほんに主は酒が好きじゃのう」
「お前肉ばっか食ってねーで野菜も食え野菜も」
「バッカお前魔界牛って草食ってんだぞ?
 つまり肉を食うって事は野菜も一緒に食うって事だろうが」
「誰がバカだこのバカ!」
「バカって言った方がバカなんだバーカ!」
「うっせバーカ!」
「バーカバーカ!」
「黙っておれバカ二人」
「「誰がバカだ!」」
 …賑やかだった。
 今までこんな光景、お祭りぐらいでしか見た事が無いって言えるぐらい、
 本当の本当に、賑やかだ。
「…あ、騒がしい所苦手だった?」
 お皿の一つ、フォークの一本も動かさない私を心配したのか、魔王様はへにゃりと眉を歪め、私にそう尋ねて来る。
「あっ!い、いえっ!
 ただ…ちょっと嬉しくなってしまって」
「嬉しく…?」
「はい。
 …お父様もお母様も公務で忙しくて、一緒にご飯を食べる事が出来ませんでしたし、一緒にご飯を食べられてもお話とか全く無くて。
 …妹は、私と一緒に食事をしようともしてくれませんでしたから」
「妹さんがいるんだー」
「はいっ!
 ペチュニアと言って、私よりずっと優しくて可愛くて頭の良い、自慢の妹なんですっ!」
「妹さんの事、大好きなんだねー」
「わ、分かっちゃいましたか?」
「うん。
 そんなにも嬉しそうに話すお姫様の表情を見たら、どんな鈍感者だって一発で分かるよー」
 魔王様はニコニコと微笑みながらそう言うと、むしゃむしゃとサラダを口にする。
 そういえばペチュニアにもよく感情が顔に出るって怒られた事があるけれど…そんなに分かりやすいのかなぁ、私…。
 ううう…直した方が良いのかな…?
「…あっ!お姫様っ!
 早く食べなくちゃ全部食べられちゃうよっ!」
「えっ?」
 テーブルを見れば既にいくつかのお皿が空っぽになっていた。
 そう見ている間にも、次々とお皿が空っぽになっていっている。
「は、早い…!」
「朝食はいつも戦争なんだよね…」
「ええとええと、それじゃあそれじゃあ…」
「お姫様これ美味しいよー!」
「これもこれもー!」
「これ凄くおすすめー!」
 何を食べようか迷っていると、魔物さん達が色々な料理を盛ったお皿を差し出してくれた。
 ……ど、どうしよう。
 お皿に乗っていたのは紫色のソースがたっぷりかかったお肉の塊や、プカプカと得体の知れない玉が浮いている真っ赤なスープ、そしてドス黒い色のトゲトゲとした果実…。
 こ、これが魔界の料理…心臓に悪いビジュアルをしているよぉ…!
「お主ら何故ビジュアル的にぶっ飛んだ物をエキナに渡したのじゃっ!?
 わざとか!?わざとなのか!?」
「だってお姫様に食べて貰いたかったから…」
「ごめんねお姫様ー」
「美味しいのに…」
 魔物さん達はしょんぼりとしながらお皿を下げて、
「…ま、待って下さい!
 食べます!食べてみます!」
 それを私は全力で止めた。
 これからここで生活していくんだ!
 ビジュアル的にはすんごい見た目をしていたけれど、これを食べられなきゃこの先ここで暮らしていく上で何も食べられないじゃない!
 それに違う世界の食文化を学べるのだから、むしろ良い機会!
 というか人間界にだって似た様な食べ物や果実ぐらいあるよっ!……多分っ!
 心の中でそう気合を入れて、私はまず紫色のソースがかかったお肉の塊を切り分け、目の前の小皿に取り分ける。
 うう…このソースすっごくドロドロしてる…喉に絡みそう…。
「お、お姫様?無理しなくても良いんだよ?
 だってそれ…」
「だっ、大丈夫です!
 いっ、いただきます!」
 魔王様の言葉を遮り覚悟を決めて、私はお肉を頬張る。
「…」
「……お、お姫様?大丈夫?」
「……」
「ええい貴様等何をボケーっとしておる!
 エキナに水を持って来るのじゃっ!急げっ!」
「お、美味しいです!?」
 語尾が疑問形になってしまうぐらい、本当の本当にびっくりだった。
 少ししょっぱいお肉は柔らかく、噛んだ瞬間ジュワーっと肉汁が溢れ出てくる。
 ちょっと癖の強いソースも酸味と甘さと苦みが丁度良いバランスだし、野性味溢れてて、それがお肉のしょっぱさと相俟って…!
「ほっ、本当か!?
 本当に美味しいと感じているんじゃな!?やせ我慢している訳ではないな!?」
「う、うん!本当に美味しいよこれ!」
「やったー!」
「お姫様が美味しいって言ってくれたー!」
「これも食べて食べてー!」
 差し出された先程のスープを受け取って、プカプカ浮いている謎の物体と一緒にスプーンで掬い、スゥと一口。
「これも美味しい…!」
 スープは人間の世界のコンソメより薄口の味付けだったけれど、プカプカ浮いていた謎の物体と一緒に食べると丁度良い塩加減になる。
 それにこの謎の物体の食感、コリコリしててすっごく癖になる…!
 思う存分スープを堪能した後は、トゲトゲとした果実を食べようと…食べようと…。
「…あの、これどうやって食べれば良いんでしょう…?」
「えっ!?
 えと…手掴みで…手で皮を剥いて?」
「ああっ!なるほどっ!」
 魔王様の言う通り、見た目に反して柔らかい皮に爪を立て、くりんと剥く。
 その中にはぷるぷるとふるえる、半透明のゼリー状の果肉がぎっしり詰まっていた。
「ありがとうございます!いただきますっ!」
 私は躊躇う事無く、そのゼリー状の果肉をパクリ。
 酸味の中に爽やかな甘さ、それにほんのちょっぴりほろ苦さがあって、味に飽きが来ない。これなら何個でも食べられそう…!
「お…お姫様?
 ま、まさか、人間界にも似たような物があるの…?」
「確かにこの見た目の物は見た事が無いですけれど…でも、だからと言って食べないのは作ってくれた方達、そしてこれを薦めてくれた皆さんに失礼ですし。
 それに国も環境も何もかも違うんですから、見た目が違うのも仕方無いと思って」
 あとお腹がペコペコだったし、実際食べてみたら美味しかったし。
「……エキナよ、一つ言っておくが」
「どうしたの?ヒルガオちゃん」
「その、じゃな……それ、ビジュアルや食べ辛さやその他様々な問題で、ごく一部の魔物しか手を出さなくての…」
「あ、丁度おかわりが来たみたいだね」
 魔王様がそう言って目を向けた先には、コックの服を着たオークさんが大皿を持ってこっちに来る姿があった。
 そのお皿の上に乗っていたのは色とりどりのサンドイッチだったり、お魚に衣を付けて揚げた物だったり、人間界でも良く見掛ける果物だったり。
「…」
「僕もほとんど食べないよ…。
 最初のお肉に掛かってるソースはフルーツヒドラの血液で癖があり過ぎるし、スープに浮いてたそれは百眼の目玉の活け造りでぶっちゃけ生きてるし、フルーツなんて正直手に棘が刺さりまくって食べ辛いし」
「…………ふひゅう」
「お姫様それどんな感情の時に出る声!?」
 そんなにとんでも無い物を食べたんだぁ、魔界にも魔王様ですら食べない物があるんだぁ、こんなに美味しいのにみんな食べないんだぁ。
 そんな、色んな感情が入り混ざって、なんだか良く分からない声が出てしまった。
 そっか…魔王様やヒルガオちゃんが微妙な反応だったの、そういう理由だったんだね…。
 …ま、まぁ何はともあれ!
「こっ、これが食べられたら、他の魔界の料理も大丈夫ですよねっ!」
 勢いに任せてそう言うと、何故かテーブルに付いていた魔物さん達がわーっと盛り上がった。
 あとみんなお腹いっぱいになって朝ご飯が終わりそうになった頃、のそのそとイキシアさんがやって来て「バーさんメシー」と言ったらヒルガオちゃんがイキシアさんを蹴飛ばした。
 周りの魔物さん達の話だと、毎朝の事なんだって。



