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4章・幕末動乱を前に(山口視点)

一太、松陰とともに日本に帰国する

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 1856年6月末にサウサンプトンを出発したこの私、山口一太と松陰先生は、その後、アフリカなるところを南から回ってインド洋に入り、11月には中国の南にある香港へと着いた。

 着いてみると非常に物々しい。

 実はこの10月、アロー号事件(※1)が発生しており、清とイギリスは緊張した関係になっていた。
 現地のイギリス人としてはアヘン戦争に続いて、清を再度叩きのめして更に有利な条件を引き出したいという意向があるらしい。
 燐介達と過ごしたロンドンは空気こそ悪いもののとても良いところだと思っていたが、イギリスという国はやはり恐ろしいところである。
「このままにしておくと、日本も大変なことになる。幕府はもちろん、国際法を知らない大名が多くいるはずだからな」
 松陰先生が危機意識を募らせる。
「早く日本に戻らなければ」
 となるのだが、残念ながら事はそう簡単にはいかない。

 宮地燐介と沖田総司も含めた我々四人は幕府の許可なくアメリカまで行ってしまっている。その罪たるや重大で迂闊《うかつ》に戻ればそのまま死罪になりかねない。これを何とかしてもらう必要があった。
 そのためには、アメリカの助けを借りるしかない。ということで、現在領事のタウンゼント・ハリスが幕府と交渉をしているらしい。伝え聞くところによるとこのハリスというのは随分と強気な男だそうで。
「あの四人はアメリカの友人である! 身分保障が確約されない限り、ペリー提督の時代からの進展がないと考えるよりほかにない!」
 と息巻いているらしい。
 幕府は、江戸に黒船がやってくることをとにかく恐れている。だから、私達については必ず妥協してくるだろうというのが香港にいるアメリカ人達の見方だ。
 そう言ってくれる以上、待つしかないだろう。
「一日でも早く、場合によっては密入国をしてでも」
 松陰先生は相変わらずだが、少し待てば助かるのに飛び込んで死罪になっては目もあてられない。私は松陰先生を宥めて待機させるしかなかった。こういう時、燐介や総司がいないのは辛い。

 朗報は思ったよりも早くやってきた。
 12月、下田で私達の身柄保全の約束が先行してなされたという。
「ただし、一つだけ条件があって、吉田殿は長州に謹慎してもらい、山口殿は江戸に来てもらいたいということである」
「手前は構わんが……?」
 松陰先生が私を見た。
 私は摂津国・御影の者であり、江戸とは縁がない。
 その私に江戸に来いというのは、どういうことだろうか。首を捻っていると、松陰先生が答える。
「幕府はアメリカの情報を知りたいと思っている。外に出た者は許さないというのは建前で、本音としては取り込んで色々聞きたいのだろう。ただ、手前に関しては毛利の殿様が反対する。そこで反対が少ない御前が選ばれたのだろう」
 なるほど……。
 とはいえ、江戸に行くというのは実は都合がいい。沖田総司から母と姉、あとは友人宛ての手紙を預かっているからだ。

 ちなみに燐介からも預かっているものがあるのだが、手紙ではなく本のようで、開いてみるとラグビーだの、サッカーだの、ベースボールだの、色々なスポーツのルールが書いてある。「特にこれはオススメだ!」として書かれてあるのは"ゴルフ"なるものであった。
 果たして、これが何の役に立つのか。私にはさっぱり分からない。
 しかし、馬の話も含めて、こういう知識がアメリカやイギリスで役に立ったのも事実である。
 ひとまずは江戸に行くことになるだろうが、そのうち御影に戻った際には旦那様に見せてもいいかもしれない。
 一通り読んだ後、最後に何やら追記してある。
「もし、何か思い出した場合、日本のことはおまえに任せた」

 ……一体、何のことであろうか?

 ちょっとした疑問を抱きつつも、1857年の正月、私達を乗せた船は下田へと到着した。

 3年ぶりに戻ってきた日本である。


(※1)アロー号事件とは、イギリス(香港)船籍のアロー号が清の臨検を受け、イギリス国旗が引きずり降ろされたとされる事件。
 実際は旗の扱いについてははっきりせず、英国船籍についても既に期限が切れていたが、英国、清双方の対立意識が強まる結果を招き、翌年戦争になった(アロー戦争)。
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