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三章 僕は普通の獣人……だったはず
失態は発見への近道?
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隣国、グリーズブ王国は大きい森に囲まれた、のどかな国だと聞いている。国土はセイゼークの二倍か三倍くらいの広さで、田園の綺麗な名所が多い国らしい。この国もまあまあ良いところなんだけど、公的に奴隷制度を認めているのが僕には合わない。しかも獣人の奴隷は値が安くて、大切に扱われないんだとか。せめてお高くしてくれないかなぁ。奴隷になる気はないけど。
僕は今、グリーズブ王国を取り囲む森の中をのんびりと歩いている。人と触れあうのは好きだけど、獣人だからと気を使うことが多くて疲れてしまう。だから正直、こうして一人で出歩く方が気楽で好きだ。
他の獣の臭いがしたら、縄張りだから入らないように気を付けて進む。時折果物や薬草を見つけたら、背負った鞄の容量と相談しながら採取する。この、仲間と行動していたときの癖が、一人になった今でも活かされていると思うと嬉しくなった。
採取に曲げていた腰を立って伸ばしていると、ぐうとお腹がなった。ピチチと鳴く鳥が僕を馬鹿にしているようで少し恥ずかしくなりながら、そろそろ夜営の準備をするかと鞄を漁った。
中で嵩張っていた小さな鍋と箸を取り出すと、近くに生えていた食べられる草と水筒にいれてきた水を鍋に入れた。味付けはない。果物を食べられるのだから重畳と自然の恵みに感謝しながら、火打ち石を探す。
そこではたと気づいた。そういえばこの国は鉱山地帯には含まれていないんだ。火打ち石がそこらに転がっているなんてそうそうないだろう。何で火打ち金しか持ってこなかったんだ僕のばか。
どうしよう、果実だけで飢えを凌ごうか。いやでも温かいスープも飲みたい。一度お腹の気分が決まったら、別のものじゃ物足りなくなってしまう。我が儘だけど、それなりに料理が出来るから食べたいものはどうにかしてでも食べたくなる。
他にどうしたら火が着くんだっけ。木を擦り合わせる?体力のない僕じゃ、着く前に力尽きちゃうな。後は……魔法、とか?
フェリシアが言うには、魔法には七つの属性があって、その内に確か火属性があったはずだ。属性に乗っ取った攻撃魔法はスキルがないとできない。だけど生活魔法っていう水を出すだけとか、火を起こすだけとかの魔法なら誰でも出来るらしい。
MPも魔力も、普通の人の初期値に比べると断然多いんだから、生活魔法ぐらいは僕でもできるんじゃないだろうか。フェリシアに教えてもらったことを全部覚えていた自分を褒めてやりながら、地に手を翳しながら火を出す呪文を思い出す。
「えーっと、『我願う。天より得た熱、その地に燻る熱を今ここに宿らせ給え。ファイア』」
言い終わってから少し待つ。何も起きない。……失敗してしまったのかな?
そういえば、呪文にばかり目を向けてしまっていて魔力を注ぐのを忘れていた。魔法を使うには、明確なイメージと魔力が大切だってフェリシアも言っていたこと。
そうと来ればと、小さな焚き火を思い出す。ある程度安定した炎が良いから、青く光るものを想像して、目を瞑る。力に集中するには、他の感覚を遮断するとやり易いってエリックも言っていた。目蓋がある目や唇がある舌と違って、耳や鼻、皮膚は閉じることができないので、聴覚、嗅覚、触覚は我慢する。
先程と同じように、手を地面に翳し、自分の中の力を見つける。まったく分かんないけど、力がポンッと出て、青い炎になる感じ。よし、イメージは固まった。
おっしゃ、魔法使うぞと意気込むと、すぐ近くでボッと音がした。
「ん?」
何だろうと目を開くと、なんとそこに青い炎が鎮座しているではないか。しかも消える様子なく、安定している。煙も黒くない。
「んん、なんで?」
最近よく分からないことばかり起こるな。ステータスしかり、鎧の男しかり。
「…………ま、いっか!」