「城を探検したい、じゃと?」
「うん。
 ここにこれから住むんだから、お城の事知っておいた方が良いかなーって思って」
 朝ご飯が終わって部屋に戻り、ヒルガオちゃんにそう伝えると、ヒルガオちゃんはまた別のドレス片手に「うーむ…」と深く考え込んでしまった。
「あ、もしうろちょろしない方が良いなら行かないよ?
 お城を見て回りたいのはちょっとした好奇心だし…それに、攫われた私がこんな事をお願いするの、ちょっと変だって分かってるし…」
「ああいや、そういう訳では無いし、そんな事気にせんでも良い。
 エキナに城の事を知ってもらう良い機会じゃし、エキナも退屈じゃろうし。
 …エキナ、地図は読めるか?」
 え?どういう事?
「う、うん。普通の地図なら読めるよ?
 …そんなに迷宮ちっくなの?魔王城って」
「…魔王が未だに迷うぐらいには迷宮ちっくじゃ…」
「ええー…魔王様…」
 魔王様ってこのお城の主だよね?
 主が迷うって…どれだけ迷宮ちっくなの?ここ…。
「まぁ普通に地図が読めるなら大丈夫じゃろ。
 少し待っていてはくれぬか?すぐに地図を持って来よう」
「うん。
 ありがと、ヒルガオちゃん」
 それから少し経って戻って来たヒルガオちゃんは、「ほれ」と私に地図を渡してくれた。
 右上に小さく『勇者用最新版。行った場所の色が変わる加工済』と書いてあるのがすっごく気になったけれど、とっても見やすい地図だ。
「…これを魔王様に渡せば良いんじゃ…」
「それでも迷うのじゃ…うちの魔王は…」
「ああ…」
 人間の私が言うのも変だけれど…もうちょっとしっかりしようよ魔王様…。
「赤いバツ印がある部屋と、魔物達自身の部屋以外になら好きに立ち入って構わんよ」
「うんっ!」
「ではすぐに動き回れるドレスを用意しようっ!」
「どっ、ドレスッ!?」
「なぁに安心せい!
 儂の腕にかかれば瞬く間にドレスを着せ替えられるぞっ!」
「いっ、良いよドレスじゃなくて!
 あっ!魔王様みたいな簡素な服が良いなっ!」
「駄目に決まっておるじゃろう!」
「で、でも魔王様は…」
「あやつは正直魔王の式服と釣り合わん!
 じゃがエキナはそこに存在するだけで周りを明るく照らす太陽の様な存在じゃっ!
 その様な者にちゃんとした服を着させなければメイドの長の名折れっ!」
「そ、そんな意気込まなくても良いのに…!」
 それからヒルガオちゃんはたっぷり三十分悩んで、動きやすく、かつお姫様らしいドレスを引っ張り出してきた。
 ちょっと魔王様が来てた服を着てみたかったんだけれど…と、とにかく準備よしっ!
 それじゃあ、お城の探検にしゅっぱーつ!



 探検して分かった事、その一。
 ここには沢山の魔物さん達が働いていて、それぞれにちゃんとお部屋が与えられている事。
 魔王城は全部で六階に分かれていて、その五階、六階部分がお城で働く魔物さん達のお部屋になっているみたい。
 扉には名前だと思う何かが書かれたプレートが掛かっていたけれど…魔界の言葉で書かれていて、私には読めなかった。
 耳に入って来る言葉は理解出来るんだけど、目から入って来る言葉は、やっぱりまだ分からない。勉強しなきゃだね。
 探検して分かった事、その二。
 このお城にはとってもとっても、とぉーっても大きな図書館がある事。
 数え切れない程ある、天井に届きそうな本棚には無数の言語で書かれた本が収められていて、中には私達が公用語として使っている言語で書かれた本もあった。
 図書館の司書さんであるハーピーさん曰わく、実は人間界にも魔物さん達が紛れ込んでいて、その魔物さん達が本を寄贈してくれるらしい。
 それに、本棚の前に座り込んで一心不乱に本を読む魔王様がいた。
 これも司書さんに聞いた話なんだけれど、魔王様はよくここに来て、夜遅く、たまに夜更けまで本を読んでしまう程の読書家なんだって。
 すっごく一生懸命に本を読み耽っていたものだから、私は魔王様に声を掛ける事無く、その場を後にした。
 探検して分かった事、その三。
 このお城には、なんだかのほほんとした、優しい空気が流れている事。
 お城の中を歩いて目に付くのは、和やかに談笑している骸骨の騎士さん達や日向ぼっこをしている大きなドラゴンさん、ルールは良く分からないけれどボードゲームをしているスライムさんとゴーレムさんみたいな魔物さん達ばっかりだった。
 みんな私を見掛けると挨拶してくれたり声を掛けたりしてくれたし、好奇心からボードゲームをしている所を見ていたら、スライムさんとゴーレムさんは快く遊び方を教えてくれたりもした。
「うちの魔王様があんな感じだし、バリバリ仕事するのも億劫だしなー」
「な、なるほど…。
 だから皆さんからのほほんとした雰囲気が出ているのですね…」
「ほれっと!
 どう出るお姫様?」
「それじゃあ…ここで!」
「おっ、良い手打つじゃねぇかお姫様」
「…興味深い一手」
「ありがとうございますっ、スライムさんっ、ゴーレムさんっ」
「まぁちゃんとやらなきゃいけねぇ時はちゃんとやるけれどなっと!これでどうだっ!」
「はい、ここにパチっと」
「…うあああああああああああ!?」
「えっ!?私変な所置きました!?」
「…終了」
「俺負けたああああああああああ!?」
「じゃっ、じゃあ私の勝ちですか!?やったぁ!」
「…お見事」
「ちっきしょおおおおおおおおお!
 本当に初めてかお姫様っ!?」
「えと、人間界にも似た様なゲームがありまして。
 私、それ得意だったんですよー」
「かーっ!本当かよーっ!」
「…再戦希望」
「次は俺がかぁつっ!」
「勿論っ!私も負けませんよーっ!」
 ばいばーいと手を振るスライムさんとゴーレムさんにさよならして、私は探検を再開した。



