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第1章 ルナの願い

第9話 酒場「ビーナス」

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 ロリゴシックな黒を基調としたフレア付のミニスカートに、赤くてかわいいリボンのついた白のシャツ、服のあちらこちらにはレース調の飾りが施され、黒のニーソックスに、黒のヒールのある靴。頭には黒と赤でレースのリボンとウサギ耳…。

 これが、グラントが用意した酒場「エルメス」の女性従業員用制服だという。
 ふざけんな! わたしにこんなの着せるつもり?

 ライムの接客用の男性用制服は、似合っているわ。グラントとチャイは厨房用で、まあ、どうでもいいわ。しかし、わたしとアイリスの制服は…なんだ!?

 ミニスカートとニーソックスの間からわずかに見える脚、ミニスカートが短くて、これちょっと下から見えませんか?

「聞いていないです。こんな格好したくないです。」
 本当に、こんな格好したくない…。
「聞いてますが、こんな格好はしたくないです。」
 とアイリス。冷静に答えてますが、明らかに拒否している。
 ライムは苦笑している…、お願い見ないで!

 えーい、誰がこの店をセッティングしたぁ!

「グラント!」
 あたしとアイリスが同時に今回の首謀者をつるし上げる。
「すまんが、これも君たちが破壊した酒場を補償するためさ」
 サラリと言ってくれるなこのドワーフ。仲間を風俗に売ってるのと変わらんぞ!

「接客業だよ。お客さんの多くは、ほとんどがルナとアイリスが半殺し?にした冒険者たちさ」
 ぐっ! それを言われると何も言えないわ。

 あの後、ギルド下の酒場を見た時、ほとんど壊滅していた。確かに、アイリスと一緒に悪いことをしたな…、と本気に思ったわ。瓦礫の周りには冒険者たちが怪我していたしね。(ギルドの皆さんと一緒に、わたしとアイリスも治療魔法をかけて回ったのよ。皆怖がっていたけど…)
 窓ガラス、壁、店内の装飾品、食器類、机や椅子、エトセトラ…破壊したものを挙げたらキリがないわ。

 あの惨状を思い浮かべると、確かに、このまま補償をしないのは無責任ね。仕方ないことは分かるわよ。


 しかし…。
 いざ、この服を着ると、恥ずかしくて…。
 同じ服を着ている、隣の女性店員に小さく声をかける。
「あの、これ恥ずかしくないですか?」
 そうですかね? とあっけらかんと言う。
「慣れですかね」
 わたし…慣れたくないわ…。

 その女性店員が、じっとわたしの姿を上から下まで観察する。
「でも、ルナさん、肌が白くて、髪も白金色、本当にお人形さんみたい! もう悔しいを通り越して、わたしが家に持って帰りたい。独占したい!」
 と抱き着いてくる。
「かわいい! もう神がかっているわ!」
 他の店員も一斉に首を縦に振ると、
“わたしも持って帰りたい!”と声を上げる。
 わたしは、ゲームの景品ではありませんよ…。

 そして、わたしに抱き着いたまま、隣にいるアイリスを見て、
「アイリスさんは、ある意味、別の次元ではまり過ぎて、神を超えて悪魔がかっているわね。美くしさが悪魔レベルで、もう近寄れないわ…」
 他の店員も一斉に首を縦に振る。

 そうなの。アイリスは女性の魅力が半端ない上に、この女、これであの魔剣を持ったら、もう悪魔リリスよ。あなた本当に神官なの? というレベルなのである。わたしは無理だけど、あなたにはこの服装は“あり”だと思うわ。


 その様子を観察していたハーフエルフのカタリナ店長が声を上げる。
「これは今夜は荒れるわね。いい意味でね。今年最高の売り上げが期待できそうよ」
 もう銭勘定である。
「最近、近くにできた酒場に客足が流れていたけど、これでばっちりよ」
 なにがばっちりなの? とわたしは言いたい!