考えるのはあとにして、火の周りに石を置き簡易かまどを作成する。
火にかかるよう鍋を置いて、とそこまでしたところでふと思った。ここにお湯を出せたら便利じゃないか?沸騰するまでの時間短縮になるし、根野菜がないから水から煮込む必要もない。
鍋に半分ほど入ったお湯を思い浮かべて、よっし今度こそと呪文に意気込んで鍋に手を翳した。
と同時に流れる水音と弾ける飛沫。
「あー……」
鍋に半分ほど入った湯気の立ち込める透明な液体に、何とも言えない気分になった。成功したのは嬉しいけど、肩透かしを食らったような、狐に化かされた気分のような。いや狐は僕なんだけど。
「まあ、便利、だよね。うん。……うん」
誰にでもなく言うと、沸騰してコポコポと訴えてくる鍋に葉の広い野草をちぎって入れる。まな板も持ってくればよかった。鞄に提げていたお玉で灰汁を掬って、地面に落とすと少し気分を持ち直した。
何か出来ることは悪いことじゃないし、こうして味気ないけどスープもできたし、あとで色々と試してみようかな。タオルを膝に置き、その上に火から下ろした鍋を置いた。
塩が欲しいなぁ。ちょうどよい茹で加減の野草の歯応えを楽しみながら、味のないスープに眉尻を下げる。
流石に塩生成なんて魔法は知らないしな。その内街にも行かないと。
ズゾゾとスープを飲む音が辺りに響く。何気に一人の食事って久しぶりだなあ。確か十年ぶりかな。いつもそばに誰かがいたから、さっきまでの気楽なんて思いはどっかに飛んでっちゃった。味気ないのは調味料がないからだけじゃないかもしれないな。
いやいや、湿っぽいのはもうそろそろ終わりにしよう。そうだ、初めての一人旅なんだ。
今まで怒られて出来なかったことも、誰も見てないんだから怒られないんじゃないか?つまり、イケナイコトし放題ってことだ。
よし、そうと決まれば、
「まずは木登り!」
一度で良いから、天辺まで登ってみたかったんだよね!スキルもあるし、落ちてもそう深い怪我は負わないでしょ。
あ、登る前に鍋洗って片付けないと。この辺って川あるのかな。耳をすましても、辺りを見渡しても水流の気配はない。
どうにかして洗えないかな。あ、さっきの魔法で水を出して…って流しっぱなしはMPが足りなくなっちゃうかも。鍋とお玉とお箸を洗うだけの水が出るような、ついでに洗ってくれるような魔法ってないのかな?
想像していると、カシャカシャと擦れる音が聞こえてくるのに気づいた。見ると洗い物がふわふわ浮いて、水の玉の中でグルグルと回っていた。
あったんだ……洗ってくれる魔法。本当に便利だなぁ。まあ、“生活”魔法って言うくらいだし、日常生活に必要なことは大抵出来るのかもしれない。でも僕、呪文知らないんだけどなぁ。
すっかりきれいになって、乾燥までされた道具類を片付け、手早く荷物をまとめるとこの辺で一番大きそうな木を探す。木に登ったついでに方角を確認するためだ。影の方向からも確認はできるけど、森の中だと葉の影のせいで容易ではない。
良さそうな木を見つけたので、スキルの確認もしてみようと思い至る。早速、エルネストに教わった方法でスキルを発動させてみよう。
使うスキルは“軽業師”。スキルを持っていても、どの程度扱えるかはそのスキルの所持者によって変わる。あまり扱えない人は、それなりに鍛えたスキルを持っていない人と同程度の能力しか発揮できない。よく扱える人ってのは、元から鍛えている人が多いらしい。
スキルは感覚で発動させる方法と、スキル名で発動させる方法とある。感覚の方は何度も使っている内にスキル名を必要としなくなったり、元々本能的に使っていた人が意識してつかう方法らしい。まあ僕にはどちらも出来なさそうなので、とりあえずスキル名で発動させてもらう。
木の前に立つと、鞄を背負い直して両足をしっかりと地につけて少し目を伏せた。呼吸を落ち着けると心臓の音が少し大きく聞こえてくる。鳥の声も木の葉の擦れる音もだんだんと静かになり、聞こえなくなってくる。十分に集中すると、息を吸ってはっきりと呟くように言った。
「スキル“軽業師”」
