公爵令嬢は騙されない

夜桜

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公爵令嬢は騙されない

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 いつものように帝国の街を歩いていただけだったのに。


「……エドナ様、ですよね」
「え、ええ」


 わたしは男と出会い、裏路地へ無理やり連れていかれた。そのまま圧し掛かられ、恐怖で抵抗できず触られたりした。


 どうして……こんな事に。
 涙が止まらなかった。


 誰か、助けて。


 そう願っていると。


「止めないか!」


 偶然通りかかった男性が暴漢を捕まえ、追い払って下さった。……助かった、色々乱暴されて初めてさえ奪われてしまったけれど、なんとか死なずには済んだ。

 乱れた着衣を戻して助けてくれた方にお礼を述べた。


「あ、あの……ありがとうございました」

「これは酷いな、血塗れじゃないか」
「だ、大丈夫です……。このまま殺されてしまうかと思いましたから、生きているだけ儲けです」

「そうかもしれないけど……ん、その宝石のような美貌、よく見れば公爵令嬢のエドナかい」

「は、はい。わたくしを御存知で?」
「ああ、有名だからね。ちなみに僕は伯爵のギャレットだよ」


 ギャレット様は、背が高く男性なのに美しい顔立ちをしていた。あまりに綺麗だったから、見惚れてしまう程に。


「あの、伯爵様、わたくし……」
「もう安心しなさい。僕が男を追い払ったし、すぐに通報して見つけ出す。そして、相応の罰を受けてもらうさ」

「良かった……許せなくて」

「そうだろうね。エドナ、良かったら家へ来ないかい」


 そう誘われ、わたくしは悩む。
 こんなボロボロになってしまったわたくしに価値なんてあるのだろうか。そんな疑問が過った。


「で、でも」
「歓迎するよ」


 でもそうね、彼はわたくしを助けてくれた命の恩人。あのまま誰にも見つけられなかったら、わたくしは今頃どうなっていた事か。


 ――わたくしは彼についていった。


 大きなお屋敷に招かれ、ドレスも綺麗なものに変えて下さった。そんな丁寧で優しい対応にわたくしは再び涙し、自然と彼に信頼を寄せつつあった。


「ギャレット様、わたくし……」
「おぉ、綺麗だよ、エドナ」
「……本当、ですか」


 褒められてとても嬉しかった。
 それからは幸せな毎日を送って、お互いを知っていった。



 その一週間後には婚約を交わした。



「幸せになろう、エドナ」
「はい、ギャレット様。貴方とならきっと幸せになれます」



 この時まではそう思っていた。
 事態が急変したのは、そのたった三日後。強い雨が降る日だった。わたくしはいつものようにギャレット様のお部屋を訪ねようとしていた。

 けれど、今日は様子がおかしかった。

 扉が半開きになっていて、彼が机に向かって何かをブツブツとつぶやいているようだった。


 いえ、違う。
 誰かとお話されている?


 誰?


 ゆっくりと気配を押し殺して中を見る。すると――



(え……!)



 わたくしは、口から心臓が飛び出てしまう程に驚いた。どうして……どうしてなの。どうして、あの男・・・がいるの!!


 ギャレット様の机の前には、一週間半前にわたくしを襲った男が立っていた。あの時は抵抗で必死だったけど、こうして見ると普通の青年だった。


「……ヴィン、よくやってくれたよ」
「ああ、これで良かったんだよな、伯爵。わざわざ公爵令嬢を最後まで襲ったんだぞ。報酬はたんまり弾んでもらうぞ」

「ああ、おかげで婚約を交わせた。もうすぐ彼女は俺のモノ。となりゃあ、莫大な財産も俺のモノ。……フハハハ」


(…………)


 そんな……。
 そんな……。


 彼は、ギャレット様は……

 わたくしをだましていたのね……!


