上 下
4 / 86

4

しおりを挟む
 学校へと向かっていた。
 やっぱり、データ世界よりも体が重い。

 「日向くん、もう、本当に剣術はやらないの?」

 「はぁ。またそれか? 俺はもう、剣を握らないって決めただろ」

 最近は言う事がなかったのに、また言い始めたか。
 と言っても、俺は昨日、その剣術を使っていたりするけど。
 もう一度釘を刺すか。

 「愛梨、アレは俺が自分の意思でやった事だから、愛梨が気負う必要は無い。昔の俺ばっかり見て、剣術を父から習う必要も、俺に無理に関わる必要も無い」

 「それは違うよ。私は、自分がやりたいから剣術を習ってるし、昔から一緒にやってたじゃん。忘れた? それに無理に関わっている訳じゃないよ。私が日向くんと一緒に居たいんだよ」

 「そうかい」

 愛梨の顔が見れなかったが、いつものように心配そうな顔をしていたと思う。

 クラスではダンジョンの動画や攻略で盛り上がっていた。
 毎回そうだ。
 ダンジョンなんて娯楽の一つであり、探索者はバイトのようなモノ。ガチの職業にしている人もいるけど。
 現実には無い、フルダイブ型のゲームのようなモノだしね。
 だから俺は特に聞き耳を立てるような事はしなかった。

 そんな俺は珍しく、昼休みに芹沢達に呼び出されている。
 本当に珍しい。いつもは教室で解決する。

 「なぁお前、なんで白金しろがねさんと登校してんだよォ!」

 なんで気づかれた?
 成る可く早く登校して他の人達にはバレないようにしていたのに。

 「別に、家が隣同士だからだ。あい⋯⋯白金さんとはそれ以上の関係がない」

 「本当か?」

 「逆に聞くが、この俺に白金さんのような人が相手すると思うか?」

 「⋯⋯ふ、ふはははは! それもそうだな!」

 「うんうん。プラチナプリンセスと名高い白金さんがお前の様なデブスを相手する訳ねぇよな!」

 「ほらな! 芹沢、阿久津、俺の言う通りだろ!」

 そのような会話が繰り広げられる。
 愛梨、そんな二つ名が学校に広まっていたのか。⋯⋯可哀想だな。白金姫って⋯⋯聞かない方が良さそうだな。
 はぁ。わざわざこんな事の為に教室からそこそこ離れた場所まで移動したの?
 暇人だなぁ。

 俺の方が暇人だって? 黙れー。

 つーか、お前らの「ほらな」とか「やっぱり」とか言う会話を俺は聞かないといけないの?
 そろそろ帰りたい。
 帰るか。

 移動しようとしたら、壁ドンされた。
 足だけど。

 「なぁ、お前金寄越せよ」

 「ない」

 「俺はなぁ、最近ハマった配信者がいんだよ。だから寄越せ。オタクのお前ならオタ活の金くらい持ってんだろ?」

 「配信者に貢ぐなら同じでは?」

 すると、腹を蹴られた。
 結構本気なのか、体の中にめり込んでくる。
 力を込めるが、そこそこ苦しい。ちくしょう、頑張れよ脂肪ちゃん。

 「お前と一緒にするな! こっちは探索配信者だ! 金がねぇならお前もダンジョンで稼いで俺らに寄越せよ!」

 「意味が分からない」

 何故、せっせこ動いて手に入れた金をお前らにやらんといかんのだ。
 まぁ、無条件かつ数分で一億の金を手に入れたけどね。すぐにほぼ聞けたけど。

 「無理だって芹沢、こんな奴、すぐに殺されてアバター復活出来ずに永遠にダンジョン入れないって」

 「確かに! 初期アバターでスキルに鈍足があるんじゃねぇか!」

 芹沢、阿久津、我妻の会話を聞いている。
 呪系のスキルは相手に付与する系のしかなかった。
 つまり、俺の様なアバター改造が出来なくなる呪いスキルは俺専用なのだ。ほんまクソ。

