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出奔!

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 49番な透夜にも、この国に未練なんて、これっぱかしもない。
 出られて清々するくらいだ。

 ロロァがちょっとふっくらして体力がついてから、とか言ってる場合じゃない。
 こんな国、一瞬でも早く、ずらかるに限る──!


「私が必ず、お守りします」

 抱きあげたら、ロロァは頷いてくれた。


「とーや、信じる」

 まっすぐな藍の瞳で、笑ってくれた。



 三日に一回しか食糧を投げ入れられないし、中を確認さえしないのだから、逃げても当分気づかないだろう、とは思ったものの偽装は完璧にしておくに限る。

 真夜中の闇に紛れて抜け出した透夜は、帝都の果てにある死体置き場にやってきた。
 遺体が投げ棄てられ、野犬や猛禽に食らわせ白骨化させる天然の死体処理場だ。
 ロロァとよく似た遺体と、自分によく似た腹に傷のある遺体を担いで戻った。

 透夜の血でできた血だまりの痕は、わざと掃除しなかった。
 そのうえに透夜に似た遺体を置き、その近くで殺されたようにロロァに似た遺体を置く。

「どうか、安らかな眠りがありますように」

 偽装に無理矢理協力させてしまった二人のために、祈る。
 ロロァも隣で、祈ってくれた。



 偽装が完了したら、出発だ。
 ロロァを抱きかかえた透夜は、警備の手薄なギビェ家をあっさり抜け出した。

 記憶も感情もない暗殺人形だった透夜は、脚力も腕力も人間離れしている。
 ロロァを抱えたまま貴族街を一気に駆け抜け、街を囲む城壁さえ軽々跳び越えた。

「とーや、すごぃ……!」

 ロロァが真っ赤な頬で拍手してくれるたび、49番として頑張ってきてよかったのかもと、間違いそうになる。

 バギォ帝国の帝都は、巨大だ。
 帝城があり、城壁があり、貴族街があり、城壁があり、下町があり、城壁があり、農地が広がり、さらに城壁がある。

 街を囲んでるのも城壁って言うんだって、びっくりだ。
 さらに城壁造りすぎだろと突っ込みたくなるが、この世界ではふつーだ。
 連なる城壁がないと、攻め込まれて一瞬で城が落ちる。

 敵兵を止め、防御しながら攻撃するためにも、敵の戦意を喪失させるためにも大切な城壁が、けれど脱出する際にはめちゃくちゃ邪魔だ。

 しかも、でかいよ、帝都!


 ロロァを抱きかかえ、駆け続けても、化け物じみた透夜の体力にも腕力にも脚力にも陰りはない。

 朝の光が射し込むと、疾走しているのは目立つので、ロロァを抱いて歩く。

 緊張していたのだろう、うつらうつらしているロロァを胸に、透夜は路地裏にひっそり佇む質屋に入った。

 透夜の腹を刺した燭台は銀でできていたらしく、ちょこっとした金になったので、大変に大変に残念だったがロロァのサイズに合った旅装束を設えた。

 さようなら、彼シャツ──!


「にあう、かな?」

 手を広げて聞いてくれるロロァが、天使だ。

「大変にお似合いです、わがきみ」

 うっとり笑ってしまった。


 へ、変態じゃないから!
 今世は、スパダリだから!



 路地裏なら、透夜もロロァも目立たない。
 衛士の配置をさりげなく確認した透夜は、夜になるのを待った。


 真っ暗な闇が降りてくる。
 

 真夜中だ。
 人けはなかった。
 貴族街を囲うものより高い城壁だが、透夜なら跳べる。

「行きますよ、わがきみ」

 ロロァのちいさな身体を抱きあげる。

「はい!」

 ぎゅ、と透夜にしがみついて、まっすぐ頷いてくれたときだった。


「やあ、49番。逃走かな?」


 忽然と、ちいさな身体が現れた。

 一瞬で、暗殺人形たちに囲まれた。






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