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なつかしい
しおりを挟む「国境から帝都まで連なる街々の衛士から大変なご活躍を聞いています。数多の暗殺者をひとりも殺すことなく捕縛してくださったと。特別な報酬を用意しましたので、どうぞこちらへ」
穏やかな笑みを浮かべたロドが案内したのは、歓談するエゥリケ王太子と帝家から離れたところに設えられた真っ暗な布で覆われた天幕だった。
珍しい意匠に、透夜は眉をあげる。
「夜も護衛に立ってくれる者たちが昼に少しでも休めるよう、暗くなる天幕を用意したのです。皆さまもお疲れでしょう、どうぞ」
微笑んで、招いてくれる。
入った瞬間、膜にふれた気がした。
防音魔法だ。
透夜に続いて入った常葉、藤、柳、紅蓮も気づいたらしい。
皆にくっついて入ってしまったロロァを、透夜はさりげなく背に庇う。
常葉と柳がすぐに気づいてロロァを守るように動き、それを気取られぬよう、藤と紅蓮が前に出てくれた。
天幕のなかに、他に人の気配はなかった。
気配を殺して潜む暗殺者もいない。
警戒する透夜たちに微笑んだロドの声が、静かに落ちる。
「あれだけの暗殺者を退け、まさか帝都に辿り着くなど、計算外の優秀さだ」
ロドの低い声が、揺れる。
「大切に育てていた暗殺人形が、いなくなったんです。行方をご存知ではありませんか?」
微笑むロドに、吐き気がした。
「何を言われているのか、解らない。報酬は冒険者同盟に」
平板な透夜の声は、吐き捨てるように響いた。
「勿論です。ああ、そうだ、予言を。エゥリケの王太子殿下と、バギォの帝太子殿下は、帝宮に向かう途中で、亡くなります」
断定だ。
反応を返すことは、愚かだ。
息をのむことさえ、しなかった。
透夜の目が、静かに凍る。
ロドは楽し気に喉を鳴らした。
「私に歯向かう気ですか、49番」
顔を歪めるようにロドが嗤う。
「できるはずがない。お前たちの心は壊れ、頭は私に支配されている。枷を外したつもりでしょうが、まやかしです」
嗤い声が、歪む。
「さあ、暗殺人形へと戻りなさい。私の忠実な手駒へと」
声が、揺れる。
真っ暗な天幕の内側に描かれた魔紋が、忽然と現れたように輝いた。
気味の悪い旋律がロドの喉からあふれゆく。
ロドの手の中で、真っ暗な魔道具が、闇を放った。
ギュァアァオオオ──!
闇のいかずちが、天幕を翔てゆく。
襲い来る闇を獲物で撃ち払った常葉が、藤が、柳が、紅蓮が、硬直した。
皆の目から、よみがえったはずの感情が、消えてゆく。
真っ暗な人形へと、戻ってゆく。
頭の奥を掻き回すようなロドの声を聞いていた。
そうだ、こいつがおかしな術を使ってた。
人の心を壊し、頭を支配し、人間を、人形に変える術を。
吐き気がする。
頭が割れる。
頭の芯が痺れてゆくようだった。
こうして何も考えられなくなる。
指令に従うことしか、できなくなる。
なつかしい感覚に、反吐が出る。
『……精霊さん』
透夜は心のなかで呼びかける。
『はちみつくれたから、元気百倍!』
『今のとーやなら、できるよ』
『心を強く』
『だいじょうぶ』
『とーやは、すぱだりなんでしょ!』
精霊さんたちが、笑ってくれる。
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