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冬の婚約編
第七話 対峙 (1) (アルバート視点)
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「相変わらず、でっかい屋敷だよなぁ」
目の前にそびえるクラーク邸を見上げて、誰ともなしにつぶやく。
あまりの大きさに、子供の頃はこの屋敷で迷子になったら二度と外に出られないんじゃないかと、本気で怯えていた。
幼少期の刷り込みとは怖いもので、ここに立つといまだに威圧感を感じてしまう。それは、チェイサー家とクラーク家の越えられない格差を感じる瞬間でもあった。
「チェイサー様、お待ちしておりました」
扉から出てきたフットマンが頭を下げる。そしてそのまま俺を客間に案内すると、申し訳なさそうに再び一礼した。
「レオナルド様からのご伝言で、少しお時間をいただきたいとのことです。今しばらくお待ちください」
軽く頷くと、彼はこの場を辞し、部屋には俺一人になった。
勝手はわかっているので、革張りのソファに腰を下ろし部屋の中を見回す。
以前は足繁く通っていたこの屋敷も、学園に入学してからは以前より疎遠になった。だから客間に来るのは久しぶりだったが、この場所に関して言えばそれほど昔と変わっていないようだ。
壁に飾られた絵画も、テーブルの上の燭台も、目に入る全てが最高級品で、触れるのすら恐ろしい。何かの拍子にうっかり手が当たらないようにと気を使うので、正直この部屋に通されるのは苦手だった。
ため息とともに椅子の背もたれに大きく寄りかかって天井を仰ぐと、上質な革の匂いが鼻を掠めた。それがいかにもクラーク邸らしくて、薄く笑いが漏れる。
そうだ。レオは、いつだって良質なものに囲まれている。
普段の持ち物も、使用人も、愛馬も、学園で過ごす仲間ですら、非の打ち所がなく選び抜かれていた。
そうやって身の回りを一級品で固めておきながら、自身が一番光り輝き他の追随を許さない。それがレオナルド・クラークだ。
時折、俺なんかがあいつの一番の親友と称されていていいのかと疑問に思うことがある。
レオが人を身分や能力で判断する奴ではないことはもちろん知っているが、それでも俺自身の中に拭いきれない劣等感があることを、つい最近になって知った。
気づいたきっかけは、サリバン嬢だ。
休みに入る前に起こった課題の『紛失』の一件でのことだった。
あの日、目の前で大粒の涙を流すサリバン嬢を思わず抱きしめてしまった。彼女は嫌がることなく、それどころか俺にすがって泣きだして、そんな様子がたまらなく愛おしくて。ついには自分の恋心を認めざるを得なくなった。
その直後にレオに会ってしまい、俺はとっさにサリバン嬢を自分の背中に隠した。彼女の泣き顔を見せたくなかったんだ。
その時のあいつの顔は忘れられない。
瞬時に俺を敵とみなした、あの鋭い眼光。息が止まるかと思うほどの視線を向けられて、喉がごくりと音を立てた。
しかしさすがとでも言うべきか、レオは一瞬見せた敵意をすぐに引っ込め、穏やかな笑みを浮かべた。それでも、俺の背筋を凍らせるのには十分だった。
こいつがその気になれば、俺のことなんて一瞬で蹴散らせてしまえるだろう。肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも。
『レオナルド様と兄さまじゃ差がありすぎて勝負にならないくらいなのよ?』
ふと、ソニアの声が頭の中に蘇る。
『全力で闘ったって完敗するのが目に見えてるの』
「んなの、わかってるっつーの」
俺のつぶやきは、暖炉の薪が爆ぜる音にかき消された。揺れる炎を見つめながら、ぼんやりと思いを巡らせる。
レオと競おうなんて思っていない。何一つ敵うところがないっていうのに。
それに、卒業を半年後に迎えた今は、今後の人生について考える時期だ。俺のような次男坊の場合は特に、どうやって生計を立てるかが非常に重要になる。
もちろん俺に限らず、同級生たちは多かれ少なかれ各々の生き方について考える岐路に立たされているはずだ。
そんな時に、ただ好きだというそれだけで行動を起こすなんて、単なる無責任以外の何物でもない。
だから今日ここに来たのは、あくまで「俺とサリバン嬢の間には何もない」ということをレオに伝えるためだった。
敏いあいつのことだから、きっと俺の気持ちはすでにばれているんだろう。でもだからこそ、敵対するつもりはないことを明確にするべきだと思った。
ソニアの呆れた顔が容易に想像できる。意気地がないと思われようが、構わない。
俺一人が気持ちを封じてしまえば、レオとも、そしてサリバン嬢ともこれまで通りの関係でいられる。
大きく息を吐き出すと、目を閉じて再び背もたれに体を預けた。
その瞬間、困ったようにはにかむサリバン嬢の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
途端に胸が締め付けられるような感覚に襲われ、思わず手のひらで目元を覆う。
「やばいだろ、これ……」
ふとした時に顔が思い浮かぶ。思い出しただけで会いたくなる。我ながら相当やられてる。
しっかりしろよ。たった今、諦めると決めたばかりなのに。どうしても感情が追いついてこない。
吐くことも吸うこともできずにぐっと呼吸を止めると、ドアをノックする音が響いた。なんてタイミングだ。
