上 下
4 / 7

4、神さま、罰を当てる?

しおりを挟む



 三時間目が終わるころ、やっと水音みなとは学校に着いた。

 いつもの風景によけいな色がついているせいで、神社での出来事が夢ではなかったのだと思い知らされる。
 町を歩く老若男女、電車の乗客、学校の生徒、先生……みんな色とりどりのオーラに包まれていて、目に見えない虫か何かまで色を発しているらしく、空間に色だけついている場所もたくさんあった。

「まさか霊とかじゃないよね」

 廊下の端にくすんだ色を見つけた水音は、慌てて目をそらす。

「神さまのせいだ……」

 昨夜、夢に出てきたような気がするのだ。
 朝起きた時こうなっていたのだから、無関係なはずがない。

「みーなと」

 昼休みになってすぐ、後ろから声をかけられた。

「まこちゃん」

 水音はふり向き、やわらかいピンク色を目にして、表情をゆるませた。

 同じクラスの石井真子はわりと親しい友達だ。

「大遅刻なんて珍しいじゃん。どうしたの?」


 真子を包むピンクは淡くて、どこかホッとする色だった。

「ちょっと神社の用事で……」

 水音の両親も神職についているので、こう言えば家の用事だと伝わる。

「駅で待ってたよ、彼氏くん」

 水音は立ち止まった。
 先週からつきあいはじめた彼氏の顔がぼんやり浮かぶ。

「やば! 約束してたんだ」
「まじかよ」

 真子はあきれ顔で言う。

「謝り行った方がいいんじゃない? いくら向こうから告ってきたからって、すっぽかして知らん顔はまずいって」
「そうする。ごめん、ありがと!」

 2つ隣のクラスに急ぐ。

「大谷くん」

 呼びかけに大谷おおたに恵太けいたはふり返り、水音を見ると微笑んだ。

あらたさん、学校来てたんだ」

 先週まで委員会でちょっと話す程度だったので、二人の空気はまだぎこちない。

「今朝来なかったから、どうしたのかと思ってた」
「ごめんなさい!」

 1階の購買へ行くという恵太と並んで階段へ向かいながら、水音は言い訳を口にした。

「急用で神社行ったら遅くなっちゃって」

 水音はオレンジ色のオーラを見て、品行方正な恵太には似合わない色だと思った。

――色に意味ってあるのかな?

 占いなども興味がない水音には、オーラの色のことなんて全然わからない。

「次はちゃんと連絡するね」
「ドタキャンなんて、ない方が嬉しいけどね」

 恵太はじっと水音を見て言った。

「き、気をつける」

 ドキドキしながら目をそらした水音に、恵太は手を伸ばしてきた。

「どうしたの、これ?」

 耳たぶに恵太の指先が触れ、水音はびくりと身を震わせた。

「ピアス……じゃないか」
「え?」
「かさぶたが青くなった、みたいな」

 水音の脳裏に浮かんだのは、神さまのきれいなくちびる。
 頬をかすめて耳たぶに触れた瞬間、痛みが走った、あのくちびる。
 力強い腕に、深い青に包まれた感覚――もし水音が拒絶しなかったら、どうなっていたのだろう。

「傷かな。気付いてなかった?」
「う、うん……」

 あいまいに笑ってごまかそうと恵太を見た水音の目が、信じられないものをとらえた。

――色が変わってる!

