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第1章「結城湊斗はどこか世話焼き」
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「……? 湊斗? そろそろ起きなさい」
「ん……」
肩をゆさゆさと揺すられてオレはゆっくりと目を覚ました。
車の助手席に座ったまま、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「もうすぐ着くけど、大丈夫?」
「なにが?」
オレはまだはっきりとしていない意識のまま少し不機嫌そうに答える。
「心の準備とか色々よ」
「別に。大抵のことはもうやってくれたんだろ? あとは成り行きに任せる」
「楽しい高校生活になるといいわね」
「……そうだな」
「御伽橋町は久しぶりでしょ? 緊張してない?」
「別に」
御伽橋町。
そこはオレがこれから暮らすことになる町であり、元々オレが暮らしていた町でもあった。
ここに帰ってくるのは小学生以来か。
あの頃は親の仕事の都合で色々な町を転々としていた。
でも、今は違う。
高校生になり、ようやく一人暮らしができる準備が整ったのだ。
「着いたわよ」
とあるマンションの前に車が停車すると運転手である姉がそう言った。
「ありがと」
オレはシートベルトを外すと車を降りてトランクの方に向かう。
中には荷物がいくつか入っており、それを取り出しながらふと空を見上げる。
すっかり夜になってしまったがおかげで星がよく見えるようになっていた。
「何かあったら絶対に連絡しなさいよ?お父さんでも良いから。夜更かしとかあんまりしちゃだめよ?」
「子供か。わかってるって」
「高校生なんて十分子供ですぅ」
姉貴は笑顔を浮かべると手を振ってそのまま車を走らせて去っていく。
車が見えなくなるまで見送り、オレは改めて目の前にあるマンションを見上げた。
『御伽橋ハイツ』。
それがこの建物の名前だ。
最近建てられたらしいこのマンションは親父の知り合いが経営しているらしく格安で借りることができた。
人脈ってのはこういう時に便利だよな。
オレには縁遠い言葉だが。
オートロック式のエントランスに入り、エレベーターに乗って自分の部屋がある三階へ上がる。
部屋の前まで行くと鞄の中から鍵を取り出し、それをドアの鍵穴に差し込んで回したのとほぼ同時。
隣の家の玄関から誰かが出てきた。
「……ぁ」
その人物はオレの顔を見るなりニコッと微笑む。
「こんばんは~」
「……どうも」
まさか挨拶されるとは思わず、唐突に出てきた言葉はそれだった。
今まで人とあまり関わってこなかったせいか、ちゃんとした挨拶が出てこなかった自分を少し責める。
隣人とはこれから何度も顔を合わせることになるであろう相手だ。
引っ越して来て早々マイナスのイメージを持たれるのは良くない。
「えっと……もしかしてこの間から引っ越してきた結城さんですか?」
少女からの急な問いにオレは愛想よく答える。
「ええ、そうです。これからよろしくお願いします」
「あー、やっぱり! 私は隣に住んでる萩元って言います。よろしくお願いします!」
元気の良い返事と共に萩元さんはすっと手を差し出してきた。
握手、ね。
今時珍しい人もいたもんだ。
ここで握手を拒否したらきっと印象は悪くなるだけだろう。
まあ、断る理由もないが。
オレは萩元さんの手をそっと握り返す。
「あっ、そうそう。結城さんって久しぶりにこの町に帰ってきたんですよね? 私、同じ高校に行くので良ければ明日一緒に行きませんか?」
突然出てきた個人情報にオレは目を丸くする。
「は? 誰からそんな話を」
「お姉さんから聞きましたよ。湊斗をよろしくって」
「なんであの人はいつも……」
「……?」
首を傾げる萩元さんを他所にオレは軽くため息をつくと手を振って別れを告げ、自分の家に入ろうとする。
だが、すぐに腕をガシッ!と掴まれて何故か止められた。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ話したいこといっぱいあるんですけど!?」
「は?オレは別にないけど」
「そ、そんなこと言わずに!ね?」
なんだコイツ。めちゃくちゃグイグイくるな。
必死に食い下がろうとする萩元さんにオレは再び溜息をつく。
「見たいテレビがあるんでまた明日にでもお願いします」
「え~。じゃあ、今から家にお邪魔してもいいですか?」
「いや、なんでそうなる……」
呆れたように呟くがそんなの関係なしに萩元さんは続ける。
「だって久しぶりに会ったんだから色々話したいじゃないですか!」
「久しぶりに?」
「そうだよ! 本当に忘れちゃったの? 私のこと」
「……」
全く記憶になかった。
知り合いにこんな騒がしいのがいたら絶対に忘れることはないだろうし、おそらくこの子の思い違いだろう。
そう思っていたのだが。
「酷い!! 昔はあんなに一緒に遊んだ仲なのに!!」
頬を膨らませてプンプン怒り始めた萩元さんは不意にスマホを取り出してある写真を見せてきた。
「これでも思い出せない?」
そこに映っていたのは砂浜で仲良くお山を作って遊んでいる小学生くらいの二人の子供だった。
一人は確実にオレだ。そしてもう一人は……。
「まさかお前、三結か?」
「そうだよ! わざと他人のフリして意地悪してきてるのかと思ったら本当に忘れてたなんて。酷いなぁ、もう」
萩元三結と言えばオレがまだこの町にいた頃、毎日のように遊んでいた女の子の名前だった。
オレの記憶だと萩元はもっと大人しくて物静かなイメージだったが、たった数年でここまで明るい性格になっていたとは知らなかった。
だが、確かに言われてみると面影はある気がする。
それにしても、まさか萩元がまだこの町にいたなんて。
もうとっくに居ないものだと思ってたんだけどな。
都会に行きたいとかよく言ってたし。
「ね、良いでしょ? 家に上がっても」
有無を言わさぬその口調にオレは少し考える。
確かに赤の他人ならともかく、昔馴染みなら家に入れても問題ないか。
……いや、問題ないのか? 本当に?
