イスティア

屑籠

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第一章

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 暫くすると、全員が来たと面接する部屋へと呼ばれた。
 オーガたちは三人そろってその場所へ赴く。
 着ていたのは、貰った資料よりも少ない三人。
 気難しそうな顔の少し年代層の上な人族の男。いかにも、板前と言う感じがする。
 もう一人は若い女性。小人族らしい。子供ほどの身長しかなかった。しかし、それで大人だという。
 そして最後は強面な若い獣人の男。赤髪で、オーガを睨みつけているようにも感じるが。

「随分個性的なメンバーが揃ったもんだな」

 アレンはオーガを見て、にやにやと笑う。
 うるせぇ、と小声でアレンをどつくオーガたちのやり取りを、ジルは苦笑いしてみていた。
 在り来たりな、志望動機なんかは聞かない。聞いたところで、オーガたちに判断など出来ないからだ。

「で、応募要項は知ってるな?」

 三人それぞれ難しい顔をして頷く。
 
「ここに居るジルよりも、俺の店には小さい子供はたくさんいる。その子供の相手をしてもかまわない、と」
「もちろんです!」

 ぴっ、と女性が手を挙げて答える。彼女の名前は、ローラン。
 キラキラした瞳を見る限り、嫌いではないのだろう。
 人族の男、ベルドは、むっと顔を顰め、それでも頷いた。
 獣人の男、ゲルナートは何の反応も示さない。
 ふむ、とオーガは思案する。
(この中で、一番親和性が良さそうなのは、ローランか……ジルに聞いてみるか)
 オーガは、ジルへと顔を向け問う。

「ジル、誰がいい?」

 オーガのその問いには、目の前の三人だけでなくジルも驚いた眼をしてオーガを見た。
 アレンに至っては、オーガの言動を予測していたのか、ぶっ、と噴き出す。
 唖然としてオーガを見ていたジルに、「ジル?」とオーガが問うた事によってハッとして三人を見比べる。
 そして、おずおずと指で示した。

「あの人が良いです」

 へぇ?とオーガとアレンは驚き、そして目の前の三人もまた驚いた顔をする。
 だが、オーガはジルのステータスを思い出し、ふむ、と頷く。

「ジルが選んだなら、間違いはないだろう。アンタにする。ゲルナート」

 獣人の赤い三角耳がピクリと動く。

「なっ、何で!?」

 小人族のローランが納得いかない、と言わんばかりに立ち上がり、抗議しだす。

「依頼を出したのはアンタだろう?何でその子に決めさせるのさ!!」
「ジルは……あんたに教えることではないな。だが、俺も知りたい。何でゲルナートだったんだ?」

 オーガも小首をかしげると、むしろ逆になぜ?と首を傾げられてしまう。

「この女性は、赤です……そして、あっちの男性は黄色でした。この人……ゲルナートさんだけは緑でしたので」

 なるほど、とジルの言葉にオーガは深くうなずいた。
 日本的に言えば、共感覚みたいなものだ。
 ただし、ジルには祝福がある。人族でありながら、ジルは真眼(しんがん)と言う能力を持っていた。オーガのステータスにはスキルが表示されないものの、ジルやアレンのステータスをよく見てみるとわかる。
 それは、よく見なければオーガには見えてこないモノ。健康診断と称して、オーガは20人の子供たちのステータスを見ていた。
 真眼とは人の嘘を見抜いたり、善人悪人を判断したりする能力の事だ。鑑定眼を持っているリカルドとは少し違う能力である。
 ただ、珍しさ故に狙われる可能性もあるため、公にはしない。そのことをジルとも話し合っている。
 まぁ、ジルはその真眼ゆえに危険からも本能的に逃げられるようで、危険を避けたりより良い未来を選んだりできるみたいだが。

「なるほど、人は見た目によらないという事か」
「そうみたいだな。じゃ、契約に移ろうぜ」

 ゲルナートを呼び、オーガとアレンはジルを連れて部屋を出ていこうとする。
 訳が分からない、と説明に呆然としていたローランを置いて。
 あの人族の男は、選ばれなかったことを当然と思ってかさっさと出て行ってしまったが。