 たった今、水音の耳に触れた恵太の手が、指先から黒っぽくなっている。
 まるでオレンジが腐るように、みるみるうちに変色していく。

「やだ……何なの?」

「どうかした?」

 恵太は水音の顔をのぞきこもうとしたが、急にふらっとバランスを崩して階段の手すりにつかまった。。

「大谷くん!」
「力がぬける……何だこれ」

 水音は支えてあげたかったが、自分に触れたところから黒くなったのが気になって、手を出せなかった。

「誰か……」

 助けを求めようと、恵太から目を離した時、ドンと鈍い音がした。

「わっ、落ちた!」
「大丈夫!?」

 騒然とするまわりの声で下を見ると、踊り場に恵太らしき男子が倒れている。

「嘘!」

 水音はあわてて駆け寄った。

「うう……」

 痛みがあるのか、恵太は苦しそうにうめいていたが、なぜかオーラはオレンジ色に戻っていた。





 病院を出ると、玄関前に月冴つかさの白い軽自動車が停まっていた。

 辺りはもう薄暗くなっている。
 水音《みなと》は黙って助手席に乗りこんだ。

「神社に行くからな」

 月冴の言葉にうなずきはしたが、水音はけわしい表情のままだ。

「彼氏、骨折だって?」
「腕と肋骨のね」

 救急車ではこばれた恵太を追って病院に来た水音は、さっきまで付き添っていたのだが、大事を取って一晩入院することになったので帰って来たのだ。

「おかしくない?」

 月冴には、電話で事情を話してある。

「大谷くん、あたしに触ったらオーラが黒くなって倒れたんだよ。鏡の神さまが呪ったんじゃないの!?」
「落ち着け。本当に呪いかどうか、わかんないじゃないか。偶然かもしれないし」
「偶然って、見てないからそんなこと言えるんだって」
「だけど朝、おまえ俺のこと突き飛ばしてっただろ? 俺は何ともないぞ?」

 そういえば確かに突き飛ばす時、両手で月冴に触れたが、瞬間的にドンと押しただけで素肌に触れたわけではない。

「とにかく、神さま呼び出して話さないとな。呪いってやつの真相も、まだちゃんと聞いてないし」
「……わかってるよ」

 水音はため息まじりに言った。

「でも、あの鏡に触るの、ちょっと抵抗ある」
「我慢しろ。たぶんだけど、水音にしか反応しないっぽいんだから」

 神さまを何とか出現させられないか、あれから月冴と父親、それに隠居した祖父まで加わって色々やってみたが、どんな古い祝詞《のりと》をとなえても鏡には何の変化もなかった。

「じいちゃんが言うには、巫乙女かんなぎみこというのは過去にも一人だけらしい」

「たった一人?」

「うちの神社ができた時の伝説、知ってるだろ? やんごとなき方が鏡に触れたら神さまが現れたって。それが巫乙女なんだって」
「それ、作り話じゃなかったの?」
「俺も何かの比喩だと思ってたよ。今朝、この目で水音が神さまを出現させるのを見るまでは」
 
ハンドルを握る月冴は真顔だった。

「おまえは神さまにとって特別な人間なんだ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地味子と結婚なんて可哀想なので、婚約者の浮気相手に尽くします!

羊蹄
恋愛
ホイットモー侯爵の次女、ベルタは17歳。 “侯爵家の生きた亡霊” “壁の花というより花柄の壁” そんなわたくしが婚約?? 地味に地味に生きてきたのに無理無理無理! お相手のかたが可哀想でしょ! 他に愛する方がいらっしゃるのね、そりゃそうよ。 だったらできることはただ一つ。 平穏な生活を送るため、その方に精一杯尽くします! 波風立てず、争わず。 慎ましくも穏やかな生活のために!! (2021.6.22-9.10 完結)

諦めたモノ

冬生羚那
恋愛
とある辺境伯の娘、アルメリア。突然告げられた婚約話に驚くも……。 それから月日は経ち……目の前に立ち塞がる2人が現れた。 アルメリアは幸せになれるのか。 ※なろう様に掲載していた短編です。

【完結】女が勇者で何が悪い!?~魔王を物理的に拘束します~

かずき りり
ファンタジー
この大陸ではハレアド教の教えが全てであり、その為、15歳になった時に鑑定を行う事で適正な職業が分かるとされている。 そこで引き当てたのは……勇者。 18歳に見えない? 15歳で受けるものだ? 忘れていたんだから仕方がない! お偉いさん達とは違い、辺境の村では働かざる者、食うべからず! 日々食べる為に働いてるんだい! そんなあたしが破壊勇者として、エルフ賢者と脳筋聖騎士、破廉恥聖女と魔王を倒すべく旅に出るのだが……。 --------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

婚約者に切り捨てられた直後、かつて別れざるを得なかった幼馴染みと再会できました。~元婚約者のその後はどうでもいいです~

四季
恋愛
婚約者に切り捨てられた直後、かつて別れざるを得なかった幼馴染みと再会できました。

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。 それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。 今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。 コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。 日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……? ◆◆◆ 「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」 「紙でしょ? ペーパーって言うし」 「そうだね。正解!」 ◆◆◆ 神としての力は健在。 ちょっと天然でお人好し。 自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中! ◆気まぐれ投稿になります。 お暇潰しにどうぞ♪

あの月の下で

如月 睦月
恋愛
『してはならない恋』に身を焦がす、2人だけのSNSが綴る淡く切ない大人のラブレター。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。 ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。 というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。 そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。 周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。 2022/10/31 第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。 応援ありがとうございました!

処理中です...