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一章 俊樹×篤志

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 目が覚めて、篤志は最初に目に入ったのが俊樹の顔で、とても驚いた。
 眠る前の記憶は何だか曖昧で、あまり覚えていない。何だかとても恥ずかしいような気もするが、何が恥ずかしいのか、何が悲しかったのか、よく分からないが、そんな感情だけが残っている。
 俊樹を起こさないように移動しようかと思ったが、俊樹の腕が体に絡みついていて、そこから抜け出すのは不可能のように思えた。
「と、俊樹さん、起きてください。俊樹さん?」
 声をかければ、ゆっくりとだが俊樹は目を覚ました。
 その事にホッとして、息を吐き、目を開けた俊樹にもう一度呼びかける。
「俊樹さん、おはようございます。いつの間に寝てたのか分からないんですけど……」
「覚えて、ないの?」
 はい、と篤志が頷けば、そっか、と少し安堵したように俊樹は答えた。
 覚えていた方がよかったのか、覚えていなくてよかったのか、それは分からないけれど。
「俊樹さん、ご飯食べました? 俺、作り終わったのは覚えてるんですけど、食べた記憶もなくて……」
 気がつけば朝だし、と時計を見て篤志はため息を吐いた。
「ご飯……食べてない……お腹すいたよ、篤志ぃ」
 完全に目が覚めたのか、俊樹の腹からグゥッと音が鳴る。
 それに釣られたのか、篤志のお腹も鳴った。
 二人で笑いながら、とりあえず昨日作ったご飯を食べる事に。
 俊樹は、先に行ってて、と篤志を寝室から出すと、昨日の惨状のままのクローゼットを手早く片付ける。
 あまり物が出されていなかったのが幸いして、怪しまれる前に何とか片付けられただろう。
 寝室を出れば、ご飯を温め直していた篤志が振り返り、もう少しだからと笑う。
 あぁ、幸せだなって、俊樹も笑った。
「あぁー、明日からまた頑張らなきゃいけないのかぁ……」
 俊樹の仕事は、あまり期限が無いけれど、それでも働かなければ生きていけない。
 まぁ、彼の場合不労所得があるので働かなくても生きてはいけるが、伊藤が催促に来るだろう。それに、俊樹は篤志をめちゃくちゃに可愛がりたいし、甘やかしたい。
 そのために必要であれば、働くことも苦ではない。苦ではないのだが、仕事中はどうしても篤志と離れなければいけないのが、苦痛だ。
「俊樹さんは、どんな仕事をしてるんだ?」
「俺の仕事? 簡単にいえばデザイナーだね。オメガ街にもおりていたと思ったけど、WMっていうブランドなんだけど」
 知ってる? と俊樹が笑えば、篤志はとても驚いていた。
「知ってる。俊樹さんが、WMのデザイナーだったなんて……俊樹さんはすごい人だったんだな」
「俺はそんなすごい人じゃないよ。ただ、こう自分のアイディアが形になるのが凄く楽しかったからそれを続けていただけ」
 押し付けられるのが嫌だから、全部吐き出してしまいたかった。
 集中できるものが、それだった。ただ、それだけ。
 篤志の言うように、すごい人、なんかじゃ決してない。
「でも、それを喜んでいる人がいるって、凄いことだと俺は思う。誰かが笑顔になれる仕事を俊樹さんはしてるんだなって」
 俊樹は、そのセリフに顔を覆って俯いてしまった。
 勘弁してよぉーと小さく聞こえてくる。
「篤志は、俺を煽てるのが上手いね……お仕事頑張ろぉ」
 アルファなんて単純なもの、番のオメガに言われて仕舞えば、何だって出来てしまいそうなきがする。篤志は何が何だか分からないような顔をしてるが、俊樹は自分が単純な生き物だと言うことに内心、苦笑する。
「篤志のために、早く終わらせるからね」
 そうして篤志にキスをしようとした瞬間、ピンポーン、とチャイムが鳴った。