「これで全部…かな?」
 それから暫く歩き回ると、地図の殆どが行った事を示す明るい青色に変わる。
 あとはヒルガオちゃんに行っちゃ駄目と言われたバツ印と、魔物さん達の部屋、それと…。
「…あ、ここだけ行ってない」
 そこはここから少し離れた所にぽつんとある場所だった。
 えっと…バツ印も無いし、誰かの部屋でも無さそう。
 よし、それなら行ってみよーっ!



 …エキナが最後の扉に辿り着いた、それと同時刻。
 ヒルガオの執務室の扉をノックする者がいた。
 指をふいと動かし扉を開錠すると、ヒルガオの部下であるメイドのフェアリーが入ってくる。
「失礼します。メイド長。
 この『勇者用最新版。行った場所の色が変わる加工済』の地図なんですが…」
「うむ、それがどうした?」
「いえ、新しく追加された例の部屋にバツ印が付いていなかったので、ご報告をと」
「…………嘘じゃろ…!」
「なんですかその嫌な予感のする発言は。
 というかどうされました?メイド長。顔が真っ青ですが…」
「…エキナに渡した地図にもバツ印が無いッ!」
「なんですってッ!?」
 フェアリーが叫び声にも似た驚愕の声を上げると同時、別のメイドフェアリーが部屋へと乱入してくる。
「今忙しいのじゃッ!後にせ」
「メイド長!お姫様が『封じざるをえない部屋』に向かっているとピクシーから連絡がッ!」
「ッエキナが『封じざるをえない部屋』に行けぬよう空間をねじ曲げよッ!
 そしてピクシーに通達!何がなんでも何をしてもエキナを止めるのじゃッ!」
「どうやって止めれば良いんですかッ!?」
「それこそいつも宴会の余興でやってるピクシーダンスをすれば五分は稼げるじゃろッ!
 儂は『封じざるをえない部屋』まで転移するッ!」
「駄目ですッ!ピクシー、こちらからのテレパシーに応じませんッ!」
 メイドの内の一人の声に、ヒルガオは転移の光に包まれながら唇を噛み締め、
「間に合え…間に合っておくれ…っ!」
 そう、呟いた。



「ここだよね?最後の一つって」
 どうやらその入っても良い最後の部屋は新しく作られたみたいだった。扉が他の物と比べて真新しい。
 中に何があるんだろう?
 どの扉でも、その向こうに広がっていたのは見た事の無い物だったり、魔物さん達がいたりして、とても楽しかった。
 この扉の向こうには、いったいどんな世界が広がっているんだろう?
 期待に胸を躍らせながら、扉をよいしょと少しだけ開ける。
「…えっ?」
 最初に目に映ったのは、私に向かって落ちてくる小さなぬいぐるみだった。
「うわっと!?」
 ぬいぐるみをキャッチ。
 軽い上にキャッチ出来て良かった…もし重くて頭に当たってたら大変だもの。
 でも、なんでこんな物が落ちてきたんだろう…?
 そんな事を考えながらぬいぐるみを眺めていると、ゴゴゴゴゴ…という地響きにも似た音が聞こえて来て。
 不思議に思って辺りを見渡しても、特に変化は無い。
 …それじゃあ、この音はいったい…。
「エキナッ!すぐにそこから離れるのじゃッ!」
「ヒルガオちゃん?」
 後ろから聞こえた、ヒルガオちゃんの切迫感のある声に振り向く。
 その瞬間だった。
 ゴオオオオオオオオオオッという音と共に、背後から雪崩の様に何かが私にのしかかる。
 私は、悲鳴はおろか、僅かな声すら上げる事も出来ず、
 …のしかかってくる何かに抗う事も出来ず、押し潰された。
 手を伸ばす。
 ヒルガオちゃんに。
 ヒルガオちゃんは、駆け寄ろうとした。
 でも、ヒルガオちゃんが一歩を踏み込む前に、前が見えなくなって。
 …そうして、私の意識は、
 ぷつんと、途切れた。



 次に目が覚めたそこは、魔界のお城に用意された私の部屋、そのベッドの上だった。
 …頭が、クラクラする…全身が痛い…。
「気が付いたかエキナッ!」
 体を起こすと、ヒルガオちゃんの半狂乱染みた声が聞こえ、
 素早く、けれどそっと、私の背を支える手の感覚がした。
「儂の事が分かるか!?自分の事が分かるか!?」
「……ヒルガオ、ちゃん…?」
「そうじゃ!
 儂はヒルガオじゃ!」
「私は……私の名前は、エキナケア…ルクスカリバー…」
「…良かった…意識も記憶もはっきりある様じゃな…」
 ヒルガオちゃんの手を借りて、私はようやく体を起こす事が出来た。
 ううう…体をちょっと動かしただけで痛いよぉ…。
「わ、私…どうして自分の部屋で寝ているの…?」
「…エキナ、どこまで記憶がある?」
「ど、どこまでって…ええと、私、確かお城の探検をしていて…それで、最後の部屋の扉を開けたらぬいぐるみが落ちてきて、キャッチしたらヒルガオちゃんの声が聞こえて…」
 …そこから先の、記憶が無い。
 …私…そこから先、どうなったんだっけ…。
「私…私、あの後どうなったの?
 それって、体中が痛いのと関係があるの?」
「…いや、覚えていないなら、それで良」
「ヒルガオちゃん、お願い。
 私に何があったのか、教えて欲しいの」
「…………分かった。
 ……エキナはの、押し潰されたのじゃ。
 …あの部屋に、封印されていたものに」
 ヒルガオちゃんの言葉を聞いて、私はようやく思い出す。
 そうだ。
 私、ヒルガオちゃんの声が聞こえて、振り向いて。
 …その直後に、私の背中に何かがのしかかってきて、押し潰されたんだ。
 全身が潰れて。
 肺が圧迫されて。
 息が吸えなくなって。
 体が動かなくて。
 暗くて。
 苦しくて。
「ほんに…ほんに命があったのが奇跡じゃ…」
 ヒルガオちゃんは、私をぎゅっと抱きしめる。
 トクン。トクン。
 ヒルガオちゃんの心臓の音が、私に伝わってきて。
 ヒルガオちゃんは、カタカタ、カタカタと、細かく震えていて。
「良かった…。
 本当の本当に…良かった…!」
 掠れた声。
 ヒルガオちゃんの涙。
「…うん。
 …大丈夫、大丈夫だよ。
 泣かないで、ヒルガオちゃん。
 私は、ちゃんと、生きてるよ」
 自分が出せる限界の、穏やかな声で、ヒルガオちゃんに言葉を掛け、
 私も、ぎゅっと、ぎゅーっと、ヒルガオちゃんを抱きしめ返した。
 ヒルガオちゃんの、肌の感覚。
 肩を濡らす涙、心臓の音、震える体。
 生きてるって。
 私は、ちゃんと生きてるって、
 …そう、思えたんだ。



