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ゲームの世界

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 トエの声に応えるように、倒れていたおじさんが立ちあがる。
 操られた人形のように、笑った。


「ヒヒヒヒヒ。
 きみのご主人さまは、僕になる」

 繰り返される台詞。

 決められた道。

 意志に反して動く身体と唇。


「…………トエ、なのか」

 皆の心を、踏み躙り続けたのは。


「僕だよ」

 嗤うトエの頬を、零れた涙が伝い落ちた。




 ああ、そうだ。

 ここは、ゲームの世界。


 ゲームマスターさえ、ゲームに組み込まれ、動けない。

 ただ、お話を、決められたとおりに遂行するだけ。


 ともだちの急所の角を、叩き斬り
 ともだちをモブレに追い込むことを

 遂行するだけ。


 トエの、ほんとうの心は、ぐちゃぐちゃに潰れても。





 俺たちに、心はあるのに。

 生きて、涙を流すのに。


 ゲームの世界が求める俺たちは、決められた台詞を囁き、決められた表情で笑い、決められた表情で泣く、正確なロボットだ。


 それは、このゲームの世界のなかだけのことじゃ、ないかもしれない。


 リアルの世界でも、なかった?


 学校や職場で、ふだんの生活で、求められる台詞を言い、求められる表情で笑い、求められる表情で泣く。

 誰かが決めたレールの上を歩いているみたいな感覚が、指先に纏いつく。

 同じことばかりを繰り返す毎日が、霞んでく。


 自分の心が、どこにあるのかも、解らなくなって。

 自分が、ほんとうはどうしたいのかも、消えてゆく。


 気づいたら、老い衰えて。
 死が、静かに歩み寄る。


 何のために生きているのか、解らなくなって。

 ひとりぽっちが、押し寄せる。


 ゲームの世界では強制力と呼ばれるそれは、リアルの世界では、運命とか宿命とか使命と呼ばれるものなのかもしれない。


 皆が、あると信じているもの。

 だから動けないと、信じているもの。

 だから努力は叩き潰され、だからここにいるしかないと、信じさせられているもの。



 ひざを抱えた前世の記憶が、蘇る。


 リアルの世界で、俺たちを雁字搦めに縛るように見えるすべてはきっと、幻だ。

 努力しても努力しても努力してもだめでも、それは運命でも宿命でもない。
 運命とか、宿命とか言い聞かせて、あきらめるための、幻だ。


 俺は、いつも、諦めてきたから。


 がんばっても、成果は出なくて。
 努力しても、きらわれた。

 俺がすることは、ぜんぶ、いやなことで。
 俺がすることには、何にも、意味がない。

 そうして自分を追い込んで。
 真っ暗なところで、泣くことしかできなかった。

 自分が、きらいで。
 世界が、きらいで。
 俺をいじめる皆、死ねばいい。

 真っ暗な思いに塗りつぶされた俺は、いつも、ひとりぽっちだった。



 それはきっと『愛のラビリンス』のゲームの世界の俺も、同じだ。

 残念な悪役の俺がすることは、ぜんぶ、いやなことで。
 俺がすることは、いじわるメーターを上げるだけ。

 主人公にざまぁされて、嗤われるだけの存在。



 『悦のラビリンス』になったら

 主人公の俺がすることは、すきすきメーターを上げることで。
 残念な悪役のレイトに、いじめられることで。

 攻略対象やおじさんに回されて、快楽堕ちを喜ばれるだけの存在。



 そう信じたら、そうなるしかない。

 あきらめたら、そうなってしまう。



 どの世界も、あんまり、やさしくない。

 だって、傷ついた方が、苦しんだ方が、輝くから。

 辛い目こそが、あなたを、輝かせるから。



 あなたを輝かせるために、苦しいことや、哀しいことが降ってくる。


 愛の鞭は、痛すぎて。

 壊れてしまいそうになる。




 この世界の皆は、きっと、頑張っても、頑張っても、頑張っても、だめだった。

 でも、あきらめきれなくて、だからアルフォリアもトエも、泣いてる。


 あきらめたら、前世の僕みたいに真っ暗になって、果てのない絶望に墜ちてしまう。

 だから皆、ぎりぎりのところで踏ん張って、泣いて闘ってる。



 この世界がゲームなら。
 何度でも、リセットできる。
 何度でも、闘える。

 あきらめることなんて、ない。
 信じていても、何万回も繰り返したアルフォリアもトエも、ボロボロで。

 崩れ落ちそうな時に、俺が前世の記憶を持って、転生した。


 アルフォリアが持っていた、ボロボロの本。
 あの本だけが、繰り返す世界で、時を経ていた。


 転生者が、ほんの少しだけ、世界を変えた。


 それは『愛のラビリンス』から『悦のラビリンス』への移行だったのかもしれない。


 それでもアルフォリアにも、キーザにも、ジェミにも、この世界がゲームで、何度も同じことを繰り返してる記憶が、微かにある。

 皆、変えようともがいてる。




 この世界を変える力が、転生者にあるなら。


 俺は、きっと、世界を変えられる。









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