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ふかふか
しおりを挟むふかふかの寝台で、ぽやぽや目が覚めるたび、リトは夢だと思う。
「……いひゃい」
ひっぱる頬は、いつも痛い。
ふわふわに戻ったリトの耳が、ぺしょりと垂れた。
帝都にあるらしいジゼの住まうお屋敷の一室で、リトは眠ることを許された。
テデとジゼが毎朝、毎晩、様子を見に来てくれる。
さらさらの月の髪が扉から覗くたび、ぴょこんと跳びあがるリトのしっぽは、うれしさにはち切れそうにぶんぶん揺れた。
最愛の推しが、目の前で生きてる。
なめらかに動いて、月の髪がさらさら揺れて、蒼い瞳で見つめてくれる。
絶対夢だ。
思って引っ張る頬は
「……いひゃい」
むぅ。
でもきっと、夢だと思う。
痛みにしょげる耳と裏腹に、推しに逢えたよろこびを体現するしっぽはふりふり揺れている。
ちいさな顔を掌で覆うジゼの耳がほんのり赤いのは、気のせいかな。
「おぁよ、ござ、まし、ジゼしゃ、ま」
「おはよう、リト。
身体の具合は?」
「元気、れす」
口はちょっと、動き難い。
5歳だから、もうちょっとちゃんと喋れるはずなのに!
……前世の年齢までは覚えてないけど、いい歳だった気がする……
イイ歳のおじちゃんが、赤ちゃん喋りか……
遠くなったリトの目を追うように、リトの様子を診察してくれているテデに、ジゼの目が落ちる。
「神経を侵す魔素が身体を巡った時点で死ぬ病なんです。あれほど末期で高熱と痙攣で昏倒したにしては奇跡的な回復を遂げていますから、睨まないでください、ジゼさま!」
テデが泣いてる。
「命、ある。
ジゼしゃま、おそば。
うれし、れす」
ぽふぽふしっぽが揺れる。
火照る頬で見あげたら、ジゼはぎゅ、と胸を押さえた。
あわあわリトは手を伸ばす。
「ジゼしゃま、くるし?
だいじょ、ぶ?」
唇を覆ったまま、ジゼは頷いた。
ほんのり耳が朱い気がするのは、きっと気のせいだ。
「む、胸の病ですか──!
さ、ささささ早速診察を──!」
鼻血を垂れ流すテデがジゼの胸をはだけようとするのを、鉄拳が止めた。
「要らぬ」
「いひゃい!」
吹き飛ばされたテデがうれしそうなのは、何故だろう。
「素晴らしい回復力だよ、さすが獣人!」
テデが褒めてくれるほど、リトはめきめき回復した。のは、今までろくなご飯を食べたことがなかったからだと思う。
前世の知識が蘇ってみると、今まで食べてたのは……残飯よりさみしい、カビて腐りかけの、病気になりそうなものばかりだった。
それが獣人のふつうだ。
いや、ご飯が食べられる、というのは、素晴らしいことだった。
ひと月くらい水だけで働かされることなんて、ざらにある。
獣人は酷使しても、すぐには死なない。
死んだところで痛くも痒くもない使い捨てだ。
だから皆、五歳までしか生きられない。
懸命に働いても、殺されてしまう。
なのにジゼのおかげで生きのびて、前世と比べてもちゃんと美味しいと思えるご飯を食べさせてもらえたから、喜んだ身体が張り切って回復してくれているのだろう。今までの分を取り戻すように。
「こ、なに、ふかふか! ありあと、ござ、まし!」
病人用の流動食ではなくなり、獣人として生まれて初めて食べた、ふあふあのパンに涙が出た。
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