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23. 白と友達と

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「なんか、良いように言いくるめられちゃってるだけじゃない?」

 パフェ特有の長いスプーンを器用に使いながら、彩可は言った。

「え?」
「なんて言うのかな、核心を避けて適当に喜ばせとけばいっか、みたいなものを感じる」

 アイスクリームを掬いながらそう言ってのける親友を、信じられない、という瞳で見つめ返す。

「で、でも、言葉に拘らなくて良い、って言ったのは、彩可でしょ!?」

 熱に溶けていくアイスクリームを必死に掬いながら、私は抗議の声を上げた。

「それは状況次第。あのときは、偶然そういう話が出なかった、って話だったでしょ? 今回の場合は、完全にはぐらかされてるっていうか、むしろ逆ギレされてない?」

 彩可の指摘に、私は返す言葉がなかった。
 そんな風に言われてみれば、確かにそうかもしれない。

「皓人さんの態度の変わり方も気になるしさ。急に冷たくなるのとか、ちょっと怖くない?」

 胃の辺りを、冷たい何かが急いで通り抜けていく。これは、パフェのアイスクリームのせいだ。そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと口を開いた。

「でも、普段は本当にすごい優しい人なの。あの時は、たぶん時差ボケで疲れてただけで」
「だから、そのギャップが怖いんじゃん。それに、どっちが本性かなんて分かんないでしょ?」

 いつも以上に厳しい彩可の言葉に、私はそれ以上なにも言えなかった。
 
 思い返してみれば、彩可ははじめから皓人さんとの関係に懐疑的だった。
 私に新しい恋愛をしろとけしかけたくせに、私が皓人さんに出会ったことを話せば、怪しいだとかなんだとか言ってストップをかけてきたし。私と皓人さんの仲を応援してくれてる風なことを言いつつも、なんだかんだですぐに菊地さんを引き合いに出そうとしてくるし。
 
 彩可は私の唯一の親友だ。家庭の事情のせいで離れていく友達ばかりだったのに、彼女はずっと隣にいてくれた。時には厳しいことも言われたけど、それはすべて私のためを思って言ってくれたことばかりで、そうやって本音で接してくれているところに、本当に感謝している。
 その彩可が、皓人さんのことを理解してくれないのはひどく悲しい。
 
 再婚した時のお父さんも、こんな気持ちだったのだろうか。唐突にそんな考えが頭に浮かんだ。まあ、お父さんの場合は、相手が悪かったんだけど。

「どこで選択を間違えたんだろうな」

 リビングでワインを片手にそう言いながら頭を抱えたお父さんの背中は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

 私は、間違えない。
 私は、たぶん大丈夫。
 失敗しないように、ちゃんと悩んで、考えて決めたんだから。

「大丈夫だから。皓人さんなら、大丈夫だから」

 私は必死に口角を上げて、彩可に言った。説得力が増すように、まっすぐに親友の瞳を見て、何度も頷く。しぶしぶ、といった様子で「そっか」と呟くと、彩可はパフェにスプーンを突き刺した。

「私の話より、彩可の話しよう? 式場の候補はどこになったんだっけ?」

 スマートフォンを取り出しながら、私は努めて明るく振る舞うことにした。
 その後は彩可の結婚式の計画の話や新居の話で時間がみるみると過ぎ去っていき、そのままお開きとなった。皓人さんの話が再び出ることは、なかった。
 
 これでいいんだ。
 この方が平和だもん。

 そう一人ごちながら電車に揺られていると、皓人さんからのメッセージが届いた。

「まだ友達と一緒?」

 シンプルなメッセージに、皓人さんらしいな、と笑みが溢れた。

「もう解散して、電車の中だよ」

 そう返せばすぐに既読がついた。

「うち来る?」

 驚く早さで届いたメッセージに、しばし思案する。
 皓人さんは、駆け引きをしない。何をしたいか、何が欲しいかを素直に言語化する。優柔不断ですぐにその判断ができない私とは、大違いだ。
 なんて返信をしようか、4駅分ほど迷って、私は返事を打ち込んだ。

「行きたい気持ちはあるけど、明日も早いし今日はこのまま帰ろうかな」

 うだうだと迷いながらの私の言葉に、彼はすぐさま返事をくれる。

「じゃあ、後で電話しよ」
「茉里ちゃんが家ついたら連絡して」

 2度に分けて送られたメッセージに、了解のスタンプで返事をした。


 自宅に戻り、一息ついてから皓人さんに帰宅の旨を伝える。彼からの返信を待ちながら、なんとなく窓の外の月を見つめる。満月でも三日月でもない、中途半端な形の月だ。
 そっとため息をついていると、机の上のスマートフォンが突然光りだして、着信を告げた。

