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4月20日、四川料理の日~はふはふ激辛!四川風麻婆豆腐~

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 私達のお夕飯は、基本的におうちご飯だ。
 味付けもどちらかといえば和風寄りで、大人しかったり、そこまで激しくは無いものが多い。
 とはいえ、それは基本的なで言えばだ。外食をする時もあるし、激しい味付けの料理を作る時だってある。
 …例えば、今日がそんな日だったりする。
 今日は朝から…今働いているこの時も、妙なそわそわがあった。
 なんというか…何か物足りないというか…いや、人生ハードモードにしたい訳じゃないが…そんな、不思議な感覚。
「当麻さん、どうかしたのかい?」
 と、私のそんな様子を見ていたマスターが声を掛けて来てくれた。
 …マスターの前に立つと、どうにも緊張してしまう。
 どこか鈍く、鋭い気配…正直元軍人か特殊部隊にでも所属していたんじゃないかと思わせる雰囲気を持つ…そんな人が、私の務める喫茶「バルカローラ」のマスターだ。
「あ、はい。
 …その…なんだか、そわそわしてしまって…」
「ふむ。…何か良い事でもあったのかな?」
「そういう訳じゃないんですが…というかそこまで良い感覚でも無いというか…」
 だから…マスターがどこか浮世離れしているからなのか、私はマスターに結構色んな事を相談している。
 自身の事、なーちんの事、身の回りの事等々…。
 マスターはそれに、どんな内容の相談であっても、ちゃんと話を聞いて、一緒に考えてくれる。私がかなり信頼を置いている大人の一人だ。
「そうだね…あまり良い感覚でないとなると…何かを忘れているのかもしれないね。
 もしくは、自分でも把握できていない不安や憂鬱な事があるのかもしれない」
「…ここまでそわそわした物は…思いつかないです…」
「そっか…。
 そうなると、杞憂、という事も考えられる。
 四月は色々な事が変わる季節でもあるからね、無意識にそういった物を感じ取っているのかもしれない」
 そう言いながら、マスターはカップに珈琲を注ぎ、私に差し出してくれた。
「何にせよ、無理せず、何か力になれる事があったら遠慮なく言ってね」
「…はい」
 マスターは、決して結論を出さず、断言もせず…けれど、私の感じている事も、けして否定しない。
 …少しふわふわしているけれど、マスターのその考え方が、私は結構好きだったりする。
 とはいえ…このままというのもなんだか釈然としないな…。
「もしくは…そうだね、強い刺激というのも良いかもしれない。
 非日常、というのかな。そういった感覚も、気分転換には良いかもしれない」
「気分転換…ですか」
 …確かに、最近平々凡々とした日々かもしれない。
 そっか…気分転換か…。
「という訳で、今日は激辛麻婆豆腐にするぞー」
「おーっ!激辛メニュー珍し-っ!」
「まぁなー」
 なんてなーちん返事をしながら、帰宅後キッチンに立ち、材料を用意する。
 激辛料理は、私達のお夕飯では出る回数は多くない。
 私もなーちんもそこまで辛い物が不得意という訳じゃないが…そういえばあんまり作らないな…。
「せっかくだからめっちゃ辛くしようよっ!」
「勿論そのつもりだ」
 まずは豆腐をさいの目に切り、湯通し。
 こうする事で豆腐の水分を抜いて柔らかくしたり、豆腐同士がくっつくのを回避できるらしい。
 それと同時に鶏ガラスープの素を溶かして鶏ガラスープを作っておく。
 ちなみに今回は甜麺醤、豆板醤等々を使って作る本格的な四川風麻婆豆腐だ。
 レトルトだってとても美味しいし、私達も普通に使っている。今回は気まぐれに手作りしているだけだ。
 フライパンに油を入れ、みじん切りにしたニンニクとネギ、鷹の爪を入れて熱し、香りが立ったら豚挽肉を入れる。
 挽肉の色が変わったら酒、豆板醤、甜麺醤、粉唐辛子、醤油をさっと一回しして挽肉に絡め、先程作った鶏ガラスープを入れ、煮立たせ、豆腐を入れて、更に煮る。
「おわー辛くて良い香りー!」
「ああ…食欲をそそられる香りだ…」
 ペペロンチーノもそうだけれど、どうしてニンニクと唐辛子を炒めた香りはこうも食欲を刺激されるんだろう…お腹減ってきた…。
 後は水溶き片栗粉、花山椒、ラー油を入れ、刻みネギを散らせば、四川風麻婆豆腐のできあがりだ。
「なーちん、テーブルの準備してくれー」
「できてるよーっ!