「ダメだ。まだ引っ越しの荷物片付けてけてないし、そもそも今何時だと思ってるんだ?」
「え? 22時だけど?」
何か問題あるの?とでも言いたげな表情をする萩元にオレは頭を悩ませる。
いくらなんでも夜遅くに男の家に上がり込むとかありえんだろ。
「そういえばお前、もしかして今からどこかに行くつもりだったのか?」
「え?あー、うん。朝食のパンを買いにコンビニまで行こうかなって」
「……今何時だと思ってるんだ?」
「だから22時でしょ?え、もしかして私のスマホ時間間違ってる?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
女の子がこんな時間に一人で出歩くな、というのはひょっとして野暮なんだろうか?
オレもコイツも既に高校生だ。そして、ここはちょっとした田舎。都会ではない。
余程のことがない限り危険な目に遭うことはまずない……と思う。
まあ、それでも。
もしここでオレが止めなかったことで萩元が何らかの事件に巻き込まれてしまったら流石に寝覚めが悪い。
ならば、一蓮托生だ。
「オレも行くよ、コンビニ。丁度行きたかったし」
「あれ? 見たいテレビあるんじゃないの?」
「そう言えば録画してあったの思い出したんだよ。荷物置いてくるからちょっとだけ待っててくれ」
「えー、流石に忘れっぽすぎない? 湊斗しばらく見ない間におじいちゃんになっちゃった?」
「うるせぇ、ほっとけ」
「ん……」
肩をゆさゆさと揺すられてオレはゆっくりと目を覚ました。
車の助手席に座ったまま、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「もうすぐ着くけど、大丈夫?」
「なにが?」
オレはまだはっきりとしていない意識のまま少し不機嫌そうに答える。
「心の準備とか色々よ」
「別に。大抵のことはもうやってくれたんだろ? あとは成り行きに任せる」
「楽しい高校生活になるといいわね」
「……そうだな」
「御伽橋町は久しぶりでしょ? 緊張してない?」
「別に」
御伽橋町。
そこはオレがこれから暮らすことになる町であり、元々オレが暮らしていた町でもあった。
ここに帰ってくるのは小学生以来か。
あの頃は親の仕事の都合で色々な町を転々としていた。
でも、今は違う。
高校生になり、ようやく一人暮らしができる準備が整ったのだ。
「着いたわよ」
とあるマンションの前に車が停車すると運転手である姉がそう言った。
「ありがと」
オレはシートベルトを外すと車を降りてトランクの方に向かう。
中には荷物がいくつか入っており、それを取り出しながらふと空を見上げる。
すっかり夜になってしまったがおかげで星がよく見えるようになっていた。
「何かあったら絶対に連絡しなさいよ?お父さんでも良いから。夜更かしとかあんまりしちゃだめよ?」
「子供か。わかってるって」
「高校生なんて十分子供ですぅ」
姉貴は笑顔を浮かべると手を振ってそのまま車を走らせて去っていく。
車が見えなくなるまで見送り、オレは改めて目の前にあるマンションを見上げた。
『御伽橋ハイツ』。
それがこの建物の名前だ。
最近建てられたらしいこのマンションは親父の知り合いが経営しているらしく格安で借りることができた。
人脈ってのはこういう時に便利だよな。
オレには縁遠い言葉だが。
オートロック式のエントランスに入り、エレベーターに乗って自分の部屋がある三階へ上がる。
部屋の前まで行くと鞄の中から鍵を取り出し、それをドアの鍵穴に差し込んで回したのとほぼ同時。
隣の家の玄関から誰かが出てきた。
「……ぁ」
その人物はオレの顔を見るなりニコッと微笑む。
「こんばんは~」
「……どうも」
まさか挨拶されるとは思わず、唐突に出てきた言葉はそれだった。
今まで人とあまり関わってこなかったせいか、ちゃんとした挨拶が出てこなかった自分を少し責める。
隣人とはこれから何度も顔を合わせることになるであろう相手だ。
引っ越して来て早々マイナスのイメージを持たれるのは良くない。
「えっと……もしかしてこの間から引っ越してきた結城さんですか?」
少女からの急な問いにオレは愛想よく答える。
「ええ、そうです。これからよろしくお願いします」
「あー、やっぱり! 私は隣に住んでる萩元って言います。よろしくお願いします!」
元気の良い返事と共に萩元さんはすっと手を差し出してきた。
握手、ね。
