イスティア

屑籠

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第一章

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 早朝からギルドに顔を出したアレンとオーガ。二人は、C、Bランクの依頼を物色していた。ふと、二人は、とある依頼に目を止める。
 山奥に陣取る、ワイバーン。知性が低いものの、あまり人前に姿を現すことのない下等竜種。
 そのワイバーンが、一年に一度、繁殖期を迎えると、稀に群れからはぐれ、人里に降りてくることがある。
 繁殖期、と言うのは春先のこの時期であるという。
 知らせが届いたのは、昨日オーガがリカルドたちと話している最中だと言う。
 そして、Bランククエストとしてワイバーンの討伐が上がっていた。

「ワイバーンか……どうする?」

 今は、リカルドと離れているせいか、綺麗なアレンである。

「どうするって……報酬も金貨一枚って破格だし、やってもいいけど」

 よくよく依頼を確認して、うなづきを返す。
 Bランク限定っていう訳でもないし、今はパーティーを組んでいるから、Bランククエストなら余裕で受けられるだろう。

「なら、受付するか」

 アレンは、Cランク以上の受付へと並ぶ。その姿は、本当にいつものアレンで、周りからもきゃーきゃーと言われている。特に女性。まぁ、リカルドの傍にいるときは本当に変態だが。
 Sランクの依頼を受けるなら、まぁまた別の窓口があるらしいけど……ランクを上げるつもりの無いオーガがSランクの依頼を受けることはないし、元々冒険者として生計を立てていくつもりもない。
 ただ、金が必要になったから、と言うか自分の金が一千残らずなくなってしまったから、とりあえず冒険者として依頼を受けているだけである。

「えっと……お二人で、ワイバーンの討伐ですね?」
「あぁ」

 そっけなく返しても、受付のお姉さんは、ちゃくちゃくと仕事をこなしていく。
(そうそう、仕事は仕事なんよなぁ……)
 仕事にも、私情を挟んで邪魔してくる奴らとか居るから、とオーガはため息をはいた。
 全く持って、受付嬢に対する当てつけとかじゃなく。思い出しため息と言うやつか。
 受付が完了して、お気をつけて、と送り出される。
 さて、仕事仕事、とアレンと一緒に街の外へ出た。

「とりあえず、確認されてるのは三羽だけだな」

 早く済みそうだ、とアレンは言うが、オーガには少しだけ嫌な予感もあった。
 レイドボス的なモンスターとかそんなんじゃない。何か、こう……人為的な問題が、気になる。

「とりあえず、目撃されたのは東の森か。行ってみるぞ」
「……なんだろう、本気で行きたくない」

 あぁ?とアレンがオーガを訝しむ目で見るが、げっそりと何故かしているオーガにそれ以上詳しくは聞いて来なかった。
 勿論、依頼を取りやめるとも言わないが。

「何を心配してんのか知らないけど、それならパッと行ってパッと帰って来るぞ」
「あぁ、はいはい」

 あぁ、やる気が出ない、と言うか近寄りたくない、とそちらにいやいや足を向けるオーガ。
 アレンはそんなオーガの抵抗を諸共せず、連れていく。
(強者だ、強者が此処に居る……)
 はぁ、とあきらめて普通に歩き出せば、街道で空を飛んでいる一羽のワイバーンを見つけた。

「ん?アレ、何か襲われてないか?」
「……残念なことに、俺にもそう見える」

 護衛が、やっとの所でワイバーンと対峙している。
 アレンと顔を見合わせた後、はぁ、とため息を吐いたオーガは、そちらへと駆けた。

「ワイバーン、三羽ってこいつらか」
「そうそう。俺たちの飯のタネ。さっさと終わらせて、リカルドに会いに行くぞー」
「うっざ」

 一羽ずつ、ワイバーンを引き受け、はぁ、とため息を吐いたオーガ。
 冒険者だと分かったのだろう、向こうの護衛も少し安堵したような表情になる。

「こちらは引き受けます。すみませんが、一羽、少し時間をください」
「おお、冒険者か!恩に着る!」

 よくよく見てみれば、馬車の護衛も少しやられたみたいだ。
 はぁ、とため息ばかり吐くオーガは、剣でワイバーンと対峙しながら、パチン、と指を鳴らした。

【癒しの輪】

 魔法が発動すると同時に、馬車の周りを緑の光が囲み、その内側に居る人々の傷が癒えていく。
 回復魔法の、中位クラス。それで事足りるだろう、と言うオーガの判断である。
 ちなみに上位クラスともなれば、色々と制限はあるが、死人すらも蘇らせることができる。回復魔法とは奥が深いものだ。

