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1、神さま、乙女を発見する

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 その神さまは、たいそう困ってらっしゃいました。

 千年もむかしのこと。

 神さまは古い鏡にお宿りになって、唐国からくにからの贈り物に混じってこの国へやってきました。
 使者によって献上された品々を宝物庫に収めている時、やんごとなき御方がその鏡にふれると、神さまが姿をあらわしたのです。
 驚きおそれた人々は立派な社を建て、その御方を祭主さいしゅと定め、神さまをおまつりさせました。

 それからずっと鏡は神社の#御神体__ごしんたい__#として大切にされていましたが、何百年か過ぎたころ、神社からこっそり盗み出されてしまいました。
 とても珍しいものだったので、どうしても欲しくなったお金持ちが泥棒を雇って盗って来させたのです。

 神さまの宿った古い鏡はお金持ちの蔵に隠され、お供えもしてもらえなくなりました。

「我はここにおる。迎えに来よ」

 神さまは念じましたが、神社の者たちにその声は届きませんでした。

 暗いところでじっとしていると、のどはかわくしお腹はすくし、お日さまの光も当てられないままでは弱るばかりなので、神さまはしばらく眠ることにしました。

 そのまま更に何百年か経ち、鏡はひそかに人の手から手へと渡って、ついには骨董屋に売られてしまいます。
 それも、持つ人を不幸にするという「いわくつきの鏡」として。

 神さまが望んでそうしているわけではないのですが、鏡には、きちんとお祀りできない人が持っていると罰が当たってしまう性質があったのです。

 かつて神無月には出雲の国にまねかれ、格の高い神として丁重にもてなされた神さまですが、いまやただの呪われた骨董品あつかい。出雲からの使者も久しく訪れなくなっていました。

 そんな神さまに、悪鬼どもが目をつけました。

「起きなされ」

 揺さぶられても、はじめはまったく起きませんでした。

「はよう起きなされ」
「いつまで眠っておられるのじゃ」
「起きねば割ってしまいますぞ」

 しつこい悪鬼どもの声は、やがて神さまの耳に届きました。

「何じゃ?」

 うるささに耐えかねた神さまが問うと、悪鬼どもは大よろこびで騒ぎはじめます。

「われらの仲間になってください」
「こんな目にあわせた人間どもをこらしめましょうぞ」
「あなたを見捨てた神々にも復讐してやりましょう」

 悪鬼どもは悪い誘いの言葉をかけてきました。

 でも、神さまは悪鬼どもの真っ黒い心が見えたので、自分の力を利用したいだけだということが、すぐにわかりました。

「だまれ!」

 神さまは青い光をはなちました。

 その光にふれると浄化されてしまうので、悪鬼どもはあわてて離れていきます。

「うっ……」

 長い長い眠りから目覚めた神さまは、起き上がれないほど弱っておられました。
 青い光も、ほんの少ししか出せません。

 悪鬼どもはそれに気づくと、毎日のように神さまのところにやってきて、ひっきりなしに悪い誘いをくりかえしました。

「ええい、しつこい」

 もともと強い神さまなので、本当なら悪鬼など簡単に退治できるのに、長い間お祀りされていないので力が出せません。

 神社へ戻ることさえできたら、力がよみがえって悪鬼をしりぞけることもできるはず。

「しもべ達よ、早く我を見つけよ」

 自分で動くことのできない神さまは、強く念じました。

 その思いは細い糸のようにどこまでも伸びてゆき、奇跡的にめざす相手のところに届いたのでした。


「うう……ん」

 それは夜もふけたころ。
 神さまの念がたどり着いた相手は、うら若き乙女でした。

 白き清らかな肌とサラサラのつややかな黒髪、夜目にも紅いくちびるをした、うるわしき乙女は眠っていました。

――見つけたぞ、我が巫乙女かんなぎおとめ

 夢うつつにその声を聞いてから、乙女にある変化があらわれました。


「なに、この世界……」

 その朝、あらた水音みなとが目を覚ますと、そこには見たことのない景色が広がっていた。

「色が、満ちあふれてる」

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