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黒い羊はダイヤモンドの夢を見るか
偽物と本物と
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「でも、私、絶対おかしいと思う。店まで取られるような借金なんて」
ニーナが手元のカップを見つめながら言うのに、ロビンはうなずいた。確かにその通りだと思った。
ロビンの知るかぎり『金の南瓜亭』は、いつも満席で、活気にあふれていた。一家の暮らしぶりもつつましく、とても多額の債務ができるようには見えなかった。
「借りた先は確かなんですか?」
「ええ。相手は若い頃うちで修行してた、あの人の兄弟弟子っていったらいいかしら。ウーゴって男よ。
独り立ちして自分の店を持ったんだけど。
あの人が、家族には内緒で貸してくれって泣きついてきたって言うの。
……商業ギルドが言うには、証文に間違いは無いそうよ」
「あんな奴らの言うことなんて信用できないよ……!あいつ、お父さんが浮気して貢いでた、みたいなこと私たちに吹き込もうとしたの。嫌らしい笑い方して!……それにこれ、見て!」
ニーナはポケットからくしゃくしゃになった紙を出して、テーブルの上に広げた。
アンナがうんざりした溜息をつくのも無理はない。その紙――宣伝用に配るビラには、いやに気取った字体でこう書かれていた。
“ 料理店『黄金の太陽』は 本物の味の分かる皆様をお待ちしています。
当店の誇る黄金のレシピ! あの料理人パオロ直伝の味! “
「ほんっと、馬鹿にして!」
ニーナは声を荒げて、ビラを平手で叩いた。
「一応店で修行してた人なんですよね?」
「跡継ぎ以外には、レシピの肝心なところは教えないのよ。元々あの男は自分の店を他に持つ気だって知ってたはずだから、私の父も。そんな大事なこと教えるわけないわ。
あの人だって、ウーゴと仲が良くなんてなかったもの。もっとも、向こうが勝手に突っかかってきてたんだけど」
『金の南瓜亭』五代目がアンナの父で、見込まれて娘婿として後を継いだのが、パオロだ。
「商業ギルドを通じて抗議してはみたんだけど……」
「こういう手合いなら『パオロは自分の友人の名前だ。客が別のパオロと勝手に勘違いしただけだ』くらい言いそうですね」
「よく分かるわね」
深く溜息をついたアンナは、まなじりを決してロビンに向き直った。
「厚かましいお願いだって分かってます。でも、私たちだけじゃ無理なの。
お願いします。力を貸してください」
「わかりました。僕にできることだったら」
ロビンがうなずくと、母と娘は目を瞠った。その表情がそっくりだった。
「そんなにあっさり受けてしまって良いの?」
「これのことですよね?」
ロビンはビラに書かれたパオロの名を指さした。
アンナはうなずいた。
「あの人は、本当に料理が好きで、お客さんが喜んでくれる顔を見るのが好きで、本当にお客さんを大事にしてた。
だからどうしても許せないの。あの人の名前をお客さんを騙すのに使うなんて」
アンナの穏やかな目の底に、固い決意の色が見えた。
「これがパオロの、これが『金の南瓜亭』の味なんだって、本物を見せつけてやりたいの」
もともと『黄金の太陽』は、内装にばかり凝って味がお留守だ、と評判が良くない店らしい。今はこのビラの力で客の入りがあるようだが、放っておけばパオロや『金の南瓜亭』の名に傷が付きかねない。
「でも、具体的にどうするんです?」
「屋台を借りるつもりよ。仕入も含めて、その辺りは根回しが済んでるの。
店で出すようなメニューは無理でも、屋台向きの一品、二品ならどうにかなるから。
……ただ、人手は、ロビンが帰ってきてくれて解決したけど、ギルドの営業許可がね」
「頑張って節約してるんだけどなあ、すっごく高いんだもの」
店主が亡くなり、店舗を無くしたことで『金の南瓜亭』の営業許可は取り消された。あらためてまとまった額を商業ギルドに払わなければ、小さな屋台といえど、営業はできないのだ。そして、債務によって店を失ったとされたことで、母子二人に対する商業ギルドの目は厳しい。信用を担保するための必要額が、通常より上乗せされているのだ。
