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にがいのです
しおりを挟むしょぼんとしたしっぽと耳を立て直そうと、あわあわリトは力を籠める。
テデに突っ込まれたジゼが、茫然とリトを見つめた。
「……え……? リト……? も、もしかして、そんなに今日の外出を楽しみに!?
す、すまない、この埋め合わせは必ず──!」
わたわた駆けてきたジゼが、わしゃわしゃ頭をなでなでなでなでしてくれる。
「ふぇ」
「リト──!」
ジゼのほうが涙目で、あわあわリトは首を振った。
「……ごめ、なしぁ、ジゼしゃま」
「リトが謝ることなど、何もない──!」
ぎゅう
抱きしめてくれるのに、ジゼの香りに、違う甘い匂いが混ざってる。
きっと、主人公の香りだ。
ジゼの、運命の相手だ。
思うだけでぎゅうぎゅうする胸で、リトはジゼを見あげる。
「応援、するでし」
「……え?」
「がんばって、くだしぁ、ジゼしゃま」
そっと、ジゼの背を押した。
怪訝な顔をしたものの治療が気になったのだろう、ジゼはテデの手元を覗きこむ。
「治りそうか」
「さいわい、骨に異常はなさそうです。しかしこれだけ腫れているとなると靭帯が損傷しているかもしれません。とすると、治癒魔法を使っても、完治させるまでしばらく掛かります。通って貰わねばなりません」
「こちらの落ち度だ、馬車の手配をしよう。我が名はジゼ・ディオ・ジェディス。きみの名前は?」
ぱちりと桜の瞳が、瞬いた。
「……ジゼ・ディオ・ジェディス……さ、ま……?」
ふわりと、桜の髪が、舞いあがる。
主人公が伸ばした手を、支えが必要だと思ったのか、ジゼが取る。
どこからともなく舞い散る桜の花びらと、あふれゆく桜の光に、リトは目を瞠る。
「邂逅イベントだ──!」
叫んだのは、リトじゃなかった。
愕然と桜の瞳が見開かれて、ジゼを見あげる。
「…………え?」
茫然としたジゼに、わたわたした主人公は、あわあわ居住まいを正した。
「え、えとえと、お、お初にお目に掛かります、ジゼさま。ホボーラエ男爵が三男、アリアス・ホボーラエにございます」
立ちあがって膝を折り、敬礼しようとしたアリアスがよろめく。
「危ない!」
支えるジゼと主人公を祝福するように、桜の花びらが舞った。
──あぁ、そうだ。
あのBLゲーム、攻略対象の印象がよくなると、桜が舞ってた。
印象が大きくよくなると、桜の光があふれて、主人公と攻略対象がキラキラして、スチルを彩る。
なつかしい。
この目で見られるなんて、すごい。
うれしいはずなのに、どうして視界は、潤むんだろう。
応援する。
決めたはずなのに、どうして胸は、ぎゅうぎゅうするんだろう。
「……ジゼしゃま」
唇にのせるあなたの名が、こんなに苦い。
「わぁ、ほんとに桜が舞ってる」
ひらひら舞い落ちる桜に手を伸ばすアリアスに、リトはあわあわ従僕の役目を思い出す。
「お掃除、するでし」
桜の花びらは舞っている時はたいへんあでやかだが、絨毯のうえに落ちて踏みつけられては切ない。
ちっちゃな指で、次々と桜の花びらを拾うリトに、アリアスは痛いのだろう足を動かして避けてくれる。
やさしい。
丁寧だし、礼儀正しいし、ほんとうの主人公みたいに、いい人なのかな……?
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