イスティア

屑籠

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第一章

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 布と綿を調達しに、よっしと立ち上がるオーガ。
 ストレージの中にもそれなりに素材などが残っていて、たぶん材料としては足りるだろうけれども、この世界に来て間もないオーガはあまり街中に出て買い物をしたことはなかった。
 常に仮面をかぶっているため、怪しい客だとも思われそうで。

「おや、お出かけかい、オーさん」
「はい、ベスさん。この辺で、布と綿の取り扱いのあるお店ってどこか知りませんか?」
「布と綿?それなら、大通りを職人街の方へと延びる道に向かって左手に三軒行ったコンジット衣服店に行ってみな」
「はい、ありがとうございます」

 いいのいいの、と笑うベスにオーガはペコリと頭を下げて宿を出た。
 オーガは、認識阻害を発動させてから、大通りへと出る。
 大通りの噴水広場まで出るとこの街の概要がよくわかる。
 この噴水広場より東は職人街。南が貴族豪族の富豪がいっぱい住む所謂富裕層。
 北はその逆、一般人から貧民層まで住んでいる、庶民街。
 西がギルドや職人の店などが多様に存在する、職人街と言うわけだ。
 一般人も富豪も、買い物と言えばここでするようだ。
 つまり、ベスの言った店はこの噴水広場から西に延びる道に向いて左手に三つ。

「えっと……ここ、か?」

 ちらっと窓ガラスから中を覗いてみると、中にはたくさんの服が飾られていた。
 ふと、看板を見上げてもコンジット衣服店と書いてあるし間違いはないだろう。
 カランカラン、とドアベルを鳴らしながら認識阻害を解き、中に入る。

「すみませーん」

 声が小さくなるのは、小心者故か。ギルドならば緊張したりしないのだが、こういうお店では緊張してしまうのはなぜだろうか。

「はい、いらっしゃいませ」

 にっこりと笑うモノクルをかけた老紳士が奥のカウンターから顔を出す。

「すみません。ここに、布と綿の取り扱いがあると聞いて来たんですが」
「布と綿ですね。こちらです」

 そっとその老紳士に案内されて服に隠れた奥に連れてこられる。
 そこには、軸に巻き付いたままの布や袋に入った綿。所謂、手芸用品が所狭しと並べられていた。
 そこにあるのは、表に出ている服とは比べ物にならないぐらい高そうなものだ。

「えっと……真っ白い布と、柄布、あと綿がそうだな……15キロも有れば足りる、か?」
「……かしこまりました。綿は今用意させます。白ならば、こちらの種類がございますが……」

 厚い布から薄い布まで、さまざまだ。
 触ってもいいか確認してから、オーガはその布の丈夫さを確かめる。
 すべて確かめて、一番厚い布と三番目ぐらいに厚い布を買うことにした。

「こっちの厚い布を20メートル。こっちの薄い布を……10メートル。今で幾らぐらいになる?」
「はい。こちらの布と、そちらの白い布、綿が15キロとしまして……銀貨三枚と大銅貨五枚、銅貨七枚のお支払いです」

 オーガは、あー、と手持ちに幾ら有ったか確認する。

 ::::::::::::::
 現在の所持金
 金貨:6枚
 大銀貨:11枚
 銀貨:9枚
 大銅貨:7枚
 銅貨:3枚
 鉄貨:0枚
 石貨:0枚
 :::::::::::::

 ふむ、と考えた後、そっと老紳士へと大銀貨一枚を差し出す。

「あと、これで余った分を適当に端切れとか見繕ってくれると嬉しいんだが」
「よろしいので?これだけあれば、端切れなどとは言わずきちんとした布も手に入りますよ?」
「パッチワークにするから……ちゃんとした布も少しは入れてくれると嬉しいが」
「かしこまりました。カウンターの前で少々お待ちください。ただいま、ご用意いたします」

 言われたとおりに、少し時間がかかるだろうから店の中をゆっくりと見ながら移動する。まぁ、そこまで大きな店ではないためすぐにカウンターまで着いてしまうのだが。
 オーガは、店の服やドレスをみながら、こういうのが主流なんだなあ、と今のこの世界での流行を確認する。
 まぁ、婦人用が多くを占めているためかあまり男性物の主流などはわからなかったが。

