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10. 白と迎える朝
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背中に乗ったずっしりとした重みを感じながら、私の意識がゆっくりと浮上する。
……重い。
身体を動かそうにも身動きが取れず、そのせいで身体に乗った重みの主を退かすこともできない。重たい目蓋を押し上げて、うっすらと目を細めたまま、背中の重みの正体を確認する。私の長い焦げ茶色の髪に混ざった、ふわふわの明るい茶髪。それから、羨ましいほどの真っ白な肌。その持ち主は、1人しかいない。
「末田さん」
どうにか動かせる手の届く範囲で、彼の身体をペシペシ、と叩く。
「末田さん、起きてください」
目蓋の重力に負けないように気合いをいれながら、私は彼の身体を軽く叩き続けた。
「んー」
鼻から抜ける彼の声に、思わず昨晩の情事を思い出す。頬に熱が集まるのを感じつつも、私は彼を叩き続けた。
「寝てても良いんですけど、私の、上から、退いて、ください」
だんだんと加重がしんどくなってきて。息も絶え絶えに呼び掛け続ける。
「潰れる……」
悲壮な私の叫びが届いたのか、もぞもぞと、彼が動き始めると、ようやく彼が私の背中から降りていく。これでやっと息ができる、と安堵して、私はそっと目を閉じた。このままもう一眠りしようか、なんて呑気に考えていると、今度は突然、背後から腰に腕が回され、そのままグイ、と抱き締められる。
「末田さん?」
呼び掛けても、聞こえるのはくぐもった唸り声だけだ。寝ぼけているのか、それともまた眠ってしまったのか、いまひとつ判別が付かない。
「朝ごはん、どうしますか?」
二度寝を諦めてベッドサイドに置いたスマートフォンへと手を伸ばしながら、ダメ元で訊ねる。
「んー、」
またも唸り声のみが返ってくる。仕方ないな、とスマートフォンの画面に視線を移した。チェックアウトの時間までは、まだ数時間ある。とはいえ、もう1度寝てしまっては、起きられる気がしない。やっぱり二度寝は断念しよう。
「末田さん」
今朝だけでもう何度目かの呼びかけに、相変わらず返ってくるのはやはり唸り声で。しびれを切らして、私は彼の腕の中で器用に身体を反転させてみた。すると、意外にもパッチリと開いた大きな丸い目とかち合った。驚いて距離を取ろうにも、ガッチリと彼の腕が回されていてそれはかなわない。
「おはようございます」
優しい微笑みをたたえながらそう言うと、そのまま彼はそっと私に口づけた。唇を離して、おでこだけくっ付け合ったままの体勢で、私たちはしばらく見つめ合う。
「おはようございます」
気恥ずかしさを感じながらもそう返せば、満足げな笑顔と共に彼からももう1度挨拶の言葉が返ってくる。そのまま再び、唇に口づけが落とされる。フフフ、と鼻から洩れる彼の甘い笑い声に、朝から心が満たされていく。
「なんか、こういうの、照れますね」
寝起きだからか、いつも以上にふわふわとした彼の雰囲気に、こちらも宙に浮いたような感覚だ。まるで雲の上にいるかのようだ。
「そうですね」
そう答えてから、やはり照れ臭くて、思わず下唇を噛みしめる。すると、また、彼の唇が私のそれと触れ合った。啄むように、何度も重なる唇が少しばかりくすぐったい。
「照れるけど、なんか良いですね、こういうのも」
末田さんはそう言うと、これでおしまい、と言わんばかりに、軽くリップ音を立てた口づけを落としてから、ゆっくりと立ち上がった。何も身に付けていない、剥き出しの後ろ姿に、私は思わずシーツを頭から被って顔を隠した。
「今さらなに恥ずかしがってるんですか?」
からかうような彼の声音に「放っておいてください」とだけ返せば、カラカラといつもと変わらないが返ってくる。その変わらないところに、なんだか心が和んだ。パタリ、と扉の閉まる音の後を確認して、シーツから顔を出した。バスルームからシャワーの音が響く。その音が何だか心地よくて、自然と目蓋の重みに抵抗する力がなくなっていった。
「ん、……にさん、……茉里ちゃん?」
私の名前を呼ぶ末田さんの声に、はっとして目を見開く。
「やっと起きましたね。二度寝してましたよ」
いつの間にか浴衣姿になっていた彼は、話しながら鞄の中を探り始める。髪はまだ、濡れたままだ。
「ごめんなさい」
謝りながら、先程の呼びかけを思い返す。茉里ちゃんって、呼ばれたような? 聞き間違い、だろうか?
