失恋竜が幸せになるまで

屑籠

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3.紅竜の過去

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 ショックで食が細くなった俺を心配して、リーズは狩りに行かない間、ずっと俺のそばにいる。
 いてくれ、と頼んだわけではなくただ、俺が落ち着くのを待っているみたいだ。
「どうしてあんたは……」
 いや、と俺がかぶりを振れば、リーズは目を見開いて驚く。
「久しぶりに話したな。どうして?何が?」
 そういえば、最近は話しかけられる事もなかったから忘れていた。
 その優しい声が逆に怖いとすら感じる。
 俺は、ただなぜリーズが俺にそこまでかまうのか、気を遣うのか疑問に思っただけだ。
 俺が何も言わないでいると、仕方ない、と言ったようにため息を吐いた。
「孕んだことが不安か?まぁ、雄だと思って教えられてきたのなら、ゾッとする話かもしれないな」
 リーズのその言葉に、ハッとして俺は俺の頭をなでているリーズを見る。
 リーズは、なんとも言えないような微妙な表情をしていた。
「俺も、子を産んだことがあるからだ」
「え……?アンタは、だって、雄、だろう?」
「ははは、そう見えているのならありがたい話だがな。決して、俺よりも強い竜が居ないわけではない。俺の若いときはその筆頭に兄が上がっていた」
「あんたの、兄って……竜王が?」
「あぁ。その兄と、発情期を過ごし、二度孕んだ」
 今でこそ、竜王リスティには番がいるが、アリスに出会う前まではリーズがその相手だったらしい。
 そして、兄の子供を孕み、産んだ。
 その話をききながら、どうにも信じられない面持ちでリーズを見る。
「俺が孕んだ子は、一匹は流れた。俺の、愚かな行いによってな」
 この世界で最強を誇る竜であるが、出生率の低さは上げられるものの、丈夫だけが取り柄だというのに、流れた、というのには驚くしかない。
「お前と同じで、孕んだことにも気づかず、巣の外に出て、そして襲われた。どれだけ、俺が紅竜だとしても、人型と竜型では決定的に力の差が違いすぎる。そうして流れたあとに、妊娠していたのだと気が付いたんだ。あの時の兄の怒りはすさまじかった」
 当たり前かもな、とリーズは笑う。一時的、仮だとしても発情期の間は番なのだ。
 番を害され、自分の子供を殺されれば、怒りも沸く。
「二度目に孕んだ子は、今この集落にはいない。隣の集落にいる」
 時折、近親で血が濃くなりすぎるのを薄めるため、近隣の集落に出て行ったり、入ってきたりする竜がいる。
 その竜に自ら志願して、リーズの子供は行ってしまったらしい。
「そのあと、この村にやってきたアリスと兄は番になった。俺も、来たばかりのアリスに惚れた。けど、アリスは兄を選んで俺は兄に追いやられるようにここに来たってわけだ。ここなら、あの子の集落のそばでもあるしな」
 番には、本能でわかるものと、自らが望むもの、その二つがある。真名を好感してしまえば魂が結ばれ、番となれる。
 アリスが選んだ、というのであれば本能での番ではなかったのだろう。
 悲しげに笑うリーズに思わず手が伸びる。
 その当時のリーズの心境はいかほどなのか、俺には見当もつかないけれど。
 今だけの番、だからだろうか?泣くな、と思う。
 不器用な俺を見てか、リーズがふっと笑った。
「まあ、なんだ……話を戻すが、俺がお前を気に掛けるのは、そうだな。お前を俺と同じ目に合わせたくなかったからだ」
 そうかよ、と返すのが精一杯だ。
 俺よりも、幾度となくつらい思いをしているはずなのに、なんでリーズはこんなに優しいのだろうか?
 きっと、アズールといつも発情期を過ごしていたのだって、彼が心配だったからなんだろう。
 番を亡くし、それでも最後の約束で、その命が自然に終わる時まで、生きなければならないアズールを。
 何故、番でもない者にそこまで優しくできるのか、俺にはわからない。
 わからない、けれども話を聞いている内に、リーズを放っておいてはいけない気もしてきた。
 子がいる。だから、魂の引き合う番に出会わなければ200年はリーズの側にいることになるだろう。
 その間に、俺のこの感情が何なのか、確かめることにしよう。
 今でも、俺が子を孕んだこと、産むことにはゾッとする。
 けれど、この子供のおかげか、リーズを知りたいと思った。
 この感情は、アイゼルに向けていた感情とは違う気がする。一目ぼれだった、あの綺麗な龍に向けた感情は、ただただ欲しい、と思った。
 俺がふさわしい、と。
 でも、リーズに向けているのはそんな感情じゃなくて……同情ではないと思う。むしろ、同情されているのは俺のほうだろう。
 そうじゃなくて、言い表せれないほど複雑な感情。
 ただ、どうにかしたい、と思ったから。
 よし、と覚悟を少しずつ決めると、それに伴ってか、先ほどまで全くと言っていいほど空いていなかった腹が、ぐぅうううううう、と言う音を立てた。
「ふっ、くくっ、腹が減ったか。今、用意してやる」
 驚き、目を丸くしたリーズはくくっ、と笑いながらベッドから立ち上がって調理場のほうへ向かっていった。
 俺はといえば、何というか響いた音が恥ずかしくて布団をかぶり、くそっと悪態を吐いた。
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