「それで、ヒルガオちゃん。
 あの扉の向こうにはいったい何があるの?」
 暫く抱き合っていた私とヒルガオちゃんが落ち着いた頃、私はヒルガオちゃんに尋ねた。
 するとヒルガオちゃんは、剥いていた青いりんごの様な果物を持ったまま、一瞬で顔を真っ赤にして、
「扉近くにいるのは分かっておるッ!
 出て来い魔王よッ!貴様にはエキナに事情を説明する義務があるッ!」
 え…ええ!?
 ど、どうしてここで魔王様が出て来るの!?
「はっ、はいっ!」
 しかも本当に扉の近くにいたし!
「…こっちに来い、魔王」
「えっ…」
「来いッ!」
「…はい…」
 少ししか一緒にいないけれど、ヒルガオちゃんって怒ったらこんなに怖いんだ…。
 魔王様は見ているこっちが萎縮しまう程体を小さくして、私の方にとことこと近付いて来る。
 すると、剥いていた果物を置いて立ち上がったヒルガオちゃんは、自分が座っていた椅子に座る様にアイコンタクト。
 魔王様は死刑宣告を受けた囚人の様な顔でその椅子に座り、ヒルガオちゃんは魔王様が逃げられない様にする為なのか、魔王様の膝の上にぽふっと座る。
 …なんだか見ててすっごく微笑ましいなぁ…。
「…お姫様」
「はい?」
「…本当にごめん。
 僕のせいで、こんな事になってしまって…」
「い、いえ!魔王様のせいだなんて」
「魔界で一番の治癒能力者が倒れるぐらい全力でお姫様を治してもらった。
 …人間の生命維持に大切な、臓器や脳に大きなダメージは無いんだって」
「は、はい。ありがとうございます」
「…お礼なんて言わないで。
 こうでもしなきゃ、僕は自分を許せない。
 …ううん、これでも足りないよ…」
 魔王様は唇を噛み締める。
 …まるで、取り返しの付かない過ちを犯してしまったかの様な、声と表情だ。
「あ、あの、魔王様。
 どうかご自身を責めない下さい。
 不用心に開けてしまった私が悪いんですし…それにもうほらっ!大丈夫ですからっ!」
「謙虚で優しいのはエキナの長所じゃが、この件に関してそれは必要無い。
 全く、先代の厄介な所を継ぎおって…」
 先代の…もしかして前の魔王様の事?
 その厄介な所って、いったい…?
「…あの部屋には、いったい何が…その、封印されていたのですか?」
 その問に、魔王様は口を一文字につぐみ、
「腹を括れ、魔王よ」
 ヒルガオちゃんは魔王様を睨みながら見上げる。
「で、でもこれ以上お姫様に嫌われるのは…」
「き、嫌いにだなんてなりませんっ!」
「ほれ、エキナもそう言っておるぞ?」
「……」
「このヘタレめが…。
 実はな、あの扉の向こうには…」
 ゴクリと、唾を飲み込む。
 何があるんだろう?
 何が私を襲ったんだろう?
 まさか行き場を失った荷物をあそこに詰め込んでいたとか?…それは無いかなー。
 魔王様のお城だからドラゴンさんとか?あ、でもドラゴンさんは庭でお昼寝してたし…。
 …もしかして、本当の本当に聞いちゃいけない物だったり?
「あの扉の向こうには…………行き場を失った荷物が押し込められておるのじゃ」
 うっわぁ一番最初に思い付いてそれは無いかなって思ったやつだったーっ!
「先代の魔王はそれは立派な方じゃったが…何故か整理整頓だけはからっきしでのう…」
「そういえばよく王妃様に怒られてたよねー」
「よく正座させられてたのぉー」
「…あの、えと、つまり、あの扉の向こうには沢山の荷物が押し込められていて」
「うむ」
「うん」
「私が不用意に開けてしまったせいで溢れてしまったと」
「そうじゃな」
「そうだよ」
「…という事はあのバツ印って全部そうなんですか!?」
「…そうだっけ?」
「そうじゃ。
 更に言えばバツ印以外の部屋にも荷物が置かれておる」
 そういえばいろんな所を見ててなんだか大きな木箱が積まれているなーって思ったけれど、あれってあぶれた荷物だったんだ…!
「…今まではだいたいみんな避けてたから深く考えなかったけれど…いつまたお姫様みたいになる魔物が出るか分からない。
 …どうにかしなきゃだね」
「当たり前じゃ。
 今回はエキナの日々の行いが良かったから神が目を掛け奇跡的に助かったものの、次は死者が出るぞ?」
「……うん。
 そう…だよね…」
「…あ、だったら私が片付けましょうか?」
「え!?」
「なんじゃと!?」
「いえ、あの、どうせここにいても魔界の文字の勉強ぐらいしかやる事なくて…ちょっと手持ち無沙汰になりそうなので」
「おお…まさか自ら率先して片付けを申し出る者が出て来る日が来ようとは…!」
「「もうどうにでもなーあれ」って言ってみんなが諦めたのに…!」
 あれ?もしかして私早まった事しちゃった?
「安心せい!儂も魔王も全力で援助しよう!」
「手伝いをしたいのは山々なんだけれど…僕には公務が」
「そんな事タイムにでも任せておけ。
 ちゃんと理由を説明すれば納得するじゃろうし、どうせタイムも放っておけば鍛錬ばかりしておるし」
「お、怒られないかな…」
「…タイムに内緒で人間界より買い集めた珍妙なコレクションをタイムにばらされるか、エキナの為に公務を休み、タイムに仕方無しと諦められるか、どちらか選べ」
「片付けを全力で手伝わせて頂きます」
「ま、魔王様っ!?それで良いんですかっ!?」
「…タイムに内緒でコレクションを買ったなんてばれたら…今度こそ致命傷を負う…!」
「前回は凄かったからのぉー」
「こ…怖い…!」
 …と、いう訳で。
 最初に名乗りを上げた私をリーダーに、魔王のお城大掃除計画が始動したのでした…。