「ルナさん!」
 いきなり店長がわたしを指名する。
「それとルカ、彼女と一緒に、店前でビラ配り、よろしく!」
 わたしの右隣にいた娘と、何かを配るらしい。
 何配るの? ビラって何?


「はい、一人百枚ね」
 差し出した両手に、かなり厚い紙の束を渡された。これどうするの?
 もう罰ゲームね。これは…、と落ち込んでいると…、

「ほら、そこのライムとかいう男子も、ビラ配りよ」
 “ライムをただの男子呼ばわりするな!”
 でも、ライムと一緒ならいいかな…、ちょっと嬉しくなってきた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
 出てきたわよ、この悪魔。
「ライムがやるなら、わたしもやるわ。その瓶《びん》配り!」

「あ、アイリスさん。瓶《びん》配ってどうするのよ。ビラよ、ビラ! いいわ、トップ2が配れば客なんてドーンよ、ドーン!」
 ドーンと儲けたいらしい。

 カタリナ店長は乗りに乗っている。
“今日は負けなわいわ。酒場エルメス!”
 心の声が出てるようだけど、エルメスって?
「最近、近くにできた酒場なんですが、なんでも美人なエルフをどこからか大勢集めたらしく、とても人気なんですよ。そこが出店してから、うちは売上がた落ちで…店を閉める噂まであったんですよ」
 と従業員のルカさんが説明する。

 なるほど…、ライバル店があるのね。
(でも、エルフを接客業に利用するなよ!)

 しかし、やる以上は負けるわけにはいかないわね。


 * * *


 俺はロナルド、新米の冒険者だ。まさか、今日、あんな天使に出会うなんて…思ってもみなかったよ。
 それは、新しくできた酒場「エルメス」で、仲間たちを派手に騒ぐつもりで向かっている途中だった。その道すがら、大きな群衆が集まっていることに気がついた。

「お、あれは何だ?」
 道行く人が声を上げ、何か騒いでいるので、思わず足を止めた。群衆の中心にどうやら何かがいるらしい。人々を押し分けて、その中心を見ると、やたら艶美な黒い髪の女と、天使のような白い女性が立っているではないか! 二人とも、ロリゴシック風な服を纏い、何やらビラを配っている。

“かわいい、いや、美しい… すごいな!”

 思わず心奪われてしまうほどの美貌だ。酒場「エルメス」にいるエルフも美しいが、この二人はその比ではない。まるで、そこだけスポットライトが当たっているような別次元の輝きに、心が奪われてしまうようだった。

 これは…と近づくと、天使のようなエルフが俺にビラ一枚を渡してくれた。
“可憐だ…美しい”
「あ、あの、これをお願いします」

 その恥ずかし気な言い方、そして、そのルビーの瞳、黒い衣装に白い肌が眩しい。
“ああ、これは天使だな。うん、天使に違いない!”
 俺は、そのとき、天界からの使いが舞い降りたのだと信じてしまった。

 チラシを見ると、前によく行ってた酒場“ビーナス”の案内である。
「き、君が働いているの? ここで?」
 天使はそれに応えるように、小さく頷いた。その仕草が、また素敵なのである!

 “ノックダウンだ。参ったよ。これが一目惚れってやつだ”

 悪いな相棒たち…。酒場「エルメル」での待ち合わせだったが、俺は行けないよ…。俺はビーナスへ行くよ。もうエルメスのエルフたちなど、どうてもいい。この娘に会えるなら、それでいいと思えたのだ。

 しかし、酒場「ビーナス」に入ると、仲間たち全員がそこに居るじゃないか!
「お、お前ら…、エルメスに行ったんじゃ?」
 皆、ビラを手にしている。
“そうか…、全員が天使にハートを射られたって訳か…。”
 皆、好みが似ていたことを忘れてたよ。今日はこの店で飲んで食べるか!