「あの、今、私のこと下の名前で、」
「おれ、着替えとかないか、ちょっと下のショップ覗いてきますね」
先程まであんなに眠そうにしていたくせに、シャワーを浴びたからかシャキッと身支度を整えた彼を羨望の眼差しで見つめる。すぐ戻って来ます、と手を振る彼を見送ってから、もう1度ベッドに沈み込む。ほんの少しだけ、逃げられたような気もするが、あまり気にしないことにしよう。それよりも気にすべきなのは、昨晩の出来事だ。
ついに、一線を越えてしまった。
後悔、はしていない。
だが、予想していたよりも急な展開に、頭と心が追い付いていないのも事実だ。
末田さんは、特別な人だ。今まで出会った、どんな人とも違う。彼と一緒にいると、なんだか自分の新しい一面を知ることができる。私が今まで閉じ籠もっていた殻のようなものから、彼は引っ張り出してくれる。そんな人。昨日みたいに落ち込んだ私を、なにも訊かずに北海道まで連れ出してくれる人なんて、想像すらできなかった。
出会ってまだ時間は経っていないけれども、彼が心底大切な存在になっていることだけは確かだ。
その一方で、この感情に「恋」というラベルをつけるのは、なんだか間違っているような気がする。確かに、甘酸っぱい青春を想起させることはあるけれども、「恋」とは違うように思う。もっと直感的で、密度の濃い、何か。この気持ちは、なんて呼べば良いのだろうか。
ゆっくりと身体を起こして、床に散乱した布たちへと視線を落とす。このパンツもブラジャーも、もう着用したいとは思えない有り様だ。それ以外の服もなかなかに豪快に飛び散っていて。私は深いため息をこぼした。
どうしたものか。地肌にそのまま浴衣を着るしかないか。そう思い、浴衣を取り出そうとシーツから抜け出したまさにその瞬間だった。鍵の開く音がしたかと思った刹那、袋を抱えた末田さんが部屋に戻ってきた。振り向いて目が合った瞬間、唖然としてその場に立ち尽くす末田さんが、すぐに耳から順に顔中を赤面させて、持っていた袋で顔を隠す。
「見てない! 見てないです!」
末田さんがそう叫ぶのとほぼ同時に、私も声にならない声を上げながら、再度シーツの下へと潜り込んだ。まったく、なんてタイミングなんだろう。恥ずかしさで、私の顔まで赤くなる。
「もう、大丈夫ですか?」
お互いに落ち着き始めた頃、静かに末田さんが問いかけた。
「大丈夫、です」
私の言葉に、彼はゆっくりと袋の向こうからこちらを窺った。私がシーツの下にいることを確認すると、彼は安心したようにこちらに近づいて、袋を渡してくれた。まだ裸を見られた衝撃から立ち直れていない私は、袋を受け取っただけでそのなかを見る余裕はなかった。
「シャワー、まだ浴びてないですよね?」
ベッドの隣にあるソファに腰をかけると、彼はそのまま足を組む。うわあ、脚長い、なんて今さらな感想を抱きながら、私は首を振った。
「じゃあ、おれがあっち向いてる間に、入ってきちゃってください」
そう言って彼が背を向ける。その紳士な対応に感謝しながら私はそっと、着替えを持って浴室に向かった。
なんて間抜けな姿を晒してしまったんだろう。ほとほと自分に呆れ返りながら、私は心地よい温度のお湯を一心に浴びる。
動揺している?
