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おまじない?

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「どうか気軽にザァグと呼んでほしい」

 気さくに肩を叩かれた透夜は、微笑んだ。

「じゃあ、俺も透夜と」

 鷹の瞳を見開いたザァグが、照れくさそうに笑う。


「……トゥヤ」

 なぜ赤くなる!?


「……むにゅ……とーや……ぅわき……め……!」


 ぎゅう

 抱きついてくるロロァが、天使だ。





 真夜中を渡る風が、冒険者同盟の両扉の間から吹き込んだ。
 見回りの途中なのだろうザァグが、扉の向こうの夜に沈む帝都に目を細める。

「いくら腕に覚えがあるとはいえ、夜道は危険だ。送っていこう」

 10回くらい親切なザァグが言ってくれたが

「依頼について込み入った話があって」

 丁寧に10回お断りした。

 大型犬が、しょぼんとしたような顔になった。
 折角の親切を申し訳ない。

 でも10回はちょっと誘いすぎじゃないかな……!?
 10回断るのも心が痛むよ!?

「えとじゃあ、また今度お願いします」

 いつ来るか解らない『また今度』を繰り出してみた途端、ザァグの顔が、ぱぁっと明るくなる。

「そ、そうか! わかった! 今度必ずだぞ、トゥヤ!」

 ぶんぶん手を振ったザァグが見回りに戻ってゆくのに手を振った。

「お疲れ様です、気をつけて!」

「トゥヤも、気をつけて帰るんだぞ!」

 ぽんと透夜の背を右手で叩いたザァグが、てのひらを見つめてから、左手で扉を開けた。

 ……おまじないか?


「ひー! 腹痛ぇ!」

 バハがお腹を抱えて笑ってる。




「そんで一人で帰るのか? まあ支部長に聞いた限り、お前さんなら問題ないと思うが、下手な言い訳しねえで送ってもらえばよかったのに」

 笑い涙をふきふきバハが肩を叩くのに、トゥヤはロロァと一緒に抱えていた羊皮紙の束を取り出した。

「これ、ゾンデ公爵の金庫から、かっぱらってきた。どっから出てきたって突っ込まれるだろうから警護団長には言えなくてさ。やばそうな証拠、山ほど。何とか潰せねえかな」

 書をちら見したバハが、目を剥いた。

「こ、これは……商業同盟や帝都警護団の範疇を超えてる……!」

「貴族を断罪できるのって、王だけ?」

「……だな。バギォ帝国では、王庭裁判ってのがあってな、裁判官は王族だけ、筆頭公爵でさえ処断する制度だ。よっぽどひでぇことしねえと行われねえがな。──反逆とかさ」

「これぐらいの悪事と子殺しじゃあ、裁判は開かれない?」

「子殺し!?」

「暗殺を目論んでる」

 映像魔道具を起動した透夜に、目を回したバハは首を振った。

「だめだ、無理だ、冒険者同盟の範疇を著しく逸脱してる。警護団も無理だ。ゾンデ公爵に敵対してる公爵に売りつけるくらいしかねえな。上手くいけば潰してくれる」

「敵対してるのは?」

「ギビェ筆頭公爵だ。まあ、あそこは強権を振り翳し過ぎて、どこの貴族とも敵対してるがな」

 嘆息した透夜は首を振る。

「無理だな、どっちも酷い」

「違いねえ。なら残るは直訴しかねえな。王族の末端でもいいから掴まえて直訴。これだよ。だが王族に無断で口を利いた瞬間に首が飛びそうでもある」

 お手上げだとバハは肩を落とした。


「巨悪ってのは、滅ぼすのが難しいんだよ。デカければデカいほど、国に世界に根を張って、上をちょこっと切ったくらいじゃビクともしねえ」


「だからって何にもしねえなんて、悪役が廃るだろ」

 ふんと透夜は鼻を鳴らした。




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