 で、肝心の彼女は、どこにいるのかな?
「まだ、ビラ配っているよ」
 仲間の一人が言う。そうか、まだビラが残っているのか…。
「今、行っても無駄だよ」
 なんでだ?
「彼女の周りに人が集まり過ぎてもう見えないらしい…」
 ぐっ、そうだったのか! しかし、それでも行くのがファンだろうと、腰を浮かす俺を、相棒たちが制止する。
「ロナルド、慌てるな! ビラの枚数からして、彼女はもう店内に戻ってくるはずだ。この席で待っていれば、一番、近くで彼女を見られるぜ」
 店内の机の配置を確認すると、確かにここなら給配所に近く、彼女が配膳するなら必ずこの近くを通ることになる。なるほど! この位置はベストポジションだ。

“やるな”と感心する俺を見て、もう一人の仲間が首を横に振る。
「まだ、それだけじゃないぜ…」と後ろを指さした。

 なんだ? 二階席への階段しかないが…。階段がどうした…、あ!
 そのとき、俺の頭の中で閃光が走った!

「お、お前たち…」
 おれはお前らの想像力の豊かさに、頭が下がる思いだった。もしも、彼女が階段を上った場合、大変なことが起きる可能性がある!
「・・・」
 そこまで考えて陣取るなんて…。お、お前たちはなんて自分に正直なんだよ!
俺は涙を流しそうになった…。

「大変だったぜ、この席を押さえるのに、他の冒険者と争ったよ」
 そ、そうなのか…、なら、その鼻血はそのときの争いで出たのか?
「いや、想像したら出てきた!」
 な、なるほど…。男っていう生き物ってやつは…そういうもんだな。俺も男だからわかるよ…相棒。アホでも馬鹿でも、愛でたい女性は、どんな角度でも愛でたい生き物なんた! おれも鼻血が出そうだよ!

 と盛り上がっていると、後ろで恐ろしい気配がする。恐る恐る振り返ると
「ご注文は?」
 妄想はいいから、いい加減、注文しろと怒る店長が立っていた。


 * * *


「ごめんなさいね。もうビラはないので…」
 ビラ配りは三分も経たずに終わった。アイリスに声をかけて店に戻ると、全員がこちらを見ている。
“え? 何? どうしたの?”

 先に呼び戻されたライムが一生懸命、注文を受けている。早く手伝わなくてはいけないわね。グラントとチャイは厨房に入っているようだ…。

 奥から店長が手招きしている。走っていくと、店長が顔を近づけて、何やら悩んでいるようだ。
「注文が殺到している。すぐに配膳を始めてほしいが、問題がある」
 かなり深刻な問題だという。いったい何が…あったのかしら?

「お前たちが配膳する姿を見ようと陣取る連中が多い。夕食時はどんどん客を回したいのだが、一度、ベストポジションを確保した奴らは頑として動かない。これでは回転率が悪い」
 ベストポジション? それって何のためのもの?

「それに外では整理券を出して、順番待ちの冒険者もいる」
 そういえば店に入る時に苦労したわ。あれは順番待ちなのね。

「そこでだ。お前たち二人は交互にレジを担当してもらおう。本来、レジはベテランがやるものだが、背に腹は代えられない。多少の誤差もこの際、目をつむろう」
 わたし、計算ミスなどしませんから。
「それなら安心だ。大切なのはここからなのだが…」
 店長が、回転率低下を抑える秘策があるという。
 どんな名案なのだろう?

「支払いがすんだら、こう言うんだ」

 店長が、誰かの物真似をするつもりで…
「また、来てくださいね。ルナ、待ってるから!」
 それ、わたしですか…?

「アイリスの場合は、これはしなくていい。むしろ、クールに無口のままでいけ。お前のファンはその“氷のような美しさ”の虜なのだからな」
 アイリスは当然だという顔だ。あの…わたしも無口でいいですか?
 店長は却下した。

「そして、これが肝心だ」
 と私たちの手を握ると
「最後に握手をしてやれ。それで大半はどんどん会計に進み、そして、店を出ると、すぐに来店する」

 こ、この店長は…(怒)、
 わたしたちをどこかのアイドルグループと同じだと思っているらしい…。
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