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3章・動乱の大英帝国
燐介、マルクスとフットボールを観戦する
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松陰と山口が去って二日が経った。
その日、またまたウェッブ・エリスが俺達のホテルへと押しかけてくる。
「以前、フットボールの試合が開催されるなら教えてほしいと言っていましたので伝えに来ましたよ」
そういえば、松陰や山口も交えて一度見たいという話をしていたんだった。
その二人は今頃サウサンプトンへの道半ばのところにいる。まさか呼び戻すわけにもいかないから、敢えて見る必要性はなさそうか。
断ろうとしたところで、カール・マルクスのむさくるしい顔を思い出した。以前、シェフィールドに一緒に行こうと勧めてみたが、金がないからと消極的だった。
「ロンドンで開催されるのですか?」
俺が尋ねると、エリスは「もちろん」と頷く。
「一週間後にロンドン大学のキングス・カレッジで行われる、ユニバーシティとキングス・カレッジの対抗戦ですよ」
ロンドン大学というのは正確には一つの大学ではなく、幾つかの教育機関の連合体である。令和の現在でもコモンウェルス(英連邦)にオーストラリアやカナダが入っているが、その大学版のようなものだ。
で、ユニバーシティとキングス・カレッジはその中でも一番の有名どころと言える。キングス・カレッジはあのナイチンゲールも後に看護学校を設立するところで、ユニバーシティはダーウィンが進化論を提唱した場所だ。
いずれにしてもロンドン市内にあるのならマルクスも徒歩で来られるだろう。
「よし。マルクスに伝えよう」
「でも、あいつってどこに住んでいるんだ?」
ジョージ・デューイの突っ込み。
……。
フリードリヒ・エンゲルスに送るか。あっちは父親が会社を経営しているらしいから住所も知られているだろうし、マルクスの盟友だから繋いでくれるだろう。
多分……。
一週間があっという間に過ぎ、当日を迎えた。
エンゲルスからは「行くと言っているよ」という返事をもらっているため、ホテルで待つ。
「試合開始は正午ちょうどですので、10時には出たいですね」
エリスに言われるまでもなく、時刻についても連絡している。ただ、金がないらしいので馬車では来ないだろう。同じロンドン市街とはいえ、歩いてくるとなると結構遅れるかもしれない。
幸い、それは杞憂だった。
「待たせたな! 諸君!」
前回同様、よれよれの服ではあるが堂々とした様子で入ってきた。ここに来るのは二度目であるが、あまりにも場違いな恰好なのでボーイも覚えているらしい。今回は誰も邪魔することなく中に入ってくる。
「それでは、行きましょうか」
エリスは首を傾げつつも馬車へと案内する。途中、小声で「彼は何者なのですか?」と聞いてきた。
まあ、一見すると浮浪者スレスレな感じだからな。
後に世界的に有名になる、と言うとそれも胡散臭いので、「アメリカの新聞に記事を寄稿しているジャーナリストですよ」と答えておいた。それでエリスもとりあえず納得したようだ。
さて、ロンドン大学についた。
グラウンドには既に両校の選手達が勢ぞろいしていて、めいめいパス回しの練習をしたり、準備運動をしたりしている。
ちなみにルールとしてはアソシエーション式に近いらしい。
とは言っても、この時代だとまだオフサイドなど一部のルールは明確に決まっていないから、見ていて多少違和感を受けるかもしれないが。
そうこうしているうちに両校整列して、程なく試合が始まった。
令和の現代、サッカーは非常に激しい競技となっている。
広いピッチのボールのある付近に20人のフィールドプレーヤーが集まり、狭い地域で激しくボールを奪い合うことも少なくない。ポジションも流動的で試合中めまぐるしくポジションチェンジをすることもある。
しかし、19世紀のサッカーというものは牧歌的なものである。
選手達はポジションをほとんど動くことがない。ポジションチェンジなんていうものもほとんどない。素早いボール回しもなく、気ままにドリブルをして抜いていこうとし、行き詰ると後ろにパスを出すような印象だ。
それでも、グラウンドにいる22人は皆、楽しそうにプレーをしている。
「どうだい?」
「うーむ……」
俺の問いかけに、マルクスは腕組みをして考えている。表情自体は悪くなさそうだが、しばらくして首を左右に振った。
「これはダメだ」
「えっ? 何で?」
「確かにこの競技はボール一個あれば20人が楽しめる。また、全員が一丸となっているのは理解できる。しかし、これはダメだ。何故なら」
「何故なら?」
「この競技をやる場合、下手な吾輩は後ろの方で一切ボールを回してもらえないことが明らかだからだ!」
「……」
まあ、マルクスの奴、確かにあまり運動神経は良くないのかもしれない。
「前線のうまそうな奴ばかりがボールを蹴っている! これは不公平である! 吾輩の語る階級闘争がここにある!」
まさか、サッカーをプレーさせて階級闘争の話になるとは。
もっとも、サッカーという競技において、得点を取れる選手が個人賞をほとんど取っているのも事実だ。
バロンドールを獲得したゴールキーパーはレフ・ヤシン一人しかいないし、ディフェンダーにしても純粋な守備選手はファビオ・カンナバーロくらいだろう。
ポジション的な階級闘争はある。それは間違いない。