「…お姫様、どうしてるかなぁ…」
 魔王城にある、魔王の執務室。
 魔王が時計を見れば、午前零時を僅かに過ぎた頃だった。
 明日は城の大掃除の準備があると言っていたから、もう眠りに就いているかもしれない。
 …いや、もしかしたらまだメイド長と話し込んでいるかもしれない。
 なんにせよ、良い事だ。
 エキナケア姫に、悲しみや寂しさを感じて欲しくないから。
「…………」
 思い返されるのは、日中の事。
 魔王は、自分のだらしなさのせいでエキナケア姫を殺し掛けてしまった。
 自分が糾弾され、罰を受けるのは構わない。それが当然の事をしたのだから。
 …もし、エキナケア姫を死なせてしまったら。
 そうでなくても、一生癒えない傷を刻み付けてしまったら。
 あんなに美しくて、優しくて、立派で、素敵なあの人を、この世界から…人々から奪ってしまったら。
 背骨に、絶対零度よりも冷たい凍結魔法を注ぎ込まれた感覚が走る。
 …もう一度、謝りに行こう。
 ちゃんと、謝りに行こう。
「…そうだ」
 確か献上品の上等なお菓子があった筈。それを持って行こう。
 少しは、和やかなムードで話が出来るかもしれないから。



 月明りをランプ代わりに、椅子に座って読んでいた本から目を離し、窓の外の月を、ぼんやりと眺める。
 今日の月は、昨日より私達のいる世界の月の色に近かった。
 ヒルガオちゃんが言っていたけれど、魔界の月は本来この色らしい。昨日程赤いのは滅多に無いそうだ。
 そんな時に魔界に来たのは、運が良いというかなんというか…。
 そのヒルガオちゃんは仕事が溜まっているらしく、自分の執務室に戻って行った。
「儂はもう行かねばならんが…本当に大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ」
「…本当の本当に大丈夫か?」
「う、うん」
「……本当か!?」
「心配し過ぎだよヒルガオちゃん!」
 その後も何度も本当かと繰り返され、出て行く時も心配そうにちらっ、ちらっと私の様子を窺っていた。
 本当に大丈夫なのに…心配してくれるのはすっごく嬉しいけれど、ヒルガオちゃんやみんなにあんまり負担を掛けたくないなぁ。
 なので私は、魔界に来て初めての一人ぼっちだ。
 …正直な話、一人ぼっちには慣れている。
 お城でも、そりゃあメイドさんは沢山周りにいたけれど、ヒルガオちゃんや他の魔物さん達の様に雑談をする事も無かったし、眠る時ともなると、部屋の外の護衛以外、本当に誰もいなかった。
 …ちょっとだけ、寂しい。
 一人ぼっちには、慣れていた筈なのに。
 日中、とっても騒がしかったからだろうか。
 まだ、眠たくは無い。
 …もうちょっと、本、読んでいようかなぁ。
 …………フォンッ!
「ひゃあっ!」
 ぼんやりそんな事を考えていると、目の前に突然、丸い鏡の様な物が現れた。
 本当にびっくりした。何これ?
 その鏡には私の部屋の外が映されていて…扉の前に小包を持った、簡素な服を着た魔王様が立っていた。
『えと、お姫様、僕です。魔王です』
「魔王様…ですか?」
『あ、うん』
 あ、会話も出来るんだ。
「如何されましたか?」
『ちょっとお話がしたくて…。
 あっ!でもお姫様がもう眠るって言うならまた今度に』
「いえ、大丈夫ですよ。
 ちょっと待っていて下さい。今開けに行きますから」
『あ、ううん。大丈夫だよ。
 それじゃあ入るね』
 魔王様が言うと、ガチャリと扉が開く音がすると同時に、フォンと音を立てて鏡が消えた。
 …これ、本当になんなのだろう?
 とと、考えるのはそっちじゃなくて。
「こんばんは…」
「こんばんは、魔王様」
 魔王様は私の側まで近寄って、近くにあった椅子に腰掛けた。
 …魔王様、こんな夜中にどうして私の所に来たんだろう?
 …もしかして私、何か魔王様を怒らせる事をしちゃったのかな?
 でも怒っている様には見えないけれど…でもでも魔王様はお優しいから、そういうのを表に出さないだけなんだろうか…?
「お姫様、調子はどう?」
 ぐるぐる思考が暗い方へと向かってしまっていると、魔王様はそう尋ねて来る。
 口調も表情もとても穏やかだ。怒っている様にはとても見えない。
「傷が痛んだりとか、気分が悪くなったりとか…」
「心配して下さってありがとうございます。大丈夫ですよ」
「そっか…良かったぁ…。
 あっ、これ献上品の焼き菓子。良かったら食べて」
「いえいえそんな!魔王様への献上品を戴くなんて!」
「良いの良いの。
 むしろ僕一人じゃ食べきれないぐらい沢山あるから、一緒に食べてくれると嬉しいな」
「そ、それでは一緒に食べましょう?そちらの方が絶対に美味しいですし。
 あ、せっかくいらっしゃって下さったのですから、紅茶を淹れて来ますね?
 私の紅茶、お城でも美味しいって評判だったんですよ?」
「…ん。それじゃあお願いしようかな」
「はい、ちょっと待っていて下さいね」
「あ、でもそれだったらキッチンに行かなきゃいけないよね…ここから少し距離があるけれど、場所分かる?」
「え?
 そこの扉の奥に小さなキッチンが備え付けられているのですけれど…」
「本当にどうして!?」
「魔王様知らなかったんですか!?」
「ここの部屋の模様替えはメイド長に任せっきりだったから…同じ女性の方が何かと勝手が分かるだろうし…」
「そ、そうだったんですね…」
 ヒルガオちゃん…まさか私が紅茶を淹れるのが大好きな事を見越して、キッチンを備え付けてくれたのかな…?