 鳴ったことで固まった篤志に、俊樹は気にせずキスをする。
「と、俊樹さん、チャイム鳴って」
「気にしなくていいよ、今日は来客の予定もなかったはずだしね。番の邪魔をするやつは、馬にでも蹴られれば良いんだよ」
 なおも鳴り続けるチャイムに、イライラとしてきた俊樹が痺れを切らしてインターフォンで出ると、画面には伊藤の姿が映し出されていた。
「何、昨日に引き続き俺と篤志の大事な時間を邪魔しにきたの?」
『俊樹さん……』
 昨日のことは、本当に悪いと思っているのか、伊藤は画面の向こう側で意気消沈している。が、何度もチャイムを鳴らしていた、と言うことは用事があるのではないのか? と思う。
 俊樹は扉を開けようとしない。伊藤は、鍵を持っているはずなのに、使おうとしない。
 それは、俊樹の許しを待っているとしか思えないが、どうして伊藤はそこまでするのだろう? と伊藤と俊樹の関係に複雑な気持ちを抱く。
 不意に、篤志が俊樹の服を引っ張ると、俊樹はとてもびっくりした顔をして篤志を見て、それからふわりと微笑んだ。先ほどまで険しい顔をしていたと言うのに。
「俺の番が可愛い……篤志が俺の番だよ、最愛の番ちゃん。はぁー、可愛い……」
「……俊樹さんは、その……変わった趣味をしてるな」
 ひどいなぁ、と俊樹は篤志を抱きしめた。
 オメガにしては大きな体も、俊樹が抱きしめればその腕の中にすっぽりと入ってしまう。
 コンプレックスも、俊樹といれば溶けていくようだ。
『どうして、そんな下賤のオメガをっ!』
 少し離れたところから聞こえてくる声。
 その言葉に、篤志がびくりと体を跳ねさせたところで、ぶつっ、とインターフォンを俊樹が切った。
「びっくりしたねぇ、突然不快な声が聞こえてきて」
 ニコニコしているが、確実に怒っている。
 伊藤の側にいただろう声の持ち主は、誰なのだろう?
 伊藤とはどういった関係で、というか伊藤が連れてきたのだろうか?
 再び鳴り出したインターフォン。煩わしくて、インターフォンの電源を俊樹は落としてしまった。
 となれば鳴り出す電話。伊藤の文字に、俊樹は電話の電源すら落とした。
 さて、これで邪魔するものは何もなくなった! と、俊樹が笑って篤志をソファーへと誘う。映画でも見ようか、とサブスクリプションで見れる動画の一覧を出して、何が見たい? と俊樹が聞いてくる。
 俊樹との時間はとても嬉しいのだが、先程の伊藤とその側にいた人たちのことも気になる。
 果たして、どうすることが正解なのか、篤志は考えあぐねていた。
 とりあえず、俊樹がすることにいなやは無いので、気になっていた映画の配信を見つけて、それが見たいと言った。
 俊樹は、好きに過ごしていいと言ったが、一人で過ごすには色々とあってよく分からなさすぎて、弄ることを諦めた。
 俊樹がこうしてスイスイと操作していくのを見て、やはり俊樹がいる時に一緒に見ようと改めて思う。自分ではここまでスムーズに操作もできないだろう。
「俊樹さん」
 映画が始まります、と言ったところで、玄関が開いた。
 チッ、と俊樹は舌打ちをして、でもそちらへは視線をうつさない。
「何しに来たの?」
 主に捨てられた犬のように、伊藤はしょんぼりとしている。
 普段の姿からは想像もできないほど、落ち込んでいた。
「真木の犬なんか、俺はいらないんだけど」
「申し訳、ありません……」
 伊藤は、真木の一族の中で唯一俊樹に繋がる人物で、信頼されているからだろう。
 伊藤は真木の一族の中で、立場はあまり強くない。だからこそ、利用されてしまう。
 そう俊樹は篤志に話す。
「それで? 何なの? 俺と篤志の邪魔して楽し?」
「……王族が、俊樹さんの番に異議を申し立てています。番である篤志さんの戸籍はすでに王族に知れ渡っています。分家筋であればまだ王族は口出ししてこなかったでしょう。しかし、俊樹さんは真木の次男、王族が口出しする権利もまた、あると言うことです」
