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特にだめ

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 密談をするなら、夜だ。

 瞬く星の光のなか、屋根のうえを透夜は駆ける。


 前世は行きしなと帰りしなと建物や道が逆になるので、意味が解らなくなって迷う、という特技を発揮していたが、今世は過酷な強制教育のせいだろう、頭に叩き込んだ地図そのままを駆けられる。

 前世なら夢想しても絶対に不可能だったことが、今世ではこんなに簡単だ。

 高く、高く跳べば、星にまで届く気がする。


 かるく屋根を蹴って、跳ぶ。
 ひるがえる衣が、闇に弧を描いた。

 目指す商家が、見えてくる。


「うひっひっひっひ。新商品の情報を手に入れやしたぜ、旦那」
「へぇえ、なんだい、この、くりぃむってやつぁ」
「それが牛の乳からつくる、奇怪なブツなんですが、これがとろっとして、なんともまあ、うまいもんで!」
「へぇえ、そいつは知っとかなくちゃ、対抗できねえなあ」
「げへへへへ」

 ぷるぷる腹のおじちゃんと髭のおじちゃんの典型的悪代官的な商談の様子を、屋根裏に潜んだ透夜は、映像記録魔道具で録画してみた!

 今度のは豪勢な商家の屋根裏だったから、落ちなかった。
 よかったよ。
 今、ロロァがいてくれないから、落ちたら今度こそ死亡だ。

「くりぃむのつくり方は、解るのか」
「そいつは、ちっとした企業秘密でさあ」

 ドォン──!

 詰まれた金に、揉み手が加速する。

「うへへへへ、勿論こちらにご用意してまさあ!」
「よくやった! これからも頼むぞ!」
「げへへへへ!」

 ぶるぶるの腹を揺らして帰っていったおじちゃんを見送った髭のおじちゃんが、大事そうにくりぃむのつくり方の書かれた羊皮紙を金庫に仕舞う。

「明日早速、くりぃむってやつを作らなくちゃな!」

 ほくほく顔で就寝する髭のおじちゃんを見送った透夜は、音を立てずに金庫の前に降り立った。

 精霊さんに相談して、おぞましい魔法や呪いが掛かっていないかを確認する。

『へいきー』
『だいじょぶだよ!』

「よし」

 おじちゃんが回していた数字を、くるくる回してダイヤルする。
 右に3、左に7、また右に5だ。

 カチリ

 開いた金庫のなかから『くりぃむのつくり方』を取りだした。
 ちゃんと文字が読めたことに安堵した。
 指令に必要だからと、文字の読み方は叩き込んでくれ、その記憶は保持されているらしい。よかった。
 しかし『くりぃむのつくり方』か。

「……これ、どう考えても転生者案件じゃね?」

 引き攣ったが、気づかなかったことにした。

 転生者とは、あんまり関わらない方がいい!
 山ほどオンライン小説読んだからな。危機回避はばっちりだぜ──!

「……んん?」

『競合他社の財務状況』
『競合他社の新製品情報』
『競合他社の取引先一覧』

 持ってたらダメなやつばっかじゃねえか!
 特にだめなのは

『お隣のお兄さんの下着の色』

「毎日毎日チェックしてやがるぅう──!」

 叫んじゃった!
 あわてて口を閉じる。

「没収だ」

 ふんと鼻を鳴らした透夜は、金庫の中にあった怪しい書類一式を抱え、お金はそのままに金庫を閉じた。
 おじちゃんが閉じたとおりに、右に7、左に4、さらに右に6だ。よし。

 屋根裏へと跳びあがり、再び屋根のうえに戻った透夜は、かろやかに夜更けの街を駆け抜ける。


 夜明けまで、あと少し。




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