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良心回復剤
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私の一人娘リエが殺された。
なんとしても、リエを取り戻したかった。
救ってくれたのは、医学の進歩だ。
残っている髪などの遺伝子を使えば、死んだ者も再生できるようになっていた。十分な財力もあり製薬会社の社長をしていた私は、会社の研究室にリエの髪の毛を持ち込み、リエを再生させたのだ。リエが死んだ時と同じ十五歳まで成長をさせ、リエの部屋に残っていた日記や娘の教科書の情報をすべて脳に記憶させた。だが、本物と思ってリエと話をしてしまう私は、いつも怪訝そうに私を見つめるリエを見ることになった。それでも、私は新しく生まれたリエを愛していたのだ。
初夏を迎え、リエと一緒に家の前庭に出て、私はリエの好きなバラを植えていた。道路沿いに一人の男が立ち私たちを覗きこんできた。私は、顔をあげて男を見つめ顔をこわばらせた。
男はリエを殺した犯人だったからだ。リエを殺した時は男の年は十七歳で成人ではなかった。だから、警察に捕まっても、すぐに少年院送りとなっていたはずだ。
「エリにあやまろうと思って来てくれたのかね?」と、私は訊いた。
「なんで、そんなことをするんだい」
そう言った男はヘラヘラと笑っている。
少年院を出るには、更生プログラムを受け、罪を犯したことを後悔した者だけが出てこられるはずなのだが、男は罪を悔いたようには見えない。
「不審げな顔しているな」と言って、男はニヤリとした。
「あんたと同じに俺のおやじも金持ちなんだぜ。少年院を出るには、本当に後悔をしているかどうか嘘発見器にかけて確かめられる。だから、その前におやじから貰った薬、何事をたずねられても悲しくなる薬を飲んでいたのさ」
「そんなことを言うためにきたのかね?」と、私は掠れた声を出した。
「俺が殺したガキがまた生きかえったと聞いたもんだからね。会いたくなって来たんだよ。その子がそうなんだろう」
そう言って男はリエに近づき真正面に立った。
「俺を見て、しばられたことを思い出さないかい?」
「いいえ」とリエは眉をさげ、おびえたように私の後ろに隠れた。
「こんなに苦しい目にあうのなら、少しでも早く殺してくださいと言っていただろう。あの顔が忘れなくってね」
男は楽しそうに笑っていた。
「あんたに殺された時のことは、リエに記憶させてはいないよ」と、私は声をあらげた。
「なんだ。つまらないな。もう一度、あの時の気分が味わえると思ったのだが」
私は男を睨みつけた。
男は残念そうに両手をズボンのポケットにいれ、肩をふって私の家から出ていった。
だが、男は、次の日も、さらに翌日もやってきてリエに声をかけてくる。その度に、リエは恐怖の表情を見せ、私は野良犬を追うように大声をあげた。こんなことが続けば、私が男を殺してしまいそうだった。
それなのに、また男がやってきた。私はすぐに男に近づいていった。
「夢だが、見たい物を見ることができる薬がある。それを飲んでみるかね?」と、私は男に聞いた。
「へえ、それは本当のことなのかい?」
「私は嘘など言わんよ」と言って、男の前に小瓶をつきだした。小瓶の中に錠剤が入っている。
男は薬の入った小瓶を受け取りながら、「今晩は、エリの泣き叫ぶ声を聞くことができるんだね」と、嬉しそうに笑った。
私が顔をこわばらせ続けていると、男は私に背を向けて歩きだし家並みに消えていった。
男が薬を持って行ってから三日後。
パトカーが私の家の前にとまり、小太りの警察官が庭にいる私に近づいてきた。私はいつものようにバラの手入れをしていたのだ。
「少し伺いたいことがあります」
「なんですか?」
「リエさんを殺した男なんですが、首を吊って死んでしまいました。それも遺書を書いていた。その中にリエさんの苦しみがわかったと書いているんですよ。近所を聞き込みましたが、若い頃と同じに相変わらず評判はよくない。突然、良心にめざめたとしか思えないのですが」と言って、警察が首をかしげた。
「男の遺体を解剖されて調べられたのですが、毒物は検出できなかった。ですが、男の傍にあなたの会社の名前が入った薬の小瓶が落ちていた」
「男が瓶の中にある錠剤を飲んだことに間違いはありませんよ。もしかしたら、そんなことが起こるかもしれないと思っていました」
「ほう、どうしてですか?」
「実はですね。警察庁から依頼をいただいて、私の会社では良心を回復させる薬の研究もしておりましてね。このままは、また事件を起こしそうでした。だから、男に薬を飲ませることも、前もって警察庁の了解をいただいております」
「ほう、そうだったのすか。新薬の効能は人の良心を回復させることですね。しかし、自殺したくなるまで良心が痛んだということですか・」
私は口をゆがめて笑った。
「あの薬を飲みますと、起こした事件の夢を見てしまう。それも夢の中で加害者と被害者が入れ替わってしまうんですよ。そう、だから今回の夢の中で男がリエになる。リエが死にたくなるほど酷いことされていれば、リエになったあの男も夢の中で酷いことをされている。そして、死にたくなった。だから、首を吊ったのだと思いますよ」
「なるほど、すごい薬だ。死刑が廃止されているせいか。捕まえても、また人殺しをしてしまう者がたくさん出てきている。そんな現状を考えると、そう言う薬こそ必要な物です。一日も早く発売していただきたいものですな」