 ため息を吐いた伊藤。そして、盛大に再び舌打ちをした俊樹。
 王族と聞いて、篤志は固まってしまった。
 もしかすると、篤志は番を解除されてしまうのかもしれないと。
「うざぁ……だから、真木の家から縁切りするって言ったのに……」
「昨日、真木本家に篤志さんが伺ったことで、真木本家がこの番契約、基、結婚を認めているという免罪符を得て、ご両親が王族に対峙してくださっています」
「へぇ……あの人たちでも役に立つことがあるんだね」
 くそっ、と俊樹は悪態をつく。
「ただ好きな人と平穏に生きたいってだけなのに、真木でいるだけでこうして厄介ごとが増えていく」
「俊樹さん、俺……」
「大丈夫、心配しないで。俺が篤志を手放すわけない。そんな心配はしなくて良いからね」
 凄く不安にかられる。無理やり引き剥がされるんじゃないかって、どうしようもなく、篤志は心を締め付けられる。
「泣かないで、篤志……俺、篤志に泣かれるのは、堪えちゃうから」
「でも……」
「大丈夫。俺は、篤志以外の誰のものにもならないから」
 安心して、大丈夫だよ、そう俊樹は優しく篤志を抱きしめて頭を撫でる。
 こうして、泣くのは二度目だ、と俊樹は篤志を少し悲しい目でみた。
 どうして、大切にしたいのに泣かせてしまうのか。そんな状況ばかりなのか。
「伊藤、それ以上近寄らないで」
 泣き出した篤志に、動揺したのか伊藤が手を出しかけて、動き出そうとするのを止める。
 伊藤についた他のオメガの香りにだろうか? それとも、伊藤のアルファのフェロモンにだろうか? 篤志は敏感にそれを感じ取って体を震わせる。
 ぼろぼろと溢れてくる涙がさらに量を増やす。
 まだ、取り乱していないだけ、マシなのかもしれない。オメガが取り乱すと、真木の一族のオメガならまだわかるが、ベータから生まれたオメガの場合、魔力がどう作用するか分からない。それを意識的に使えるアルファではないから、余計にどうなることやら。
 それに、篤志は俊樹を意識しているし、本能的に自分の番だと思っているが、篤志の本能以外の場所はまだまだだ。俊樹を信頼していない、と言うよりは自分に自信がない。
 それでもいいと思っているし、自分以外のアルファもオメガも近づけたくないとは思う。
 俊樹自身にも近づいて欲しくないが、それは致し方ないことなのかもしれない。
 これを機に、真木の家と距離を置くと言うか本気で縁切りをしようと考える。
「俊樹さん、それは……」
「だって、真木と縁切りしない限りは、色々ついてくるんだろうが」
 実際、真木でいることに全くもって魅力なんかない。
 後を継ぐわけでもないし、その名で苦労はしても、得をした事はない。
 だったら捨ててしまった方がまだマシだろう。
「俺は、篤志以外と番つもりは全くないし、むしろ真木の名が篤志を傷つけるって言うのなら、俺は真木を捨てるよ。それで困ることなんて何にもないしね」
「それを、許されないのもお分かりでしょう」
 俊樹は、真木の家でも少し特別なアルファであった。
 俊樹の兄は、如何にも真木のアルファですといった圭助に似たような性格をして容姿をしている。大体、真木のアルファといえばあんな感じだ。
 のんびりしている様で、苛烈な言動をする俊樹は珍しいと言える。
 真木らしくない俊樹だが、魔力は兄よりも多く、本当であれば俊樹が後継となっていてもおかしくはなく、王族からだって降嫁されるオメガを受け取っても不思議ではない立場である。
 だが、その全てを俊樹は拒絶した。俺は人形ではないのだと言って。そして、真木の家も出てしまった。縁切りまではしていなかったが、それはただただ却下されていただけ。
「真木の誰も俺を救うことなんかできないのに?」
「それは……」
