上 下
21 / 86

21

しおりを挟む
 愛梨と俺の関係は周りから見たらかなり歪である。
 両親の仕事が忙していつも一人で家が隣同士。
 俺はいつも寂しそうな愛梨が気になり、剣の道に誘った。その時は五歳である。

 一緒に剣を習い、共に昼や夜を共に、時には一緒に寝たりもした。
 本当に家族のような関係であり、だからこそ互いの事を良く理解していた。
 理解している感じはあった。

 俺は小学高学年から才能が爆発して、上達のスピードが大きく上がった。
 それは共に習っていた愛梨を軽く凌駕し、剣道での試合で大人を倒せる程に。
 筋力などの肉体スペックも恵まれて、剣術の腕は歴代一と言われた事もある。

 でも、そんな俺はとても鈍かった。
 中学の時、愛梨が時々暗い顔をするようになり、声をかけてる時が多かった。
 毎回「問題ない」と言われて何も言えずにいた。

 俺は知らなかったんだ。
 愛梨がいじめられている事が。
 或いはそんな訳ないと、自らに暗示をかけていたのかもしれない。

 俺は誰かを守る為に剣術を磨いていた。
 愛梨を守って行きたいって、幼いながらに思っていたのかもしれない。

 だから、あの日、愛梨が男達に囲まれている姿に驚いた。
 事情を聞き出したら変な噂ばかりで、事実とは違った。
 愛梨も俺と同じように学校の部活には入ってないので、一緒に帰る事が多いし、寝る時以外はずっと同じ家にいる。
 だから嘘だって分かった。

 そこから口論となり、取っ組み合いが始まった。
 俺は武術経験者だから、反抗しないでずっと暴力に耐えていた。
 対して痛くなかったし。

 でも、愛梨に手を伸ばそうとした男が目に入り、小枝を握った。
 その瞬間に何かが切れたかのように俺は男達を制圧していた。
 気づいた時には、苦しんでいる男達が地面に転がっていたんだ。

 一番状態が安全な人でも三ヶ月の入院と成ほどに。

 人を守る為に鍛えた剣術が人を傷つけてしまった。
 その事実が俺の心を深く抉り、剣術から足を洗う事を決意した。

 その日以来、愛梨へのいじめはピタリと病んだ。
 その代わり、皆が俺を『悪魔』として扱うようになった。
 誰も近寄らない、誰も声をかけない、完全に孤立した。
 愛梨だけは変わらずにいてくれたけど。

 自分が怖かった。
 感情をコントロール出来ずに人を傷つけてしまった事が。
 本当は愛梨とも距離を置くべきだったと思う。
 でも、突き放しても彼女はどんな壁も粉砕して歩み寄って来た。

 剣術の道から離れようとしても、慣れた習慣は忘れないのか、夜な夜な自ら剣を振るうようになっていた。
 忘れたいのに忘れられない、人を傷つけてしまった時の記憶が時折蘇る。
 その度に深い後悔が俺の心臓を掴み取る。

 苦しい、怖い。

 その感情に支配され、ストレスを溜め込んだ。
 結果があの太った体型である。
 心のどこかで変わりたいと思った。

 高校は誰も居ない所を選んだ。
 愛梨はついて来たけど。

 俺を知らない人は⋯⋯知っていても体型が変わっていて分からないと思うが、多かった。
 その結果が『教室に居る豚』である。
 自分への罰だと思った。

 守る刃を攻撃の刃にしてしまった自分への罰。
 だから別に苦しくもないし耐えられた。

 俺は過去、その日に二つの後悔をした。
 愛梨の苦しみを察せずに溜め込ませてしまった後悔。ずっと近くに居たのに気づけなかった。
 もう一つが守る決意の信念を曲げてしまった事だ。

 そして今、それは俺だけが悪い訳じゃないと、もう一度俺に昔のように剣を振るって欲しいと、愛梨が攻撃を仕掛けて来る。
 冷静に考えれば今、昔の愛梨と俺はただ立場を入れ替えただけなのかもしれない。

 いじめと言われる行為を受けながら、周りに相談しないで一人で背負う事にした。
 俺が愛梨を守ろうとしたように、愛梨は俺を守ろうとしている。
 違う事と言えば、守れた経験の有無か。

 愛梨は対等な戦いで全力で挑んで来ている。
 それは打ち込む剣の重みで分かる。

 自分の気持ちを言葉で言う事は酷く難しく、簡単には理解されない。
 色々と言いたいのに、いざ言うとなると頭が真っ白になる。
 何を考えても、考えた先から消えていく。

 自分の複雑な感情は他者には理解されない。
 しかし、振るう刃には何となく、その想いが重みとして乗るのだ。
 魂を込めた剣が強くなるように、魂を込めて振るった刃は重く強い。

 愛梨は全力で俺を倒そうとしている。
 自分の方が強くなったと証明して、再び俺に剣の道を歩むように促す。
 武力行使、言葉なんて無くともそれだけで愛梨の本気の想いは伝わってくる。