途端、心臓がどくんと大きく波打って、体がふわりと浮く感覚がする。目を開けて一歩踏み出してみると、その足の軽さに縺れて転んでしまう。しかし痛くはない。
何だろうこれ、鳥の体みたいに風に乗れそう。足が地についているはずなのに浮遊感がやまない。ちょっと怖いけど、それに勝る高揚感が少し面白い。全身で楽しいを感じているような、不思議な感覚だ。自然とにやけてしまって、端から見ると変な人だ僕。
これなら、天辺まで登るのなんて簡単そうだ。周りより一回り高い目の前の巨木に視線を巡らせ、足を掛ける場所を探す。上までの道筋を見付けると、跳ねるように駆け出した。
――――――――――
「っはぁ~……たっかーい!」
今たぶん目がきらっきらしてると思う。自覚はある。
結果的に言えば、手すらそうそう使わずに、枝で一回転するくらいの余裕がありながら登りきった。楽しすぎて鳥の巣を突き破りそうになった。すいません。
いきなりスキル効果が切れても良いように、十分な太さの枝に跨がり、沈みゆく夕日を眺める。視界の端に木々の終わりが見えた。あちらにグリーズブに来て初の街があるんだ。
暗くなり始めて、家々の窓に明かりが灯り始めた。夕日も窓も優しい明かりで、それぞれに笑顔があると思うとほわほわと心が暖まる感じがした。涼やかな風が頬をなぜて、夜が近いことを肌で感じる。
今日はこのまま木の上で寝てしまおうか。これも怒られてできなかったことのひとつだ。
「スキル“軽業師”発動固定」
スキルが自然に切れることを防ぐ呪文を小さく口にする。なにか変わった気がしないので不安だけれど、エルネストを信じよう。責任転嫁ともいう。
そういえば、定住するのでなければ、身分証の提示のみで入国手続きとかは必要ない。ボクの犯罪歴は、裁かれてないので身分証に刻まれていない。つまり身分上は善良な一般人だ。獣人という偏見はあるだろうけど、それはセイゼークに居た頃と変わらないだろう。
だけれど、街に着いたら採取した薬草を売りにギルドへ行かなきゃいけない。初めて行くギルドなので犯罪歴を見る魔道具での検査がある。僕自身罪を犯した記憶はないが、ここは外国なので、もしかしたら何かしらのことにひっかかっているかもしれない。
そうしたら、なるべく早くウィシュアルへ行かないと。一応は使徒として保護されるはずだから。
鞄を枕に、跨がっている枝に寝転がるとスキルのお陰か、そう揺れることなく安定して快適な寝具となってくれた。
「明日には、街に着けるかな」
空中へと消えた言葉に一つまばたきして、眠るまで、紫に染まっていく空を楽しんだ。
僕は今、グリーズブ王国を取り囲む森の中をのんびりと歩いている。人と触れあうのは好きだけど、獣人だからと気を使うことが多くて疲れてしまう。だから正直、こうして一人で出歩く方が気楽で好きだ。
他の獣の臭いがしたら、縄張りだから入らないように気を付けて進む。時折果物や薬草を見つけたら、背負った鞄の容量と相談しながら採取する。この、仲間と行動していたときの癖が、一人になった今でも活かされていると思うと嬉しくなった。
採取に曲げていた腰を立って伸ばしていると、ぐうとお腹がなった。ピチチと鳴く鳥が僕を馬鹿にしているようで少し恥ずかしくなりながら、そろそろ夜営の準備をするかと鞄を漁った。
中で嵩張っていた小さな鍋と箸を取り出すと、近くに生えていた食べられる草と水筒にいれてきた水を鍋に入れた。味付けはない。果物を食べられるのだから重畳と自然の恵みに感謝しながら、火打ち石を探す。
そこではたと気づいた。そういえばこの国は鉱山地帯には含まれていないんだ。火打ち石がそこらに転がっているなんてそうそうないだろう。何で火打ち金しか持ってこなかったんだ僕のばか。
どうしよう、果実だけで飢えを凌ごうか。いやでも温かいスープも飲みたい。一度お腹の気分が決まったら、別のものじゃ物足りなくなってしまう。我が儘だけど、それなりに料理が出来るから食べたいものはどうにかしてでも食べたくなる。
他にどうしたら火が着くんだっけ。木を擦り合わせる?体力のない僕じゃ、着く前に力尽きちゃうな。後は……魔法、とか?
