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泣いちゃう
しおりを挟む真っ暗な闇のなか、龍の涙でぺしょぺしょになったリトは、龍に雫がかからないようにちょっと離れて、ふるふるした。
自己紹介がまだだったと、手を前で重ねる。
セバの教えだ。
「リトでし」
丁寧に頭をさげて名乗るリトを、巨体を屈めて覗きこんだ闇龍は、首を傾げる。
大きなしっぽが、不思議そうに、ぱたりと揺れた。
『人間に、耳としっぽ、ついてる?』
「獣人でし」
首を反対側に傾げた闇龍は、頷いた。
おごそかに、大きな口が開かれる。
白い牙が、真っ暗闇のなかでさえ、鋭く光った。
『僕、レォヅァーン』
低い声がリトの足とふわふわの耳を震わせる。
お腹の奥に響くような、振動を伴う声は、さすが龍──!
畏敬と憧憬をのせて、リトはぽふぽふしっぽを振った。
「れぉ、ぁーんしゃま!」
言えなかった!
ぺしょぺしょの耳としっぽを更に垂らすリトに、レォヅァーンが喉を鳴らす。
やわらかな低い響きが、真っ暗闇を伝ってゆく。
『レォンでいーよ』
「レォンしゃま! かこいー!」
ぱちぱち拍手するリトに、レォンがほんのり赤くなった時だった。
パァアァアアァア──!
突然目の前に現れた光の洪水に、目を瞠る。
「あばばばば!」
わたわたするリトの後ろで、巨躯がのそりと蠢いた。
あふれゆく桜の光の向こうから
「リト──!」
ジゼの声が、聞こえる。
夢かな。
瞬くリトの目の前で、光の扉が開いてく。
キュァアァアァア──!
「リト!」
駆けてきたジゼに、抱きしめられた。
リトのちいさな肩が、ジゼの涙で濡れてゆく。
「無事で、よかった……!」
涙に掠れる声で呟いたジゼは、リトを背に庇うように剣を抜いた。
「リトが逃げる時間を稼ぐ。アリアス殿と逃げてくれ」
「援護する!」
「ぼ、僕も!」
カィトが剣を掲げ、震えながらもノァが魔法の杖を振り翳す。
「リト、はやくこっちへ──!」
震える足で、テデが叫んでくれる。
「突撃!」
駆けるルァルが振りあげた剣を、両手を広げたリトが止めた。
「だめ──!」
突然目の前に飛び込んだ、ふわふわの耳ともふもふのしっぽに、あわてて剣を引いたルァルが仰け反った。
「…………は?」
「リト、逃げるんだ、速く!」
リトを背に庇い、闇龍に剣を向けるジゼの前に、引きずる足で駆けたリトが、割り込んだ。
「だめ──! レォンしゃま、歯医者さ、行きた、だけ──!」
必死のリトの叫びに
「………………は?」
皆が、あんぐり口を開けた。
「……歯医者?」
絶世のかんばせを誇るルァルの顎が、落ちそうになってる。
茫然とするノァとカィトの顎も、落ちそうだ。
「ぇえーと、リトたんは、龍さんの言うことが、わかるのかな?」
強大な光魔法を使ってくれたのだろう、ぜはぜはしながら、唯一冷静らしいアリアスが聞いてくれた。
「レォンしゃま、お供え、虫歯、なちゃた! 歯、いたい、いたぃ、出てきた、皆、逃げた、泣いちゃぅ!」
ちっちゃな両手を握って、懸命に訴えるリトのしっぽが、ぽふぽふ揺れる。
「……リトの攻撃力に、僕も泣いちゃいそうだよ」
赤い頬でアリアスが呟いた。
真っ赤なジゼだけじゃない、ルァルとカィトとノァとテデまで、胸を押さえてる。
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