「ありがたい!!」
(声でかっ、うるさっ)

 基本引きこもり系のオーガには、体育会系の騎士の言動がとてもうるさく感じたようだ。
 怠惰で金の亡者で、普通よりは不細工な顔で……あれ?オーガの良いところって何ですか?
 守りながら戦うのは、少し面倒くさそうなので、少し頭の中で魔法式を組み替えながらもう一度パチン、と指を鳴らした。

【護法】

 こちらも、中位クラスの魔法であるが、普通のワイバーンであればまず破ることは不可能だろう。
 ちなみに、攻撃魔法には第何位魔法と付くが、回復魔法や防御魔法、支援魔法については、第何位ではなく下位、中位、上位の三段階で区分けされている。
 分かりにくい。

「あっ」

 ふぅー、とため息を吐いたところで、オーガは油断して、ポーンとワイバーンに弾き飛ばされる。
 装備のおかげで、無傷だが、あぁ、失敗失敗、と頭を掻いた。

「オーガ!!」
「あぁ、大丈夫、大丈夫。はー、だるい」

 だー、久しぶりに剣使うな!とオーガはとりあえず、目の前の敵に集中することにした。
 空から渦をかける様に襲い掛かってくるワイバーンを、オーガはとてもよく見る。
 よく見て、よく見て、ここだっ!と思う瞬間に剣を抜いた。

【華立流抜刀術 第一式 一閃】

 華立流抜刀術、とはONIのとある国で教えてくれる抜刀術である。
 日本によく似た国に設定されており、過ごしやすかった。
 そこの華立流の道場へと頼み込んで教えてもらった、剣術スキルである。
 一応、秘奥義まで教えてもらったが、果たしてこの世界で使い物になるのだろうか?と心配していたが、余計なお世話だったようだ。
 問題なく、使えるようである。まぁ、このスキルが使えたところで、今のオーガはレベル一であり、どれだけダメージを与えられるか分からなかった。
 その点は、武器とスキル、そしてレベル50までこのキャラを育てていた影響だろうけど。
 抜刀術を出し、ワイバーンの首はすぱんっ、と切れて落ちた。

「ふー、問題は無いようだな」

 オーガがそれを呟くと、くるり、と振り返る。
 アレンは、もう少しで息の根を止めれそうで、問題は護衛の方の騎士だろう。
 ワイバーンの死体をストレージにしまうと、とんっ、とオーガは地面をけり、騎士の方のワイバーンを引き受ける。

「アンタら、ここまで来るまでにどれだけ消耗してんだ」

 たっく、とワイバーンのヘイトをオーガは自分に集める。
 いや、単純に自分しか目に入らないようにした、と言った方が正しい。

【集目】

 文字通り、指定した範囲の敵の注意を引くスキル。
 注目を集めれば、その分周りには目がいかなくなる。
 ワイバーンとにらみ合いながら、しっしっと、まるで犬を追い払うかのように手を振るオーガ。
 まぁ、居ても邪魔なだけだ、と口で言わないだけマシなのかもしれないが。
 騎士に対して、そこまで無礼にふるまえるのもオーガたるゆえんなのかもしれないが。
 それでも騎士は、かたじけない、と馬車の近くへと戻っていく。
 まぁ、馬車の御仁を守るためにここまで来たのだろう。最優先は、その御仁なのだから間違ってはいない。
 ふー、とにらみ合いをしながら、オーガは一匹は殆ど傷のないまま採れたしなぁ、と考える。
 勿論、解体のスキルを使えば、別に何の問題もないのだが。
 それをやるにしても、周りの目が気になる。今は特に、アレン以外の目もあることだし。
 はぁ、とため息を吐いて、もう一度ワイバーンに向き合う。
 騎士たちの奮闘もあって、少し動きの鈍くなっている様子。
 それに、あちこちに切り傷があり、あまり素材としては期待できそうもない。
 なら、いいか、とオーガは杖を取り出した。
 流石に、第五位以上の魔法を使う時には、杖は必要になる。
 その杖の先端でくるくると空に円を二、三度書いてからとんっ、と杖の反対側を叩く。
 すると、空中につららが何本も現れた。
 そのつららは、ものすごい勢いをつけて、ワイバーンへと飛んで行く。
 ワイバーンは避けようとするが、無数のつららが襲い、その身を貫いた。