「キッチン、どうだった?」
「…お酒が沢山ありました…」
「ああ…メイド長、あんな見た目でももんの凄く大酒飲みだから…こっそり私物化するつもりだったんだね…」
「空の瓶が何本もありましたけど…お体は大丈夫なんでしょうか…?」
「一応メイド長にはアルコールは効かないらしいけれど、僕も心配なんだよねぇ…」
 紅茶の準備をして戻ると、いつの間にかこの部屋には無かったテーブルが出現していて、その上に焼き菓子が広げられていた。
 胡桃や干し葡萄が混ぜられた、私の世界でのパウンドケーキに似ている焼き菓子だ。
「そのテーブル、どうしたんですか?
 …はっ!まさか魔術による創造を!?」
「いやいやいやいや!あれすっごく疲れるからあんまりやらないよ!?」
「出来るんですか!?」
「あ、うん」
 す、凄い…私の国に限らず、私のいた世界では極僅かの超級魔術師しか使えない上に、成功例がニ、三例しかない超高位の魔術なのに…!
「このテーブルは空間転移で僕の部屋から引っ張り出して来たんだー」
「それはそれで凄いんですが…」
 流石は魔王様だなぁ…。
 コポポとティーカップに紅茶を注ぎながら、ぼんやりとそんな事を考える。
「魔王様。はい、どうぞ」
「わぁー…すっごく良い香りー…!」
「魔王様のお口に合うと良いんですけれど…」
 魔王様はすぅ、と紅茶を一口飲むと、ほぅと一息付き、
「すっごく美味しいよ」
 そう言って、にっこりと笑ってくれた。
「本当ですか?」
「うん。
 というかこんなに美味しい紅茶を飲んだの、生まれて初めてかも。
 いつもは自分で入れているんだけれど、なんだか渋いし、香りも噂で聞く程じゃなくて…」
「入れ方にちょっとしたコツがあるんです。
 あとは茶葉の銘柄、状態で、お湯の温度や置く時間を変えて…」
「もしかしてお姫様って、茶葉を見ただけでそういうのが分かるの?」
「流石に私は見ただけでは分かりませんよー。
 はしたないですけれど、茶葉を少しだけかじらせて頂きました」
「私は!?見ただけで分かる人がいるの!?」
「はいっ。
 私に紅茶を教えて下さったお師匠様は、見ただけでどの様にすれば最高の紅茶が淹れられるのか分かるんですよ?」
「お姫様も凄いけど、お師匠様凄いね…」
「…なんだかこの会話、さっきもした気がします…」
「あ、うん。したね、さっき」
「しましたよね、やっぱり」
「…」
「…」
「……ははっ」
「……ふふっ」
 思わず笑みが零れる。
 それは魔王様も同じだった様で、目が合い、また互いに笑い合った。
「もし良かったら、今度紅茶の見分け方とか淹れ方とか、教えてもらっても良い?」
「もちろん、良いですよ」
 …一週間前の私に言っても、きっと信じてはくれないだろう。
 まさかこうして、魔王様と紅茶をのんびり飲んだり、紅茶の話をしたり、
「あ、お菓子も食べて食べて。
 献上品だからまずくはないと思うよ」
「献上品…なんだか萎縮してしまいますね…」
「大丈夫大丈夫。
 献上品と言っても人間界にいる魔物がたまに美味しそうなお菓子があるって送ってくれて、これもその一つなんだよねー」
「これこちらの世界のお菓子だったんですか!?」
「え!?違うの!?」
「み、見た事が無いです…!」
「どうやら極東にある日ノ本って国のお菓子らしいよ?」
「日ノ本ですか…話に聞いた事はありますが、訪れた事は無いですね…」
「静かで穏やかな良い所らしいよ。そこに住む魔物によるとね」
「一度行ってみたいですねー」
「ねー」
 こんな…こんな、他愛も無い世間話が出来るなんて。
 …私、今まで、どれ程狭い世界で生きていたのだろう…。
「…お姫様?どうかしたの?
 なんだかすっごく暗い顔をしてるけれど…」
 一瞬の沈黙を、どう解釈したのか。
 魔王様の声にハッとして見ると、魔王様はへにゃりと眉を歪め、私の顔を心配そうに見ていたのだ。
「い、いえ!なんでもありません!」
「本当に?
 本当に大丈夫?」
「は、はい」
 魔王様はどこかしょんぼりとした顔をしていた。
 …そういえば。
「魔王様、どうしてこんな夜中に私の部屋へ?」
 本当に、どうしてなんだろう。
 明日だって会えるのに。
 …もしかして、よほど急を要する事なんだろうか?
 魔王様は紅茶を一口、こくりと飲むと、
「…午後の事を、ちゃんと謝りたくて」
 そう、言ったんだ。
「午後の事…?」
「…うん」
 魔王様の顔は、悲壮感に溢れている。
 午後の事…って。
「もしかして、あの荷物の事ですか?」
「……うん」
 あああああ…魔王様の顔がより悲惨な事に…!
「おっ、お気になさらないで下さいっ!
 私もう本当の本当に大丈夫ですからっ!」
「そうだとしてもっ!
 …そうだとしても、僕は僕を許せないよ…」
 …魔王様は、ぎゅっと唇を噛んだ。
 …ああ、そうか。
 魔王様は、ずっと。
 午後の事があってから、ずっと。
 …ずっと、自分を責めていたんだ。
「…魔王様」
「…僕は…僕は、駄目な魔王なんだ。
 いつもいつもみんなに迷惑ばかり掛けてるし、こんなに…こんなに頼りない」
「…そんな事」
「みんなが僕に従ってるのも、僕が魔王っていう肩書きを持っているからなんだ」
「そんな事はっ」
「先代の魔王様は違った。
 みんなから信頼される、立派な魔王だった。
 …ははっ、笑っちゃうよね。
 僕なんかが、僕なんかが…」
「そんな事ありませんっ!」
 魔王様がびくっと体を震わせた。
 …私が、突然大きな声を上げたから。
 自分でも、びっくりしてる。
 十五年という短い生涯でも出した事の無い程…それぐらい、大きな声だったから。
「僕なんかって言わないで下さいっ!お願いですからっ!」
「お姫様…?」
「みんながどんな思いで貴方に着いて来てるか分かっているんですかっ!?」
「わ、分かってるつもりだけれど…」
「分かってないですっ!
 全っ然分かってないですっ!」
 カツカツカツカツと、魔王様に詰め寄って、
 ガンッ!と、魔王様の座る椅子の肘掛けに手を付けた。
 魔王様と私の顔の距離は、十センチも無い。
「私っ!今日沢山の魔物さん達とお話しましたっ!
 そのお話の中には魔王様の事もありましたっ!」
「…きっとみんな、僕の事を色々言っていたんだろうね」
「はいっ!色々言っていましたっ!
 ちょっと頼りないとかっ!あんまり徹夜はするなとかっ!魔王様の式服正直あんまり似合ってないとかっ!」
「…あはは。
 分かっていてもちょっとへこむなぁ…」
「でもっ!
 でも誰一人魔王があなたでなければ良かったなんて言いませんでしたっ!
 みんなっ!みんな魔王があなたで良かったとっ!
 心の底からっ!本気でっ!言っていたんですっ!
 他の誰でもないっ!あなたで良かったとっ!」
「……ッ!」
 そう。そうなのだ。
 誰も、魔王様に酷い事を言う人なんていなかった。
 むしろ親しげに、それでいて大切な人の事を語る様に、魔王様の事を話していたのだ。
 …正直、羨ましい。
 人間の世界には、魔王様の様に慕われる王なんて、見た事も、聞いた事も、無いのだから。
 …それは、慈悲と賢智の王と呼ばれた、ルクスカリバー王国国王にして私の父でさえ、有り得なかった事なのだから。
「良いですかっ!?魔王様っ!」
「はっ、はいっ!」
「私っ!魔王様が好きですっ!」
「…………え、えええええええええええええええええええええええーっ!?」
 魔王様は大口を開けて、そう絶叫した。
「何を叫んでいるんですか!?」
「だっ、だって今っ!今僕の事好きって!」
「はいっ!言いましたっ!」
「それに驚いてるんだけれどっ!?」
「私っ!魔王様が好きですっ!
 ヒルガオちゃんもタイムさんもイキシアさんも魔物さん達も、みんなみんな大好きですっ!
 そんなみんなの王様が貴方で良かったと、私は心の底から思っていますっ!」
「………ああ、うん…」
 魔王様は、今度はちょびっとだけしょんぼりしたような顔をした。
「もし魔王様が私達の世界で描かれ、聞かされている様な魔王様だったら、きっと私、貴方の事を怖がってしまったと思いますッ!
 怖がって怖がって…貴方の事を、忌避してしまったと思いますッ!」
 …ううん。思います、なんかじゃない。
 間違い無く、そうしてしまっただろう。
 広い部屋に、一人閉じ籠り、
 解放されるその日を渇望して、部屋の隅で震え続ける。
 …そんな日々を、送っていただろう。
「だから私っ!貴方が魔王様で良かったですっ!
 私はっ!貴方が貴方で良かったとっ!
 本気でっ!本気で思っていますっ!!」
「……………………本当に?
 本当に、僕が魔王で、良かったって。
 …僕で良かったって、言ってくれるの…?」
「当たり前ですっ!
 私は先代の魔王様がどれほど立派な方だったのか存じ上げませんっ!
 それでもっ!
 それでも私はっ!貴方が一番の魔王様だと思っていますっ!」
「……………………そっか。
 僕は、魔王様で、良かったんだ…」
 魔王様は笑う。
 夜の闇を照らし、みんなを導くお月様の様に、明るく、優しい笑みだった。
「…ありがとう、お姫様」
「…どうかエキナと呼んで下さい。
 親しい方はみんな、そう呼んでいますから」
「えと、それじゃあ…エキナ…」
「はいっ」
「……姫……」
「姫はいらないですっ!
 エキナで良いんですよっ!」
「無理無理無理無理っ!
 そんなすぐには変えられないって!」
「そ、そんなにですかっ!?」
「うんっ!無理っ!
 ほらっ!僕ヘタレだからっ!」
 そこって関係あるんだろうか…というかヘタレって自分で言って良いんだろうか…。
「と、とりあえず一旦離れよっかっ!」
「はっ、はいっ!
 あっ!新しい紅茶煎れますねっ!」
「はっ、はいっ!お願いしますっ!」
「どうして敬語なんですかっ!?」
「そこは気にしないでっ!?」
「はいっ!」
 今馬乗りになっている状態だし、流石にこれは見られたらまずいよね…!


