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冬の婚約編

第十二話 祝賀会(4)

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 エリザベス・バルドー公爵夫人。社交界のトップに君臨する、非常に影響力のある女性だ。正直、彼女に憧れたこともある。

 でも夫人は「大のサリバン嫌い」で、お母様がいればお母様を、そして私がいれば私を常に目の敵にしてくるので、いつのまにか気持ちは離れてしまった。

 ここ最近は視界にも入らないとばかりに無視されてきたけれど、あちらから話しかけてくるなんて今夜はどういう風の吹き回しかしら。

 改めてバルドー公爵夫人に向き直り、従順に見えるようほんのりと笑顔を浮かべる。

「お久しぶりです、バルドー夫人。今夜もとてもお美しいですわ」
「それはどうも」

 私の社交辞令など軽く流し、彼女は手元の扇で口元を隠す。しかし、目だけはギラギラとこちらに敵意を向けていた。

「今日のあなたは随分と可愛らしいのね。とてもよく似合っていてよ」

 周りのご婦人方が、それに呼応するようにくすくすと笑った。普段の装いが身の丈に合わないと、暗に揶揄しているのだ。

 確かにいつもはお父様の隣にいるために大人びたドレスを選んでいることは事実よ。でもそれが似合っていなかったなんて言わせない。お父様の美貌を受け継いだ私を面と向かって卑下することができないから、「年齢に合わない」としか言えないんでしょう?

 いつもならこんな皮肉はさらりとかわすのだけど、今夜は代わりにいいことを思いついた。

「今日は父ではなくクラーク様がご一緒なので、侍女たちが頑張ってくれたのです。でもまさか、公爵夫人に褒めていただけるだなんて……」

 瞳を潤ませ上目遣いに視線を返すと、ご婦人方からは笑いが消え、周りの男性からはほうっとため息が漏れた。

「確かに、今夜のサリバン嬢はとても麗しい」
「いつもは凛とした佇まいなのに、やはり年頃のご令嬢らしく可愛らしい一面もあるのだな」

 口々に私を褒め称える声に、バルドー夫人の眉間がぴくりと歪んだ。

 でも、表立って怒るわけにもいかないわよね。まだ成人前の、しかも自分に褒められて喜んでいる令嬢をこき下ろすなんて。そんな度量の小さいこと、社交の女王と言われる彼女にできるわけがないもの。

 ダメ押しでさらに熱のこもった瞳を向ければ、公爵夫人は悔し気な表情を隠すように両のまぶたを閉じた。しかしすぐに目を開け、今度はクラークに矛先を向ける。

「パートナーのためだなんて殊勝なことをおっしゃるのね。この可愛らしさを引き出したのが貴方だなんて、こんなに光栄なことはないわね、レオナルド?」
「僕は何もしていませんよ、公爵夫人。彼女はもともと愛らしい女性ひとですから」

 クラークの返事に、周りがどよめく。

「っ、クラーク様……!」

 ちょっと、それは言い過ぎよ。

 本当は彼を小突いて黙らせてやりたいところだったけど、自ら始めた「初々しい令嬢」の役を脱ぎ捨てるわけにもいかず、黙ったまま顔を伏せた。

 そんな私をどう思ったのか、周りの大人たちはいやに優し気な目線を送ってくる。

 ……まずいわ。公爵夫人にちょっとした意趣返しをするつもりだったのに、何だか私の方が追い込まれているような気がする。

 この場をどうするべきか悩んでいると、バルドー夫人が再び口を開いた。

「レオナルドの言うとおりね。サリバン嬢がこんなにも可愛らしい方だなんて知らなかったわ。髪に挿した蘭も、とても素敵」

 そう言いながらも、扇を握る手に力がこもっている。こちらを見つめる目は、言葉とは裏腹に鋭い。私がこの蘭を身に着けていることが不愉快で仕方のないことだけは十二分に伝わってきた。

「こんな素晴らしい花をどこで手に入れたのかしら?」
「我が家の温室で咲いていたものです。父にも許可を得ましたから、特に問題はありませんよ」
「まあ、そう。お兄様の許可を取ったというのね!」

 その言葉で、夫人が不機嫌な理由がわかった。

 彼女は花好きで有名だから、実家であるクラーク侯爵家の温室もよく訪れているんだろう。この花はきっと彼女のお気に入りだったんだわ。それを大嫌いなサリバンの娘が身に着けているだなんて、そりゃあ怒るわよね。

「私が文句を言う資格はないと言うわけね。あなたの言いたいことはよくわかったわ」

 公爵夫人は激しい剣幕でクラークを睨みつけると、踵を返してその場を立ち去った。

 遠巻きに私たちの様子をうかがっていた聴衆も、夫人が消えてしばらく経つとやがて自分たちの会話に戻っていく。

 まるで嵐が去った後のようで、私はそっと息をついた。それにしても、と隣で笑うクラークを横目で見る。

「いいのですか? バルドー公爵夫人のご機嫌を損ねてしまって。仮にもあなたの叔母様にあたる方でしょう?」
「構わないよ。むしろこれでもかと嫌われて、二度とうちに近寄らないようになればいいんだけど」

 そんなことをさらりと言う。その顔はいっそ清々しいほどで、本当に夫人を煙たがっているようだった。

 横顔を見上げながら、ひっそりと思う。

(あんなに気を付けていたはずなのに、また仮面がはがれてきてるわよクラーク)

 ひょっとしたら彼の本音が聞き出せるかもしれない。婚約についてどう思っているのか。そして、私のことをどう思っているのか。

 何故かこちらの方が緊張してきて、握った手に力が入る。

 国王王妃両陛下の訪れを告げるファンファーレが鳴り響いたのは、その時だった。



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