【氷塊地獄】

 そう名付けられたその技は、確実にワイバーンの命を奪ったのだった。
 ふー、とため息を吐いてオーガはそのワイバーンもストレージへと仕舞う。後でアレンに処理してもらうつもりだ。
 パーティーメンバーだから、オーガが倒した魔物もアレンのギルドカードへと記録されているが、何があるか分からないから、と言う意味で。

「そっちも終わったか、オーガ」
「あぁ。お前の方もな」

 そう言いながら、オーガはふー、と息を吐いているアレンの傍で横たわる最後の一体も収容した。
 依頼数は達成しており、帰るか、と街の方へと歩き出そうとしたところで、後ろから呼び止められる。

「待て、そこな冒険者」

 この声は、騎士の誰の声でもなかった。と言う事は、あの馬車に乗っていた御仁の声、と言う事。
 振り返りたくないが、振り返らなきゃいけないだろう。
 ぎぎぎっ、と言った態度で振り返るのを極力辞めたいオーガをアレンがさっさとその御仁へと向き直らせ、膝を付かされてしまう。

「(オーガ、行儀よくしてろよ)」

 と、何故か小声でアレンに釘を刺されたオーガ。
 何故?と言いたいが、目の前の銀糸に褐色の肌、そして赤い瞳を持つ御仁に蛇のようににらまれては、言い出すことすらできない。
 早く、早くこの場を去りたいと切に願う。彼の身なりからしても、権力者であることは明らかだからだ。
 権力者にかかわると、ろくなことがない、と言うのはライトノベルでお決まりの展開だろう。
 絶対にいやだ、と思っているが面白そうにその赤い瞳が細くなったところでだらだらと冷や汗をかく。

「そちらのお陰で、助かった。例を言うぞ」
「いえ、こちらも依頼をこなしただけですので。被害が少ないようで何よりでした」
「うむ。よく見れば、そちはSランク冒険者と名高い、アレクライン殿か。そちらは?」
「我がパーティーメンバーの一人でございます、王太子殿下」

 めまいがしたのは、気のせいではないハズ。

「(お、おおおぅ、おう、オウタイシ?デンカ?)」
「(黙ってろって、頼むから)」

 アレンも面倒くさいことが苦手なのだろう。
 黙ってろ、と釘をまた刺されてしまった。
 と言うか、何故こんなところに、王太子が居る?
 とオーガはだらだら汗を掻きながら、思う。
 美形で王太子、勝ち組だ!敵だ!と、そう!敵を目前に手も足も出ないような、そんな感覚。

「ほう、名は何と申す?」
「オーガにございます」
「何故そちが答えるのだ、アレクライン殿。我はその方、オーガとやらと話がしたい」
(物好きなぁあああああああ!!!!)

 ぐったりと頭を下げたまま、内心でウソだろ!?と頭を抱えるオーガは器用なのかどうなのか。

「いえ、そのオーガは……酷い人見知りでして……」
「先ほどの戦闘では、我が騎士たちに声をかけていたではないか。どれ、顔を上げて見せよ」
「先ほどは、気分が高揚していたせいでしょう。ご容赦ください」
「なら、顔を上げて見せるだけでよい」

 尚も断ろうとするアレンを、オーガは止めた。
 これ以上言葉を重ねるのも不敬に当たるかもしれない、と。
 そろそろ、と顔を上げれば、若手の騎士なのか、それとも殿下至上主義者なのか分からないが、オーガの顔を見て叫び出す。

「殿下の御前にあって、仮面で顔を隠すなど不敬な!!」
「よい、顔を上げて見せるだけでよい、と言ったのは我ぞ。それに……オーガとやら、そちは中々に面白い顔をしておる」
「えっ?」

 オーガの顔を見られるチャンスかも、と思っていたのか、アレンはちらっとオーガたちを見ていた。
 が、予想外に、にこりと笑った殿下に、アレンも驚いたようだ。
 それに、オーガの顔は不細工よりと言われる顔。それを面白い顔をしていると言われれば、当然、殿下の美的感覚も疑ってしまう。
 王族故に、そう言った情操教育もちゃんとされてそうだけど。

「我は、先天的に透視が使える。仮面など、もとより関係ないのだ」
「しかし殿下、王家の威厳と言うものが……」
「先ほど、我らはこの方等に助けられたのだ。それで、我らのルールを押し付けるのは、違うだろう?」