「お待たせいたしました。まず、こちら綿15キロです」

 どんっ、と置かれた綿を手に取りストレージの中へ。

「おや?お客様は異空間収納持ちの方ですか」
「……まぁ?」

 リカルドたちとの会話で、ストレージと言うものがないのは確認済みだ。
 異空間収納、として置いた方がいいだろう。

「さようですか。さて、こちらが先ほどの白布、20メートルと10メートルのものです」
「はい」

 次もさっさと中にしまっていく。
 ストレージの中では、手芸用品と書かれたタグがつけられそこを開くと白布(厚い)20メートルなどときちんと表示されている。

「次が柄布と端切れです。こちらの袋に端切れは詰めさせていただいてます」
「ありがとうございます」

 それぞれ仕舞い、ストレージに表示されたことを確認すると、ありがとうございました、と再び頭を下げて店を出る。
 老紳士も、ありがとうございました、と店の玄関まで見送りしてくれた。
 再び、銀の大鍋亭に戻ると、リカルドとアレンが戻って来ていて、オーガを見つけてほっとした表情をする。

「うん?」
「オーガ、お前ひとりで買い物できたんだな?」
「……何だか良く分からないが、馬鹿にされて居る事だけはわかる」

 ムカッとしたのでアレンを殴ろうとすれば、すかさずよけられてしまった。

「二人とも、物は?」
「あぁ、量が量だからな。門の外へ運んでもらった」
「あっ、助かる。さすがに街の中じゃ作れないし」

 さっそく、と東門の方へ歩き出す。
 ちなみに、出入りできる門は四つ。東西南北にある。
 資材と廃材は東門を出てすぐの脇、広場みたいに空間が空いた場所へと置いてあった。

「あっ、こんだけあれば十分十分。ありがとな、二人とも」
「いや……それより、この材料で本当に明日までにできるのか?」

 不安そうにリカルドが言うが、ぽいっ、ぽいっ、と魔石をその資材と廃材に投げ入れながら、にやりとオーガは笑って答える。

「できるさ。何せ俺は、錬金術師だからな」

 そう言って取り出したのはいつも魔法に使う杖。
 それで資材を囲むように円を地面に書いていく。
 そしてその外側へ物質変換や結合、状態変化などの文字を書き込む。
 その文字も円で囲み、二重の円が資材の周りに出来上がる。

「オーガ?」
「錬金術師だからと言って、出来ることなんてたかが知れてるだろ?無理は……」

 など、心配するような声がリカルドとアレンから上がるがオーガは無視して黙々と必要な呪文も書き込む。
 よし出来た、と出来上がった魔法陣なるものを見て不安そうにオーガを見ている二人。
 ちらっと、オーガは自身のMPを確認する。

(……あれ?)

 ****************************

 名前:オーガ
 ジョブ:魔法剣士
 sub:錬金術師
 レベル:2

 体力:11,000/11,000
 魔力:310,000/310,000
 腕力:2925
 精神:3150
 俊敏:1620
 防御:2250
 運:2250

 ***************************

(レベル、上がってらぁ)

 それに応じて、体力と魔力が二倍、その他ステータスが1,5倍に成っている。
 どういうこった?と首をかしげるものの、まぁ、いいか、とオーガは魔法陣へと手をつく。

『混じりて、物は真実へ
 形無きもの、形作り
 望むは運び、守るため

 其の姿は偽りの物
 真の姿に変われ変われ
 望む姿に変われ変われ』

 オーガが言葉を紡ぎ魔力を流せばバチバチと静電気のようなものが資材たちを覆い、光り輝きながらその姿が変わっていく。
 その光景を目の当たりにして、驚いた表情でオーガを見る二人。
 いや、その光につられて集まってくるもっと大勢の人。
 光が完全に姿を変え、馬車の形になると、オーガは魔法陣から手を離した。

「……こんなもんかなっ、と悪い」

 立ち上がった瞬間に立ち眩みを覚えたオーガをとっさにアレンが支える。
 ふらふらと立ち上がり、アレンの手が離れてからそっと、ステータスへと目を向けた。

 ****************************

 名前:オーガ
 ジョブ:魔法剣士
 sub:錬金術師
 レベル:2

 体力:11,000/11,000
 魔力:3,000/310,000
 腕力:2925
 精神:3150
 俊敏:1620
 防御:2250
 運:2250

 ***************************

(えっ?うっそだろ?MP半分以上持ってかれた!)