 こんなの酷過ぎる。


 問い詰めようと部屋の中へ入る。



「ギャレット様! これはどういう事!」
「……!! くそっ、聞かれていたか……エドナ」


 キッとわたくしをにらむ伯爵。
 そんな顔、いつもはしなかったのに。


「本当にわたくしをだまして……? 信じていたのですよ!?」

「はぁ~~、まったくお前というヤツは。もういい、ネタばらししてやるよ、エドナ」

「え……」

「この男、ヴィンは僕が雇った男でね。共謀してお前を襲わせたのさ、で、そこにヒーローのおでましさ。僕は君の信頼を勝ち取り、婚約を交わす。そして、公爵令嬢である君の財産を全て奪う算段だった。でも初めてバレてしまうとはね~。僕も運が悪い」


 それが真実というわけね。
 わたくしはずっと騙されて。

 こんな最低男に!!


「分かりました……ギャレット様。婚約破棄して下さい。もういいです、わたくしは出て行きます」

「そうはいかないな。お前の財産を奪う為に婚約破棄はできない。いいか、お前を監禁してでも全てを奪ってやる。おい、ヴィン」


 ヴィンに命令する伯爵。
 また……また乱暴する気なのね。


「……っ」
「抵抗は止めておけ、エドナ。また痛い目を見るぞ? そういえば、まだ僕と君は肌を重ね合わせていなかったね。結婚後という話だったけど……良い機会だ、この場で楽しませてくれ」


 二人が恐ろしい形相で向かって来る。結局、わたくしは何も出来ず、全てを奪われてしまうのね。


 諦めかけた――その時。



 ドガッ……



 と、鈍い音がした。



「…………かはッ!?」



 ギャレットがドシャっと床に崩れて、後頭部からおびただしい血を流していた。……ヴィンが伯爵を壺で殴ったのだ。


「「…………」」


「……な、なぜだ……ヴィン。なぜ僕を殴った!? ……なぜ、エドナを抱いている!? エドナ、エドナ……なぜ笑っているのだ!?」


 ――もう演技はおしまい。


「フフ、フフフフ……ギャレット。本当に騙されてたのは貴方の方なのよ」


「――は?」


「ヴィンはね、わたくしの婚約者なの」
「こ、こんやくしゃ……どういう事だ、ヴィン!」


 ぴくぴくと痙攣けいれんしながらも床をつくばるギャレット。かなりの深手を負って瀕死だ。でも死なせはしない。


「ギャレット、お前はエドナの話を俺に持ち掛けた時点で詰んでいたんだ。だから、逆にお前を利用してやった」


「ば、ばかな……最初から、この為に」


「お前は今まで婚約詐欺を散々働いていたようだな! それが特に許せなかった!!」


 ヴィンは怒りを込めて伯爵に言い放った。そう、わたくしはこれまでの被害者女性の為にも、騒動を止める為に買って出たのだ。

 だから、ヴィンと組んだ。

 悪名高い伯爵を食い止める為にも。


「伯爵、もう終わりにしましょう」
「……クソ、クソがああああッ!」


 怒り狂って叫ぶギャレット。
 なにも感情が沸かないし、同情もできない。ヴィンは伯爵を拘束し、部屋に監禁した。


 それから数日後――。



「あら、今日は伯爵のお屋敷にたくさんの女性がいますね、ヴィン」
「ああ、被害者女性を全員集めた。彼女たちは今から伯爵が監禁されている部屋へ向かい、気が済むまで殴り続けるんだ」


 それでも気が収まらないでしょうけれど、でも、これで少しでも彼女たちの気が晴れるのなら……。


『ギャアアアアアアッ!! やめ、やめてくれええええええ……うああああああああああ……!!!』


 その伯爵の悲痛な叫び声は三日三晩続いた。ギャレットは数百人の被害者女性達から殴られ、蹴られ続け――程なくて衰弱死。息を引き取った。


 伯爵の数少ない財産は被害者女性に均等に分けられた。わたくしとヴィンはようやく一緒になり、本当の幸せを手に入れた。
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