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しあわせでした

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 真っ暗な世界から現れた、裂けた口が、にぃやり嗤う。

「魔人──!?」

 強硬に陥る皆を叱咤し激励するルァルの声が響く。

「うろたえるな! 俺たちはやれる! 防御魔法継続! 騎士隊、突撃──!」

「うぁあぁあぁアア──!」

 先陣を切って駆けるルァルに続き、剣を抜いた騎士たちが境界を越えようと踏み出す魔人へと突撃する。

 ジゼが、カィトが、アオが剣を振りあげ、ノァが杖を掲げた。

 魔法が閃き、アリアスの桜の髪が舞いあがる。


「皆に、光の加護を──!」

 パァアァアァア──!

 あふれるやさしい光が皆を包み、掲げられる刃が濡れたように輝いた。


「……っ!」

 何もできないなんて苦しすぎて、リトは胸に手をあてる。

 がんばったって、何もできないかもしれない。
 主人公はアリアスで、リトは名前も姿も出て来ない、モブでさえない存在だ。

 この世界に必要とされていないのかもしれない。
 それでも、皆を大切に想う気持ちは、アリアスに負けない。


 アオを、ジゼを想う気持ちは、絶対に、負けない──!


「アオを、皆を、ジゼしゃまを、まも、て──!」

 リトの胸から、透きとおる光が噴きあがる。


「リト──!」

 目を剥くジゼが、遠くに見えた。

 その向こうで、縦に裂けた血の瞳孔が、リトを捕らえる。


『見ツケタ』

 巨大な牙を剥いて、魔人が嗤う。
 真っ暗な牙の向こうで、真っ赤な舌が蠢いた。

 瘴気の爆風が、吹いた。

 真っ暗な渦が、噴きあがる。
 世界が、薙ぎ倒される。

「ぐぁ──!」

 重い鎧をまとう騎士たちでさえ、飛ばされた。
 隊列を組んだ騎士を蟻でも避けるように払い除け、伸ばされた鉤爪がリトを掴んだ。

「──っ!」

 ちっちゃな牙で巨大な指に噛みつくリトを、ぶるんと振っておとなしくさせた魔人に、アオが、ジゼが斬りかかる。

 見えぬほど速く飛んだアオが魔人の指に突撃する。
 アオを援護するように跳んだジゼが、襲いくる魔人の指を薙ぎ払う。

「リト──!」

 アオの剣が、ジゼの刃が、魔人へと迫る。
 真っ暗な巨大な指に突き刺さるかに見えた剣が、

 バキィ──!

 砕け散る。


「リト──!」


 のばす指は、いつも、届かなくて


 でも、そのほうがいいのかもしれない


 ジゼの隣でしあわせに笑うのは、別の人だから








 瘴気の渦に呑まれた。

 真っ暗な世界に引きずり込まれるように、魔人に捕らえられたリトは落ちてゆく。

 アリアスはいてくれない。
 浄化魔法なんて、リトには使い方さえわからない。

 魔界からこぼれた瘴気を吸いこんだだけで、息ができなくなった。
 魔界に落ちたら、おしまいだ。


 死ぬ。


 セバを、アオを、ジゼを、苦しめてしまうかもしれない。

 それはとても心の痛むことだけれど。


 ジゼに救ってもらったから、皆に逢えた。
 皆がやさしくしてくれて、皆と笑った。

 生まれてきてよかったと思えた。
 ふあふあを抱きしめて笑ってくれたから、獣人として生まれたことも、愛しく思えた。


「……ジゼしゃま……」


 あなたに逢えて、しあわせでした



 微笑んだリトは、手を振った。

 皆が、ジゼが苦しまないように願って。



「しあわせ、でしあ!」

 瘴気の向こうから、手を振った。






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