 薬を作ったときは、確認していなかったけど、そこまでは持っていかれなかったはず。建築の部類に入るからか?レベルが上がっていなければ、やばかった。
 その事実に驚愕を覚えながら、久しぶりにやったからか?それとも呪文を適当にしたからか?とオーガは自分の手を握ったり開いたり、意味のない行動を繰り返してみる。
 ざわざわとした音にそうしてやっと気が付いて振り返り、集まった人を見てオーガはひくひくと頬を引きつらせる。

「オーガ、お前何したんだ」
「いや、だから等価交換の原理を用いて物質を変換変質させただけだけど……」
「本物、か?」

 あん?とオーガがリカルドをにらめば、アレンが慌ててフォローを入れてくる。

「魔法師や魔術師はその技能が確立されているが、錬金術師は未だにそんな大きなことはできない。そんなの世界の常識だぞ」
「……は?いやだって、錬金術師は居るんだろう?」
「居るには居るが、成功率は20%あればいい方だ」

 そりゃ、MP足りないからじゃね?と単純に思うオーガは、集団を見てため息を吐く。

「えぇー……って、俺悪目立ちじゃね?」

 ざわざわとした人ごみに、ハッとしてリカルドたちも後ろの人ごみに気が付いたようだ。
 ふむ、と考えたオーガはとりあえず、と出来たばかりの馬車に乗り込み、パタン、と扉を閉めてしまった。

「おっ、オーガ!?」
「俺、まだすることあるから。リカルドとアレンはその人たちよろしく」

 リカルド達に投げることにしたようだ。
 おいっ、とリカルドとアレンが文句を言ってるが、無視して魔力回復用のポーションを飲みながら作業に取り掛かる。
 中央に魔石を置く台座があり、四方にも魔石が埋められていた。
 その中心に、ONIの世界で手に入れたキングクラスの魔物から取れる魔石を取り出して書き込みを始める。

(えっと、結界防壁と空気抵抗の軽減、あとはこの馬車の重さ軽減、空間魔法を書き込んでっと……あと空気中の魔力を自動吸収回復、防犯センサー搭載、と)

 オーガは、まだ気が付いていない。
 自分がどんなこの世界にとってすごい技術を持ってこの世界に来たのか。
 そして、今書き込んでいる魔法がどれだけすごいものなのか。
 ぎりぎりまで書き込み、この馬車の耐性をアップさせると、中央に置かれている台座へとその魔石をセットする。
 すると、オーガの視界は白く塗りつぶされた。

「……成功、みたいだな」

 魔石によって出来た空間。それは、居住スペースと言っても過言ではないぐらいの広さを誇る馬車の中身だった。

「さて……作るか」

 布と綿を取り出して、針を持ってチクチクと縫い始めていく。
 錬金術で作ることはできるが、裁縫のレベルはまだ上がることを体が覚えており、無意識のうちに手縫いを選択していたオーガ。
 どれだけ、ONIの世界に毒されているかわかる。
 チクチクと縫い始めて綿を詰めて作っていたのは、三人の寝具。
 三部屋とリビングキッチンがあるこの馬車内部。
 各部屋にはトイレとシャワールームが付いている。まぁ、部屋からは簡易に隠せるようにって言うカーテンレールで隠せるだけの本当に安いアパート並みの簡易な物だが。
 そう言えば、ベッドは……、とオーガがとりあえず自分の部屋にしようと思っている場所を開ければ、そこには畳を敷き詰めた実に日本式のベッドが存在していた。

「……周りの草まで巻き込んだのか」

 書き込みが終わり、セットした瞬間にオーガの魔力を食い、勝手に周りの草を巻き込んだらしい。
 まぁ、オーガのストレージにある物を使って中の空間は快適に過ごせるようにできたから良しとしよう。

「まぁ、いいか」

 その上に敷く布団をざっくりと縫い、綿を詰めてふたをする。
 掛け布団は、毛布でも何でも冒険者なら持ってるだろうと買ってない。
 枕もチクチクと縫い、それを三組各部屋のベッドへとセットして、はぁ、と息を吐く。
 余った布は、それなりしかなくとりあえず一枚分のカーテンだけでもと作ってしまう。

