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救急車はサイレンを鳴らし続け、他の車にとまるように助手席の救急隊員はマイクを手に声をはりあげていた。やがて、救急車は大沢市の繁華街より少し高い地域を走りだした。
ここは個人住宅なのに鉄筋入りの建物が多く。それらには、まるで屋敷としかいいようのない塀があった。
第1種住居専用地域でも、病院は建てることができる。高級住宅街の中に白い建物が見えてきた。救急車の運転者は、前にきてカモメ診療所をよく知っているのだろう。スピードを落とすと、建物に近づいて行った。
窓らしい物は見えない。いや、模様のように建物に丸い穴が1メートル間隔でならんでいた。まるで船の潜望鏡を思い出させる。後で知ることになるが、それが明かりとりだったのだ。それに、どこにも病院と分かる表示版がない。建物の大きさから、俺に美術館や小さな博物館を思い出させた。
車が通る表通りには、二つの出入口があった。一つは喫茶店風なモダンな出入口、もう一つは屋内駐車場についている左右に鉄戸が開くゲートであった。屋内駐車場の前はコンクリートで固められ、数台の車ならば停めることができる広さだった。救急車はそのコンクリートに車をのりいれた。すると、スピーカーから声が聞こえた。監視カメラで見ているのだろう。
「急患かね?」
「車にひかれて、内臓がやられている」と、救助隊員がマイクをつかんで声をあげた。
すると、白い壁に見えたゲートが左右に動き出した。大きな城門が開いたように思えた。救急車は城門の中に入った。そこには、すでに数台の車が停まっていた。
救急隊員は救急車をとめ、後部ドアを開けて、ストレチャーを下ろした。俺も車からおりて、ストレチャーに乗っている山田の傍に立つ。すると駐車場内の一角に自動ドアの出入口があり、そこから白衣をきた者たちが別のストレッチャーを押して現れた。
「後は、私たちでやるよ」そう言いながら、医師と思える男は指示を出し他の白衣の男たちは新たなストレッチャーの上に山田をのせていた。救急隊員は軽く頭を下げると、救急車にもどり、再び開いた城門から外へ出て行った。
「あんたが成宮先生かい?成宮先生に診て貰いたい。本人の希望なんだ」と俺は言った。俺が山田を見た時には、すでに意識を失くしていた。山田がどう考えていたかは、本当のところ俺は知らない。
「私は先生とは違うよ。すぐに先生を手術室に呼んできてくれ」
大声に応えるように白衣の一人が通路を走り出していった。他の男たちは、ストレッチャーを押して通路を右に曲がった。俺は勝手に彼らの後に続く。やがて、前方に第3手術室と書かれた部屋が見えてきた。ストレッチャーを押した男たちは自動ドアで開いた手術室に入っていき、俺も後に続いた。
手術室は俺が今まで見たこともない機器が並べられ、消毒薬の臭いが立ち込めていた。
そんな時に、手術室のドアが開いた。白髪の男が入ってきた。上背は一メートル六〇位、小柄だ。だが、入ってきただけで大きな男に見えてしまった。自信にみなぎっているからだ。すでに別の手術をやっていたのだろう。彼はすでに手術服を着ていた。
「これは、すぐ手術をしなければならんな」
周りに集まっていた白衣の男たちは頷いている。俺は成宮に近づいて行った。
「警察です。成宮先生ですね」と、俺は懐から警察手帳を出して見せた。
「そうだが。何かの事件の犯人かね?」
「ひったくりですよ」
「見張っていたければ、隣の部屋でやってくれ」
成宮は壁の一つを指さした。その壁には大きなガラスがはめ込まれた窓があって、そこから、この手術室を見ることができる。俺は言われた通り、手術室を出ると、隣に控室とかかれた部屋の戸を開けて中に入った。
窓から、手術室を覗くと、すでに成宮は手術を始めていた。
俺に何かできるわけではない。ただ黙って見ているしかなかった。真剣なまなざしと手早い動きから、並みの医者ではないことが俺にもわかった。小一時間もすると、手術は終わり、成宮が手術室から出てきた。俺は慌てて控室からでると、通路で成宮を呼び止めた。
「患者、山田というんですが、どうなんです?」
「早くここに来たおかげで、死なずにすんだよ」
「死なずにですか?」
「死ななかったとしても、これからが大変なんだ。元のように生きることができるかどうかわからない。これからの治療しだいだ」
「じゃ、事情聴取なんかできますかね?」
「まだ無理だよ。いや、これからも無理かもしれんが」
「山田が死んだら、どうして死んだか、先生から話を聞かなければならなくなりますよ」
「それがあんたの仕事だからだろう」
「成宮先生、あんたは雨野辰夫の面倒を見ているそうだね?」
「いまさら、そんなことを聞くのかね。貧しい者や誰もが来ることができる病院をやっていくには、金が必要だ。つまり、金を持っているスポンサーが必要なんだよ」
そう言って成宮は外人のように肩をすぼめてみせた。成宮は俺に背を向けると歩き出し通路を右に曲がり、消えていった。
俺はゆっくりと反対側に曲がり、話し声が聞こえる方に歩いて行った。このカモメ診療所をよく知っておこうと思ったからだ。すると、少し広い場所に出た。学校の教室二つ分はあろうかと思える広さだ。そこには、ソファや長椅子がおかれ、たくさんの人たちがそこに座っていた。男もいるし女もいる。若すぎる女は子をおろそうとでも考えているのだろうか? 杖をにぎる年老いた男はガンにかかっているようだった。そして、ヤクザとしか思えない者たちもきていた。
「まるで待合室じゃないか」と、俺は声を出した。たしかに普通の病院以上にたくさんの患者が集まっていた。喫茶店風の出入口は、この待合室にくる人たちのための玄関だったのだ。
