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 俺は神楽を全く知らなかった。
 運だけで追い抜かされた人と一緒に戦って、守り守られていた。
 打算があったのだろうけど、耐えられなくなった。

 抜かされたら辛さ、裏切る辛さ、止めるにしても辛いのだろう。
 神楽の辛さは俺には全く理解出来ない。

 それが俺と言う、運だけで有名になった人間だから。

 でも、神楽は違う。
 努力の塊だ。夢を追いかけて努力の出来る立派な人間だ。

 俺のように、怖くて、辛くて、逃げ出したような男とは違う。

 「イフリート、フレアボム! フレアショット!」

 逃げ出して、辞めた身だけど。
 再び一度、習った剣術を使う。
 今までの俺は結局基礎で戦っていた。
 その状態では神楽には届かない。

 だから一度も見せてない、昔の俺として戦わないといけない。
 生き残りたいのもあるけど、神楽には勝ちたい。
 純粋な力の強さでは俺の方が上だと、思わせる。

 「霧外流、蜃気楼」

 俺は神楽の背後に移動した。
 神楽は正面をずっと見ており魔法をそっちに放っている。
 狙いは首だ。

 「まじかっ!」

 刀で受け流しながら後ろに下がる。

 「嘘⋯⋯なんで」

 神楽が驚いたかのように俺の方を見る。
 先程の歩行技術は一人を対象としているからイフリートには通用しなかったか。
 或いは精霊だからか。

 「私は、配信者として、探索者として、とても未熟だよ。努力はしてないし、試行錯誤もしてない。後先も考えてない。なんか適当に撮った動画が有名になった」

 「嫌味っすか?」

 「いーや事実だよ。皮肉とか、煽りに聞こえるかもしれないけど、神楽の努力を尊敬しているのは事実だ。だからこそ、こうして魔法を向けるんだよね」

 「ええ。だから裏切る計画を考えた⋯⋯誤算としては、貴女が優しい事ですね」

 「そう言ってくれてありがとうね。⋯⋯俺のようなクズを」

 「ん?」

 最後の呟いた言葉は俺でも無意識だった。
 聞こえてないようだったので安心だ。

 「でも、負けないさ。このイベントは配信者としての努力が力に成る訳じゃないからね」

 「だろうね。イフリート⋯⋯」

 「遅い!」

 イフリートは主の防御の時に魔法は使わずに殴って来た。
 つまり、命令しないと魔法を使わない。
 物理攻撃なら避ける事は簡単だ。

 そこに勝機は存在する。

 命令してからの魔法のタイムラグ、神楽の中にある俺には分からない葛藤による精神力の低下。
 刀一本で勝てる要素は存在する。

 「霧外流、水霧すいむ

 イフリートの物理攻撃を避けて、流れるように切り上げる。
 深く入る。魔法をメインに扱う神楽ではいなせない。
 確実にこの一撃で仕留める!

 「速いっ!」

 速いと言うより、会話の中で俺は神楽に近づいていた。
 歩き方により、相手が空気のように俺を認識して、近づいている事に気づいていなかったのだ。
 霧のように薄く、認識した時には既に死んでいる。

 それが俺の家の剣術、霧外きりがい流だ。

 「なぁ、神楽のイフリートズルくない?」

 イフリートに引っ張られた神楽は俺の斬撃を受けなかった。

 「運で登録者僕の三倍になるのはズルくないんっすか?」

 「お、言い返すねぇ。やっと笑みを浮かべたね」

 「ええ、少しだけ気分が楽に成りましたよ。全力を見せてください!」

 「⋯⋯見せてる」

 「モンカド使えよ」

 「⋯⋯断る!」

 本当に現状の条件が悪すぎるんだよ!

 イフリートをどうにしかしないと、神楽には勝てない。
 イフリートは地面から少し浮いている。

 どうすれば良いんだよ。

 「イフリート、フレアサークル!」

 これなら後ろに跳べば⋯⋯凄く違う。
 俺の本能が違うと告げている。

 「横っ!」

 俺は横に大きくステップし、とおり過ぎる魔法は炎の矢。

 「ちぃ」

 「ま、まさか」

 「あーはい。イフリートに命令して魔法を出させる、アレは嘘です」

 「ま、まじかぁ」

 確実に俺を裏切る準備をしていたし、完璧に騙されていた。
 段々と勘を取り戻していたからこそ、なんとか回避出来た。
 でもどうする?

 俺、その命令を聞いて避けるのに慣れてたんだけど?