そうした難点を孕みつつも今後労働者の中で広がっていく競技なのだが、マルクスには面白くないようである。
さて、どうしたものか。
その日、またまたウェッブ・エリスが俺達のホテルへと押しかけてくる。
「以前、フットボールの試合が開催されるなら教えてほしいと言っていましたので伝えに来ましたよ」
そういえば、松陰や山口も交えて一度見たいという話をしていたんだった。
その二人は今頃サウサンプトンへの道半ばのところにいる。まさか呼び戻すわけにもいかないから、敢えて見る必要性はなさそうか。
断ろうとしたところで、カール・マルクスのむさくるしい顔を思い出した。以前、シェフィールドに一緒に行こうと勧めてみたが、金がないからと消極的だった。
「ロンドンで開催されるのですか?」
俺が尋ねると、エリスは「もちろん」と頷く。
「一週間後にロンドン大学のキングス・カレッジで行われる、ユニバーシティとキングス・カレッジの対抗戦ですよ」
ロンドン大学というのは正確には一つの大学ではなく、幾つかの教育機関の連合体である。令和の現在でもコモンウェルス(英連邦)にオーストラリアやカナダが入っているが、その大学版のようなものだ。
で、ユニバーシティとキングス・カレッジはその中でも一番の有名どころと言える。キングス・カレッジはあのナイチンゲールも後に看護学校を設立するところで、ユニバーシティはダーウィンが進化論を提唱した場所だ。
いずれにしてもロンドン市内にあるのならマルクスも徒歩で来られるだろう。
「よし。マルクスに伝えよう」
「でも、あいつってどこに住んでいるんだ?」
ジョージ・デューイの突っ込み。
……。
フリードリヒ・エンゲルスに送るか。あっちは父親が会社を経営しているらしいから住所も知られているだろうし、マルクスの盟友だから繋いでくれるだろう。
多分……。
一週間があっという間に過ぎ、当日を迎えた。
エンゲルスからは「行くと言っているよ」という返事をもらっているため、ホテルで待つ。
「試合開始は正午ちょうどですので、10時には出たいですね」
エリスに言われるまでもなく、時刻についても連絡している。ただ、金がないらしいので馬車では来ないだろう。同じロンドン市街とはいえ、歩いてくるとなると結構遅れるかもしれない。
幸い、それは杞憂だった。
「待たせたな! 諸君!」
前回同様、よれよれの服ではあるが堂々とした様子で入ってきた。ここに来るのは二度目であるが、あまりにも場違いな恰好なのでボーイも覚えているらしい。今回は誰も邪魔することなく中に入ってくる。
「それでは、行きましょうか」
エリスは首を傾げつつも馬車へと案内する。途中、小声で「彼は何者なのですか?」と聞いてきた。
まあ、一見すると浮浪者スレスレな感じだからな。
後に世界的に有名になる、と言うとそれも胡散臭いので、「アメリカの新聞に記事を寄稿しているジャーナリストですよ」と答えておいた。それでエリスもとりあえず納得したようだ。
さて、ロンドン大学についた。
グラウンドには既に両校の選手達が勢ぞろいしていて、めいめいパス回しの練習をしたり、準備運動をしたりしている。
ちなみにルールとしてはアソシエーション式に近いらしい。
とは言っても、この時代だとまだオフサイドなど一部のルールは明確に決まっていないから、見ていて多少違和感を受けるかもしれないが。
そうこうしているうちに両校整列して、程なく試合が始まった。
令和の現代、サッカーは非常に激しい競技となっている。
広いピッチのボールのある付近に20人のフィールドプレーヤーが集まり、狭い地域で激しくボールを奪い合うことも少なくない。ポジションも流動的で試合中めまぐるしくポジションチェンジをすることもある。
しかし、19世紀のサッカーというものは牧歌的なものである。
選手達はポジションをほとんど動くことがない。ポジションチェンジなんていうものもほとんどない。素早いボール回しもなく、気ままにドリブルをして抜いていこうとし、行き詰ると後ろにパスを出すような印象だ。
それでも、グラウンドにいる22人は皆、楽しそうにプレーをしている。
「どうだい?」
「うーむ……」
俺の問いかけに、マルクスは腕組みをして考えている。表情自体は悪くなさそうだが、しばらくして首を左右に振った。
「これはダメだ」
「えっ? 何で?」
「確かにこの競技はボール一個あれば20人が楽しめる。また、全員が一丸となっているのは理解できる。しかし、これはダメだ。何故なら」
「何故なら?」
「この競技をやる場合、下手な吾輩は後ろの方で一切ボールを回してもらえないことが明らかだからだ!」
「……」
まあ、マルクスの奴、確かにあまり運動神経は良くないのかもしれない。
「前線のうまそうな奴ばかりがボールを蹴っている! これは不公平である! 吾輩の語る階級闘争がここにある!」
まさか、サッカーをプレーさせて階級闘争の話になるとは。
もっとも、サッカーという競技において、得点を取れる選手が個人賞をほとんど取っているのも事実だ。
バロンドールを獲得したゴールキーパーはレフ・ヤシン一人しかいないし、ディフェンダーにしても純粋な守備選手はファビオ・カンナバーロくらいだろう。
ポジション的な階級闘争はある。それは間違いない。
そうした難点を孕みつつも今後労働者の中で広がっていく競技なのだが、マルクスには面白くないようである。
さて、どうしたものか。
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