「ちょっと足りないくらいか……まぁ、大丈夫だろう」

 オーガが自分の部屋にそのカーテンを取り付けると、ピンピンに張ったが、使えないことはない、状態になったので良しとする。
 綺麗な布で、クッションを数個作り共有スペースの木で出来たソファーに投げ置き、疲れた、とオーガはベッドに横になった。
 肌寒い気がしたので、ストレージからブラッディーベアーの毛皮を三枚出す。
 解体の魔法をかけ、鞣し終えているそれはとても暖かい。
 タイマー、タイマー、とオーガはステータスの機能についているタイマーをセットして、眠りについた。
 ちなみに、ただいま午前二時。この馬車を作ったのは午後4時頃だったから随分と集中していたようだ。

 ぴぴぴ、ぴぴぴ、と電子音が響く。
 うつらうつらと目を開けると、今日の深夜までかかって作った自分の部屋。
 あぁ、もうそんな時間か、と延びてから部屋を出て、馬車を出る。

「……はやいな」
「お前は今起きたような顔しやがって」
「いや、実はその通りだったりする」

 驚いたと同時に呆れられてしまった。まったく、仕方のない奴だな、と。
 それから、オーガの部屋は、宿屋には戻っていないが一応チェックアウトは済ませてきた宗をを伝えられた。
 有難いことである。荷物は置いていなかったから、別にどうと言うことはない。

「とりあえず、登録しちゃいたいからそこのドアノブ一人ずつ握って」

 馬車のドアノブを指し、オーガはリカルド、アレンの順番で登録していく。

『我、管理者オーガ。使用者を登録。リカルド』
【生体反応確認、魔力波形確認、登録完了いたしました。ストック1、リカルド】

 機械の音声案内のような声が聞こえ、ピーッという電子音が鳴りやむと登録が完了した。
 同じようにアレンもストック2へと登録する。

「ほう、なかなか面白いものを作ったのぉ、オーガよ」

 その声に、げぇええええっ、と言う声を上げるオーガ。
(まぁた、面倒くさいのに見つかった)

「おはようございます、王太子さま?」
「ふむ。我の事はラジュールでよいと言うに。まぁ、よい。この馬車良いな……ふむ、実によい代物だ」

 鑑定をしているのか、オーガの仮面を見透かした時のように透視をしているのか、じっくりと馬車を眺めてからよいよい、と満足そうに頷いている。

「そりゃどーも?」
「おい、オーガお前王太子殿下になんっつー事を!!?」

 オーガをリカルドがたしなめようとして、ラジュールは声を上げて笑う。

「よいのだ良いのだ。我とオーガの仲ぞ。それよりオーガ。我もその馬車で共に旅がしたいぞ」
「断る」
「つれないのぉ。そんなお主だからこそ、面白いのよ」

 ニコニコと笑うラジュールは、オーガにとって得体のしれない人物である。
 それに、ラジュールは王太子。万が一にも一緒に旅をするなんてありえない。

「殿下、そろそろお時間です」
「そうか……オーガよ、それではまた王都で会おうぞ」
「あぁ……待ってるから、無理せずにな」
「おや、心配してくれるのか?嬉しい事よの」

 ほほ、と笑いオーガに近づくラジュール。
 あん?とオーガがラジュールを見つめ返せば、その顔が近づく。

「んっ!?」

 触れた瞬間に、チリリ、とした鈍い痛みが広がる。

「ははは、これは我のモノだという印じゃ。それではの」

 ラジュールは、ニコニコと笑いながら離れていく。
 呆然としていた兵士が何を!?とハッとした時には、何をしておる、とラジュールに呼ばれ不満げにしながらも街の中へと戻っていった。

「……アイツ、今何してったんだ?」

 振り向かないまま、問うが答えは返ってこない。
 そっとラジュールの触れた場所に手をやり、呆然としていた意識が戻ると勢いよく唇を吹いた。

「何なんだよアイツ!?人騒がせな奴だな。そうは思わないか?」

 先ほどまで黙っていた二人を振り返ればはぁ、と深いため息を吐いていた。
 オーガは、自分以上に唖然としている二人を見て返って逆に冷静になる。

「お前は、王太子殿下になんつー口の利き方してんだ。つうか、そう言う仲なのか!?」
「いや、違うけど!?勘違いするなし俺はドノーマル思考の性癖だっての!!それにここ俺の国じゃないし、そもそも王族だからって敬わなければいけないって誰が決めたんだよ?」