 ですが、と納得できない、と言いたげな騎士。
 その騎士の背をばしっ、と先ほど全線で戦っていたあの騎士が叩く。

「お前も細かいこと気にする女々しい奴だな!殿下が良いって言ってんだ、良いんだよ!」

 わっはっはっ、と笑う騎士に、何にも言えなくなったようだ。
 キッ、とオーガは睨まれてしまったけど。
(えっ?俺の所為じゃないよね、それ)

「おう、坊主。さっきはありがとうな!おかげで、助かった命もある!」

 ぱちくり、と会話についていけないオーガは、えぇ?と首を横に振る。
 怪我を治しはしたけれど、善意とかそんなんではなく、純粋にワイバーンをそちらに引き寄せられると困るから、と言う戦闘上の判断だったりする。
 だから、あまりお礼を言われるところでもなかった。オーガにとっては、だが。

「ついでだ、礼はする。フルフラの街まで付き合ってくれんか?」
「かしこまりました」

 ちらっと、アレンがオーガを見たが、これは断れる雰囲気でもないだろう。
 はぁ、とため息が知らず知らずこぼれた。

「オーガとやら、車の中で話し相手になってくれぬか?」

 これすらも、王太子から。断れるはずがない。
 よ、喜んで、と声になったかどうかの怪しい声で、返事が辛うじてできた。
 殿下が先に馬車に乗り、アレンは外で騎士たちと、オーガだけが殿下と一緒に馬車に乗ることになる。

「そう、緊張するな。私は、ラジュール・I・A・シーファ。この国の、第四王子であり、今は王太子だ」

 周りの目が無くなったからか、殿下、ラジュールの話し方は、とてもフランクなものになっていた。

「……第四王子?」
「あぁ、我の母が正妃での。正妃腹の長子が代々王に付く決まりになっておる。まぁ、そうやって決めないと王なんて誰もやりたがらないのだ。仕方ない事だの」

 ラジュールが言うには、この国はシーファと言う名で、この国の王家の血はとにかく権力が嫌いみたいで、王様がやりたいという奇特な者が居たら変わってほしいと嘆くくらいに。
 シーファの悪夢、とまで呼ばれるほど、その血筋は統治者としては素晴らしいのだが、何分やる気がないとのこと。
 先ほどの騎士も、一生懸命守ってくれたが、と遠い目をしてラジュールは言う。

「我がワイバーンどもを片付けた方が早かっただろうに、体面ばかり気にしよって」
「……たしかに、殿下の方が強そうだ」
「強そう、なのではない。あやつらよりも数倍強いわ」

 自信ありげに言うが、どういうことだ?と首をかしげてみると、それは内緒だという。
 ラジュールの体は、ほっそりとして見えるが、きちんと鍛えられているところは鍛えられており、そして何より先ほどの騎士たちと比べて、オーラがすごい。
 強い、と自負するだけはあると思う。
 それより、とずいってラジュールが顔を近づけてくる。

「その顔、触っても良いか?」
「えっ?あっ、あぁ、どうぞ?」

 面白いものでもないだろうに、こんなおっさんの顔を触っても、と思いつつ好きにさせる。
 勿論、仮面は外さないで。
 それでも、触るのであれば十分だろう。

「ふんふん。本当に、お主は面白い造形をしておる。もう少しできれいな配置になるのに、全てが残念だ」
「俺が残念みたいに言わんでください」
「あぁ、悪いな」

 くすくすと笑っているが、絶対わざとだろうことは明らかだった。

「しかし、パーツがきれいでも、配置でここまで残念になるなんてのぉ……うむ、人にはいろいろあるのだな」
「アンタ、失礼過ぎるだろ!!」
「あぁ、すまぬすまぬ。私は、あまり人とこうして接することがないから、距離感がどうも苦手でな。腹の探り合いなら、面倒だができるが……」

 どうもな、とオーガから離れてふむ、と考えだすラジュールに、オーガははぁ、とため息を吐いた。

「気の置けない友でも一人作ればいいんじゃないですか?」

 もう、不敬だなんだと気にせず、いつも通りに接する。多少、言葉遣いには気を付けるが。
 気を張るだけ、面倒だと気が付いたからだ。

「気の置けない?気が置けなかったら、大変だろう?」
「違う、そういう意味じゃない」
(こう言うところは、翻訳機能ねぇのかよ!!)

