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2、神さま、あらわれる
しおりを挟む鳥居をくぐり、石の階段を駆け上がると、二つめの鳥居があって、その向こうに古ぼけた神社の建物が見える。
水音は息を整えながら、境内をぐるっと見回した。
「つかさ!」
捜していた人物を見つけて呼びかけると、細身の男がふりかえった。
白い着物に浅葱色の袴を身につけ、竹ぼうきを手に持っている。
「おはよう」
くっきり整った顔立ちの男は、水音の姿を見るとにっこり笑った。
新月冴はこの神社の跡取りで、水音のイトコである。
大学を出てから遠くの大きな神社で修行していたのだが、この夏に戻ってきたばかりだ。
「あ……黄色い」
水音はつぶやいた。
月冴の全身を、黄色い光が包みこんでいる。
「は?」
いぶかしげな月冴。
「なんなんだろ、ほんと……」
水音は目を何度も瞬かせながらつぶやく。
「どうした?」
「んー」
もう一度よく目をあけて月冴を見るが、やっぱり黄色く光っている。
「つかさ、オーラとかって見える?」
水音は真顔でたずねた。
「オーラ?」
月冴が聞きかえすと、水音はこっくりうなずいた。
「ほら、霊感ある人には見えるっていうじゃん」
「そんなの見えないよ。霊感なんか、ないし」
古い神社をまもる一族に生まれた二人だが、霊感などというものとは無縁である。
神職についている月冴はともかく、17歳の水音はそういうスピリチュアルなことに全く興味がなく、神と仏の違いすらよくわかっていない。
そんな水音が急にオーラなんて言い出したので、月冴はすっかり戸惑ってしまった。
「じゃ、伯父さんは?」
「霊感あるわけないだろ、あの父さんが」
宮司をつとめる月冴の父親は、神社の仕事より副業の株取引のほうに熱心だった。
この龍文神社は、古いことにかけてはそこら辺の寺社に劣ることはなく、とても由緒正しい神社なのだが、特に売りになるような特別なご利益もなければパワースポットでもない。
なにしろ御神体が大昔に盗まれてしまったため、天照大神やら何やら有名な神さまを合祀して体裁を保っている状態が長く、主神がはっきりしていないのだ。
月冴の父親が株で儲けを得るまでは、社殿の雨もりを修理するお金すらケチるような貧乏生活で、繁忙期以外は神職がみんなコンビニや飲食店でバイトしていたぐらいだ。
「そっか」
水音はがっくり肩を落として溜め息を吐いた。
「なんだかわかんないけどさ」
ピンクのルームパンツにグレーのパーカーという格好の水音を見て、月冴は冷静に口をひらく。
「みなと、今日は学校だろ? 遅刻するぞ」
平日の朝である。
「正直、学校どころじゃないんだよね」
水音は声をひそめた。
「あたし、オーラ見えるようになっちゃったの」
「は?」
「今朝、起きたら見えるようになってたの」
月冴は眉間にしわをよせて、イトコの顔をまじまじと見た。
「……なんて、びっくりだよね!」
ドン引きされていると思った水音は慌てた。
「あたしだって信じられないよ……でも色が見えるんだもん」
「色って?」
「最初はポチがオレンジ色に見えて、目がおかしくなったのかと思って」
ポチとは水音が飼っている白い猫のことだ。
「ママのとこ行ったら緑だし、パパはピンクだし、テレビ見たら女子アナもタレントも赤とか紫とか……とにかくみんな色が付いてるんだよ!」
水音は境内を歩いている鳩を指さした。
「あの子は水色っぽい、あっちのカラスは朱色、それで……やだ、あの箱のとこ黒いもやがある」
水音の視線をたどってふり返った月冴の目には、古いお札やお守りを回収する奉納箱がうつったが、黒いものなど何も見えなかった。
「落ち着けよ」
「怖い……なんなの、あれ」
青ざめた顔で、水音は後ずさりした。ふざけているようには見えない。
オカルト的なことはあまり信じていない月冴だが、奉納箱に何か変なものでも入れられているのではないかと気になって、そっちへ向かって歩き出した。
「つかさ、やめた方がいいよ!」
水音が止めるのを無視して箱をのぞきこむと、奥底に何か平べったくて丸いものが置いてある。
「なんだ?」
この箱の中身を回収するのは月冴の仕事だが、昨日の朝はこんなものはなかった。
取り出そうと手に取ると、金属の塊のようで、見た目よりずっしりしていて重い。
直径20センチぐらいのそれは、表面がツルツルで、裏側はでこぼこしていて中心の突起に五色の飾り紐が付いていた。
よく見ると、立派な龍が大きく彫ってある。
「こ、これ……!」
月冴は絶句してぶるぶる震えはじめた。
「どうしたの?」
いつもは小憎らしいほど落ち着きはらっているイトコの取り乱した姿に、水音は黒いもやのことなど忘れて近付いた。
月冴は空を見上げ、太陽の位置を確かめると、手に持ったその金属の丸いものに日の光をあてた。そのまま何回か角度を変えて、光を反射させてみる。
「あっ!」
「えっ?」
それの表面に、ぼーっと立体的な龍が浮かび上がった。
水音にはそれが青く見え、その青が月冴の手の上でどんどん濃さを増していくのもわかった。
「ばんりゅうひしもんきょう」
月冴が興奮気味につぶやいた。
「しかも魔鏡。こんなものは日本、いや、世界にひとつしかないはずだ」
「つかさ……?」
水音には何がなんだか、さっぱりわからない。
「それ、貴重なものなの?」
「うちの御神体だよ!」
「ええっ! 嘘……なんで?」
神社に関心のない水音でも、本当の御神体がずっとむかし盗まれた話ぐらいは知っている――先祖が必死に探したのに、どうしても見つけられなくて、それで仕方なく他の神さまに来てもらったとか何とか。
「本物なの?」
「まちがいないと思う」
「信じらんない。なんでこんなところに……」
「俺も信じられないけど、伝わってる特徴どおりなんだ」
水音は浮かびあがって見える青い龍が不思議で、まじまじと見つめた。
「なんで青いのかな」
「え? 青く見えるの?」
うん、とうなずいて、水音は龍に手を伸ばした。
そっと触れてみると、そこには何もなくて、幻なのだとわかり、ますます不思議に感じた。
「貸して」
水音は自分で浮かび上がらせてみたくなり、月冴の手から本体を取り上げた瞬間、ぶわっと目の前の空気がふくれあがるような圧力を感じた。
「わっ!」
「きゃっ!」
風圧に驚いた二人は思わず顔をそむけた。
「わがかんなぎおとめ」
朗々とした声が響く。
おそるおそるふり向いた水音は、次の瞬間、大きな目をさらに大きく見ひらいた。
「我が巫乙女、礼を言うぞ」
燃え上がる炎のように大きく青い光を身にまとった人ならざるモノが、涼やかな笑みを浮かべて立っていた。
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