今時珍しい人もいたもんだ。
ここで握手を拒否したらきっと印象は悪くなるだけだろう。
まあ、断る理由もないが。
オレは萩元さんの手をそっと握り返す。
「あっ、そうそう。結城さんって久しぶりにこの町に帰ってきたんですよね? 私、同じ高校に行くので良ければ明日一緒に行きませんか?」
突然出てきた個人情報にオレは目を丸くする。
「は? 誰からそんな話を」
「お姉さんから聞きましたよ。湊斗をよろしくって」
「なんであの人はいつも……」
「……?」
首を傾げる萩元さんを他所にオレは軽くため息をつくと手を振って別れを告げ、自分の家に入ろうとする。
だが、すぐに腕をガシッ!と掴まれて何故か止められた。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ話したいこといっぱいあるんですけど!?」
「は?オレは別にないけど」
「そ、そんなこと言わずに!ね?」
なんだコイツ。めちゃくちゃグイグイくるな。
必死に食い下がろうとする萩元さんにオレは再び溜息をつく。
「見たいテレビがあるんでまた明日にでもお願いします」
「え~。じゃあ、今から家にお邪魔してもいいですか?」
「いや、なんでそうなる……」
呆れたように呟くがそんなの関係なしに萩元さんは続ける。
「だって久しぶりに会ったんだから色々話したいじゃないですか!」
「久しぶりに?」
「そうだよ! 本当に忘れちゃったの? 私のこと」
「……」
全く記憶になかった。
知り合いにこんな騒がしいのがいたら絶対に忘れることはないだろうし、おそらくこの子の思い違いだろう。
そう思っていたのだが。
「酷い!! 昔はあんなに一緒に遊んだ仲なのに!!」
頬を膨らませてプンプン怒り始めた萩元さんは不意にスマホを取り出してある写真を見せてきた。
「これでも思い出せない?」
そこに映っていたのは砂浜で仲良くお山を作って遊んでいる小学生くらいの二人の子供だった。
一人は確実にオレだ。そしてもう一人は……。
「まさかお前、三結か?」
「そうだよ! わざと他人のフリして意地悪してきてるのかと思ったら本当に忘れてたなんて。酷いなぁ、もう」
萩元三結と言えばオレがまだこの町にいた頃、毎日のように遊んでいた女の子の名前だった。
オレの記憶だと萩元はもっと大人しくて物静かなイメージだったが、たった数年でここまで明るい性格になっていたとは知らなかった。
だが、確かに言われてみると面影はある気がする。
それにしても、まさか萩元がまだこの町にいたなんて。
もうとっくに居ないものだと思ってたんだけどな。
都会に行きたいとかよく言ってたし。
「ね、良いでしょ? 家に上がっても」
有無を言わさぬその口調にオレは少し考える。
確かに赤の他人ならともかく、昔馴染みなら家に入れても問題ないか。
……いや、問題ないのか? 本当に?
「ダメだ。まだ引っ越しの荷物片付けてけてないし、そもそも今何時だと思ってるんだ?」
「え? 22時だけど?」
何か問題あるの?とでも言いたげな表情をする萩元にオレは頭を悩ませる。
いくらなんでも夜遅くに男の家に上がり込むとかありえんだろ。
「そういえばお前、もしかして今からどこかに行くつもりだったのか?」
「え?あー、うん。朝食のパンを買いにコンビニまで行こうかなって」
「……今何時だと思ってるんだ?」
「だから22時でしょ?え、もしかして私のスマホ時間間違ってる?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
女の子がこんな時間に一人で出歩くな、というのはひょっとして野暮なんだろうか?
オレもコイツも既に高校生だ。そして、ここはちょっとした田舎。都会ではない。
余程のことがない限り危険な目に遭うことはまずない……と思う。
まあ、それでも。
もしここでオレが止めなかったことで萩元が何らかの事件に巻き込まれてしまったら流石に寝覚めが悪い。
ならば、一蓮托生だ。
「オレも行くよ、コンビニ。丁度行きたかったし」
「あれ? 見たいテレビあるんじゃないの?」
「そう言えば録画してあったの思い出したんだよ。荷物置いてくるからちょっとだけ待っててくれ」
「えー、流石に忘れっぽすぎない? 湊斗しばらく見ない間におじいちゃんになっちゃった?」
「うるせぇ、ほっとけ」
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