「このゲルナートと契約したいんだが」
「は、はい!?あ、はい!」

 元気よく受付嬢は返事をしたものの、その顔は少し困惑気味だ。
 まさか、ゲルナートが選ばれるとは思ってもみなかった、というように。

「でも……本当によろしいのですか?彼はその……獣人ですし……」
「何か問題があるのか?」
「いえ!彼自身には特に……ですが、獣人の料理人は、料理に毛が入るのを嫌がりあまり採用されませんから」

 なるほど、とオーガは頷いた。
 しかしその点については、ゲルナートの方が気を使っているだろう。
 仮にも料理人だ。

「問題ない。集まった中で最良なのがゲルナートだ」
「ありがとうございます。では、ご契約の書類をご用意いたしますね。それまで、条件のすり合わせを先ほどの控室でお願いいたします」

 元の受付に顔を出せば、ハッとして少し慌てられた。
 もしかしたら、もう少しかかると思われていたのかもしれない。
 控室に戻り、ゲルナートの目の前にオーガが座る。その隣にジルが腰を掛け、ゲルナートの隣にはアレンが腰を掛けていた。

「……良い、のか?」
「問題ない。ジルが決めたんだ、理由はジルに聞け」
「えぇ!?」

 ジルは小さな声で投げやり……と困ったようにほほを掻いた。
 まぁ、そんなことより、と契約内容について確認をする。月給になること。通いか住み込みを選択できること。
 住み込みの場合は通いより若干給料は安くなること。それらを伝え、ゲルナートは首を縦に振る。
 ゲルナートは住み込みを希望し、三階の客室の一室を使うことになった。
 ゲルナートにもいろいろと準備はあるだろうし、と提案したがゲルナートのほうはすぐにでも、という勢いだった。
 今まで、日雇いの仕事をし、格安の宿で寝泊まりしていたそうだ。なるほど、とオーガは頷く。
 問題がなければ、ということで了承する。
 受付嬢が契約書類を持ってきて、それに名を入れていく。
 オーガと書けばやはり変な顔をする。まぁ、仕方がない。この世界ではそれが本名だ。

「……男臭くなるな」
「あ、ははははは……」

 なぜ、オーガの周りには男ばかりが寄ってくるのか。
 女といえば、少女たちや幼女たちしかいない。
 女とは見ておらず、ただの子供である。
 はぁ、と内心ため息を吐く。が、仕方がない。オーガにとっての最良がそれなのだから。

「オーガ、これで三食の飯については解決だな」
「あぁ……あとは店の売り上げだな……」

 まぁ、ギルドに卸しさえすれば買い取ってもらえるのだから別に構わないが。
 薬師ギルドもあるが、そちらは古参の連中がいっぱいいるだろう。
 こう、王都なら特に排他的であるはずだ。薬を作るには、薬師に師事を得なければいけない。
 だが、技術をおいそれと教えてくれる物好きはいない。
 だから、薬師の数は少なく、質も落ちる一方だという。
 あほか、とオーガはあきれるように思う。
 そんなことをしていれば、そのうち回復薬を作れる人間はいなくなるだろう。
 誰しもに適性があるわけではない。誰しもが作れるわけではない。
 けれども、作らせてみないとわからないことだって多いはずだと。

「子供ってのは、可能性の塊だな」
「いきなりなんだ?」
「いや、唐突に思っただけだ」
「思ったことなんでも呟くな」

 まったく、とアレンに呆れた顔をされてしまった。
 
 家に帰ってくると、さっそくゲルナートは軽食を作ってくれるようだ。
 それを興味津々で子供たちが取り囲む。
 ゲルナートは気にした風もなく、少しどこか不器用に、やるか?と子供たちに声もかけている。
 どうやら一緒に作ってくれるらしい。
 まぁ、子供が苦手ではないのはよかった。子供たちも、ゲルナートは大丈夫だと思ったのか、怖がることなく近寄っている。
 昼食を食べた後、少しリドネルたちと話す。

「そういえば、ダンジョンはどうなってるんだ?」

 魔力濃度が濃くなってきてからは、オーガは一向にダンジョン内へと足を踏み入れてはいない。
 そもそも、それをアレンもリカルドも許しはしない。

「ダンジョンの魔力濃度はだんだん増えているらしい。今までなんともなかったはずのダンジョンにまで反応が出始めた……だから、お前は外出禁止だ」
「……何でだよ?俺は一応冒険者だぞ?稼ぐのに出かけるだろ」
「必要な素材は俺たちがとってきてやるから、大人しくここに居ろ」
「別に魔力酔いは病気じゃないんだから大丈夫だろ」