 日本語の難解さについて触れたみたいで、頭を抱えてしまう。

「気の置けないって言うのは、えぇっとつまりは、仲のいい友人でも作ればって事」
「何で気の置けない?それだったら、気を置ける人だろう?」
「何で俺はここにきて、日本語講座なんてしてる……」

 ため息を吐き、頭を抱えながら、オーガは答える。
 日本語は、世界各国の言語の中でも難しい部類に入ると聞いたことがある。
 私たちが普段使っている日本語も、説明するときは大変なんだと思い知らされることになるとは。
 話せるのと、説明できるのは違うらしい。

「気の置くってことはつまり、相手を気遣う事。気の置けないって言うのは、気遣う必要のない本当の友人って事」
「ほぉ、そうなのか。所で、ニホンゴとはなんぞ?」
「俺のいた国での、言語です」

 ほぅ、とラジュールがにやり、と笑う。

「オーガ、お前に合わせたい奴らがおる。この街での用事が終わったら、一緒に城まで来ぬか?」
「えっ?普通に嫌だけど」

 何が悲しくて、城なんて面倒なところに行かねばならん、と絶対嫌だ、と首を横に振るオーガ。
 そんなオーガに、またもやラジュールはクスクスと笑った。
 これもまた、からかわれていたのだろう。
 ラジュールにはそんな気は全くなかったのだが、そう取られても仕方がないのかもしれない。

「オーガは良いな。面白い!会えなくなるのは、残念で仕方がないの……」
「仕方ない。俺とお前は立場が違い過ぎる」
「だとしても、だ。王族に生まれたからには、民の暮らしも知らねばならんと言うに、気軽に外出することもままならんとは」

 王族とか、お偉いさんにはお偉いさんの悩みってもんがあるんだろうな、とオーガは思うが言わない。
 言ったところでどうにかなるものではないから。
 そもそも、オーガはきっとこのラジュールとも友達にはなれないだろうし。
 ラジュールが少し考え込んでいると、馬車が止まり、コンコンっ、とノックされて扉が開く。

「領主館へ着きました。どうぞ」

 馬車が止まった場所は、貴族街にある城。これが、領主館だというから、王城はいったいどんなものなんだろう?と戦々恐々としてしまう。
 安易に、行きます、とか答えなくてよかったー、とひとまず安堵しながら、オーガは馬車を下りた。
 降りた先では、アレンがオーガの手を取る。

「オーガ、何か失礼はしなかったか?何か変な事聞いたり、殿下に何かしたり、されたり、してないだろうな?」
「お前は俺の母親か!!」

 何故だろう、こんなに何故心配されるのだろう?とオーガはため息を再び吐いた。
 今日だけで何度ため息を吐けば気が済むのか。そもそも、オーガの幸せはどこに飛んで行ってしまっているのか。
 甚だ疑問である。

「保護者には変わりないだろう?」

 何を今さら、と呆れた顔でオーガを見るアレン。
(こんな保護者やだよ!!)
 と叫びたかったけれども、人前だと言う事を思い出して思いとどまるオーガ。
 案内されて、二人は応接間へと通された。

「(俺たち、普通に依頼をこなしただけだよな?何でこんなところに居るわけ?)」
「(さぁ?)」

 ラジュールが、フルフラの領主との話が終わるまで待っていてくれ、と案内されたのがこの応接間。
 二人とメイドしか居ない場所で、はぁ、とため息を吐いた。
 暫く、領主館の高そうな紅茶を楽しみながら、ラジュールの訪れを待つ。

「待たせたのぉ」

 バーン!と扉をあけ放ちながら現れたラジュールに二人とも目を丸くする。

「……ノックして、心臓に悪い」
「おいこら、オーガ!!」

 小声でたしなめられるも、いや心臓に悪かったのは本当だから、とオーガは取り合わない。

「いや、すまんすまん。つい、気が急いてしまっての。それはそうと、此度本当に助かった。しかし、礼がしたくても今の私は公務の身でな。手持ちがないのだ」

 にやり、と笑うラジュールに嫌な予感を隠し切れない。

「そこでだ、態々足を運んでもらうことになるが、王都の城まで来てもらう事は可能かの?」
「はっもがっ!!」

 嫌だけど、と言いかけたところで、隣にいたアレンにオーガは口をふさがれる。
 にこにこと笑っているが、アレンの額には青筋が見える様だ。

「えぇ、もちろん。我々も、王都へと向かう予定でしたから。しかし、そこまで気を砕いていただかなくても結構ですよ?我々も冒険者であり、依頼を受けてあの場に居たのですから」
「勿論、それは分かっておる。気持ちの問題じゃ」

