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裏切った伯爵の末路
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この日の為に『計画』はすでに立ててある。直ぐに行動に移す。
わたしの殺害を諦めたハンスは、我が家から悔しそうに去っていく。……あの男。いえ、冷静にならなくては。
彼の後を見つからないよう尾行する。
気配を押し殺し――外へ。
彼は自宅へ戻る気なのだろう。焦るようにして足早に馬車を目指していた。
そうはさせない。
今日こそ報いを受けてもらう。
何度も何度もわたしを殺そうとした、その罪はあまりに重い。
気づかれないよう、足音を立てずに彼の背中へ忍び寄る、ハズだった。
「…………!」
目の前に偶然、馬が通りかかってハンスを見失った。いったい、どこに?
ほんの数秒前にいたのに消えてしまった。
まだ馬車にも乗っていないし、なぜ急に姿を消したのだろう。不思議に思っていると、馬の陰から人影が飛び出てきた。
「フィリス!!」
怒りを滲ませる声。
そのアメジストのような紫色の髪は間違いない。ハンスだ。
ストレスなのか目が充血している。わたしを殺せない憤懣遣る方無い思いのせいなのか。だとしたら心外でしかない。
こちらだって、何度も殺されかけて不快でしかなかった。
もうハンスとの関係は終わりにする。彼を地獄に叩き落す。
けれど、彼は先に小瓶を懐から取り出していた。その蓋を開けて中身の液体をかけてくる。
……ま、まさか。
少し前、この帝国で“ある事件”を耳にしていた。
アシッドアタック。憎い相手に硫酸を浴びせ、顔や身体に深刻な傷を負わせるという殺人に等しい行為。一度浴びれば皮膚は大ヤケド。
そう簡単には治せないので、一生モノの傷となる。
そんな悪魔のような行為をハンスは平然としてきた。
なんて……なんて最低な男なのッ!
伯爵を一度でも愛してしまったことを今この瞬間、激しく後悔した。
あの笑顔も、好きという言葉も、お祝いの誕生日プレゼントもなんだったの。出来るのなら、記憶から抹消したい。この男との思い出は全て消し去ってしまいたい。
「あなたという人は…………!」
目を閉じ神に祈った。この身を捧げるように、ただひたむきに。
すると周囲が静寂に包まれた。
奇跡が起きたのだ。
ゆっくりと目を開けると、液体がわたしの顔に掛かろうとした寸前のところで時を停めていた。
そして、周囲も同じくして石化するように全てが停止していた。わたしだけが時の流れぬ世界に取り残された。
持続時間は三分間。その間にハンスとわたしの場所を入れ替える。
当初の予定では、彼を馬車の前に立たせて轢死させようと思ったけれど、好都合な場面が現れてくれてた。これなら彼の自業自得で自爆してくれる。
ハンスの背中を押していく。男性の体重なので重い……でも、がんばった。必死に前へ前へと押し込み、液体の前に立たせた。
準備は完了した。
あとは指を鳴らせば、三分を待たずとも時間停止を強制解除できる。
パチンと指を鳴らす。
「ぎゃああああああああっ……!!」
直後、ハンスは硫酸を正面から浴びていた。憐れにもその場に転げまわって、苦しみに悶えていた。
わたしを裏切った馬鹿な伯爵の末路だった。
「言ったでしょう、わたしは殺せないって」
「……た、たすけ……くれ」
「ふぅん。どうやら硫酸を少しだけ希釈してあったようね。それでも地獄の苦しみに変わりはない」
彼なりの情けのつもりだったのかも。それでも、皮膚は爛れていたけど。これをわたしが浴びていたのなら、ゾンビのように酷い有様になっていた。人前に出られなくなっていたに違いない。
「フィリス…………お、俺がわるかった」
「謝っても何もかもが遅いわ。あなたのしてきた数々の暴挙はね、決して許されないの」
残念。ハンスは気を失ってしまった。
もうわたしの言葉は届かない。これから会うこともない。新しい人生をやり直す。そう決めた。
三日後。ハンスは重症を負って外へ出歩けなくなったと噂で聞いた。付き合っていたという女性にも見限られてしまったという。それもそうよね、あの顔ではもう誰も近づきたがらない。
一方、わたしは新たな出会いを果たしていた。
宮廷伯であるリゲルという男性がハンスのことで訪ねてきた。詳しく話すにつれ、いつの間にかお互いを意識するようになっていたのだ。
けれど、ようやく芽生えそうな恋すらもぶち壊そうとする者が現れた。……そう、そんなにわたしを殺したいのね。
わたしの殺害を諦めたハンスは、我が家から悔しそうに去っていく。……あの男。いえ、冷静にならなくては。
彼の後を見つからないよう尾行する。
気配を押し殺し――外へ。
彼は自宅へ戻る気なのだろう。焦るようにして足早に馬車を目指していた。
そうはさせない。
今日こそ報いを受けてもらう。
何度も何度もわたしを殺そうとした、その罪はあまりに重い。
気づかれないよう、足音を立てずに彼の背中へ忍び寄る、ハズだった。
「…………!」
目の前に偶然、馬が通りかかってハンスを見失った。いったい、どこに?