「ごめん、待たせたね」
現れたのは、少し息を切らせたレオナルドだった。
目の前にそびえるクラーク邸を見上げて、誰ともなしにつぶやく。
あまりの大きさに、子供の頃はこの屋敷で迷子になったら二度と外に出られないんじゃないかと、本気で怯えていた。
幼少期の刷り込みとは怖いもので、ここに立つといまだに威圧感を感じてしまう。それは、チェイサー家とクラーク家の越えられない格差を感じる瞬間でもあった。
「チェイサー様、お待ちしておりました」
扉から出てきたフットマンが頭を下げる。そしてそのまま俺を客間に案内すると、申し訳なさそうに再び一礼した。
「レオナルド様からのご伝言で、少しお時間をいただきたいとのことです。今しばらくお待ちください」
軽く頷くと、彼はこの場を辞し、部屋には俺一人になった。
勝手はわかっているので、革張りのソファに腰を下ろし部屋の中を見回す。
以前は足繁く通っていたこの屋敷も、学園に入学してからは以前より疎遠になった。だから客間に来るのは久しぶりだったが、この場所に関して言えばそれほど昔と変わっていないようだ。
壁に飾られた絵画も、テーブルの上の燭台も、目に入る全てが最高級品で、触れるのすら恐ろしい。何かの拍子にうっかり手が当たらないようにと気を使うので、正直この部屋に通されるのは苦手だった。
ため息とともに椅子の背もたれに大きく寄りかかって天井を仰ぐと、上質な革の匂いが鼻を掠めた。それがいかにもクラーク邸らしくて、薄く笑いが漏れる。
そうだ。レオは、いつだって良質なものに囲まれている。
普段の持ち物も、使用人も、愛馬も、学園で過ごす仲間ですら、非の打ち所がなく選び抜かれていた。
そうやって身の回りを一級品で固めておきながら、自身が一番光り輝き他の追随を許さない。それがレオナルド・クラークだ。
時折、俺なんかがあいつの一番の親友と称されていていいのかと疑問に思うことがある。
レオが人を身分や能力で判断する奴ではないことはもちろん知っているが、それでも俺自身の中に拭いきれない劣等感があることを、つい最近になって知った。
気づいたきっかけは、サリバン嬢だ。
休みに入る前に起こった課題の『紛失』の一件でのことだった。
あの日、目の前で大粒の涙を流すサリバン嬢を思わず抱きしめてしまった。彼女は嫌がることなく、それどころか俺にすがって泣きだして、そんな様子がたまらなく愛おしくて。ついには自分の恋心を認めざるを得なくなった。
その直後にレオに会ってしまい、俺はとっさにサリバン嬢を自分の背中に隠した。彼女の泣き顔を見せたくなかったんだ。
その時のあいつの顔は忘れられない。
瞬時に俺を敵とみなした、あの鋭い眼光。息が止まるかと思うほどの視線を向けられて、喉がごくりと音を立てた。
しかしさすがとでも言うべきか、レオは一瞬見せた敵意をすぐに引っ込め、穏やかな笑みを浮かべた。それでも、俺の背筋を凍らせるのには十分だった。
こいつがその気になれば、俺のことなんて一瞬で蹴散らせてしまえるだろう。肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも。
『レオナルド様と兄さまじゃ差がありすぎて勝負にならないくらいなのよ?』
ふと、ソニアの声が頭の中に蘇る。
『全力で闘ったって完敗するのが目に見えてるの』
「んなの、わかってるっつーの」
俺のつぶやきは、暖炉の薪が爆ぜる音にかき消された。揺れる炎を見つめながら、ぼんやりと思いを巡らせる。
レオと競おうなんて思っていない。何一つ敵うところがないっていうのに。
それに、卒業を半年後に迎えた今は、今後の人生について考える時期だ。俺のような次男坊の場合は特に、どうやって生計を立てるかが非常に重要になる。
もちろん俺に限らず、同級生たちは多かれ少なかれ各々の生き方について考える岐路に立たされているはずだ。
そんな時に、ただ好きだというそれだけで行動を起こすなんて、単なる無責任以外の何物でもない。
だから今日ここに来たのは、あくまで「俺とサリバン嬢の間には何もない」ということをレオに伝えるためだった。
敏いあいつのことだから、きっと俺の気持ちはすでにばれているんだろう。でもだからこそ、敵対するつもりはないことを明確にするべきだと思った。
ソニアの呆れた顔が容易に想像できる。意気地がないと思われようが、構わない。
俺一人が気持ちを封じてしまえば、レオとも、そしてサリバン嬢ともこれまで通りの関係でいられる。
大きく息を吐き出すと、目を閉じて再び背もたれに体を預けた。
その瞬間、困ったようにはにかむサリバン嬢の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
途端に胸が締め付けられるような感覚に襲われ、思わず手のひらで目元を覆う。
「やばいだろ、これ……」
ふとした時に顔が思い浮かぶ。思い出しただけで会いたくなる。我ながら相当やられてる。
しっかりしろよ。たった今、諦めると決めたばかりなのに。どうしても感情が追いついてこない。
吐くことも吸うこともできずにぐっと呼吸を止めると、ドアをノックする音が響いた。なんてタイミングだ。
「ごめん、待たせたね」
現れたのは、少し息を切らせたレオナルドだった。
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