 気持ちの、と言いつつそれって私利私欲混ざってないか?とオーガはアレンの手を離しながらため息を吐く。

「不服そうだな、オーガ?」
「アンタ、全部分かっててやってるだろ」
「はっはっはっ、まぁ城に居てもこれと言った娯楽もないものでな。オーガが来てくれるとなれば、日々が潤うそうでな」
「俺はアンタの娯楽じゃねぇ」

 オーガ!!と心配そうな顔をしているアレンにオーガはひらひらと手を振るだけで答える。
 ラジュールの後ろの騎士が、不敬な!!と怒り出しそうなのを、ラジュール本人が片手で止めてしまう。
 ラジュールは本当に楽しそうに笑っている。

「城に、勇者が現れて以来の潤いだ」
「勇者?」

 勇者?と首をかしげるオーガ。
 そう言えば、前にアレンも同じような事を言っていたな、と思い出す。
(五大陸に二人ずつ居るって、事はつまり……この国にも二人いるって事か)

「そう。あの者たちも、中々に面白いものたちでな」
「へぇ……そこで何で俺?」
「オーガは、あの勇者たちとどこか似ている気がしてな」
(似ている……ということは、勇者たちと言うのは、ONIのゲームから来たのか?)

 勇者、と呼ばれている者たちに会ってみたくなるオーガ。
 だが、城に行って面倒ごとを引き寄せるのはごめんこうむりたいところ。
 こういうの、ラノベによくあったなぁ、としみじみ思いながらこの先どうするか考える。

「……俺、だだっ広い土地が王都に欲しいんだけど」

 ほぅ?とラジュールは目を細めてオーガを見る。
 オーガは、少し睨み上げる様にラジュールを見た。
 アレンは、おいおいおい、と焦ったようにオーガとラジュールのやり取りを見てる。
 他の護衛もピリピリとしていて、どうにもこうにも部屋の中が殺伐とした雰囲気になっていた。

「広い、と言うのはどのくらいかの?屋敷が建っていてもいいか?」
「そうだな……とりあえず、家と畑が作れるぐらい」
「畑?」

 王都で畑づくりをしようと言う奇特な輩は早々居ないのだろう、面白そうにラジュールは目を細めて笑う。

「そっ、薬草畑。あと、簡単な野菜も。木も植えたいから、結構広いほうが助かるんだが」
「ふむ……我が王都に戻ってからで良ければ、紹介しよう。治安は少し悪いが、とっておきの場所がある」
「治安については、言及しない」

 寧ろ、好都合かもしれない、とうんうんとうなづく。
 リカルドもアレンも、弱くはない。ゴロツキに負けるとは思えない。
 まぁ、ゴロツキが強そうだとしても、鍛えればいいだけだ。
 それに、Sランク冒険者のアレンを態々襲う輩が居るとは思えない。
 居ればまさに、奇特な輩だ。本当に。
 こんな面倒な人種を襲う気になるなんて。

「あと、店をやりたい。何か手続きなんか居るのか?」
「店って、なんのじゃ?」
「薬草と言ったら、薬屋だろう。まぁその他にも置くし、雑貨屋だな」
「そうか。その辺はギルドに任せてあるから、王都の商業ギルドに顔を出すとよい」

 紹介状を書いてあげる、と一人の従事に用意させた紙にさらさらと書き、最後に多分ラジュールの印なのだろう。
 きらきらと光らせ、押す。

「これは魔術印じゃ。間違いなく、我の紹介だという証よ」
「へぇ……そんなん有るんだな。ありがと」
「いいや。これで、城まで遊びに来るというのなら安いものぞ」

 そういうもんかね?とオーガが思っていると、後ろの護衛も、アレンも顔を青くして首を横に振った。

(((ちっがうから!!!)))
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孤児院育ちの娘ジゼルは、王族の一員でもある美麗な青年、ロイド・ジルヴィス公爵の居城で、メイドとして働いていた。ロイドは芸術に造詣が深く、舞台衣装や婦人用ドレスを手がけるデザイナー兼経営者としても有名だ。そんな多忙な主人のもとで働くジゼルは、ある日、ひょんなことから『立ち入り禁止』と通達されている一室をのぞいてしまった。そこに並べられていたのは、思わず赤面するほど淫らな衣装の数々で……!「もしかしてこれって……、し、下着――ッ!?」「その通り。それは僕が考案した女性用のセクシーなランジェリーだよ」「ぎゃあああああッ!!」主人の秘密を知ったジゼルの運命やいかに…… ■R-18指定作品。軽めの描写には☆、本番行為やそれに準じると判断した描写が含まれるときは★をつけます。 ■ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。

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