 いいから、とそれでも押し切られてしまった。何という理不尽だ……。
 オーガはそう思いつつ、リカルドたちに子供たちの教育も兼ね、連れ出すように頼む。
 実戦に勝る経験はなし。
 ダンジョンが危険と化しているのであれば、王都周辺の林や森、山などに入り素材を集めるしかない。
 そこにだって魔獣は居る訳だし、危険がないわけではないが、ダンジョンの中よりはマシだろう。
 ダンジョンの中は刻一刻と変化していってもおかしくはないのだから。

「いいか?お前らが使う薬草だって無限じゃない。だから、自分たちで採ってこい。リカルドがその辺は良く分かってるだろう。それに、薬草が分かれば小遣い稼ぎにもなる。冒険者ギルドに所属していなくても、買取はしてくれるからな」

 はーい、と子供たちは元気よく返事をする。
 それから、とオーガは続けた。

「それから、魔獣は何処にでもいる。油断するな。決して一人で行動せず、アレンとリカルドの指示に従え。できないなら死ぬと思え」

 おいおい、そこまで言うか?と言う顔をされたが、事実だろう。
 この子供たち一人一人が、一人で魔獣を相手にできるとは思わない。
 なら、どうなる?死ぬしかない。
 人の命とは、時に酷く脆く儚いものだ。

「お前たちは、これから、この店に居る間、生きるすべを探さなければならない。それは、遊んでいても見つかりはしない。わかってるな?ここでどれだけお前たちが何を身に付けるかによって、今後の生き方が大きく変わってくるだろう。実力を着けろ。目を養え。その全てがお前たちを生かすように」

 生きていくことは、簡単であるようで難しい。
 それこそ、オーガのいた元の世界、地球でもそうだ。
 だからこそ学び、就職と言う門をたたき、開かれた僅かな隙間を潜り抜けていく。
 この世界でも、あちらの世界でもそれは変わらない。生きるため、そのために小さな子供を守るのは大人の役目だ。
 守るだけではいけない。成長を促し、自分たちが居なくなったとして生きていけるようにするのもまた……。
 オーガは自分の話を、子供たちがすべて理解しているとは思っていない。
 けれど、言わなければわからない。無言を察しろなんて超能力者じゃない限りできっこない。
 子供で理解できないから話さない、は間違っているとオーガは思う。
 どれだけかみ砕いたところで理解できないだろうが、言い聞かせることに意味があると思っている。
 だから、理解できるまで何度も何度も言って、考えさせる。
 それが、子供たちの生きる道につながるからだ。
 行ってきまーす、とわかってるのかわかっていないのか、遠足気分で彼らは出かけていく。
 遠足気分とは、その通りなのかもしれない。
 オーガの作った魔法カバンに、ゲルナートの作ったお昼ご飯を入れていったのだから。

「ゲート、ところで俺の飯は?」

 ゲート、それがゲルナートの愛称だ。
 ゲルナートの名前を何度か噛みそうになったオーガにゲルナートが提案したのだ。
 今では、子供たちもリカルドやアレンもゲートと呼んでいる。
 ゲートは言葉少ないながらも、その行動の感情はわかりやすい。
 何せ、耳や尻尾がある分、分かりやすいのだ。
 ゲートは、赤虎の獣人らしい。だが、その割に虎獣人にありがちな、がちがちの筋肉も付かず、それもあってか故郷から逃げるようにこの王都に来て必死に職を探していたらしい。
 料理は元から得意だったから、その関係で探そうと思ったと。
 だが、獣人の料理人が人気のないことを王都に来るまで知らなかったのだ、ゲルナートは。
 ん、と差し出された食事は、オーガの朝食だ。少し気の抜けてきたオーガの生活リズムは狂い始めている。
 それに、アレンもリカルドも、そしてゲルナートもよい顔はしないけれど、オーガの知ったところではない。