 その特殊性をわかってから、真木は方々手を尽くしてきたけれど、どれも成果は出なかった。
 その間に、俊樹は真木を王族を不審に思ってしまって、一切を信頼しなくなった。
「俺に、王族の飼い犬になれって言うの?」
「俊樹さんっ」
 伊藤は、俊樹を正常な思考に戻したくて声を荒げるけれど、俊樹はこの上なく冷静で頭も冴えていた。
「そんな事を言うなら、王侯貴族全て殺して、篤志を連れてこの国を出るよ」
 伊藤はそれを不可能だとは思わなかった。
 俊樹ならそれをやり遂げてしまうだろうとわかっていたから。
 そんな俊樹に、篤志は手を伸ばす。
「俊樹、さんっ」
「篤志は俺を救ってくれるよ。俺は篤志のためなら、何だってしてあげる」
「俺……俺は、俊樹さんが傷つくのは嫌だ……」
 傷つかないで、いなくならないで、とそれは篤志のオメガとしての本能なのだろう。
 俊樹の胸に擦り寄りながらぼろぼろと涙を流している。
 オメガの本能が表に出ているとき、篤志はずっと泣いていた。
「うん。そっか、うーん王侯貴族全てを相手どると俺も流石に無傷じゃいられないもんね。それだったら、国外に逃亡した方が早いか」
 それがいい、そうしようと準備を始めようとする俊樹を、伊藤が何とか止める。
 一歩間違えれば一対多数の戦争が起きていた事を考えればまだ平和なのだろうが、国外にこの国の王族の弱点のような俊樹を出す事はできない。
「そういえば、何でオメガと一緒にいたの? 浮気? 奥さんにメールしていい?」
「やめてくださいっ! 私だって、こんな事はしたくないんですよ! あれだって命令の一部です! 高貴なオメガであれば惑わされた俊樹さんの心を取り戻せるとか何とかで……」
「バカなの?」
「私に言わないでくださいよ……」
 ひとまず、危機は去ったと伊藤は安堵しながら答える。
 しかし、王族が関わってくる限り、伊藤は断る術を持たないし、俊樹が国を出るというのも終わりが見えないだろう。俊樹は彼らに何の興味もないのだから、諦めればいいのに、下手に関わるから彼の怒りを買うのだ。
 俊樹は、伊藤も王族も許したわけではなかったが、これ以上何を言った所で無駄だと言うことがわかっているから、やめたにすぎない。それに、これ以上は篤志も気にしすぎてしまうだろう。篤志の前でなるべく、ピリピリとした自分は見せたくない。
 俊樹は、別に国外へと出港することは認められている。それは、制限付きのものになり、亡命したとして、それが許される国というのは限られてくる。大抵は、この国に送り返されてしまう。
 国家間のやりとりだから、詳しくはわからないが。
 そろそろと伊藤を帰らせ、ため息を吐いた俊樹。
 不自由な身の上がとても煩わしく思う。これで、俊樹が真木の当主となり、王族に忠誠を誓っていればまた違ったのだろうか?
 そうすれば、俊樹は篤志と出会えていなかっただろう。ただ、無気力なまま淡々と生きているだけ。息をしているだけの人形と変わらない。
「篤志……ねぇ、俺を見捨てないでね。俺、篤志の前でカッコ悪い姿ばっかり見せてるけど……」
「俊樹さんは、いつもかっこいい、けど……?」
 不思議と、篤志はこの人何言っているんだろう?と言った顔で首を傾げる。
 篤志は、俊樹と出会ってから、彼がいつもキラキラと輝いて見えている。
 それがアルファだからなのか、それとも番だからなのかはわからないが、それでも俊樹がカッコ悪いなんて思ったことは一度としてない。
「あぁー、うん、俺は一生篤志には叶わないな……」
「俺、俊樹さんに勝てるものなんて何一つないと思うけど」
「そうじゃない、うん、そうじゃないんだよ」
 でも、そう言った天然っぽいところも、可愛いなぁと篤志に俊樹は癒された。
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