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第5話 両目を失った将軍
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怪物たちの群れに見つからないよう、馬車は岩陰に入った。
空は血の色を滲ませていた。まるでこれから起こる前兆のような、そんな痛々しい色。それを証拠に遥か遠方からモンスターの大群が押し寄せていた。
「この場所でじっとしていれば我々が被害に遭う事はない。雑談を交えていれば、災厄は自然に通り過ぎるさ」
「こちらが襲われる心配は……ないんですね?」
「少なくとも、こちらには大聖女フィセルがいるからね。君の力を信じているよ」
「……分かりました。拾って下さった恩がありますから、ご期待に応えられるよう頑張ります」
子供の頃から備わっていた力。
人々や国を護る聖なる力。
敬虔な祈りが全てを守った。幾度の病気や災害、飢餓から救い、人々を導いた。その『奇跡』が共和国に認められ、わたくしは気づけば大聖女となっていた。
名が広まると、帝国との戦で両目の視力を失った『ウィリアム将軍』がわたくしを求めた。目を治してくれと頼まれ、わたくしは彼を癒した。その出会いかきっかけで将軍は何度もアプローチをかけてきた。次第に惹かれ合い、恋し、婚約を交わした。……それなのに。
「大丈夫かい、フィセル」
「……ごめんなさい。少し考え事を」
「そうか。君はまだ共和国を離れたばかり、不安も多いだろう。もしよければだが、いつでも相談に乗るよ」
「エドワード様はお優しいのですね」
「これでも僕はかなり厳しい方だよ。なあ、アドニス」
馬車の前方に座り、馭者をしているアドニスくんは話を振られ、少し嫌そうに舌を出す。
「それが本当だから困りますよ。フィセル様、気を付けて下さい。エドワード様は領地に入った途端、人が変わりますからね」
「人が……変わる?」
「性格が変わるんです。それはもう凄いですよ~。だって領地には――」
何かを話そうとするアドニスくんに対し、エドワード様は『槍』の石突きで小突く。
「それは到着してからのお楽しみだ。よし、そろそろ頃合いだろう。モンスターの大群は過ぎ去った。今頃は共和国の森に入っているだろうな。僕達は今の内に我が家へ向かう」
進みだす馬車。
少し急ぎ足なのか、ガタガタと揺れる。乗り心地は決して良いとは言えないけれど、森の方にはモンスターがたくさんいる。逃げなければ、わたくし達が襲われる。それにもう――こんな状況になっては引き返せない。助けられない。……ごめんなさい。
コーンフォース帝国の北東に『辺境伯領』はあるとエドワード様はおっしゃった。そこまでは、まだまだ時間が掛かるようだった。
「揺れて申し訳ないね」
「いえ、気にしていません。それより、到着までまだ掛かりますよね」
「そうでもないさ。この馬車も魔導具の一種でね。だいぶ年季の入ったポンコツな馬車だけど、そのスピードは世界一といってもいい。僕の自慢の馬車でもあるんだよ」
言われてみれば、景色の色がどんどん変化していた。体感よりも早い速度で移動しているようだった。エドワード様の言う通り、この馬車は普通とは少し違うみたい。
「これなら到着も早そう……」
「この辺りは遮蔽物もなく、草原や荒野が続くだけだからほぼ直進で済む」
さすが辺境伯様。地理にもお詳しいのね。頼りになるなぁと、わたくしは思った。
「モンスターに襲われたくないので、どんどん速度を上げて参りますね~」
どんどん進んでいくアドニスくん。あんな子供な感じなのに、落ち着きがあってしっかりしている。なんだか大人っぽい。
そうして馬車は進み続け――ついに『辺境伯領』が見えてきた。えっ、あの緑豊かな大地が……領地なの? なんだか、農地のような……?
空は血の色を滲ませていた。まるでこれから起こる前兆のような、そんな痛々しい色。それを証拠に遥か遠方からモンスターの大群が押し寄せていた。
「この場所でじっとしていれば我々が被害に遭う事はない。雑談を交えていれば、災厄は自然に通り過ぎるさ」
「こちらが襲われる心配は……ないんですね?」
「少なくとも、こちらには大聖女フィセルがいるからね。君の力を信じているよ」
「……分かりました。拾って下さった恩がありますから、ご期待に応えられるよう頑張ります」
子供の頃から備わっていた力。
人々や国を護る聖なる力。
敬虔な祈りが全てを守った。幾度の病気や災害、飢餓から救い、人々を導いた。その『奇跡』が共和国に認められ、わたくしは気づけば大聖女となっていた。
名が広まると、帝国との戦で両目の視力を失った『ウィリアム将軍』がわたくしを求めた。目を治してくれと頼まれ、わたくしは彼を癒した。その出会いかきっかけで将軍は何度もアプローチをかけてきた。次第に惹かれ合い、恋し、婚約を交わした。……それなのに。
「大丈夫かい、フィセル」
「……ごめんなさい。少し考え事を」
「そうか。君はまだ共和国を離れたばかり、不安も多いだろう。もしよければだが、いつでも相談に乗るよ」
「エドワード様はお優しいのですね」
「これでも僕はかなり厳しい方だよ。なあ、アドニス」
馬車の前方に座り、馭者をしているアドニスくんは話を振られ、少し嫌そうに舌を出す。
「それが本当だから困りますよ。フィセル様、気を付けて下さい。エドワード様は領地に入った途端、人が変わりますからね」
「人が……変わる?」
「性格が変わるんです。それはもう凄いですよ~。だって領地には――」
何かを話そうとするアドニスくんに対し、エドワード様は『槍』の石突きで小突く。
「それは到着してからのお楽しみだ。よし、そろそろ頃合いだろう。モンスターの大群は過ぎ去った。今頃は共和国の森に入っているだろうな。僕達は今の内に我が家へ向かう」
進みだす馬車。
少し急ぎ足なのか、ガタガタと揺れる。乗り心地は決して良いとは言えないけれど、森の方にはモンスターがたくさんいる。逃げなければ、わたくし達が襲われる。それにもう――こんな状況になっては引き返せない。助けられない。……ごめんなさい。
コーンフォース帝国の北東に『辺境伯領』はあるとエドワード様はおっしゃった。そこまでは、まだまだ時間が掛かるようだった。
「揺れて申し訳ないね」
「いえ、気にしていません。それより、到着までまだ掛かりますよね」
「そうでもないさ。この馬車も魔導具の一種でね。だいぶ年季の入ったポンコツな馬車だけど、そのスピードは世界一といってもいい。僕の自慢の馬車でもあるんだよ」
言われてみれば、景色の色がどんどん変化していた。体感よりも早い速度で移動しているようだった。エドワード様の言う通り、この馬車は普通とは少し違うみたい。
「これなら到着も早そう……」
「この辺りは遮蔽物もなく、草原や荒野が続くだけだからほぼ直進で済む」
さすが辺境伯様。地理にもお詳しいのね。頼りになるなぁと、わたくしは思った。
「モンスターに襲われたくないので、どんどん速度を上げて参りますね~」
どんどん進んでいくアドニスくん。あんな子供な感じなのに、落ち着きがあってしっかりしている。なんだか大人っぽい。
そうして馬車は進み続け――ついに『辺境伯領』が見えてきた。えっ、あの緑豊かな大地が……領地なの? なんだか、農地のような……?
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