「オーガ……ムリ、ダメ」
「……精進料理かよ」

 差し出された料理を見て、絶句しているとゲートが少ししょんぼりとした様子で尻尾を垂れて、オーガを見ていた。
 料理に肉っ気も魚っ気も一切感じられない。純粋に野菜を使ったポタージュとサラダ、そして柔らかく煮込んであるパンのみ。
 いや、これが美味しいだろうことは、ゲートが作ってくれていた料理でわかっている。
 わかってはいるが、オーガにとって嫌がらせにしか見えない。
 確かに、最近の不摂生で胃が弱くなっているのは知っているが。それでも肉が食べたいときだってあるだろう!
 胃腸にやさしい料理は、オーガの味覚を満たしてはくれない。
 まぁ、もくもくと食べるのだが。

「ところで……」

 ふと、オーガは食べている途中でゲートに目を向けた。
 ゲートは一度尻尾を振り、首をかしげる。

「……?」
「子供たちの方は順調そうか?」

 オーガの問いに、ゲートはコクコクと工程を示す。
 子供たちには、オーガは何故か好かれるが、ゲートも何故か好かれている。
 特に、料理を教える時は、真剣で少し怖いと受け取られそうだけれども、彼らは構うことなく、好いている。
 数人に囲まれての調理は少しやり辛そうだが、それでも面倒くさがらずに一つ一つ丁寧に教えている。
 猫系の獣人は気ままな人が多いと聞くが、ゲートには当てはまっていない様に感じた。

「なら、いい。何か問題があれば教えてくれ。それから、ゲート。お前は料理人で契約の内容もある。朝昼夜の飯以外は好きに過ごしていていいからな?」

 ゲートは少し首を傾げた後、一つオーガに頷きを返す。
 今日は、受付やら日々の業務を担当している子供たち以外はいないので、ゆっくりしたらいいとオーガは思うのだが。

「んじゃあ、昼まで俺は工房に籠るから、何かあったら読んでくれ」

 まぁ、いいか。とご飯を食べ終わり、ご馳走様、と席を立つ。
 ふぁ、とあくびをしながらオーガは階段を下りた。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 side:ゲルナート

 ダメもとで、いつもの受付から提案された求人を受けることにした。
 獣人の料理人は、人の国では嫌われる傾向にある。だから、今回の応募にもあまり期待はしていなかった。
 一人、俺よりもはきはきと喋る女の人が居たし。
 男ばかりだったから、きっと彼女が選ばれるだろう。
 そう思っていた。

「ジル、誰がいい?」

 ジル、と呼ばれているのは小さな少年だ。
 小柄で、少し骨が浮き出ているようにも見える。
 栄養があまり良くないのだろう。
 だが、ジルの周りに居る大人に、ジルはおびえない。
 子供が沢山いると聞いている。その一人なのかもしれない。
 まぁ、俺には関係ないだろうが……そう思っていたら、ジルの手がゆっくりと動く。

「あの人が良いです」

 その指はしっかりと俺を示し、俺は目を見張った。
 その隣で、雇い主だろう仮面の変な男は、うんうんと頷いていた。
 
「ジルが選んだなら、間違いはないだろう。アンタにする。ゲルナート」

 お、俺?とその男を見るが俺の事なんてどうでもいいかのように俺を見てはいない。
 なんで?と先ほどの女性が抗議の声を上げるが、雇い主の男の視線は冷たい。
 まるで、先ほどまで本命だっただろう彼女にはもう興味がないかのようにふるまっている。

「依頼を出したのはアンタだろう?何でその子に決めさせるのさ!!」

 確かにその通りだ。
 そもそも、俺はなんで俺が選ばれたのか知りたい。

「ジルは……あんたに教えることではないな。だが、俺も知りたい。何でゲルナートだったんだ?」
「この女性は、赤です……そして、あっちの男性は黄色でした。この人……ゲルナートさんだけは緑でしたので」

 雇い主の質問に、ジルはなぜ?と不思議そうに首をかしげてから、俺たちの説明をする。
 雇い主はわかったみたいだが、俺にはさっぱりと意味が分からない。
 俺が緑とはいったいどういう事なんだろう?隣の騒がしい女性が赤と言うのも気になるが。