「見積もりがあったら見せてください。なんとかなるかもしれませんから」
ニーナが手元のカップを見つめながら言うのに、ロビンはうなずいた。確かにその通りだと思った。
ロビンの知るかぎり『金の南瓜亭』は、いつも満席で、活気にあふれていた。一家の暮らしぶりもつつましく、とても多額の債務ができるようには見えなかった。
「借りた先は確かなんですか?」
「ええ。相手は若い頃うちで修行してた、あの人の兄弟弟子っていったらいいかしら。ウーゴって男よ。
独り立ちして自分の店を持ったんだけど。
あの人が、家族には内緒で貸してくれって泣きついてきたって言うの。
……商業ギルドが言うには、証文に間違いは無いそうよ」
「あんな奴らの言うことなんて信用できないよ……!あいつ、お父さんが浮気して貢いでた、みたいなこと私たちに吹き込もうとしたの。嫌らしい笑い方して!……それにこれ、見て!」
ニーナはポケットからくしゃくしゃになった紙を出して、テーブルの上に広げた。
アンナがうんざりした溜息をつくのも無理はない。その紙――宣伝用に配るビラには、いやに気取った字体でこう書かれていた。
“ 料理店『黄金の太陽』は 本物の味の分かる皆様をお待ちしています。
当店の誇る黄金のレシピ! あの料理人パオロ直伝の味! “
「ほんっと、馬鹿にして!」
ニーナは声を荒げて、ビラを平手で叩いた。
「一応店で修行してた人なんですよね?」
「跡継ぎ以外には、レシピの肝心なところは教えないのよ。元々あの男は自分の店を他に持つ気だって知ってたはずだから、私の父も。そんな大事なこと教えるわけないわ。
あの人だって、ウーゴと仲が良くなんてなかったもの。もっとも、向こうが勝手に突っかかってきてたんだけど」
『金の南瓜亭』五代目がアンナの父で、見込まれて娘婿として後を継いだのが、パオロだ。
「商業ギルドを通じて抗議してはみたんだけど……」
「こういう手合いなら『パオロは自分の友人の名前だ。客が別のパオロと勝手に勘違いしただけだ』くらい言いそうですね」
「よく分かるわね」
深く溜息をついたアンナは、まなじりを決してロビンに向き直った。
「厚かましいお願いだって分かってます。でも、私たちだけじゃ無理なの。
お願いします。力を貸してください」
「わかりました。僕にできることだったら」
ロビンがうなずくと、母と娘は目を瞠った。その表情がそっくりだった。
「そんなにあっさり受けてしまって良いの?」
「これのことですよね?」
ロビンはビラに書かれたパオロの名を指さした。
アンナはうなずいた。
「あの人は、本当に料理が好きで、お客さんが喜んでくれる顔を見るのが好きで、本当にお客さんを大事にしてた。
だからどうしても許せないの。あの人の名前をお客さんを騙すのに使うなんて」
アンナの穏やかな目の底に、固い決意の色が見えた。
「これがパオロの、これが『金の南瓜亭』の味なんだって、本物を見せつけてやりたいの」
もともと『黄金の太陽』は、内装にばかり凝って味がお留守だ、と評判が良くない店らしい。今はこのビラの力で客の入りがあるようだが、放っておけばパオロや『金の南瓜亭』の名に傷が付きかねない。
「でも、具体的にどうするんです?」
「屋台を借りるつもりよ。仕入も含めて、その辺りは根回しが済んでるの。
店で出すようなメニューは無理でも、屋台向きの一品、二品ならどうにかなるから。
……ただ、人手は、ロビンが帰ってきてくれて解決したけど、ギルドの営業許可がね」
「頑張って節約してるんだけどなあ、すっごく高いんだもの」
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「見積もりがあったら見せてください。なんとかなるかもしれませんから」
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