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砕ければいい

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「わぁ、おいしー!」

 桜の瞳をきらきらさせて、リトが淹れたお茶を飲んだアリアスが喜んでくれた。

『獣人の淹れた茶など、汚くて臭くて飲めるか!』

 言わなかった。

 リトは目を瞠る。

 ぴんくの髪の主人公というと、やな人で、傲慢で、自分本位で、恋路と性欲に忠実で、攻略対象を漁るのが生きがいみたいな人を想像してたけど、アリアスは違うみたい?

 いや、いい人の演技が物凄く上手な転生者もいたはずだ。
 ひっかかると、あんぽんたん全開のやな人の場合より酷い目に遭う!
 オンライン小説を読みまくりだったよ、危機回避はばっちりだ!

 ……うん、どうして肝心のBLゲームの知識がよみがえらないかな……?

 こんなじゃジゼの恋路を応援できないよ!

 思って、初めて気づく。


 主人公とジゼの恋を応援したくないから、BLゲームのことを思い出せないのかもしれないと。


 ……なんて、醜くて
 なんて、さもしい


 ジゼは、リトの命を救ってくれたのに。
 従僕として傍において、こんなにもやさしくしてくれるのに。


 ジゼのしあわせのために、何もしようとしないだなんて。


 ぎゅっと唇を噛んだリトは、顔をあげる。

「応援、するでし」

 囁きは主人公に届いただろうか。
 桜の瞳が、リトを見た。

「お名前は? あ、僕はアリアスだよ。アリアス・ホボーラエ」

「リトでし、アリアス、しゃま。ジゼしゃま、従僕、でし」

 軽く膝を折って敬礼する足が、ちょこっとよろけるのを支えてくれようとしたアリアスとジゼの手が重なった。

「あ……し、失礼しました」

 真っ赤になったアリアスが、慌てたように手を引っ込める。

「いや、リトをたすけてくれて、ありがとう」

 ふうわり、ジゼが微笑む。
 桜の花びらが、舞いあがる。

 目で見て解る、主人公の攻略具合!

 ジゼが主人公を想う気持ちを、突きつけられる。


 歪みそうな顔を、笑顔に変える。


 ジゼがしあわせになってくれることが、しあわせなんだから。



 ジゼが、笑ってくれるなら

 こんな胸、砕ければいい









「セバ、ちょっと」

 こそこそセバを手招いたジゼが声を潜める。

「どうなさいましたか、ジゼさま」

 あわせて声を潜めるセバに、ジゼは狼狽えたようにリトを見て、すぐ視線をセバに戻した。

「リトが泣きそうな顔をしている! 外出を中断したのがそんなに辛かったのか? アリアス殿を馬車で送ったらすぐに外出を再開すべきか?」

 真剣な目で相談するジゼに、セバの目が遠くなる。

「ジゼさまは、もうちょっと心の機微に敏くなるといいですねえ」

「鈍いからこうやって聞いているんだ!」

 低めた声を荒げるジゼに、セバは吐息する。

「アリアス様を、ジゼさまが抱きあげる必要はなかったのでは?」

「何を言う。我らの咎で怪我を負わせたのだ、主が対処するのは当然だろう。主がいるのに踏ん反り返ったまま何もせず、部下に謝らせ、対処を任せてどうする!」

 ふんと鼻を鳴らすジゼに、セバは眉を下げた。

「私の失態を肩代わりしてくださるジゼさまには尊敬しかありませんが、そこでリトがしょんぼりするとはお思いにならない?」

「足に負担が掛からぬ体勢で運んだだけだぞ? 怪我人の運搬で、しょんぼりするのか?」

『?』がくるくる回っているジゼに、リトはあわあわ首を振る。


 同じ部屋にいる人間の声なら、どんな囁きでも聞こえるのです。
 獣人だから!

 この耳は、ふわふわなだけじゃなくて、とっても優秀なんだよ。


「ジゼしゃま、僕、元気、でし! 外出、終わり、だいじょぶ、僕、これ、もらた!」

 ジゼがくれた、ジゼの瞳の色のリボンを結んで、笑う。
 元気になった耳としっぽが、ふわふわ揺れた。

「──っ!」

 ジゼが胸を押さえてる。
 アリアスも胸を押さえてた。

 もしかして、もしかすると、これは大流行の可愛い癖なのかな?

 リトも胸を押さえてみた。

 セバが生温かい目で、頭をなでなでしてくれた。
 ジゼの氷になった目が、セバを刺してた。




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