何に?
彼に?
どうして?
そこまで考えて、私は考えすぎるのはやめることにした。男女の関係になったからって、すぐに裸をみられても平気なわけではない。ましてや、日の光があるなかで、私だけが裸だなんて。ため息を付きながら、私はシャンプーを手に取った。
そういえば末田さん、私のこと下の名前で呼んだのに、そのことはスルーしたよね。再び思考がそこに戻り、何とも言えないモヤモヤ感を味わいながら、頭の泡を湯で洗い流していく。
シャワーを浴び終えて、末田さんが買ってきてくれた袋の中の下着を取り出す。上下共に驚くほどのジャストフィットで、思わず変な声が洩れた。
「上がりました」
そう声をかければ、ちらり、と視線を寄越した末田さんの頬は、まだほんのり色づいている。
「おれも着替える前にもう1回、軽く浴びとこうかな」
そう言って、入れ違いに彼が浴室に籠る。その間、彼と目が合うことは1度もなかった。パタン、と背後で閉じられた扉がすぐに開く。忘れ物でもしただろうか、と振り替えれば、左手に持ったドライヤーを末田さんは軽く振った。
「ドライヤー、使いますよね?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
彼からドライヤーを受け取れば、すぐにパタン、と再び扉は閉じられた。しばらくその扉を見つめてから、私はドライヤーを抱えたままベッドに腰かけた。
不意に感じた違和感に心がざわつく。
あれ、なんだか私たち、気まずい?
私は思わず、無言で真っ白な天井を見上げた。寝起きの甘いムードから一転して、なんとなく漂う気まずい空気に、ただただ戸惑う。
やはり、私たちにはまだ早かったのだろうか? 心の準備がきちんとできていなかったのだろうか? 急ぎすぎた? でも、寝起きの時は問題なさそうだったのに。この短い時間の間に、何が変わってしまったんだろう? そう考え込んでいる間に、シャワーの栓を捻る音が微かに耳まで届いた。きっともうすぐ、末田さんは扉を開けて戻ってくる。
……重い。
身体を動かそうにも身動きが取れず、そのせいで身体に乗った重みの主を退かすこともできない。重たい目蓋を押し上げて、うっすらと目を細めたまま、背中の重みの正体を確認する。私の長い焦げ茶色の髪に混ざった、ふわふわの明るい茶髪。それから、羨ましいほどの真っ白な肌。その持ち主は、1人しかいない。
「末田さん」
どうにか動かせる手の届く範囲で、彼の身体をペシペシ、と叩く。
「末田さん、起きてください」
目蓋の重力に負けないように気合いをいれながら、私は彼の身体を軽く叩き続けた。
「んー」
鼻から抜ける彼の声に、思わず昨晩の情事を思い出す。頬に熱が集まるのを感じつつも、私は彼を叩き続けた。
「寝てても良いんですけど、私の、上から、退いて、ください」
だんだんと加重がしんどくなってきて。息も絶え絶えに呼び掛け続ける。
「潰れる……」
悲壮な私の叫びが届いたのか、もぞもぞと、彼が動き始めると、ようやく彼が私の背中から降りていく。これでやっと息ができる、と安堵して、私はそっと目を閉じた。このままもう一眠りしようか、なんて呑気に考えていると、今度は突然、背後から腰に腕が回され、そのままグイ、と抱き締められる。
「末田さん?」
呼び掛けても、聞こえるのはくぐもった唸り声だけだ。寝ぼけているのか、それともまた眠ってしまったのか、いまひとつ判別が付かない。
「朝ごはん、どうしますか?」
二度寝を諦めてベッドサイドに置いたスマートフォンへと手を伸ばしながら、ダメ元で訊ねる。
「んー、」
またも唸り声のみが返ってくる。仕方ないな、とスマートフォンの画面に視線を移した。チェックアウトの時間までは、まだ数時間ある。とはいえ、もう1度寝てしまっては、起きられる気がしない。やっぱり二度寝は断念しよう。
「末田さん」
