全てを諦めた令嬢の幸福

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閑話 追憶の欠片

エリチカ

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「腹の子を産んだら…あんた死ぬよ?それでもいいのかい?」

   突然現れた目の前の女性は私にそう告げた。その言葉を前に私は瞳を閉じ、自身の幼少期に浸った。



◇◇◇



   私の名前は、エリチカ・グロクス。グロクス伯爵の前妻の一人娘だ。母は体が弱く、父は心が弱かった。母が亡くなったあと、父は私を見なくなった。母に似ている私を見るのが辛かったのだろう。そんなある日、父が女性を連れてきた。

「初めて、エリチカさん。私はマルベール、今日から貴方の母になる者です。」

   挨拶をした紫の髪の女性は私に微笑んだ。

「僕の母は、1人だけだ。貴方は僕の母ではない。」

   当時9歳でありながら、父に見放され愛情に飢えていた私は彼女を受け入れることが出来なかった。私の言葉を予想していたのだろう。女性は特に気分を害していなかったが、私の口調が気になったようで女性は聞いてきた。

「エリチカさんは、女の子…よね?」

「…僕は、男にならないといけないんです」

「どうしてかしら?」

「僕が女の子だと…父上に迷惑がかかるからです。」

   私の返答に女性はどこか難しそうな顔をし、横に立っていた父の足を思いっきりヒールを履いた靴で踏んだ。

   それからも、女性は事ある毎に私に関わってきた。私は何度も彼女から逃げた。それでも最終的には捕まり、一緒にお茶を飲んでいる始末。何故だ……。。。

「エリチカちゃん」

「……」

   女性が父と結婚してから私の呼び方が“さん”から“ちゃん”と変わった。

「エリチカちゃんは、可愛いものは好き?」

「…嫌いです」

「そぅ…」

   昔…母が亡くなってすぐ、ドレスを着て髪の毛を結っていた私の姿を父が見た。父は母の名前を呼びながら泣き崩れた。その時分かってしまった。父は私を愛してはいないのだと…母だけを愛していたのだと。それ以来、私は髪を切り、男の子の服を着た。

「あ、もう少しでエリチカちゃんの誕生日よね?何か欲しいものは…あるかしら?」

「特にないです」

「そ、そぅ?」

   女性は困ったように微笑みながら『なら、考えとくわ』と言った。


   誕生日、母が亡くなってから久しぶりに食事のテーブルに父が座っていた。その隣には私の母となった女性。

「エリチカちゃん!誕生日おめでとう~」

「…ありがとうございます」

「ほら、貴方も言いなさいっ!」

「……おめでとう」

「………はい」

   父は無理に女性に連れてこられたのだろう。終始どこが居心地が悪い顔をしていた。

「さぁて!エリチカちゃん!これ、、私からの誕生日プレゼントよ~」

「プレゼント…?」

「えぇ!気に入るといいのだけど……開けてみてくれる?」

「…わかりました。」

   私は女性に渡された包装された小さな箱を開けた。箱の中には綺麗なリボンが何本か入れられていた。

「…これは、、、」

   驚いた私に女性は照れくさそうに笑いながら言う。

「男の子でも…女の子でも付けられるような物にしたの…」

「…」

「エリチカちゃん、今の貴方の姿を母は否定しません。でも、、いつか女の子に戻りたいと思った時、そのリボンが貴方の背中を押してくれることを…誰よりも願っているわ」

「……どうして、、そこまで……」

   思わず零した私の言葉に女性はふふっと笑いながら応えた。『貴方の母だから』と……


   その日を境に、私は母を母親だと思うようになった。だが父は嫌いだ。きっと、これからも父を父だと思えないだろう。でも、私は騎士であるあの人は尊敬していた。だから私は騎士になった。

「お母様、私、、騎士になりました」

「あらあら~あんなに小さかったエリチカちゃんがもうそんな年に……それにしても良かったの?学園を中退して……」

「はい、私が学ぶことはもう学園にはありません。私は誰かを守れる…そんな存在になりたいのです」

「そう…騎士の推薦に関しては……あの人が書いたようね……」

「はい、父が騎士団長に推薦状を書いてくださったようです。」

「そぅ…あの人は不器用な人だから……エリチカちゃんはまだ嫌い?」

「はい、嫌いです。ですが、騎士としては尊敬はしています。」

「そぅ……私は騎士になることを反対したのだけど…仕方がないわね…。」

   母は、そういうと使用人に何か持ってくるよう指示を出した。何を頼んだか聞いても母は「見てからのお楽しみ」と言って教えてはくれなかった。仕方なく母とたわいない話をしていると使用人が細長い箱を持ってきた。

「お母様…それは?」

「私は…あまりエリチカちゃんに危険な目にあって欲しくないけど…それでもエリチカちゃんの決めた道を否定したくないの」

「はい」

「だから…母は、これを貴方に送るわ」

   箱からは細身の長い剣が入れられていた。

「剣…?」

「女性である貴方には今ある剣では力を出し切れないでしょう?だから、貴方を護る貴方だけの剣をは送ります…」

「お母様…」

「その剣はね…貴方のお父様が最終的には決めたのよ…デザインは私だけどね」

「父が……」

「あの人も貴方のことを心配しているのよ…」

「…」

「うふふ、今はまだ無理かもしれないけど…いつかあの人のことも許してあげてね?」

「はい」

「それと、休日にはノルと遊んでちょうだい。ノルはお姉ちゃん子だから…」

「はい!」



◇◇◇



   瞳を開ければ、どこか悲しそうな瞳をした女性が立っている。きっと、彼女は私の答えを知っている。

「私は母親なの…だから、子供を殺す考えなんて最初からないわ。」

「そうかい……」

「貴方も本当はこの子を殺したくないのでしょ?」

「……」

「ねぇ、貴方にお願いがあるの……この子を護って。この子に護る力を与えてあげて?」

「……あぁ、わかったよ。」

「うふふ、ありがとう。私の名前はエリチカ。貴方の名前は?」

   私の問いかけに女性は、戸惑いながら答えた。

「私の名前は、リアリナ……始まりの精霊であり、、その子を見守るためにこの世界を監視している…星巡りの魔女だよ。」
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