 「イフリート、お願いね。霊装付与」

 炎の衣に神楽が包まれる。

 「フィールドカード『炎国』発動!」

 地面から熱気が登る。

 「精霊の炎ガイストフレア!」

 「おいおい」

 神楽からは紅の炎が噴射され、イフリートは複数の炎の球体を放って来る。
 あれが精霊魔法なのか? さっきまで見ていた魔法の威力が段違いだ。
 『黎明』とは違う、二人が違う種類の魔法を使っての攻撃。

 「避ける? いや、斬る!」

 俺は魔法に向かって突き進む。
 避けた所で数が多すぎる。
 だったら、必要分だけを破壊して近づく方が良い。

 だけど、それはイフリートの球体のみに言える事であり、神楽から噴射される炎は違う。
 だから、それは避ける。

 イフリートを倒さない限り神楽は倒せない。

 俺が狙うのはイフリートだ。
 勝算がある訳では無い。あくまで希望的予測。
 俺の手札は例のお助けアイテム一つ。
 これに賭ける。

 それを使って、イフリートを倒す。
 逆に言えば、それが出来なかった場合は俺の負けだ。

 「霧外流、輻射霧ふくしゃぎり

 風に飛ばされてしまうかのような軽くも荒い斬撃の数々、それにより炎の球体は斬られる。
 やはり真の剣術を使う場合、少しだけ体に鈍さを感じる。
 女の体だからかは分からないけどね。

 炎のお陰で相手との視界が遮られた。今のうちにインベントリを操作。

 「嘘、なんで止まらないの!」

 「君を倒す!」

 「⋯⋯くっ、ぼ、僕の想いは簡単には負けない! イフリート!」

 彼女との絆が深いイフリートは、神楽の想いの叫びに応えるかのように燃え上がる。
 放たれる魔法の熱は周囲の瓦礫を溶かす。

 あんなのは⋯⋯斬れない。

 絆の力で魔法の威力が上がる、それが本当の精霊魔法だったりしてな。
 ま、そんな事はないと思うけど。
 一部のスキルに裏設定はあると思うけどね。

 ガチャのスキル説明にイベントガチャなんてなかったし。

 「イフリート、こっちはお前を倒すんだよ!」

 お前の優先順位は自分の命よりも神楽の命だろう。
 神楽への危機的攻撃に敏感に反応するよな。
 それは先程までの行動でなんとなく理解している。

 だから、まずは神楽を攻撃する。

 「霧外流、ただの投擲!」

 「流派は?!」

 突き飛ばした刀は神楽を捉えている。
 イフリートはそれを腕で弾く。
 その刀は真っ黒な刀で、俺が一番最初に使っていた刀。

 その刀では精霊のイフリートには攻撃を与えられない。
 だから捨て身に使わせた。

 守りの体勢に入ったイフリートが魔法を使うためには確実にタイムラグが存在する。
 それは何故か、イフリートは魔法を使う度に手を向けていたからだ。

 それが癖か条件か分からない。
 ただ、神楽も含めて、魔法を使う時に魔法陣と接続されている部分を向けて来る。
 それが出せない今は魔法を使えない。

 神楽の盾になって守った。
 神楽は俺を見えていない。
 魔法を使えない。

 コレが俺の最初で最後のチャンス。
 最後のピースを使うぜ。

 「頼む、通用しろよ! トラップカード『確実に滑らせるバナナの皮』!」

 それを浮いているイフリートの足場にシュート!
 確実に滑らせる、条件不明。
 でも、確実ならイフリートにも通用してくれよ!

 踏むの条件じゃなくて、上にいる事が条件であれ!
 これが俺に出来る、最大限の悪足掻きであり切り札だ!

 『グオ!』

 「えっ」

 「きったあああああああ!」

 俺はイフリートの上に飛び乗る。
 制限時間はたったの三秒。

 「あっつ!」

 この新しく買った刀を抜いて地面を弾き、加速する。

 「おー、滑る滑る」

 足に感じる熱と共に、イフリートが高速で滑る。

 「ちょっとイフリートとデートして来ますよ!」

 神楽と10メートル一気に離れる。
 この10メートルが重要だ。召喚解除の範囲外!

 「魔法使われる前に倒させて貰う」

 三秒は経過した。
 俺は高く跳ぶ。

 「霧外流、夜霧よぎり!」

 縦一文字の真っ直ぐな一閃がイフリートを分ける。
 炎の粒子となり、イフリートが消えて行く。
 予想以上に脆い⋯⋯神楽と離れるとステータスがダウンするのか?

 「嘘、でしょ」

 「ふぅ。まぁ、こっちの勝ちね」

 俺は倒れ込んだ神楽に近づく。

 「いずれ一緒にダンジョン攻略しようね」

 「僕の動画、見てくださいね」

 「見ますとも。それじゃ、楽しかったよ」

 情けは与えない。その場合、同情したと思われるから。
 ここは潔く、俺が勝ったと思って貰う。

 「さようなら」

 俺は刀を振り下ろした。
 
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