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匂い
しおりを挟むじぃじが案内してくれたのは、鄙びた村に唯一ある宿だ。
他の選択肢はない。
部屋に通された透夜は皆とともに壁を背にして立った。
「ちぃっと手狭ですがな、時季外れで他の冒険者はおりませぬ。貸し切りですじゃ。セオさまは、お風呂にどうぞ」
ショロショロしてしまったことにようやく気付いたらしいセオが真っ赤になって、ばたばた風呂場へと消えてゆく。
「な、なんだこれは! 樽だぞ!? 風呂ではないぞ!?」
叫び声が聞こえてきたが、じぃじは動かなかった。
「……だいじょぶなのか?」
ひとりで樽風呂に突っ込んで。
透夜の方が心配してる!
「ほっほっほ、何事も経験ですじゃ」
じぃじは意外に厳しいらしい。
「お掛けになりませんか」
勧めてくれた椅子は、1脚しかなかった。
皆にちらりと視線を遣った透夜は、ゆるく首を振る。
「すみませんのう、皆さまのお椅子がありませんで。わしは座らせていただいても?」
「勿論」
微笑んだじぃじは椅子に腰を落とした。
「さて、皆さまにはお伝えしてありますがの、セオさまは王太子殿下であらせられる。ゆえに、エゥリケ王族皆から暗殺者を差し向けられるのです。王太子に成り代わろうと」
じぃじは長く細い息をつく。
「セオさまをお護りする護衛部隊を常に連れておらねば、お命の保証がないのです。矢を射かけました無礼は、なにとぞご容赦賜りたい。セオさまに近づく者には死を。叩き込まれておりますでな」
深くこうべを垂れるじぃじの白いつむじを見つめた透夜は、息を吸う。
言葉も、目くばせも、何もなかった。
ただ、息を吸う。
それだけで、皆の目の色が変わる。
皆が一瞬で臨戦態勢になり、獲物に手を掛けた。
「護衛部隊に裏切り者がいるのは、どういう訳だ?」
氷の声が落ちた。
「………………は?」
白く濁りはじめたじぃじの目が、瞬いた。
ぽかんと開いた口で、じぃじが透夜を見あげる。
「セオを殺そうとしている者が5名いる。そのうちのひとりは、あんただ」
じぃじは、目を剥いた。
「な、なにゆえ……わ、わしはセオさまが生まれた時からお仕え──」
透夜は鼻を鳴らした。
「裏切り者は、匂いで解る」
皆がこくりと頷いた。
「腐った匂いがするんだよ。誤魔化しは利かん」
音もなく透夜が剣を構える。
後ろの皆が音もなく獲物を抜いた。
「投降するか、死ぬか、選んでいい」
感情のない声だった。
まだこんな声が出るのかと、透夜も驚くほど、死を突きつける声だった。
「……ぐ──っ」
じぃじの額に、汗が浮かぶ。
「あんたは、強い。強い者は、対する者の力量が解るはずだ。あんたに残された選択は、こちらがわに寝返るか、死ぬかだ」
真っ青な顔で、じぃじは唇を噛み締めた。
「セオ様のお命だけは助けてくださると仰ったのじゃ! だからわしは──!」
「阿保か」
鼻を鳴らす透夜に、じぃじが震える。
「どこの王になりたい王族が、最も有力な王太子を生かすんだ。殺すに決まってるだろう」
吐き捨てた声が突きつけるのは、真実だ。
「……っ!」
じぃじの皺に埋もれた目から、涙が落ちた。
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