 早くっ!早くっ!」
 なーちんの声に反応して見てみれば、既にテーブルには小皿やスプーン、鍋敷き、山と盛られたご飯も用意されていた。流石なーちん。
 熱々のフライパンを鍋敷きに置き、追加用のラー油、山椒をテーブルに置いて。
「んじゃ、いただきます」
「いっただっきまーすっ!」
 私もなーちんも手を合わせ、私は小皿に麻婆豆腐を取り分けて、口に運ぶ。
 まず感じるのは、豆腐の柔らかさ、独特の風味、少し濃いめの味。
 その味を残したまま、少し硬めに炊いたご飯を頬張る。
 また麻婆豆腐を一口、続いてご飯を一口。
 瞬く間にお茶碗が空になり、炊飯器からさっきより多めにご飯を盛る。
 …駄目だ。これは駄目過ぎる。
 いつもより多めにご飯を炊いたつもりだったけれど、これはご飯に炊飯器は残らない。
 それぐらい、美味しい。
「…なーちん、そんなに入れて大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫っ!
 あたし辛いの全然得意だしっ!」
 なーちんはおかわりしたご飯の上に、直接麻婆豆腐を掛け、更にラー油と山椒を振り掛けた。
 なるほど…元々麻婆丼にして食べるつもりだったのか。道理でいつものお茶碗じゃなくて大皿のスープ皿にご飯を盛っていた訳だ。
 私も、麻婆豆腐をご飯に掛け、ついでにラー油と山椒を掛けて頬張る。
 …そう、今食べているのは麻婆豆腐。しかも四川風だ。唐辛子もラー油も山椒も調理の段階でたっぷり入れている。
 …つまり、この麻婆豆腐は、はちゃめちゃに辛い。
「…みぃ、この麻婆豆腐…なんか辛くない?」
「そりゃあんだけラー油と山椒を入れれば…いや、少し辛いな…」
 三度目のおかわりぐらいから、舌がとうとう辛さを認識し始めた。
 辛い。うん、辛い。…いや本当に辛いっ!
 私も大丈夫と思ってラー油と山椒を入れ過ぎた…辛い…うわちょっと本当に辛い…っ!
「はぁ、はぁ、んぐっ、んぐっ、んぐっ…………はぁ、辛っ…!」
 なーちんは凄い勢いでキンキンに冷えた水を空にした。ちょっと涙ぐんでいる。
 …そういえばどこかで、辛さの蓄積という言葉を聞いた事がある気がする。
 激辛料理の中には、最初は辛さを感じなくても、徐々に辛さが蓄積され、最後にはとんでもない辛さとなって食べた人をどうしようも無い程刺激する物がある。
 本当に最初に辛さを感じなかった…調子に乗って私もだいぶラー油と山椒を掛けてしまった…ぬかった…!
「はぁ、はぁ、はぁ、はふっ!んぐっ、んぐっ、んぐっ…んーっ!辛ーっ!」
「なーちん…あんまり無理するな…はふっ、はふっ」
「そういうみぃだってスプーン進めてんじゃん…!」
 そう。
 辛い、辛過ぎる。
 けれど、スプーンを止められない。
 それぐらい、美味しい。
 …結局私もなーちんももう二度おかわりをして、更にラー油と山椒を振り掛けて、フライパンの麻婆豆腐が空っぽになるぐらい、お腹いっぱいになって。
「…はふぅ」
「あー…」
 …私となーちんは、しばらく座席から動く事はできなかった。
 美味しかった…あとなんか衝撃とかインパクトとか色々凄かった…。
「…ところでみぃ、どうして今日突然麻婆豆腐?すっごく美味しかったけれど…」
「ん?ああ、割と本当に気分転換だよ。
 マスターに、なんか最近そわそわというか、どこか落ち着かないって相談したら、強い刺激や非日常で気分転換するのも良いって聞いたから…………あっ!」
「どしたの大声出して」
 なーちんの言葉をいったんスルーして携帯端末を取り出し、お気に入りに入れていたサイトを確認して、慌てて手続きを済ませ、はふぅと一息つく。
「…えっと、話が見えないんだけれど…」
「前から欲しかった新しい掃除機、今日発売日だった…間に合った…」
「あー、あのすっごい人気ですぐ売り切れちゃうやつ?
 気付いて良かったねー」
「ああ、カプサイシン様々だなー」
 本当に気付いて良かった…あと私自身の中にあったそわそわも、雲が晴れる様に消えていった。
 というかこれが今日一日のそわそわの正体か…なんかあっけなかったなぁ…。
 …意外と、なんだか全体的に、そんな感じなのかもしれない。
 激辛四川風麻婆豆腐を食べたぐらいで、晴れてしまうぐらい、些細なもやもや、僅かなそわそわなのかもしれない。
 …これも、真理かなぁ…。
「みぃ飲むヨーグルト飲む?」
「なんかゲシュタルト崩壊しそうだな。飲む」
 辛い物の後には乳製品を飲めば和らげられる。
 真理なんて、意外とそれぐらい単純な物だ。
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