 自分だけが苦しいんじゃない。
 自分だけが苦しむだけでは良くない。
 愛梨はそう言いたいのかもしれない。

 愛梨の考えは何となくでしか分からない。
 でも、それで良いかもしれない。

 今はただ、全力で愛梨と戦おう。
 彼女の想いを受け止めた上で、真っ向から打ち砕く。
 剣の戦いで楽しんで良いのか分からない。

 でも、神楽との協力した戦闘や愛梨との戦い。
 俺は今、酷く楽しんでいる事を実感している。
 剣術の家系のせいかは分からない。

 でも、とても楽しいのは自覚しているのだ。

 「なんでだろうな。ここまで楽しいって感じるのは!」

 「それが日向くんの本音だからだよ! 過去の事を忘れられないのは一緒だよ! あの時、すぐに相談していたらきっと未来は変わっていた! でも、時は戻らないから! だから、笑っていられる未来を掴み取るしかないんだよ!」

 「それが剣の道だってか?」

 「そうだよ。私は日向くんと一緒にやれるの、すごく嬉しいし。すごく楽しい! だから戻って欲しい。これは私のエゴだ! でも、日向くんも戻りたいって想ってるでしょ? 目が、君の瞳が凄く、活気づいているよ!」

 「⋯⋯そうかもね。そのエゴ、どこまで押し通せるかな?」

 「やってやるさ。私のせいで日向くんが剣の道を止めるなんて、間違ってる! 君は私のせいじゃないって言うだろうけどね」

 「ああ、何回だって言ってやるさ」

 互いに距離を離して納刀する。
 抜刀術の構えだ。

 「霧外流抜刀術、夜霧!」

 「霧外流抜刀術、水霧!」

 俺が繰り出す縦の一閃に対する愛梨の下からの斬撃。
 普通の状態からの剣術の形は同じだ。
 そこに抜刀が加わるかの違いである。

 でも、それだけで大きな違いとなる。
 鞘を利用した力の溜め方によって、一撃の火力が大きく変わるから。

 「はっ!」

 「はあ!」

 武器の性能なんて関係。
 ここは純粋に、互いに違う成長性で獲得した剣術のぶつかり合いだ。
 言わば、意地と意地のぶつかり合い。

 愛梨の想いはただ一つ、強さを示して俺に追いかけさせる事。
 俺はそれを受け止め、打ち砕く。
 そこには過去に囚われていた俺ではなく、純粋に愛梨には負けたくない俺が居た。

 そう、俺は愛梨に本音をさらけ出された事により、少しだけ吹っ切れていた。
 確かに悪い事をしたと思っている。
 正当防衛だと言えど、力の差があり過ぎて、俺が加害者だ。過剰防衛である。

 だけど、また剣の道に戻っても良いのだろうか?
 本当に今は楽しい。こんな楽しい時間が終わるなんて嫌だ。
 すぐ近くにこの楽しさを継続出来る選択肢がある。

 それを軽く受け取って良いかも分からない。
 分からない事ばかりだ、ダンジョン攻略を始めてから。

 「でも、今は愛梨と全力で戦う!」

 「⋯⋯にひっ! 私は常に全力だよ!」

 愛梨が明るく笑った。
 きっと俺も笑っているのだろう。

 でもでも、と言い訳はもう良いだろう。
 過去を引きずっても、ただ「どうしてあんな事を」と後悔するだけ。
 後悔を何年もしても意味が無い。

 その『後悔』をどう乗りきって『未来』に繋ぐかが大切なんだ。

 それを今、愛梨が教えようとしてくれている。

 「はぁ、はぁ、やっぱり日向くんは強いね」

 「愛梨も成長したね」

 「上から目線傷つくわ~誕生日私の方が早いからね?」

 「素直に感心して褒めたのに⋯⋯」

 「嘘つけ~。全力で来てないでしょ?」

 俺は少しダメージを受けた。愛梨はそこそこダメージを受けた。
 そして俺は『道』を見ようとはしていなかった。

 「それは違うよ。愛梨が強くなったから、いくら集中しても『道』が見えないんだよ。あれは極限の集中力の中、無意識で高速思考が行われて、最適解が見えるだけだからさ。同程度の技術を持った相手には無理」

 「怪しいな~。ふふ、まぁ、いっか。それじゃ、続きしようか」

 ちなみに俺達の戦闘に乱入して来た人達が複数人存在した。
 その時は愛梨がスキルを解放して瞬殺し、俺との戦いにスキルを封印して戻っている。
 時々俺の方にも来たけど、返り討ちにしている。

 かなりの被害を出していると、消滅した瓦礫を思いながら感じる。
 まぁ、どうでも良いけどね。

 「吹っ切れた俺は強いよ」

 「⋯⋯吹っ切れなくても強かったよ? 嫌味?」

 「しまらないなぁ」
しおりを挟む

処理中です...