 「てかさ、お前に拒否権ないの? 拒否するなら、いつも以上にボコすからな?」

 いや既にダンジョンで稼いでます~とか言えねぇ。
 そもそもダンジョンで稼ぐってよりも、スキルで稼ぐって感じだし。
 運だよ運。

 「無視すんなよデブ!」

 これ以上制服を汚されても困るので、次の攻撃を防ごうと思った。
 しかし、この場に最初の人物がやって来る。

 「貴方達、何をしているの!」

 「し、白金さん」

 「何をしているの!」

 「い、いやー」

 「い、行こうぜ」

 「だな」

 芹沢達が去って行く。
 美人パワーすげぇ。流石はプラチナプリンセス。

 「日向くん、大丈夫?」

 「あぁ、素人の攻撃なんて痛いとも思わないよ」

 ちょっと息苦しくなって苦しかったけど。後、少し痛かった。

 「ねぇ、アレいじめでしょ? ちゃんと先生に言わないと」

 「良いんだよ別に」

 言っても対応してくれない。
 言うだけ無駄なのだ。

 「でも、そんなの変だよ。日向くんが言わないなら私が言う!」

 「止めて!」

 「なんで!」

 はぁ、これは率直の気持ちを素直に伝えるべきか。

 「迷惑だよ、そうやられるの」

 「えっ」

 「これは俺の問題でお前の問題じゃない。関わって欲しくない」

 「でも⋯⋯」

 「でもじゃない。それに、これは⋯⋯いや、なんでもない。昼の時間終わるから帰るな」

 俺はこの待遇を受け入れている。
 昔への戒めも込めて。
 昔の俺が罪を重ねた。そして今の俺がその罪に対する罰を受けているのだ。

 「それじゃ、早く戻れよ」

 「ちょっとま⋯⋯」

 俺は彼女の静止を聞かずに教室に帰った。
 ⋯⋯本当に結構ギリギリだった。
 愛梨、間に合ったかな?

 放課後、クラスの中では一人のダンジョン配信者が話題に上がっていた。
 芹沢達もその人に興味深々らしく、俺に絡んでは来なかった。
 なんでも、この時間帯にプレミヤ公開があるらしい。

 その人は強力なモンスターを使っているので、ボンボンだとか言われていた。
 今回のプレミヤ公開はその人がモンスターと協力して戦う動画らしい。

 遠巻きに聞いた名前に俺は絶句した。
 二回目の動画であり、新人さん。
 その名前は『日陰』である。
 黒髪ロングの美少女らしい。声と重ねて初期アバターだと想定されているらしい。確定では無い。

 まぁ、見た目は変えられるから宛にならないしね。
 だけど正解だ。
 そいつは確かに初期アバターである。だからそこから現実世界の人物を割り出せる事は出来ない。
 だーって、そいつ俺だから。
 デブスの俺だから。

 「おかしいだろ」

 俺は急いで家に帰って、自分の事を調べた。
 たった一本の動画でクラス全体に知られるなんておかしいだろ。
 絶対に何かある。
 俺は必死にネットで調べた。

 「な! 初心者なのに強いモンスターカードを所持している美少女(予想)、⋯⋯まじかぁ」

 モンスターカードのモンスターの実力が高すぎてバズったらしい。
 いや、だからってそんなにすぐに広まるなよ。

 「あ? なんでDMが」

 DMの内容はクランへのスカウトではなく、モンスターカードを売って欲しいと言うものだった。
 無視しておこう。

 「タコ男の考察が結構あるな。それに日陰のリアルが全く不明、ね。⋯⋯データから現実を特定するのやめろよ」

 特定班が俺の事を特定しようとしているらしい。
 名前は偽名だと決めつけ、見た目は初期アバター半分改造半分で言われ、声で調査しているらしい。
 ダンジョンの場所からその場に居た人達も調査されているらしく、『日陰』の存在は不明。
 これでバレたら、リイアたんなどのVもやばいだろ。何故俺だけにそこまで全力を出せるの?
 モンカド、そんなに欲しいの?