警察官は嬉しそうに私に頭をさげると、庭から出て行った。やがて、警察官がのったパトカーは夕陽を浴びながら走り出していった。
なんとしても、リエを取り戻したかった。
救ってくれたのは、医学の進歩だ。
残っている髪などの遺伝子を使えば、死んだ者も再生できるようになっていた。十分な財力もあり製薬会社の社長をしていた私は、会社の研究室にリエの髪の毛を持ち込み、リエを再生させたのだ。リエが死んだ時と同じ十五歳まで成長をさせ、リエの部屋に残っていた日記や娘の教科書の情報をすべて脳に記憶させた。だが、本物と思ってリエと話をしてしまう私は、いつも怪訝そうに私を見つめるリエを見ることになった。それでも、私は新しく生まれたリエを愛していたのだ。
初夏を迎え、リエと一緒に家の前庭に出て、私はリエの好きなバラを植えていた。道路沿いに一人の男が立ち私たちを覗きこんできた。私は、顔をあげて男を見つめ顔をこわばらせた。
男はリエを殺した犯人だったからだ。リエを殺した時は男の年は十七歳で成人ではなかった。だから、警察に捕まっても、すぐに少年院送りとなっていたはずだ。
「エリにあやまろうと思って来てくれたのかね?」と、私は訊いた。
「なんで、そんなことをするんだい」
そう言った男はヘラヘラと笑っている。
少年院を出るには、更生プログラムを受け、罪を犯したことを後悔した者だけが出てこられるはずなのだが、男は罪を悔いたようには見えない。
「不審げな顔しているな」と言って、男はニヤリとした。
「あんたと同じに俺のおやじも金持ちなんだぜ。少年院を出るには、本当に後悔をしているかどうか嘘発見器にかけて確かめられる。だから、その前におやじから貰った薬、何事をたずねられても悲しくなる薬を飲んでいたのさ」
「そんなことを言うためにきたのかね?」と、私は掠れた声を出した。
「俺が殺したガキがまた生きかえったと聞いたもんだからね。会いたくなって来たんだよ。その子がそうなんだろう」
そう言って男はリエに近づき真正面に立った。
「俺を見て、しばられたことを思い出さないかい?」
「いいえ」とリエは眉をさげ、おびえたように私の後ろに隠れた。
「こんなに苦しい目にあうのなら、少しでも早く殺してくださいと言っていただろう。あの顔が忘れなくってね」
男は楽しそうに笑っていた。
「あんたに殺された時のことは、リエに記憶させてはいないよ」と、私は声をあらげた。
「なんだ。つまらないな。もう一度、あの時の気分が味わえると思ったのだが」
私は男を睨みつけた。
男は残念そうに両手をズボンのポケットにいれ、肩をふって私の家から出ていった。
だが、男は、次の日も、さらに翌日もやってきてリエに声をかけてくる。その度に、リエは恐怖の表情を見せ、私は野良犬を追うように大声をあげた。こんなことが続けば、私が男を殺してしまいそうだった。
それなのに、また男がやってきた。私はすぐに男に近づいていった。
「夢だが、見たい物を見ることができる薬がある。それを飲んでみるかね?」と、私は男に聞いた。
「へえ、それは本当のことなのかい?」
「私は嘘など言わんよ」と言って、男の前に小瓶をつきだした。小瓶の中に錠剤が入っている。
男は薬の入った小瓶を受け取りながら、「今晩は、エリの泣き叫ぶ声を聞くことができるんだね」と、嬉しそうに笑った。
私が顔をこわばらせ続けていると、男は私に背を向けて歩きだし家並みに消えていった。
男が薬を持って行ってから三日後。
パトカーが私の家の前にとまり、小太りの警察官が庭にいる私に近づいてきた。私はいつものようにバラの手入れをしていたのだ。
「少し伺いたいことがあります」
「なんですか?」
「リエさんを殺した男なんですが、首を吊って死んでしまいました。それも遺書を書いていた。その中にリエさんの苦しみがわかったと書いているんですよ。近所を聞き込みましたが、若い頃と同じに相変わらず評判はよくない。突然、良心にめざめたとしか思えないのですが」と言って、警察が首をかしげた。
「男の遺体を解剖されて調べられたのですが、毒物は検出できなかった。ですが、男の傍にあなたの会社の名前が入った薬の小瓶が落ちていた」
「男が瓶の中にある錠剤を飲んだことに間違いはありませんよ。もしかしたら、そんなことが起こるかもしれないと思っていました」
「ほう、どうしてですか?」
「実はですね。警察庁から依頼をいただいて、私の会社では良心を回復させる薬の研究もしておりましてね。このままは、また事件を起こしそうでした。だから、男に薬を飲ませることも、前もって警察庁の了解をいただいております」
「ほう、そうだったのすか。新薬の効能は人の良心を回復させることですね。しかし、自殺したくなるまで良心が痛んだということですか・」
私は口をゆがめて笑った。
「あの薬を飲みますと、起こした事件の夢を見てしまう。それも夢の中で加害者と被害者が入れ替わってしまうんですよ。そう、だから今回の夢の中で男がリエになる。リエが死にたくなるほど酷いことされていれば、リエになったあの男も夢の中で酷いことをされている。そして、死にたくなった。だから、首を吊ったのだと思いますよ」
「なるほど、すごい薬だ。死刑が廃止されているせいか。捕まえても、また人殺しをしてしまう者がたくさん出てきている。そんな現状を考えると、そう言う薬こそ必要な物です。一日も早く発売していただきたいものですな」
警察官は嬉しそうに私に頭をさげると、庭から出て行った。やがて、警察官がのったパトカーは夕陽を浴びながら走り出していった。
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