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かぜひきさん(お気に入り2000御礼。カクレモモジリ様リクエストありがとうございます!)

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「けほ、けほ、くしゅん!」

 リトのくしゃみといっしょに、ふあふあの耳としっぽが、びひゃんとふるえた。

 熱い頬で胸を押さえたジゼは、それどころではないと慌てて駆け寄る。

「リト、風邪か!?」

「……そ、なの、でし、か……? ジゼしゃま、うつ、りゅ……」

 呟いたリトの大きな目がくるりと回る。

「リト──!」

 傾いだちいさな身体を、抱き留める。

「……ジゼ、しゃま……ごめ、なしぁ……」

 燃えるように熱い身体と、掠れる吐息に、初めて出逢ったときのリトの記憶がよみがえる。

「リト──!」

 抱きあげたリトを光速でテデのもとに運んだ。

「ジゼさま──!?」

 跳びあがるテデに、腕のなかのリトを見せる。

「リトが酷い熱だ、はやく治癒を──! 頼む、テデ──!」

 声が、ふるえる。
 指が、ふるえる。


 きみを、失いたくない


 縋るように見つめたテデは、リトを見て、脈をさわり、胸の音を聞いて、ちいさく笑った。

「風邪です、ジゼさま」

「大変だ、はやく治癒魔法を──!」

 叫ぶジゼに目をまるくしたテデが、眩しそうに、切なそうに、目を細める。

「……ジゼさまも、そんなお顔、なさるんですね」

 今にも泣きだしそうな、情けない顔をしているのだろう。

「酷い顔なのは自覚している。はやく、リトを──!」

 テデは首を振った。

「病原微生物による感染、風邪による発熱は正常な免疫反応であり、あまりにも高熱な場合、衰弱している場合は対症療法として治癒魔法を使いますが、無理に熱を下げると免疫反応が弱まってしまうという考えもあるのです」

 キリっとテデは顔を引き締める。

「かわいい子には、鞭です! 熱を出して、今、リトは病原体と闘っています! それを応援するのが、ジゼさまの務めです!」

 わかった!

「が、がんばれ、リト──!」

 拳を握ってみた。


 テデの肩が揺れている。

 ……なにか、間違ったらしい。

 いや今、応援って言ったよな?


「いえあの、たとえです。看病してあげてくださいね、ジゼさま」

 ぷくくく笑うテデに、頷いた。


 ……はずかしい。

 燃える頬で、リトを抱きあげた。




「風邪のときには、あたたかくすること、こまめに塩と砂糖を少し混ぜた水分を補給すること、消化のよい栄養価の高い食事をとること、充分な睡眠をとることが大切です」

 テデの訓戒は胸に刻まれている。
 リトのためにお粥を作ったら大惨事になって病が悪化しそうなので、料理長に託した。
 英断だったと思う。

 効果的な水分補給のために、水に塩ひとつまみと砂糖少しを入れようとしたら、料理長に全力で止められた。

「塩を摂りすぎると死ぬんですぜ! 坊ちゃん!」

 危なかった!
 俺がリトを殺すところだった──!

 バクバク鳴る心の臓と、熱いリトを抱えて連れてきたのは、ジゼの寝室だ。
 リトが干してくれるからふかふかの寝台にそっと横たえる。
 リトが干してくれるからふかふかの布団をかぶせて、ぽふぽふした。

 テデが用意してくれた盥と氷枕の袋と氷嚢に、ジゼの手からあふれた凍気が氷となって詰められてゆく。
 水差しの水をちょっと足して、冷たい氷枕と氷嚢をつくり、リトの熱い頭をそっと持ちあげた。
 氷枕のうえに、ちいさな頭をのせる。