「ほぅ…ほぅほぅほぅ…!」


 背後。
 扉の近くから、そんな声がした。
 すぅーっと、魔王様は扉の方を見て、
「ーーーーっっっっっっっっ!」
 目玉が飛び出るぐらい絶句した。
 え?ええ?い、いったい何が起きているの?
 恐れ半分興味半分で後ろを振り向いてみた。
「ほぅほぅほぅほぅほぅほぅほぅほぅ…!」
「ひっ、ヒルガオちゃんっ!?」
 そこには、ヒルガオちゃんがいた。
 …うん、ヒルガオちゃん…だと思う。
 …なんだか、とんでもなく怒っているというか、笑ってるその顔に恐怖するというか…後ろにおぞましい気配を放つ何かがいるというか…。
「め、めめめめめめめめメイド長?
 どうしてそんなに怒ってらっしゃるんでしょうか…?」
「魔王よ…儂はの?主を幼い時から見ておった」
「あ、うん。そうだね。
 僕の乳母みたいな感じだし」
「……魔王よ、見損なったぞ。
 よもやエキナにそんな、は、破廉恥な事をさせるとは…っ!」
 あ、今ヒルガオちゃんの背後にある何かが一気に大きくなった気がする。
 とりあえず魔王様から降りて…。
「今のメイド長…あの時と同じだ…!」
「あの時?」
「僕が人間界の玩具を大量に買い込んだ時と…あの時のメイド長と一緒だ…!」
 …なんだか緊迫感に掛けるなぁ…。
「メイド長お願い話を聞いて本当にっ!」
「問答無用」
「あっちょっと本当に怒ってるやつだこれ!」
「ヒルガオちゃんっ!魔王様は私を慰めてくれたんだよっ!」
「いやむしろ僕が慰められてた側だからっ!」
「いえ私がっ!」
「いや僕がっ!」
「…………まぁ、とりあえず状況は理解した。
 そもそも魔王にエキナにそんな事をさせる度胸などある訳が無いからの」
「あっこれ知っててブチ切れてたパターンだねっ!?」
 ヒルガオちゃんは険しい顔をしていたけれど、その険しさをふっとほどいて、
「ほれ魔王っ!いつまでも騒がしくしとったらエキナが寝れんじゃろっ!」
「というかメイド長、どうしてお姫様が自分の本当の名前を呼んで怒らないの?
 いつもだったら、名前で呼ばれたら背中か腰に飛び蹴りを食らわすのに…」
「ふっ…儂はエキナの絶対の味方になる事を誓った。
 たとえ主が相手でも、儂はエキナの為ならば全身全霊を以て相対するぞ?」
「へぇ…魔王たる僕に勝てると思っているの?」
「では手始めに幼少期からの主の恥ずかしい過去を童話形式でエキナにばらすとするかのぉ」
「調子に乗りましたごめんなさい」
「全く…する気も無いのにやる気なんか出すからじゃ」
「仰る通りです。ごめんなさい」
 ああああ…魔王様が…魔王様がもう魔王様という肩書きだけの魔物さんに成り果ててる…!
「エキナよ。明日は魔物共と大掃除の話し合いがあるんじゃろ?
 魔王は儂が引き受けるから、今日はもう眠ると良いよ」
「あ、う、うん。
 おやすみ、ヒルガオちゃん」
「おやすみ、エキナ。
 ほれ魔王っ!土下座はもう良いからとっとと行くぞっ!」
「お願いですお願いです…恥ずかしい過去をばらされたら僕もう生きていけません…!」
「ばらさんからっ!扉が閉まらんじゃろっ!」
「ううううう…!」
 魔王様はゆっくり立ち上がって…半泣きだ!魔王様半泣きだ!
 …私が魔界に来た理由って、もしかして魔王様を立派にさせる為に、神様がそう仕向けたんじゃ…。
 なんて考えていると、魔王様は私に振り返る。
 …今までとは、違う顔。
 弱々しくて、頼りなくて、へにゃりとした笑顔をしていた魔王様とは、似ても似つかない、
 …触れたら壊れてしまいそうなぐらい、淡く、儚い笑み。
「おやすみなさい、お姫様。
 …どうかお姫様の夢が、善い物であります様に」
 私は、返事を返す事が出来ず。
 ただ唖然と、扉を閉める魔王様の後ろ姿を見送るしか出来なかった。