今朝だけでもう何度目かの呼びかけに、相変わらず返ってくるのはやはり唸り声で。しびれを切らして、私は彼の腕の中で器用に身体を反転させてみた。すると、意外にもパッチリと開いた大きな丸い目とかち合った。驚いて距離を取ろうにも、ガッチリと彼の腕が回されていてそれはかなわない。
「おはようございます」
優しい微笑みをたたえながらそう言うと、そのまま彼はそっと私に口づけた。唇を離して、おでこだけくっ付け合ったままの体勢で、私たちはしばらく見つめ合う。
「おはようございます」
気恥ずかしさを感じながらもそう返せば、満足げな笑顔と共に彼からももう1度挨拶の言葉が返ってくる。そのまま再び、唇に口づけが落とされる。フフフ、と鼻から洩れる彼の甘い笑い声に、朝から心が満たされていく。
「なんか、こういうの、照れますね」
寝起きだからか、いつも以上にふわふわとした彼の雰囲気に、こちらも宙に浮いたような感覚だ。まるで雲の上にいるかのようだ。
「そうですね」
そう答えてから、やはり照れ臭くて、思わず下唇を噛みしめる。すると、また、彼の唇が私のそれと触れ合った。啄むように、何度も重なる唇が少しばかりくすぐったい。
「照れるけど、なんか良いですね、こういうのも」
末田さんはそう言うと、これでおしまい、と言わんばかりに、軽くリップ音を立てた口づけを落としてから、ゆっくりと立ち上がった。何も身に付けていない、剥き出しの後ろ姿に、私は思わずシーツを頭から被って顔を隠した。
「今さらなに恥ずかしがってるんですか?」
からかうような彼の声音に「放っておいてください」とだけ返せば、カラカラといつもと変わらないが返ってくる。その変わらないところに、なんだか心が和んだ。パタリ、と扉の閉まる音の後を確認して、シーツから顔を出した。バスルームからシャワーの音が響く。その音が何だか心地よくて、自然と目蓋の重みに抵抗する力がなくなっていった。
「ん、……にさん、……茉里ちゃん?」
私の名前を呼ぶ末田さんの声に、はっとして目を見開く。
「やっと起きましたね。二度寝してましたよ」
いつの間にか浴衣姿になっていた彼は、話しながら鞄の中を探り始める。髪はまだ、濡れたままだ。
「ごめんなさい」
謝りながら、先程の呼びかけを思い返す。茉里ちゃんって、呼ばれたような? 聞き間違い、だろうか?
「あの、今、私のこと下の名前で、」
「おれ、着替えとかないか、ちょっと下のショップ覗いてきますね」
先程まであんなに眠そうにしていたくせに、シャワーを浴びたからかシャキッと身支度を整えた彼を羨望の眼差しで見つめる。すぐ戻って来ます、と手を振る彼を見送ってから、もう1度ベッドに沈み込む。ほんの少しだけ、逃げられたような気もするが、あまり気にしないことにしよう。それよりも気にすべきなのは、昨晩の出来事だ。
ついに、一線を越えてしまった。
後悔、はしていない。
だが、予想していたよりも急な展開に、頭と心が追い付いていないのも事実だ。
末田さんは、特別な人だ。今まで出会った、どんな人とも違う。彼と一緒にいると、なんだか自分の新しい一面を知ることができる。私が今まで閉じ籠もっていた殻のようなものから、彼は引っ張り出してくれる。そんな人。昨日みたいに落ち込んだ私を、なにも訊かずに北海道まで連れ出してくれる人なんて、想像すらできなかった。
出会ってまだ時間は経っていないけれども、彼が心底大切な存在になっていることだけは確かだ。
その一方で、この感情に「恋」というラベルをつけるのは、なんだか間違っているような気がする。確かに、甘酸っぱい青春を想起させることはあるけれども、「恋」とは違うように思う。もっと直感的で、密度の濃い、何か。この気持ちは、なんて呼べば良いのだろうか。
ゆっくりと身体を起こして、床に散乱した布たちへと視線を落とす。このパンツもブラジャーも、もう着用したいとは思えない有り様だ。それ以外の服もなかなかに豪快に飛び散っていて。私は深いため息をこぼした。