 いつもはふわふわの耳が、ぺしょんとしている。

 荒い息が唇から零れて、苦しそうなリトを見ているだけで、心の臓が掻き毟られたように痛くなる。

 そっと、ちいさな額に氷嚢をのせた。
 カシャリと氷が音をたてる。
 リトの額を、頬を伝う汗を、氷水に浸して絞った布で拭った。


「……リト」


 きみが苦しいと、俺も、くるしい


 そんなこと、知らなかった。

 いつもより、ずっと熱い手を握る。
 ぼんやり、リトが目を明けた。
 熱に潤んだ瞳が、ジゼを見あげる。

「……ジゼ、しゃま……うつ、りゅ……」

「俺にうつせば、リトは治る」

「だめ、れし……! 迷信……!」

 ぺしょぺしょの耳としっぽで、距離をとろうとするリトを、抱きしめる。

「治癒魔法を使うと抵抗力が弱くなって、よくないらしい。看病くらいさせてくれ」

『がんばれ、リト──!』は忘れてくれ。

「主、しゃま、従僕の、お世話、しな──! だめ、でし……!」

 ふるふる首を振るリトの耳もしっぽも、ぺしょぺしょだ。

「俺はする」

 抱きしめる。

「ジゼしゃま、だめ……!」

「いい」

 ふんと鼻を鳴らしたら、コンコン扉が叩かれた。

「坊ちゃま、卵のお粥をお持ちしました」

「坊ちゃまはやめろ」

 憤慨しつつ扉を開ける。
 たまらなくいい香りの卵粥を持ってきてくれた料理長が、にやにやしてる。






「リト、あーん」

 粥を匙で掬って差しだしたら、ほわほわの耳の先までボフボフになったリトが飛びあがる。

「きゃー!」

「リト、安静」

 ボフボフになったしっぽを、大事にふかふかの布団のなかに押しこんだ。

「じ、ジゼしゃま……」

 リトのおっきな瞳が、うるうるしてる。

「あぁ、熱かったか」

 料理長はできたてのお粥を土鍋のまま持ってきてくれた。
 ボコボコしてる。
 危険物だ。
 失念していた。

「ふーふー」

 冷ましてみた。

「リト、あーん」

 ぴょこんと跳びあがりそうなリトを、匙を持っていない方の手で、ふわふわの布団のなかに押し込める。

「安静」

「ふぇ……! あ、あのあのあの……ふぇえ……ジゼしゃま……!」

「あーん」

 そっと、匙を差しだした。
 うるうるの目で、真っ赤な頬で、見あげてくれる。

 そうっと、そうっと開けられた唇に、やさしく匙を押しこんだ。

 ちいさな両の手で、ちいさな顔を覆ったリトが、うずくまる。
 ほわほわの耳の先まで、真っ赤だ。

「おいしー?」

「ふぇえぇえ──! ジゼしゃま……!」

「あーん」

「きゅ──!」

 ボフボフのしっぽの先まで真っ赤になったリトが、ぱたりと倒れた。



「テデ──! リトがぁあァア──!」

 涙目で光速で呼びに行ったテデは、爆速で駆けつけてくれ、布団のなかでぷるぷるして真っ赤になっているリトと、くつくつの卵粥にすべてを察したらしい。

「ジゼさま、リトがもうちょっと元気になるまで『あーん』はお控えください。
 リトが爆発します」

「すまない──!」

「ジゼしゃま、何も、わるくない、でし──! あぅあー! ごめなしあ──!」

 号泣したリトが

「きゅー……」

 ぱたりと倒れる。

「リト──!」

 号泣しそうなジゼの肩に、テデは手を置いた。

「ジゼさまは、リトが元気になってから看病しましょうね」

 料理だけでなく、看病も落第らしい。

 泣きたい。




「……ジゼしゃま、ありあと、ござまし……僕、しあわせ、でし」

 そうっと伸ばされたリトの指が、いつもよりずっと熱い指が、手を握ってくれる。

「何も、上手くできないけど……」

 俯くジゼに、リトが首を振る。
 ふわふわに戻った耳が、ジゼの頬をくすぐった。


「リトの傍に、いたい」

 熱いちいさな身体が、ふるえた。


「……ジゼしゃま……」

 やさしい、あまい声が、俺の名を呼んでくれる。


 熱い腕で抱きしめてくれるきみを、抱きしめた。










────────────

 カクレモモジリ様のリクエストで、リトがお風邪をひいちゃってジゼが看病する話でした!

 とても可愛いリクエスト、ありがとうございます!

『あーん』は外せないだろう! と思って書きました(笑)

 楽しんでくださったら、とてもうれしいです。



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