聖女の聖涙 死者蘇生の奇跡

夜桜

文字の大きさ
上 下
4 / 8

【3】 辺境伯

しおりを挟む
 青海のような右目。
 夕焼けのような左目。

 いわゆるオッドアイと呼ばれる瞳をしている男は、金の髪を揺らしながらミラを見つめた。男はこの瞬間を首を長くして待っていた。

 ミラの存在を認め、嬉しそうに寄っていく。

「はじめまして、ミラ様」
「あ、あの……貴方はもしかして」
「ええ、僕はミラ様に命を助けて頂いた辺境伯のディンと申します。お礼が言いたくて……昨日はありがとうございました」

 真っ直ぐな視線でミラをその瞳に映し出す。けれど、ミラにとってお礼は日常茶飯事だった。ミラは毎日のように感謝され、祈られ、崇められていた。故にこれも毎日のルーティンと考えていた。

 きっとこれで終わり、もう会う事もそうない。あるとしたら、また遺体となった時だろう。ミラはそう感じていた。


「いえ、わたしは当然の事をしただけです」


 なにも変わらない。
 変わる事のない日常。
 これから先も涙を流し続ける。

 少なくともミラはそう思っていた。だから、きびすを返し、教会へ戻ろうとした――けれど、今日は少し違った。


「ミラ様、僕と結婚して欲しいのです!!」


 唐突にディンは叫んだ。
 まるで心の底から声を出したような、そんな気持ちの篭もったセリフだった。あまりの声量に圧倒されたミラは、足を止めた。

 次第に足から震え始め、手さえも震えていた。そんな風にプロポーズを受けた経験がなかったからだ。

 まさか、こんな公衆の面前で求婚をされるなど、ミラにとって想定外だった。そもそも、恋愛経験がなく、いきなり“結婚してくれ”など、そんな大胆に求められた事など一度もなかった。

 急な事態に、ミラは動揺して困惑した。
 その間にも周囲のシスターが何事かと集まり、騒ぎになっていた。


「えっ、ミラ様が辺境伯様から求婚を!?」「え~、すごーい」「辺境伯様って、あのディン様? わぁ、高身長のイケメンね」「さすがミラ様ね、ああいう美男子が自然と寄ってきちゃうのよね」「羨ましいです……」「私だったらすぐにオーケーしちゃうけどなぁ」


 羨望の眼差しを向けられ、ミラはますます焦る。


「け、結婚ですか……その、ちょっと、いきなりは……」
「そうですよね。急なお願いで申し訳ない。でも、僕は真剣なんです。本気なんです。何故なら、貴女を好きになってしまったから」

「……わたしが好き?」

「一度死んで目覚めて時、傍にミラ様……貴女がいた。雷に打たれたような気分でした。まさか死んだ僕に二度目の人生を与えてくれるだなんて感激しかなかった。だから、これは運命だと僕は感じたんです」

 二人は無意識の内に見つめ合っていた。ミラは人生で初めて恋に落ちた。ディンもまた彼女の潤んだ瞳に動悸が激しくなっていた。

 この時のミラはもう、まんざらでもなかった。聖女という立場だから、人々の救済を齎す存在でなければならず、ある意味では孤独であった。それ故に結婚など微塵も考えた事もないし、一生同じ暮らしを繰り返すのだと信じて疑わなかったからだ。けれど、ディンとの出会いがミラを大きく変えてしまった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

四度目の正直 ~ 一度目は追放され凍死、二度目は王太子のDVで撲殺、三度目は自害、今世は?

青の雀
恋愛
一度目の人生は、婚約破棄され断罪、国外追放になり野盗に輪姦され凍死。 二度目の人生は、15歳にループしていて、魅了魔法を解除する魔道具を発明し、王太子と結婚するもDVで撲殺。 三度目の人生は、卒業式の前日に前世の記憶を思い出し、手遅れで婚約破棄断罪で自害。 四度目の人生は、3歳で前世の記憶を思い出し、隣国へ留学して聖女覚醒…、というお話。

決めたのはあなたでしょう?

みおな
恋愛
 ずっと好きだった人がいた。 だけど、その人は私の気持ちに応えてくれなかった。  どれだけ求めても手に入らないなら、とやっと全てを捨てる決心がつきました。  なのに、今さら好きなのは私だと? 捨てたのはあなたでしょう。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

処理中です...