どうしたものか。地肌にそのまま浴衣を着るしかないか。そう思い、浴衣を取り出そうとシーツから抜け出したまさにその瞬間だった。鍵の開く音がしたかと思った刹那、袋を抱えた末田さんが部屋に戻ってきた。振り向いて目が合った瞬間、唖然としてその場に立ち尽くす末田さんが、すぐに耳から順に顔中を赤面させて、持っていた袋で顔を隠す。
「見てない! 見てないです!」
末田さんがそう叫ぶのとほぼ同時に、私も声にならない声を上げながら、再度シーツの下へと潜り込んだ。まったく、なんてタイミングなんだろう。恥ずかしさで、私の顔まで赤くなる。
「もう、大丈夫ですか?」
お互いに落ち着き始めた頃、静かに末田さんが問いかけた。
「大丈夫、です」
私の言葉に、彼はゆっくりと袋の向こうからこちらを窺った。私がシーツの下にいることを確認すると、彼は安心したようにこちらに近づいて、袋を渡してくれた。まだ裸を見られた衝撃から立ち直れていない私は、袋を受け取っただけでそのなかを見る余裕はなかった。
「シャワー、まだ浴びてないですよね?」
ベッドの隣にあるソファに腰をかけると、彼はそのまま足を組む。うわあ、脚長い、なんて今さらな感想を抱きながら、私は首を振った。
「じゃあ、おれがあっち向いてる間に、入ってきちゃってください」
そう言って彼が背を向ける。その紳士な対応に感謝しながら私はそっと、着替えを持って浴室に向かった。
なんて間抜けな姿を晒してしまったんだろう。ほとほと自分に呆れ返りながら、私は心地よい温度のお湯を一心に浴びる。
動揺している?
何に?
彼に?
どうして?
そこまで考えて、私は考えすぎるのはやめることにした。男女の関係になったからって、すぐに裸をみられても平気なわけではない。ましてや、日の光があるなかで、私だけが裸だなんて。ため息を付きながら、私はシャンプーを手に取った。
そういえば末田さん、私のこと下の名前で呼んだのに、そのことはスルーしたよね。再び思考がそこに戻り、何とも言えないモヤモヤ感を味わいながら、頭の泡を湯で洗い流していく。
シャワーを浴び終えて、末田さんが買ってきてくれた袋の中の下着を取り出す。上下共に驚くほどのジャストフィットで、思わず変な声が洩れた。
「上がりました」
そう声をかければ、ちらり、と視線を寄越した末田さんの頬は、まだほんのり色づいている。
「おれも着替える前にもう1回、軽く浴びとこうかな」
そう言って、入れ違いに彼が浴室に籠る。その間、彼と目が合うことは1度もなかった。パタン、と背後で閉じられた扉がすぐに開く。忘れ物でもしただろうか、と振り替えれば、左手に持ったドライヤーを末田さんは軽く振った。
「ドライヤー、使いますよね?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
彼からドライヤーを受け取れば、すぐにパタン、と再び扉は閉じられた。しばらくその扉を見つめてから、私はドライヤーを抱えたままベッドに腰かけた。
不意に感じた違和感に心がざわつく。
あれ、なんだか私たち、気まずい?
私は思わず、無言で真っ白な天井を見上げた。寝起きの甘いムードから一転して、なんとなく漂う気まずい空気に、ただただ戸惑う。
やはり、私たちにはまだ早かったのだろうか? 心の準備がきちんとできていなかったのだろうか? 急ぎすぎた? でも、寝起きの時は問題なさそうだったのに。この短い時間の間に、何が変わってしまったんだろう? そう考え込んでいる間に、シャワーの栓を捻る音が微かに耳まで届いた。きっともうすぐ、末田さんは扉を開けて戻ってくる。
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