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ロロァ・ギビェ
しおりを挟むロロァは筆頭公爵ギビェ家の長子として生まれた。
何不自由ない生活と、将来の栄達と、至高に次ぐ地位を約束されていた。
さらにロロァは治癒の精霊さんの祝福を受けて生まれた。
治癒魔法が使えることは、奇跡だ。
国の宝、世界の至宝と謳われるはずだった。
おかあさんが、生きていたなら。
この世界では魔法によって子どもを授かる。
だからこそ、力の強い子は、母を傷つけてしまうことがある。
ロロァが治癒魔法の才を持って生まれたことは、おかあさんには、害にしかならなかった。
「治癒魔法じゃないのか──!」
「どうしてメメが死ぬ──!?」
「どうして母さえ癒せないんだ!」
「悪魔の子──!」
「お前が、メメを、殺したんだ──!」
生まれたばかりのロロァは、治癒魔法を使えなかった。
まだ微弱な魔力しか持たないロロァを加護する治癒の精霊さんは、ロロァを生かすだけで精いっぱいだった。
「……僕が、もうちょっと、強かったら、よかったのに……」
おかあさん
「……ごめんね、ロロァ……」
おかあさんの涙と、死が、ロロァの最初の記憶だ。
父の、邸の皆の憎しみが、ロロァに向かうのは、当然のことだった。
惨殺されなかったのは、おかあさんの血を継いでいるからだろう。
廃屋のような離れに押し込められた。
乳母が面倒を見てくれたが、ロロァに温情を掛ければ筆頭公爵家から睨まれる。
どんなに憎くても、メメの血を継ぐロロァを殺せない腹いせに、惨殺されるかもしれなかった。
それでも話しかけてくれたから、ロロァは言葉を憶えられたのだろう。
文字の読み書きを教えてくれたのも、乳母だった。
世界のことを書いた本や、冒険者の活躍を書いた本を持ってきてくれた。
人前ではいかめしい顔をしていたが、廃屋でふたりきりの時は、やさしい声で本を読んでくれた。
あたたかな手を、憶えてる。
だが、ひとりで食べられるようになると、引き離された。
カビの生えた食糧を三日に一度、投げ入れられるだけになった。
ロロァは、ひとりぽっちになった。
「見ることさえ、忌々しい」
「穢らわしい、悪魔の子め!」
放置されているほうがしあわせだったと気づいたのは、継母と義弟がやってきた時だ。
メメを亡くした哀しみを癒してくれた聖人のような男性だと噂されていた。
連れ子の義弟も、天使のような少年だという。
憎悪されていても、ロロァは公爵家の長子だ。
先王の末の王子だったというメメの血を継いでいる。
このうえない血統と奇跡の力を持つ、筆頭公爵ギビェ家の長子ロロァが生きている、ということが脅威だったのかもしれない。
風呂の使えない廃屋で、汚れてガリガリに痩せてちいさくなってゆくロロァを
「汚い!」
「臭い!」
「気持ち悪い力を使いやがって!」
「ギビェを名乗るな!」
「死ね──!」
義母に、義弟に、父に、殴られ、蹴られ、叫ばれる哀しみを、痛みを知った。
傷は、精霊さんにお願いすれば、治してもらえる。
でも
「……僕はもぅ、死んだほうが、いいんじゃないかな……」
痣だらけの手足で、うつむいた。
黴の生えた糧を食べなくなれば、死ぬ。
解っているのに、食べて命を繋いでいたのは、乳母が持ってきてくれた冒険者の本みたいに、いつかこの家を出て、笑う日を心に描いていたからかもしれない。
いつか、心から、笑えるんじゃないか。
いつか、誰かが、たすけに来てくれるんじゃないか。
そんなのは、幻想だ。
自らの手で、自らの力で、懸命に努力した人だけが、今の世界を、切り拓いてゆける。
なのにロロァは、何にもしていない。
ただ、殴られ、蹴られ、憎まれるだけ。
どうして、反抗する気持ちが、起きないんだろう。
どうして、未来に対する希望が、消えてゆくんだろう。
これ以上、叩き潰されたくないからかもしれなかった。
もうこれ以上、憎まれ、蔑まれ、殴られ、蹴られ、糾弾されたくないからかもしれない。
母殺し。
その罪をあがなうために、苦しみを。
ロロァの頬を、涙が伝う。
「……もぅ、いぃよ、精霊さん……今まで、ありがとう」
もう、食べない。
静かに、息絶えよう。
目を閉じたロロァに降ってきたのは
ドォオォオン──!
爆音と
「はぅあ──!」
悲鳴と
「わがきみ」
血まみれのおうじさまだった。
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