 「まずい」

 ここまですぐに大きくなるとは思ってもみなかった。
 舐めてた。侮っていた。

 「二級のモンスターカードでも、話題性は十分だと」

 しかも、レベルと挑んでいるダンジョンランクを公言しているので初心者が確定しているし、ダンジョン内部の情報をあまり知らないど素人っぷりをさらけ出しているので、余計に話題性を上げていた。

 「くっそ! ここまでバズるっておかしいだろ! もっとモンスターカードの貴重性を調べるべきだった!」

 コレ、あれだ。
 ガチャスキル絶対に他人に言えない。

 「はは。俺って情報に疎いんだな」

 クラス全員に知られてしまっている。
 日陰の正体が俺だって、絶対に隠さないと。
 色々とまずい。
 モンカドもそうだし声もそうだし、何よりも豚でありながら美少女アバターを使う人って言うレッテルが⋯⋯。

 「最近は探索系の動画が多いし、それも影響してんのかね」

 そんな事を嘆いていたら、部屋がノックされた。
 俺の部屋までわざわざ来てノックする人は一人しかいない。
 今日は言い過ぎたし、謝りたいと思っていたところだ。

 「良いよ入って⋯⋯愛梨」

 「日向くん、ちょっと良いかな?」

 「その前に⋯⋯昼は言い過ぎた。ごめん」

 「き、気にしてないよ? それよりベッドに座って」

 俺と愛梨は隣同士で座る。
 太っている俺は少しだけ距離を開けるように座ったが、距離を詰めて来た。
 離れようとしても、もう既に隣は壁だった。
 横幅が⋯⋯。

 「ねぇ、今日クラスで凄い話題になっている動画見たんだよね」

 「へ~愛梨が珍しいね」

 「うん。私も探索者だし。⋯⋯その子さ、知識とか本当に初心者でトラップにもあっさり引っかかたりして、それが面白いんだよ」

 「へ~」

 落とし穴トラップ、アレはトラウマモノだ。
 タコ男が居なかったら死んでた。

 「なのにモンスターカードを持ってて、しかも強いモンスター。それが注目を集めたんだよ」

 「そうらしいな。俺のクラスでもその人の話で盛り上がっていた。適当な考察ばかり。金持ちの娘だとか、上級探索者のキャラ設定だとか」

 「うん、でも、声を変えている感じはなかったよね。だからこそ、女性なのは確定している」

 ふぅ。

 「女性で初期アバターだと推定した上で⋯⋯誰もリアルには近づけない」

 「そうらしいね」

 「探索系の配信者の新人って、興味本位で見る人が多いんだよ」

 そうなんだ。
 だから最初に伸びて、タコ男でさらに伸びた、と。
 結果がアレか。世の中分かんねぇ。

 「そうなんだね」

 「そうそう。だからどんな人でも一万再生は最初は行くんだよ。で、もしもそこで視聴者を捕まえられると良いんだよ。例えば日陰『くん』の場合は強いモンスターカードを初心者が使うって感じ」

 「くんって、女なんだろ?」

 愛梨がスマホを操作して、日陰の更新された動画を出して来た。
 そこにはタコ男に見守れながら、モンスターに単身で挑み刀で倒している映像だった。
 探索者らしい動画だと思う。モンスターを保護者っぽく置いている人はあまりいないと思うけど。
 タイトルの協力と言う文字がなんの意味も成してないが。

 「スピード的にレベルは公言されている通りだって、言われてる」

 「そうなんだ」

 「ねぇ、日向くん」

 「なに?」

 「日向くんって、日陰くんなの?」

 「違うよ」

 まずい⋯⋯コレは確信を持って言ってきている。
 なんで、バレてるんだ。
 全力でごまさかないと。俺の今後の学校生活及び人生に関わる。
 下手にバズってクラス全体に広まるなんて、予想出来るか! その時はまだ一本だぞ!
 全力で誤魔化さないと!

 幼馴染で普段ご飯を一緒にしている愛梨には一番知られたくない!
 キャラ作りまでして、言葉遣いも女性に近づけたのに、それらを知られたくない!
 頑張れよ、俺!
しおりを挟む

処理中です...