フェリシアが言うには、魔法には七つの属性があって、その内に確か火属性があったはずだ。属性に乗っ取った攻撃魔法はスキルがないとできない。だけど生活魔法っていう水を出すだけとか、火を起こすだけとかの魔法なら誰でも出来るらしい。
MPも魔力も、普通の人の初期値に比べると断然多いんだから、生活魔法ぐらいは僕でもできるんじゃないだろうか。フェリシアに教えてもらったことを全部覚えていた自分を褒めてやりながら、地に手を翳しながら火を出す呪文を思い出す。
「えーっと、『我願う。天より得た熱、その地に燻る熱を今ここに宿らせ給え。ファイア』」
言い終わってから少し待つ。何も起きない。……失敗してしまったのかな?
そういえば、呪文にばかり目を向けてしまっていて魔力を注ぐのを忘れていた。魔法を使うには、明確なイメージと魔力が大切だってフェリシアも言っていたこと。
そうと来ればと、小さな焚き火を思い出す。ある程度安定した炎が良いから、青く光るものを想像して、目を瞑る。力に集中するには、他の感覚を遮断するとやり易いってエリックも言っていた。目蓋がある目や唇がある舌と違って、耳や鼻、皮膚は閉じることができないので、聴覚、嗅覚、触覚は我慢する。
先程と同じように、手を地面に翳し、自分の中の力を見つける。まったく分かんないけど、力がポンッと出て、青い炎になる感じ。よし、イメージは固まった。
おっしゃ、魔法使うぞと意気込むと、すぐ近くでボッと音がした。
「ん?」
何だろうと目を開くと、なんとそこに青い炎が鎮座しているではないか。しかも消える様子なく、安定している。煙も黒くない。
「んん、なんで?」
最近よく分からないことばかり起こるな。ステータスしかり、鎧の男しかり。
「…………ま、いっか!」
考えるのはあとにして、火の周りに石を置き簡易かまどを作成する。
火にかかるよう鍋を置いて、とそこまでしたところでふと思った。ここにお湯を出せたら便利じゃないか?沸騰するまでの時間短縮になるし、根野菜がないから水から煮込む必要もない。
鍋に半分ほど入ったお湯を思い浮かべて、よっし今度こそと呪文に意気込んで鍋に手を翳した。
と同時に流れる水音と弾ける飛沫。
「あー……」
鍋に半分ほど入った湯気の立ち込める透明な液体に、何とも言えない気分になった。成功したのは嬉しいけど、肩透かしを食らったような、狐に化かされた気分のような。いや狐は僕なんだけど。
「まあ、便利、だよね。うん。……うん」
誰にでもなく言うと、沸騰してコポコポと訴えてくる鍋に葉の広い野草をちぎって入れる。まな板も持ってくればよかった。鞄に提げていたお玉で灰汁を掬って、地面に落とすと少し気分を持ち直した。
何か出来ることは悪いことじゃないし、こうして味気ないけどスープもできたし、あとで色々と試してみようかな。タオルを膝に置き、その上に火から下ろした鍋を置いた。
塩が欲しいなぁ。ちょうどよい茹で加減の野草の歯応えを楽しみながら、味のないスープに眉尻を下げる。
流石に塩生成なんて魔法は知らないしな。その内街にも行かないと。
ズゾゾとスープを飲む音が辺りに響く。何気に一人の食事って久しぶりだなあ。確か十年ぶりかな。いつもそばに誰かがいたから、さっきまでの気楽なんて思いはどっかに飛んでっちゃった。味気ないのは調味料がないからだけじゃないかもしれないな。
いやいや、湿っぽいのはもうそろそろ終わりにしよう。そうだ、初めての一人旅なんだ。
今まで怒られて出来なかったことも、誰も見てないんだから怒られないんじゃないか?つまり、イケナイコトし放題ってことだ。
よし、そうと決まれば、
「まずは木登り!」
一度で良いから、天辺まで登ってみたかったんだよね!スキルもあるし、落ちてもそう深い怪我は負わないでしょ。
あ、登る前に鍋洗って片付けないと。この辺って川あるのかな。耳をすましても、辺りを見渡しても水流の気配はない。
どうにかして洗えないかな。あ、さっきの魔法で水を出して…って流しっぱなしはMPが足りなくなっちゃうかも。鍋とお玉とお箸を洗うだけの水が出るような、ついでに洗ってくれるような魔法ってないのかな?