ほんの数秒前にいたのに消えてしまった。
まだ馬車にも乗っていないし、なぜ急に姿を消したのだろう。不思議に思っていると、馬の陰から人影が飛び出てきた。
「フィリス!!」
怒りを滲ませる声。
そのアメジストのような紫色の髪は間違いない。ハンスだ。
ストレスなのか目が充血している。わたしを殺せない憤懣遣る方無い思いのせいなのか。だとしたら心外でしかない。
こちらだって、何度も殺されかけて不快でしかなかった。
もうハンスとの関係は終わりにする。彼を地獄に叩き落す。
けれど、彼は先に小瓶を懐から取り出していた。その蓋を開けて中身の液体をかけてくる。
……ま、まさか。
少し前、この帝国で“ある事件”を耳にしていた。
アシッドアタック。憎い相手に硫酸を浴びせ、顔や身体に深刻な傷を負わせるという殺人に等しい行為。一度浴びれば皮膚は大ヤケド。
そう簡単には治せないので、一生モノの傷となる。
そんな悪魔のような行為をハンスは平然としてきた。
なんて……なんて最低な男なのッ!
伯爵を一度でも愛してしまったことを今この瞬間、激しく後悔した。
あの笑顔も、好きという言葉も、お祝いの誕生日プレゼントもなんだったの。出来るのなら、記憶から抹消したい。この男との思い出は全て消し去ってしまいたい。
「あなたという人は…………!」
目を閉じ神に祈った。この身を捧げるように、ただひたむきに。
すると周囲が静寂に包まれた。
奇跡が起きたのだ。
ゆっくりと目を開けると、液体がわたしの顔に掛かろうとした寸前のところで時を停めていた。
そして、周囲も同じくして石化するように全てが停止していた。わたしだけが時の流れぬ世界に取り残された。
持続時間は三分間。その間にハンスとわたしの場所を入れ替える。
当初の予定では、彼を馬車の前に立たせて轢死させようと思ったけれど、好都合な場面が現れてくれてた。これなら彼の自業自得で自爆してくれる。
ハンスの背中を押していく。男性の体重なので重い……でも、がんばった。必死に前へ前へと押し込み、液体の前に立たせた。
準備は完了した。
あとは指を鳴らせば、三分を待たずとも時間停止を強制解除できる。
パチンと指を鳴らす。
「ぎゃああああああああっ……!!」
直後、ハンスは硫酸を正面から浴びていた。憐れにもその場に転げまわって、苦しみに悶えていた。
わたしを裏切った馬鹿な伯爵の末路だった。
「言ったでしょう、わたしは殺せないって」
「……た、たすけ……くれ」
「ふぅん。どうやら硫酸を少しだけ希釈してあったようね。それでも地獄の苦しみに変わりはない」
彼なりの情けのつもりだったのかも。それでも、皮膚は爛れていたけど。これをわたしが浴びていたのなら、ゾンビのように酷い有様になっていた。人前に出られなくなっていたに違いない。
「フィリス…………お、俺がわるかった」
「謝っても何もかもが遅いわ。あなたのしてきた数々の暴挙はね、決して許されないの」
残念。ハンスは気を失ってしまった。
もうわたしの言葉は届かない。これから会うこともない。新しい人生をやり直す。そう決めた。
三日後。ハンスは重症を負って外へ出歩けなくなったと噂で聞いた。付き合っていたという女性にも見限られてしまったという。それもそうよね、あの顔ではもう誰も近づきたがらない。
一方、わたしは新たな出会いを果たしていた。
宮廷伯であるリゲルという男性がハンスのことで訪ねてきた。詳しく話すにつれ、いつの間にかお互いを意識するようになっていたのだ。
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