「…ねぇ、メイド長」
 長い廊下を歩く最中、魔王はそう、前を歩くヒルガオに声を掛ける。
「なんじゃ?魔王よ」
 ヒルガオはぴこぴこと歩きながら、振り返る事無く返事をした。
「…さっき…さっきね?
 お姫様に…貴方が魔王で良かったって、そう言われたんだ」
 ヒルガオは答えず、歩みも止めない。
「お姫様はこうも言ってたよ。
 僕が魔王で良かったって、みんなもそう言ってたって。
 顔をぐしゃぐしゃにして…必死になって、そう言ってくれたんだ」
 魔王はふっと笑う。
「嬉しかった。
 …こんな頼りない僕に、お姫様がそう言ってくれて。
 僕…とっても嬉しかったんだ」
 カン、と一際大きな靴音をたてて、魔王が歩みを止めた。
 その音に反応して、ヒルガオは魔王の方を向き、
 …僅かに、息を飲んだ。
 まっすぐヒルガオを見る魔王は、ヒルガオの知っている、いつもの魔王の顔を…頼りなく、へにゃりとした笑みをしていなかった。
 大いなる決断をした、
 凛と、強い意志を秘めた表情。
 ヒルガオは、思い出す。
 この表情を、ヒルガオは一度だけ、見た事があった。
 先代の魔王の墓前。
 その前で、魔王になると宣言した時と、全く同じ顔だ。
「…決めたよ、メイド長」
「何をじゃ?」
「…僕は、立派な魔王になる。
 魔界のみんなが認める様な、みんなが安心して僕に魔界を任せられる様な。
 …お姫様が人間の世界でも胸を張って僕の事を語れる様な、そんな魔王に」
 数秒、魔王とヒルガオは見つめ合う。
 見つめ合って、
 見つめ合って、
「……そうか」
 ヒルガオは、ふっと微笑み、
 魔王に背を向け、歩き出
「ああ、そうじゃ、魔王よ」
 そうとしたが、またくるりと魔王の方を向く。
「主はどうして自分が魔王になったか知っておるか?」
「え?
 ぼ、僕が魔王になる宣言をしたからじゃ…」
「たわけ。
 いくら主が先代の魔王の息子とて、そんな宣言ぽっちで魔王になれる訳無いじゃろう」
「え?そうなの?」
「そうじゃ。
 …先代はの、逝去される四日前、タイム、イキシア等腹心の部下を集め、仰せになられた。
 主は今は魔王とは呼べぬかもしれん。
 じゃが主には王に相応しき情が、優しさが、人格が備わっておる。
 今は未熟かもしれんが、時が経ち、多くの事を学べば、いずれは先代をも凌ぐ魔王になる。
 …そして、先代が成せなかった、奇跡にも近い偉業を成す事が出来る、と」
「…そっか。
 先代が、そう言ってくれたんだ…」
「それだけでは無い。
 例え先代がそう宣言した所で、生半可な後任では混乱は避けられなかったじゃろう。
 …今の魔界の安寧があるのは、偏に主の人徳のおかげじゃよ」
「…そ、そうかな…」
「そうじゃ。
 先代と、そして今代の魔王に仕える儂が言うんじゃ。
 まず間違い無いとみて良いよ」
「…そうかな…」
「そうじゃ。
 …もう夜も深い。主ももう寝ると良いよ。
 ああ、これから図書館に行こう等という気は起こさぬ様に。
 司書にはもう話が付いているからの」
「うっ…」
「行く気じゃったか…」
 ふふっと、ヒルガオは微笑んだ。
 その微笑みにつられて、魔王も笑う。
 へにゃりとした、どこか頼りない笑みで。
「さて、行くとす」
「あっ!メイド長っ!」
 くるりと魔王に背を向けたヒルガオに、魔王はそう声を掛ける。
「今度はなんじゃ?」
「先代の魔王が成せなかった、奇跡にも近い偉業って?」
「…まぁ、確かに先代から聞いておるよ」
「それじゃあ教」
「えん」
 ヒルガオは魔王に顔を向ける。
 どこかいたずらっ子のような笑みだ。
「先代はこうも言っていた。
 先代が成せなかった奇跡にも近い偉業を、主は成す事が出来るだろう。
 …しかし、それを主に言ってしまえば、主はそれを成そうとひたすらに邁進してしまう。
 ともすれば成そうとするそれの困難さに、押し潰されてしまうかもしれない。
 …じゃから、それまで。
 主がそれを成すまで、秘密にする様にと言われとる」
「…そっか。
 先代の言葉なら仕方無いねー」
「うむ。仕方無い事じゃ。
 …ただ、主ならそれを成せると、儂も信じておるよ」
「…うん。
 僕、頑張ってみるよ。
 少しずつでも、少しずつでも。
 …立派な魔王様に、なる為に」
 魔王は笑う。
 今までとは少し違う、柔和な笑み。
 月明かりが魔王を、優しく照らした。





 こうして、夜が開けていく。
 こうして、魔界の慌ただしい日々は、続いて行く。
 多くの魔物と、多くの人間、
 ルクスカリバー王国と、魔界、
 エキナケア・ルクスカリバーという王女と、魔王という元人間、
 その全ての運命を、想いを、
 風に、凪に、光に、闇に乗せて、
 日々は少しずつ、けれど確かに、続いて行く。
 …どこかの世界の、いつかの時代。
 人々の生活の傍に、魔術と呼ばれる不思議な力がある、私達の世界の中世と呼ばれた時代にも似た時代。
 これは、そんな世界で生きる、 人間のお姫様と、魔界の王様の、
 きっとどこにでもある、
 優しい恋の、御伽噺。


第一話「立派な魔王様になりましょう!」…SAVED!
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