「もしもし?」

「もしもし」

 電話の向こうから聞こえるいつもの声に、安心感が広がった。
 やっぱり皓人さんの声、好きだな。

「今、何してたの?」
「今ね、月見てた」
「月? 今日って満月だっけ?」

 皓人さんの言葉を聞きながら、私はカーテンを閉じた。

「ううん。ただ、なんとなく」

 答えながら、そっとベッドに腰かけた。

「友達とは楽しめた?」
「うん」

 そう返事をした後、不意に何を話せば良いのか、分からなくなった。
 皓人さんの話をした、とは言いづらい。彩可が皓人さんのことをあまり歓迎していない、だなんて本人には言えない。それ以外はほとんど彩可の結婚式の話で盛り上がったのだが、その話もしづらい。この間の電話での経験を踏まえると、結婚をせがんでいるように受け取られかねないし、同じ過ちは犯したくない。
 顔を合わせれば話題なんていくらでもあるはずなのに、相手の顔が見えない電話だと、皓人さんの反応が読めず、話を続けづらい。

「えっと、二人でパフェ食べた」

 無難な話題を探した結果、そんな小学生のような言葉しか出てこなくて。少しの気まずさを覚えた。

「ふーん」
「皓人さんはパフェとかあんまり食べなさそうだよね」
「そうだね。甘いもの、そんなに食べないかな」

 話しながらなんとなく、このあいだ菊地さんと食べたソフトクリームのことを思い出した。

「あ、じゃあ、チョコとバニラのソフトクリーム、どっち派?」

 ミックスソフトを食べる菊地さんの姿を必死で頭から振り払いながら、私は問いかける。んー、と軽く考えるような声に続いて、皓人さんは話す。

「おれは、アイスの味はどっちでもいいから、コーンにこだわりたいかな。シュガーコーンよりも、ワッフルコーン派なんだよね。こう、素朴な感じをしっかり味わえるっていうか」

 流暢にコーンについて語り始める皓人さんの話を、なんとなく聞き流しながら、私は心のなかで小さくため息をついた。予想外すぎる答えに、頭が少し追いつかなかった。

「じゃ、じゃあさ、あんこはつぶ餡とこし餡、どっち派?」

 少し前のもみじ饅頭の件を思い起こしながら、私は話の方向性を転換させた。

「この間、課長がもみじ饅頭をおみやげでくれて、社内でちょっと話題になったんだ」

 取り繕うようにそう付け足したのは、決してなにかをごまかすためではない、と心のなかでさらに補足する。この話題で頭に浮かんだ誰かを、ごまかしたわけじゃ、ない。

「へえ、もみじ饅頭か。おれは、クリームかな。あんこ苦手だし」

 あっけらかんとしたまたも予想外の答えに、つい呆気にとられて言葉を失った。皓人さんはなかなかに独特だとは思っていたけれども、あまりにも予想を越えた答えに、どう反応したら良いのか分からなかった。
 
 彼の言動は、本当に予測不可能だ。分かったと思ったら、ふっと逃げていってしまう感じ。掴み所がなくて、ふわふわとどこかに飛んでいってしまう、そんなイメージ。
 きっと、皓人さんの世界として確立したものがあるんだろう。その全体像どころかほとんどが、私には見えない。
 私とは、全然違う。
 それが刺激的で、冒険みたいにワクワクもして、気になってどんどん知りたくなる。
 けど……。

「何、茉里ちゃん、甘いものの気分なの?」

 電話越しに聞こえる皓人さんの優しい声が、私の部屋に甘く響く。

「おれは、甘いものそんなに得意じゃないからさ、甘いもの食べに行くなら今日の友達と行ってきなよ。女の子同士の方が、そういうのは楽しいもんね」

 優しいのに、冷たい。
 たまにこんな風にやんわりと突き放されて、どうしようもない虚しさに襲われることがある。

「今日の友達って、彩可ね。もういい加減、彩可の名前ぐらい覚えてあげてよ」

 負の感情を見せないようにしながら、私は拗ねた風にそう言葉を返した。

「んー、まあ、そのうちね」

 なんて皓人さんの言葉は、「そのうち」に込められた未来の可能性に喜ぶべきなのか、「そのうち」の保証のなさにやるせなさを覚えるべきなのか、私には判断ができなかった。

「皓人さんには、私にとっての彩可みたいな存在っているの? 幼馴染みとか、親友とか」

 彼はあまり自分のことを語らないけれど、どうしても気になってつい質問してしまう。

「いるよ、おれにも。高校の頃からの大事な親友が一人」

 珍しく濁すことなくそう答えてくれたことに、少し驚く。

「へえ、どんな人?」
「どんな人? うーん、改めて訊かれると難しいな」

 そう言いながら、電話の向こうで必死に考えているのか、唸り声がわずかに聞こえてくる。

「あ、敢えて言うなら、擬態が上手なやつ、かな」
「擬態?」

 またも予想外の答えに、私は思わず聞き返した。

「そう、擬態。普通っぽく振る舞うのが、昔からうまいんだよね、あいつ」

 満足げな皓人さんの言葉に、私はなんとなく納得したような相槌を返した。
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