ここは個人住宅なのに鉄筋入りの建物が多く。それらには、まるで屋敷としかいいようのない塀があった。
第1種住居専用地域でも、病院は建てることができる。高級住宅街の中に白い建物が見えてきた。救急車の運転者は、前にきてカモメ診療所をよく知っているのだろう。スピードを落とすと、建物に近づいて行った。
窓らしい物は見えない。いや、模様のように建物に丸い穴が1メートル間隔でならんでいた。まるで船の潜望鏡を思い出させる。後で知ることになるが、それが明かりとりだったのだ。それに、どこにも病院と分かる表示版がない。建物の大きさから、俺に美術館や小さな博物館を思い出させた。
車が通る表通りには、二つの出入口があった。一つは喫茶店風なモダンな出入口、もう一つは屋内駐車場についている左右に鉄戸が開くゲートであった。屋内駐車場の前はコンクリートで固められ、数台の車ならば停めることができる広さだった。救急車はそのコンクリートに車をのりいれた。すると、スピーカーから声が聞こえた。監視カメラで見ているのだろう。
「急患かね?」
「車にひかれて、内臓がやられている」と、救助隊員がマイクをつかんで声をあげた。
すると、白い壁に見えたゲートが左右に動き出した。大きな城門が開いたように思えた。救急車は城門の中に入った。そこには、すでに数台の車が停まっていた。
救急隊員は救急車をとめ、後部ドアを開けて、ストレチャーを下ろした。俺も車からおりて、ストレチャーに乗っている山田の傍に立つ。すると駐車場内の一角に自動ドアの出入口があり、そこから白衣をきた者たちが別のストレッチャーを押して現れた。
「後は、私たちでやるよ」そう言いながら、医師と思える男は指示を出し他の白衣の男たちは新たなストレッチャーの上に山田をのせていた。救急隊員は軽く頭を下げると、救急車にもどり、再び開いた城門から外へ出て行った。
「あんたが成宮先生かい?成宮先生に診て貰いたい。本人の希望なんだ」と俺は言った。俺が山田を見た時には、すでに意識を失くしていた。山田がどう考えていたかは、本当のところ俺は知らない。
「私は先生とは違うよ。すぐに先生を手術室に呼んできてくれ」
大声に応えるように白衣の一人が通路を走り出していった。他の男たちは、ストレッチャーを押して通路を右に曲がった。俺は勝手に彼らの後に続く。やがて、前方に第3手術室と書かれた部屋が見えてきた。ストレッチャーを押した男たちは自動ドアで開いた手術室に入っていき、俺も後に続いた。
手術室は俺が今まで見たこともない機器が並べられ、消毒薬の臭いが立ち込めていた。
そんな時に、手術室のドアが開いた。白髪の男が入ってきた。上背は一メートル六〇位、小柄だ。だが、入ってきただけで大きな男に見えてしまった。自信にみなぎっているからだ。すでに別の手術をやっていたのだろう。彼はすでに手術服を着ていた。
「これは、すぐ手術をしなければならんな」
周りに集まっていた白衣の男たちは頷いている。俺は成宮に近づいて行った。
「警察です。成宮先生ですね」と、俺は懐から警察手帳を出して見せた。
「そうだが。何かの事件の犯人かね?」
「ひったくりですよ」
「見張っていたければ、隣の部屋でやってくれ」
成宮は壁の一つを指さした。その壁には大きなガラスがはめ込まれた窓があって、そこから、この手術室を見ることができる。俺は言われた通り、手術室を出ると、隣に控室とかかれた部屋の戸を開けて中に入った。
窓から、手術室を覗くと、すでに成宮は手術を始めていた。
俺に何かできるわけではない。ただ黙って見ているしかなかった。真剣なまなざしと手早い動きから、並みの医者ではないことが俺にもわかった。小一時間もすると、手術は終わり、成宮が手術室から出てきた。俺は慌てて控室からでると、通路で成宮を呼び止めた。
「患者、山田というんですが、どうなんです?」
「早くここに来たおかげで、死なずにすんだよ」
「死なずにですか?」
「死ななかったとしても、これからが大変なんだ。元のように生きることができるかどうかわからない。これからの治療しだいだ」
「じゃ、事情聴取なんかできますかね?」
「まだ無理だよ。いや、これからも無理かもしれんが」
「山田が死んだら、どうして死んだか、先生から話を聞かなければならなくなりますよ」
「それがあんたの仕事だからだろう」
「成宮先生、あんたは雨野辰夫の面倒を見ているそうだね?」
「いまさら、そんなことを聞くのかね。貧しい者や誰もが来ることができる病院をやっていくには、金が必要だ。つまり、金を持っているスポンサーが必要なんだよ」
そう言って成宮は外人のように肩をすぼめてみせた。成宮は俺に背を向けると歩き出し通路を右に曲がり、消えていった。
俺はゆっくりと反対側に曲がり、話し声が聞こえる方に歩いて行った。このカモメ診療所をよく知っておこうと思ったからだ。すると、少し広い場所に出た。学校の教室二つ分はあろうかと思える広さだ。そこには、ソファや長椅子がおかれ、たくさんの人たちがそこに座っていた。男もいるし女もいる。若すぎる女は子をおろそうとでも考えているのだろうか? 杖をにぎる年老いた男はガンにかかっているようだった。そして、ヤクザとしか思えない者たちもきていた。
「まるで待合室じゃないか」と、俺は声を出した。たしかに普通の病院以上にたくさんの患者が集まっていた。喫茶店風の出入口は、この待合室にくる人たちのための玄関だったのだ。
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