 まったく、とオーガは息を吐き、じゃら、と首飾りの一つを胸元から取り出した。

【召喚:レティ】

 首飾りについた魔石が輝いたと思ったら、ものすごい風が吹き、木々を揺らした。

「はぁあい、レティちゃん参上っ!てねぇ。呼び出すのが遅いのよ、オーガちゃんは」

 元気よく飛び出してきたと思えば怒り出す、黒髪長身で、和洋折衷の衣装を着ている犬耳と尻尾をはやした美男子がそこには立っていた。
 オーガは彼を見て、はぁ、とため息を吐いた。

「この世界に飛んだ時点で私を呼びなさいよぉ!全く、その辺の危機管理能力ガラクタ以下なんじゃないの?」
(何でこいつ呼び出しちまったんだろ?マリスとか、スー……は引けないか)
「あぁー!オーガちゃん今呼び出す相手間違えた、とか相変わらずうるせー奴だとか思ったでしょー!ひっどぉーい!」
「じゃあそのオネェ言葉やめろよ、レティ」
「あら、似合ってるんだからいいじゃない」

 まったく失礼しちゃうわ!と怒るレティ。外見は美男子、本当に美男子。中身は、超オネエと言う特性を持つ、オーガの契約獣である。
(いや、ホント外見見てるだけで腹が立つ。なんで俺、こいつ拾っちゃったんだろ?)

「それで、オーガちゃん。後ろの二人は、紹介していただけないのかしらぁ?」
「あぁ……お前紹介するの?えっ?」
「何その嫌そうな顔!!オーガちゃんのお願い、引き受けてあげないわよ!?」
「悪かった、悪かった。はぁ……厳つい顔つきの兄さんがリカルドで、金髪イケメン爆発しろな奴がアレンだ。んで、二人ともこいつが」
「ダークフィンリルのレティちゃんよ?よろしくねん」

 うふ、と笑うレティを二人はぽかん、と見つめる。

「ダークフィンリル?おいおいおい、伝説上の神獣がこんな所に居るってのかよ?」
「あら、そうよん?後で、本当の姿見せてあげるわぁ」
「獣人じゃなくて、神獣?なんの冗談だよ」
「俺も最初は冗談かと思った」

 オーガとレティ。これでも長い付き合いである。
 出会ったのは、とある森の中。レティは小さな子供であり、少し先天性の疾患を持っていた。
 それを、まぁいいかと拾って錬金術で作った魔法薬の実験台にした。ちなみに、非人道的な行いは全くしていない。
 今では、その魔法薬のおかげか、体も心も丈夫に育った。
 レティと言う名はオーガが適当につけた名前である。オスだとは思ってもみなかったので。
 その名前のせいか、育つにつれてオネェ言葉で話すように……。
 ちなみに、神獣種だなんて夢にも思ってなかった。鑑定を取得した時、ノリでレティを鑑定して発覚したのだが。

「まぁ、いいから元の姿でこの馬車引いてくれ」
「えぇー?私って、馬車馬じゃないんだけどぉ?」
「後で、ワイバーンの肉分けてやるから」
「えっ?本当?やったぁ!じゃあ、仕方ないから引いてあげるわぁ」

 ぶわりと風が吹き、先ほどの青年が居なくなると同時に一匹のフィンリルがそこに現れる。

「もう、何も驚くまい」
「これ以上なんて、ないよな?」
「さぁ?」
「普通、馬車を引くならスレイプニルとかだと思うだろ……」
「それは偏見だろ。それより、行者は俺かアレンでするから。アレン、そこの屋根ついている場所がそうだから。んで、レティに指示出してくれればその通りに走る」

 そこ、と示されたのは、本来ならむき出しの状態であるはずの行者の座る位置。
 しっかりとした柱と屋根が付いていた。
 バランスは、まぁどうにか取れている。
 そもそも、馬ではないし意思の疎通ができない生き物でもない。
 外にいて、方角を示さなければいけないわけでもなかった。

「んじゃ俺、もうひと眠りするから……」

 そう、オーガは馬車の中へと消えていく。
 微妙な顔をしながらリカルドはオーガを追いかけ、馬車の中へ。

「……えっと、レティ?よろしくな」
「えぇ、もちろん!アレンも案内よろしくねん」

 ハートが付きそうなくらい甘く野太い声でレティがノリノリで答える。
 そんなレティにアレンは、今日一番のため息をそっと吐いた。

 一方、馬車に乗り込んだリカルドは、その内装に”なんっだこりゃー!?”と言う叫びを上げたのだが……完全防音と言うより別次元にいたリカルドの声はどこにも……いやオーガにしか届かなかった。

「うるせーよ」
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