「なるほど、人は見た目によらないという事か」
「そうみたいだな。じゃ、契約に移ろうぜ」

 雇い主の護衛なのだろうか?竜人が、さっさと行こうと背を押す。
 ちなみに俺たちは、匂いで種族を判断する。鼻が良い、と言えばそれまでだが。
 そうして、俺はある程度の契約内容を決めて、雇い主、オーガの店へ住み込みで働くことになったのだ。
 最初、子供たちが食事の支度を覚えるまでは、忙しいが覚えてしまえば休みももらえるという事。
 就職先としてはこれ以上ないぐらいの好待遇だろう。
 子供は好きでも嫌いでもない。ただ、あのジルと言う少年は少し気になる……。

 子供たちが使った後の風呂に入り、それから脱衣所でブラッシングをしている所だった。
 何か忘れ物をしたのだろうか?脱衣所の扉が開き、ジルと目が合った。

「あ……」
「……」

 何を言えばいいのかわからない。少しの無言の後、俺は少し頭を下げてからまたブラッシングに取り掛かる。
 頭や耳の毛は柔らかいが絡まりにくい。
 けれども、しっぽの一部は柔らかすぎて絡まってしまうところがある。
 そこに重点的にブラシをかけ、絡まない様にケアしなければならない。
 毛玉が出来ると不衛生だし、何より引っ張られている感覚が常にあって、取れた時も痛い。
 そうならない様に、なるべくブラシをかけるのは丁寧にしている。だが、しっぽは自分の後ろにあるものだ。
 両親や恋人が居れば、任せることはできるが、俺は生憎独り身だし、恋人もいない。
 同じ獣人の恋人も、出来る訳がない。
 獣人は、強い者を好む。草食動物であっても肉食動物であってもそれは変わらない。
 だから、俺みたいな弱い個体は選ばれない。むしろ、雄ではなく雌として見られることもしばしばだった。
 雌になるのは嫌で、国を出てこの王国へと来た。
 仕事ぐらいすぐに見つかるだろうと思っていたら、この国の大半が人間であるため、獣人を雇う人が少ない。
 何度も何度も面接をして落ちて、どん底だと思った。
 金もない浮浪者、それが俺だった。そんな俺に、人間でも恋人ができる訳がない。
 だから、自分でやらなければ仕方がない。
 ちなみに、しっぽは特に弱いから、触られたくはない。けれど……

「あの……良ければ、俺がやりましょうか?」

 そっと差し出されたその手に、俺は迷った挙句ブラシを差し出していた。
 尻尾に触れられる感覚は、ぞわぞわして、気持ちがいいものではないけれど。
 不思議と、いやではなかった。ジルは、出会った時からどこか不思議な人間だ。
 
「んっ!」

 丁寧に尻尾の毛を解かれていく感覚に、声が漏れる。
 自分でするよりも、気持ちがよくて、だ。
 ぴくぴくと耳も動き、隠しきれてはいないだろう。
 ジルは俺の尻尾に夢中になっているみたいだが。

「あ、痛かったですか?」
「いや……へいき」

 ジルは俺の様子に首をかしげていたけど、俺は内心ですごく気持ちよくて気分がよかった。
 他人にしてもらうのが、こんなに良いなんて思ってもみなかったから。
 
「はい、奇麗になりましたよ」

 ふっかふかです、と何故かジルもうれしそうな顔をしている。

「あり、がと」

 けれど、その顔を見て、これからもジルに頼もうと決めた。
 ジルは、俺の尻尾を触ったけど、俺は全然嫌な感じはしなかったから。

「ジル。俺、ルナ」
「え?」

 俺が突然ジルにそう伝えると、ジルはん?と首をかしげてしまった。
 訳が分からない、という顔をして。

「尻尾、触る、家族だけ。家族、ルナ、呼ぶ。友達、ゲート、呼ぶ」
「あ、えっと……俺、ゲートさんの家族ってこと?」
「ゲート、違う。ルナ」

 首を振り、ジルの目を見つめると、戸惑っているのはわかる。
 けど、ジルにはルナと呼んでほしかった。

「じゃ、じゃあ、これからはルナさんって呼びますね」

 さんもあまり必要性を感じなかったけど、ジルをこれ以上困らせるのは良くないと思ってとりあえず頷いておく。

「ジル、また」
「あ、はい。またブラッシングしますね」

 じゃ、とジルは慌てたように去っていく。
 俺は首をかしげながら、席を立った。
 ジルなら平気だから、またゆっくりとしたいと思う。
 俺の中で、雇い主のオーガはもちろんだが、ジルもまた特別な存在として刻まれた。
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