想像していると、カシャカシャと擦れる音が聞こえてくるのに気づいた。見ると洗い物がふわふわ浮いて、水の玉の中でグルグルと回っていた。
あったんだ……洗ってくれる魔法。本当に便利だなぁ。まあ、“生活”魔法って言うくらいだし、日常生活に必要なことは大抵出来るのかもしれない。でも僕、呪文知らないんだけどなぁ。
すっかりきれいになって、乾燥までされた道具類を片付け、手早く荷物をまとめるとこの辺で一番大きそうな木を探す。木に登ったついでに方角を確認するためだ。影の方向からも確認はできるけど、森の中だと葉の影のせいで容易ではない。
良さそうな木を見つけたので、スキルの確認もしてみようと思い至る。早速、エルネストに教わった方法でスキルを発動させてみよう。
使うスキルは“軽業師”。スキルを持っていても、どの程度扱えるかはそのスキルの所持者によって変わる。あまり扱えない人は、それなりに鍛えたスキルを持っていない人と同程度の能力しか発揮できない。よく扱える人ってのは、元から鍛えている人が多いらしい。
スキルは感覚で発動させる方法と、スキル名で発動させる方法とある。感覚の方は何度も使っている内にスキル名を必要としなくなったり、元々本能的に使っていた人が意識してつかう方法らしい。まあ僕にはどちらも出来なさそうなので、とりあえずスキル名で発動させてもらう。
木の前に立つと、鞄を背負い直して両足をしっかりと地につけて少し目を伏せた。呼吸を落ち着けると心臓の音が少し大きく聞こえてくる。鳥の声も木の葉の擦れる音もだんだんと静かになり、聞こえなくなってくる。十分に集中すると、息を吸ってはっきりと呟くように言った。
「スキル“軽業師”」
途端、心臓がどくんと大きく波打って、体がふわりと浮く感覚がする。目を開けて一歩踏み出してみると、その足の軽さに縺れて転んでしまう。しかし痛くはない。
何だろうこれ、鳥の体みたいに風に乗れそう。足が地についているはずなのに浮遊感がやまない。ちょっと怖いけど、それに勝る高揚感が少し面白い。全身で楽しいを感じているような、不思議な感覚だ。自然とにやけてしまって、端から見ると変な人だ僕。
これなら、天辺まで登るのなんて簡単そうだ。周りより一回り高い目の前の巨木に視線を巡らせ、足を掛ける場所を探す。上までの道筋を見付けると、跳ねるように駆け出した。
――――――――――
「っはぁ~……たっかーい!」
今たぶん目がきらっきらしてると思う。自覚はある。
結果的に言えば、手すらそうそう使わずに、枝で一回転するくらいの余裕がありながら登りきった。楽しすぎて鳥の巣を突き破りそうになった。すいません。
いきなりスキル効果が切れても良いように、十分な太さの枝に跨がり、沈みゆく夕日を眺める。視界の端に木々の終わりが見えた。あちらにグリーズブに来て初の街があるんだ。
暗くなり始めて、家々の窓に明かりが灯り始めた。夕日も窓も優しい明かりで、それぞれに笑顔があると思うとほわほわと心が暖まる感じがした。涼やかな風が頬をなぜて、夜が近いことを肌で感じる。
今日はこのまま木の上で寝てしまおうか。これも怒られてできなかったことのひとつだ。
「スキル“軽業師”発動固定」
スキルが自然に切れることを防ぐ呪文を小さく口にする。なにか変わった気がしないので不安だけれど、エルネストを信じよう。責任転嫁ともいう。
そういえば、定住するのでなければ、身分証の提示のみで入国手続きとかは必要ない。ボクの犯罪歴は、裁かれてないので身分証に刻まれていない。つまり身分上は善良な一般人だ。獣人という偏見はあるだろうけど、それはセイゼークに居た頃と変わらないだろう。
だけれど、街に着いたら採取した薬草を売りにギルドへ行かなきゃいけない。初めて行くギルドなので犯罪歴を見る魔道具での検査がある。僕自身罪を犯した記憶はないが、ここは外国なので、もしかしたら何かしらのことにひっかかっているかもしれない。
そうしたら、なるべく早くウィシュアルへ行かないと。一応は使徒として保護されるはずだから。
鞄を枕に、跨がっている枝に寝転がるとスキルのお陰か、そう揺れることなく安定して快適な寝具となってくれた。
「明日には、街に着けるかな」
空中へと消えた言葉に一つまばたきして、眠るまで、紫に染まっていく空を楽しんだ。
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