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秋の課題編

第十三話 気づき (アルバート視点)

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 勢いよく部屋に飛び込んできた妹に、俺は眉間を押さえ深く息を吐いた。

「ソニア……ノックくらいしろ。来客中だ」
「あら、レオナルド様。いらっしゃいませ」

 俺の言葉など無視して、ソニアはレオに向かって礼をする。それに応え、レオはにこりと笑った。

「やあ、ソニア。今日も可愛いね」
「まあ、ありがとうございます」

 レオの褒め言葉を軽く流し、ソニアはすぐさま俺に向き直った。全く、レオナルド・クラークの社交辞令に惑わされないのは、こいつとサリバン嬢くらいだよな。

「ねえねえ、兄さま聞いて」
「お前な、来客中だって言ってるだろ」
「私、アメリア様に会ってきたの!」

 こちらの話を一切聞こうとせず、ソニアは紅潮した頬を両手で覆ってうっとりと瞳を閉じた。

「すっごく優しくて素敵な方だったわ。兄さまのおかげよ、ありがとう!」
「すっごく優しくて……?」

 思わず復唱する。それ、本当にサリバン嬢か?

 そんな疑問が頭に浮かんだが、ソニアがいつになく嬉しそうな顔をするので、つられてこちらも顔が緩んだ。

 学園へ通っていないせいか年頃の友人が少ない彼女が、他の令嬢のことでこんなにも興奮しているのを見るのは初めてだった。

「……話が読めないんだけど?」

 レオの声にはっと我に返る。

 視線を戻すと、目を細めてこちらを見ているレオと目が合った。やばいな、なんだか機嫌が悪そうだ。

「レオナルド様もアメリア様をご存じ? ずっとお会いしたかったんですけど、今日やっとその願いが叶ったんです」

 おい、空気読めソニア。お前にはレオの後ろで牙をむく獅子が見えないのか......! 

 脂汗のにじむ俺とは対照的に、ソニアは意気揚々とこれまでのいきさつを話して聞かせた。

 ソニアに頼まれた本を借りにいった国立図書館で、俺とサリバン嬢が偶然鉢合わせたこと。

 彼女が借りようとしていた本がソニアも好きな本で、それを知ったソニアに会ってみたいと頼まれていたこと。

 家に馬車を返すついでに御者にソニアへの伝言を頼み、今日サリバン嬢が図書館に寄る予定だと教えたこと。

 全てを聞いたレオは椅子のひじ掛けに体を預け、抑揚のない声を俺に向けた。

「へえ、それは初耳だね、バート」
「いや、別に言うほどのことでもないと思ったから……」
「君にとっては大したことなくても、相手にとってどうかはわからないだろう?」

 待て、俺は何で責められてるんだ? じりじりと追い詰められる感覚に唾を飲み込む。

 蛇に睨まれた蛙のごとく固まったまま動けない俺とレオの間に、ソニアが割り込んできた。

「そうよ、兄さま。どうしてアメリア様があんなに綺麗な方だって教えてくれなかったの!?」
「は?」

 レオのプレッシャーから解放されたことに安堵しながらも、今度は見当違いなことを言い出したソニアに呆気にとられる。

「あんまりにもびっくりしちゃって、挙動不審になっちゃったんだからね!」

 ソニアはさっと顔色を変え、第一印象が最悪だったらどうしよう、とブツブツつぶやいた。

 そんなソニアを慰めるように、レオがその肩に手を添える。

「確かに、初めてアメリアを見た人はあの美貌に圧倒されてしまうかもしれないね。バートもきちんと伝えておけばよかったのに」

 二人でこちらに責めるような目を向ける。いや、だから何で俺が悪者になるんだよ!?

「だって、綺麗な顔なんてレオで見慣れてるだろ?」

 俺の反論に、二人はポカンとした表情を浮かべた。

「はははっ!」

 レオナルドの笑い声が響く。

「まさか、僕とアメリアを天秤にかけるだなんて思わなかったよ。それはさすがにアメリアが気の毒だなぁ」

 おかしくてたまらないと言ったように、レオは腹を押さえた。

「兄さまがここまでポンコツだとは思わなかったわ」

 ソニアが呆れ返った顔で俺を見つめる。

 なんだよ。だって整った顔に男も女もないだろ? 納得のいかない俺の顔を見て、レオが口を開く。

「アメリアの美しさは僕のものとは全くの別物だよ」

 自分の美貌は否定しないのか。だがそれは、レオナルドが本音でしゃべっているということでもある。

「バートは、本当に一度もない? アメリアに見惚れたこと」

 真っ直ぐなグリーンの瞳が俺を見据える。その目はこちらを探るような鋭い光を放っていた。

「あの絹糸みたいな黒髪に指を通してみたいなとか、青い瞳の中に映る自分を間近で見てみたいとか。陶器のような頬は実は触ったらとても柔らかいんだろうな、とか。あの三日月のような薄い唇は……」
「だーーーーーーーっ! ストップ!!!」

 レオの言葉に耐えきれなくなり叫ぶ。男しかいない場でも猥談すらしないお前が、突然何を言い出す!? ここにいるのは俺たちだけじゃないんだぞ。

「ソニアの前でそういう話をするなよ!」
「あら、私は平気ですけど」

 ソニアはしれっとした顔で言い切り、そのまま興味津々な目をレオに向ける。

「やっぱりレオナルド様でもそういうことを考えるんですね」
「そりゃあ、男だからね」

 おい、やたらと爽やかな笑顔で言うことじゃないだろ。つっこむより前に、レオが俺に視線を戻した。

「で、どうなんだい、バート?」

 どうやら話を逸らす気はないらしい。

 レオに問い詰められる俺を、ソニアは横からにやにやと眺めている。さっさと話を終わりにしたくて、俺は急いで口を開いた。

「お、思うわけないだろそんなこと! だいたい、サリバン嬢は……」

 見た目じゃない。いや、もちろん、見る人が息を飲むほどの容貌をしていることは知っている。でもそうじゃない。

 あの冷たい表情が綻ぶ瞬間がいいんだ。ほほ笑むときに眉が少し下がる。慌てた時には口がぱくぱくと動く。そういうのが俺は――。

「兄さま、顔が真っ赤よ」
「なっ」

 ソニアに指摘され、思わず片手で口元を隠す。そんな俺たちのやりとりを、レオはくすくすと笑いながら見ていた。

「どうやったらこんなピュアな兄が出来上がるんだい、ソニア?」
「十八でこれはどうかとも思いますけどね」
「お前ら、馬鹿にしてるだろ!」

 二人を怒鳴りつけながらも、俺は心のどこかで観念していた。

 俺は、サリバン嬢に何か特別な思いを抱き始めている。そしてそれを、この二人には見破られている。

 結局この日は、親友と妹にからかわれて一日を終えることになった。

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